異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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波乱の大祭、千差万別の恋模様編

  好きでいるのも駄目ですか2

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 八そうの小舟は、巨大な怪物の周りを取り囲むようにして動きを止める。
 その位置は触手が届く範囲外ではあったが、しかし海上に出た異様なほど大きいクラーケンの目が忙しなく動いたのを見て、砂浜に居た全員が“その程度の距離では危ない”と本能的に察した。

 だが、海上に出てしまった参加者達はもう後には引けない。
 武器を使える物は武器を構え、曜術師はそれぞれ赤い水晶を嵌め込んだ杖を掲げて詠唱を始めていた。
 赤い光が術師達の体に集い、それぞれの頭上に炎の玉が出現する。

 恐らく、フレイム。いや、形を変えてフレイムアローか。
 どちらにせよ、その炎は敵と比べてあまりにも小さい。武器を持つ参加者達の姿とクラーケンを比べると、絶望的な思いすらした。

「駄目だ……あれじゃ、勝てっこない……」

 気弱な声で、砂浜に居る誰かが言葉を漏らす。
 その言葉に反論するものなど、いようはずもない。

 勝てる見込みのない戦闘とは、これほど声が出ない物なのか。

 ただ口を軽く開いただけで何も言えない俺達の目の前で、その言葉が現実の物となってしまった。

「うっ……」

 無意識にうめき声が出るほどの、無残な光景。
 解っていたはずなのに、いざその現実を目の当たりにすると目を背けたくなる。例え俺の仲間じゃなくっても、勇気を出して立ち向かった人達が次々に海に落とされて蹂躙されていく姿を見るのは辛かった。

 炎が舞い、クラーケンに当たるが、それは傷にすらなっていない。遠く離れた船も近い船も攻撃を開始したと同時に大木かと言うほどの厚さの触手に絡め捕られ、宙に上げられて壊されたり、上から触手を叩きつけられて簡単に壊されてしまっていた。触手にかかれば、船を壊すのなんか小枝を折るよりも簡単だ。

 それでも、船から飛び降りてクラーケンにしがみ付き攻撃するものや、弱点かと思われた巨大な目を攻撃する勇敢な男達はいたが……どの攻撃も、クラーケンには全く効いていなかった。

 力量差に圧倒され、クラーケンに縋りついた者達も、触手に問答無用で叩き落とされる。その力の強さで海に落とされた男達は、あまりにも高い水しぶきを上げて海中へと沈んで行った。

 ……死んでないと、信じたいが。

「ダメだね。死んだかも」
「いや、骨は折れたかもしれないが、海賊ならあるいは」

 傍で冷静な声が聞こえるが、そんなに冷静になるには俺にはまだ経験値が足りない。ブラックに抱えられたままで、俺は無意識に顔を歪めていた。

 何故なら、それであの怪物の攻撃が終わるなんて思えなかったから。

「もう駄目だ! 戻ってこい、こっちに戻ってこい!!」

 いつの間に戻って来ていたのか、砂浜にはリリーネさんと師匠、そして上位三組の船長達が揃っていた。彼らは全員で、必死に海に落ちた男達を呼び戻そうと声を張り上げている。

 海上に引きずり落とされた男達は、その声を聞いて砂浜へと向かい泳ぎ出した。
 クラーケンの圧倒的な強さに恐怖したのか、誰もそれを責める事は無い。
 俺も何かしなければと思い、叫ぶか彼らを迎え入れて手当てをすべきかと考えて、地面に降りようとした、刹那。

「やばっ……!」
「来る……!!」

 ブラックとクロウが、一斉に森の方へときびすを返して駆けだす。
 俺達以外の奴らは動いていない。だが、二人だけは何かを感じ取ったのか、必死で砂浜から逃げようとしていた。

 何が起こったのかとブラックとクロウを見ると、クロウは熊耳の毛を逆立て膨張させて、ブラックはいつになく焦ったように顔を歪めている。

「ちょっ、ぶ、ブラック、なに!? クロウもどうしたんだよ!」
「いいから! 砂浜に居たら危ないよ!」
「何かが来る。ツカサ、オレ達から離れるな」
「えっ!? え!?」

 攻撃って何。なにが起こるんだ。
 そう思って俺が後ろを振り返ったと、同時。

 クラーケンが二本の触手を大きく天に掲げ、その巨体を半分以上も海上へと浮き上がらせる。そうして――――

 その体の下から、耳をさいなむほどの音をともなった巨大な波を発生させた。

「うっ、そ……!!」
「木に登るよツカサ君!」

 波が、襲ってくる。高波を見て人々は逃げ惑うが、しかしその行動は遅すぎた。砂浜に居た人達は次々に波にのまれてこっちへ向かってくる。青い壁が迫って来るのを目を開いて見ていた俺は、ブラックとクロウに迅速に木の上へと釣り上げられて、俺達三人はすんでの所で波を回避した。

 だが、他の人達は……。

「ちょっ、だ、大丈夫なのか!? 他の人達は!!」

 自分達のすぐ下の地面が水に沈んでいくのを青ざめてみている俺に、ブラックは冷静に答える。

「無事って訳には行かないと思うけど……これはクラーケンの技だろうし、本当の津波とは違うから、打ち所が悪くなきゃ大丈夫だと思うよ。……ただ、さっきの戦闘で弱ってた奴らはどうかわからないけど」
「わ、技だと大丈夫なものなのか……?」

 良く解らない。自然現象とは違うから生存確率が上がるってどういう事。
 ここはゲームの世界じゃないんだから、津波は津波だろう。
 混乱して眉根を寄せる俺に、ブラックは困ったように頭を掻く。

「えーっとね……例えば、スライムは服を梳かす液体をだすけど、ツカサ君はそれを浴びても皮膚は何ともなかっただろう?」
「う、うん……そう言えば……」
「僕達にもよく解らないんだけど、モンスターが引き起こす地割れや炎の息とかの技は、どうしてか自然で発生するものよりは威力が落ちるんだよ。何度も喰らえばそりゃあ死ぬけど、一発で殺す技を持ってる奴なんてランク8のモンスターくらいさ。だから、クラーケンの津波もそれほど深刻な負傷にはならないはずだよ」
「そう、なんだ……」

 なんだかよく解らないが、ゲームの必殺技みたいな物なのだろうか。
 技は凶悪なエフェクトとか痛そうな効果音が出るけど、実際は対象を殺すまでの威力は無くて、結局倒れたかどうかで勝敗が決まるとかいう……。

 さすがにそんな簡単なことではないだろうが、今目の前を白目をむいた参加者が流れて行ったので、死ぬ程度ではないと言うのは本当だろう。
 原理や法則が良く解らないが、とにかくこの世界の技と言う物は、自然の中から発生する事象よりも弱く、人間が耐えられる程度のものなのだ。

 だとしたら不幸中の幸いだけど、でもやっぱり変だ……。
 物理法則なんて難しい事は俺には良く解らないけど、でも異世界だからやっぱりそう言うのも異なってるんだろうか……まあ、無事ならいいんだけど……。

「しかし、アンタ達はどうしてわかったんだ? 攻撃前だっただろ?」

 ブラックとクロウは、クラーケンが技を出す前に俺を抱えて逃げた。
 だから俺達は避難出来て攻撃を食らわずに済んだが、しかしよく考えたら察しが良すぎる。まあ、二人は戦闘慣れしてるし「カンで解った」とか言われそうだけど……でも、説明できるならしてほしい。

 ちょっと不満げに聞いた俺に、ブラックとクロウは目を瞬かせて軽く顔を見合わせたが、意外にもすんなりと教えてくれた。

「僕は、別のモンスター……サーペントって言うのが、同じような技を使って来た時に同じように、体を水上に引き上げたのを覚えてたからかな。経験則って奴?」
「オレはだ。獣人族は、大体相手が攻撃してくる時にそういうカンが働く」
「ううむ……経験とカンか……」

 納得はできるけど、それで即座に行動できるのはやっぱ才能のような……。
 俺一人じゃ多分逃げられなかっただろうな。

「ああ、ほら見てよツカサ君。水が引いて行ってるだろ? これがクラーケンの技だって言う証拠さ。普通の津波だったらこうは行かないよ」
「うわっ、た、確かに……なんだこれ……」

 地面を飲み込んでいた海水が、巻き戻されるかのように海の方へと戻っていく。しかも、海水は草木を濡らしなぎ倒したたものの、水浸しにはなっていなかった。
 にわかには信じられない光景だけど、こんな物を見せられたら技だと納得するしかないな。何にせよ、本当の自然現象じゃなくて良かった……。

「とにかく下に降りよう。師匠達が心配だ」
「心配ないと思うけどなあ」
「怪我とかしてるかもしれないだろ! それに海賊達が流れ着いて来てたら手当もしなきゃならんし、他の参加者達を温める焚火たきびだって必要だ」

 第二波が来るかどうかはまだ予測できないけど、来るとしたら倒れてる人達を放って置けない。手当ても必要だが、避難させないと。
 そう思って木を降り始めた俺に続きつつ、クロウが感心したように首を傾げた。

「ツカサはよく気が回るな。この状況で負傷者の事を考えるなんて」
「そうでもねーよ。本当に気が回る奴だったら、戦おうとしていた奴らを船を出す前に止められただろうし……」

 言いながら、木を降りきって、再び砂浜に戻ろうと走る。
 そうなんだよな。本当にデキる男なら、あの時不満が爆発していた奴らをなだめてこの事態を防げたんだ。それに、俺はやめろとも帰ってこいとも叫べなかった。
 それを考えると俺なんてただの後発人間だよ。

 偉いのは、戻ってこいと言った人達や止めようとしていた人達だ。
 木の上に連れて来てくれたのもアンタらだし、俺は何も偉くない。

 心の中で情けない自分に呆れて頭を掻いたが、ブラックはそんな俺を憂うように溜息を吐き、呆れたような声を出した。

「ツカサ君はお人好しなだけなんだよねえ。はあ……誰彼かまわず優しくしようとするんだから困っちゃうんだよなあ」
「な、何だよソレ。救助活動は別にお人好しでもなんでもないだろ」
「お人好しだよ。考えなしに危険に飛び込んで他人まで巻き込んだ奴らを、報酬もナシで助けるんだよ? やらなくてもいい事をやろうと思っている時点で、呆れるほどのお人好しだよ」
「う……で、でも、俺の国ではこれが普通なの! 困ってる人は助けるのが俺の国では格好いい行動なんだよ!!」

 情けは人の為ならず……なんて言葉もあるが、実際誰だって困ってる人や災難に巻き込まれて倒れてる人が居たら、反射的に近付いて助けようとするよな?
 日本人ならどんだけひねくれてたってきっとそうするさ。

 だって、昔から人を助けるのが人道だって大人に教えられてるんだもん。
 それが格好いいことだ、真の男がする事だって刷り込まれてんだもん。
 今更それを否定できるかってんだ。

「ええい、もう、アンタらに救護しろとは頼まないから、黙ってついて来い!」
「はーい」
「わかった」

 返事だけは素直だなぁお前ら本当にもう。

 色々思う所はあるが、今はそれをクドクド説教してる場合じゃない。
 俺達は砂浜へと戻ると、まず先にクラーケンの様子を確認した。相手がまだ戦闘態勢であるなら、気絶している人達を避難させなければいけないからだ。
 しかし、予想に反してクラーケンはまたもや目から下を海に沈めており、戦う前と同じような体勢に戻っていた。
 ってことは……今の所、こっちから攻撃しない限り安全なんだよな?

 だとしたら好都合だ。
 俺はまずブラックに焚火を頼み、その火のそばに歩ける人達を集めた。みんな海水を浴びてガタガタと震えていたものの、酷い怪我はしていない。
 クラーケンの触手に直接攻撃を受けた人以外は、酷くても軽傷程度だ。

 俺達の行動を見たのか、避難していたのであろう師匠達も戻ってきて、怪我人や戦意喪失で動けない人達の介助を手伝ってくれた。
 幸い、参加者達は全員生きていたようで、再び点呼が採られたが行方不明の人は一人もいなかった。けど……クラーケンに直接的に攻撃された人達は、無事とも言ってはいられなかったようで。

「うわ……これは……ひどいアル……」

 師匠がうめいて、リリーネさんも苦しそうに顔を歪める。
 クラーケンに攻撃されて命からがら海岸へと戻ってきた数人の人達は、海に叩きつけられたのが致命的だったのか、酷い人では腕や足が折れていた。
 海面であっても、落ち方が悪ければ骨折する事が有ると言うけど……この場合は、恐らくクラーケンの力の強さも相まってこうなってしまったのだろう。

 しかし幸運な事に、ここには骨折した時の応急処置を知っているギルド長達や、市販の回復薬を持っている運営の人も居たので、骨折した人達もどうにか助ける事が出来た。

 そうして、どうにか負傷者の手当てが終わったのだが……。
 終わってみると、参加者の八割が何らかの怪我をしていると言う、悲惨な状況になってしまっていた。これじゃあ、例えクラーケンに立ち向かうとしても……頭数が足りない。二体のクラーケンを倒して島を出るのは不可能になってしまった。

「……困ったネ……このままじゃ、クラーケンがいる限り島から出られないアル」

 深刻そうに呟く師匠に、俺はただ頷く事しか出来なかった。










 
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