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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
18.一週まわって親近感が湧く謎
しおりを挟む霧の海というのは、否応なく人の心を不安にさせる。
例えこれが人工的な物だと解っていても、方角も風景も解らない世界と言う物は本能的な恐れを呼び覚ますものだ。
視覚を封じられると言うのは、そう言う事なのである。
だけど周囲の風景が見えなくても、解る事は多い。
明るいし、空気も澄んでいるから、多分今の時刻は朝なのだろう。
だが、それが何時なのかも判らないし、太陽の光も霧が分散させてしまってどこに太陽が在るのかすら不明だった。
やばいなあ……攫われてからもう数時間経ってるなんて、どう考えても嫌な予感しかしないんですけど……ああ、クロウは無事かなあ、ブラックは発狂してないかなあ……。この不安が自意識過剰で済むんなら、もう俺自意識過剰でいいわ。
俺がガーランドに背後から抱き締められて動けないのも、出来る事ならば自意識過剰で済ませたいんですが、どうしたらこの状態が幻になりますかね。
チクショウ、海の男の臭いがする。汗臭いと言えればまだいいんだけど、汗臭さ以外にもちゃんと潮の香りがするからムカつく。どうせ抱き着かれるなら漁師の方がまだ素直に「わあ! 海の男のカホリってこんななんですね!」って言えたかもしれない。いや、別に言わなくていいんだけども。
とにかく、このガーランド、アホでゲスなくせに今までの敵と違って妙にお約束を外してくるから調子が狂う。
そう。ガーランドは「計算しているのか?」と思う程の絶妙さで、悪役的行動をハズして来たのである。
例えば、今。絶好の手籠めチャンスなのにガーランドは手を出してこない。
紳士的に抱き着いたままで、俺を「捕える」というただ一点だけを守っている。
通常運転のブラックなら抱き着いて十秒も待たずに尻を揉んでいるこの状況で、ガーランドは俺を抱き締めたまま取り留めもない話をして海を見ているのだ。
これが悪役のする事だろうか。
この態度の差を比べたら、容姿が美形の悪役中ボス伯爵みたいなブラックの方が凄い悪役に思えてくる。ゲスな言動はやらかすくせに手を出してこないって、あんたどんだけアホなんですか。
いや、逆にあれか。変な所が純粋で憎めない悪役ってパターンか?
なんにせよ、このままだと逆にコイツのことを信用しはじめそうなので怖い。
これが作戦だとしたら、凄まじく恐ろしい奴だぞ……俺の考えすぎるネガティブマインドを完全に読んで行動するなんて……。
……うん、まあ、そんなわけないか。
でも敵意が失せるのは困る。今まで性的な目で見られる事が多かったからか、「お前の体にオシオキしてやるウヘヘ」じゃなく、普通の拷問でお仕置って言うのが新鮮過ぎて俺ちょっとガーランドに親しみ湧いて来てるし。
あまりにも普通の乱暴者な行動だったから、俺をやっと普通の男扱いしてくれたのかと思ってしまって、じわじわ嬉しくなって来てるからねコレ。
危ないから、俺変な方向から懐柔されてるから俺。
「ところでツカサ、お前はどこの出身だ」
「えっ!?」
「出身」
いきなり背後から声を掛けられてびっくりしてしまったが、気を取り直して背後の相手を睨む。しっかし、どうしてこの世界の男はほとんどが長身なのか。
首が痛くなるぞと思いつつ、俺はつっけんどんに返した。
「それ聞いてどうすんの」
「ん? 機嫌が悪りいな。いや、国によって結婚儀式は違うからよぉ。今のうちに聞いておこうかと思ってな」
「ほう、やっぱ違うもんなんスか」
「おうともさ。お前の感じだと、出身はヒノワだろうが……ヒノワは、キモノとか言う伝統衣装で式を挙げるんだろ? この国では小麦色の服に、果実に似せた飾りモンを沢山つけた衣装を着るんだよ。そんでもって、俺らに実りを与えたもうた神に感謝して結婚すんの」
小麦色の服……女の子だったらドレスかな?
おそらくあの黄金の稲穂の色に似せた明るい色のドレスに、宝石やらなんやらを付けるんだろうな……見た目は奇抜だけど、そういうファッションの美少女キャラもいるし、俺的には全然アリかも。
男は装飾の付け具合にもよりそうだが、なんにせよ不思議な衣装だな。
実りの国だから、基本的に結婚も糧を与えてくれた神様主体の儀式って事でこうなるのかね。うーむ、冠婚葬祭もやっぱ国によってさまざまだなあ。
俺としては、やっぱ純白のウエディングドレスを着た清楚黒髪委員長を娶……れない運命だったな俺は。ヘタしたらドレス着せられる側だった。死にたい。
「あの……ちなみに、どの国の結婚式でも男物と女物がありますけど……仮に俺が着るとしたら……どっちっすか……」
「え? 女物着たいのか? まあ似合いそうだしべつに」
「男物でいいですぅうううううう!!」
アッー! やっぱりガーランドはまともな思考の持ち主だったー!!
そうだよね普通男物着せてくれるよねぇえええ! ごめんね今までのオッサンが全員女装させて来たからこの世界の常識を疑っちまったよぉおお!!
どうしよう本当に感動してきた。なんでアンタ敵なのよガーランド。
逃げるためには多少相手に酷い事をしないといけない場合があるが、そうなった時に躊躇わず鈍器を振り下ろせなくなりそうじゃないか。うう……。
「まあとりあえず、挙式までに決めりゃいいか。ヘヘ……お前は俺の妻になるんだからな、お前の好きな儀式の方法を選べばいい。うめぇモンも沢山用意して、手下どもに盛大に祝って貰おうぜ」
俺逃げるんすよー、そんな嬉しそうな声出さないで下さいよぉー……。
ど、どうしよう。急激に申し訳なくなってきた……。
ガーランドは間違いなく酷い事をしてるんだけど、どんな悪人だろうが仲良く話しちゃったら、相手を裏切るのに気が引けてくる。
少なくともコイツの「俺を嫁に欲しい」という望みだけは、本当らしいし。
だからこそ、それが叶って素直に喜んでる相手を見ると、なんか居た堪れなく……いや、俺怒って良い立場なんだけどさ。なんかこう、悪人でも子供みたいに慶事を喜んでたら怒れないっていうか。
このまま結婚させられるのは絶対に嫌だが、こうも相手が素直になったり、妻だから優しくしてやるみたいな態度取られるとさあ。
「むううう……せめて置手紙とか……」
「何言ってんだお前。あ、姉御だ」
やべっ、心の声が漏れてた。
慌ててお口チャックしようとした所に思わぬ発言を聞いて、俺は霧の海を見た。
「えっ!? あ、姉御って……」
「あっ説明してなかったか。良いか、今から会う人は俺達の雇い主だからな、お前も妻としてちゃんと挨拶すんだぞ」
嫌です、と言いそうになったがぐっと堪えてガーランドが見ている方を見やる。
するとそこにはちかちかと光る明かりが見えた。あれって合図のための光なんだろうか? じっと見ていると、徐々に霧の中から光を灯す物の正体が現れた。
あれは……小舟だ。俺達が使っていた物となんらかわりない小舟が、ギイギイと音を立ててこちらへゆっくり近付いて来る。
その船の上には、黒いローブをまとった人物と船の漕ぎ手の二人が立っていた。
あの明かりはどうやらランタンのモノだったらしい。
黒いローブの誰かはガーランドの船に接触すると、あらかじめ垂らされていた縄梯子で登って来た。実にスムーズで、こういう物を登り慣れている感じがする。
となると……やっぱ海賊なんだよな……。
その手が船の縁にかかる。そうして、一つも躓くことなく上がってきた相手は、俺達を見ると開口一番に感心したような感嘆を漏らした。
「ほう、ついに奪って来たのか。お前にしては上出来じゃないか」
このグローゼルさんの声よりもハスキーで、女性にしてはかなり低い珍しい声。間違いなく、あの夜にガーランドと話していた相手だ。
しかし、ローブを目深にかぶってるせいで顔が見えないぞ。
訝しむ俺に構わず、ガーランドは上機嫌でへらへら笑う。
「いやーこればっかりは手を抜く訳には行かなかったッスからねー」
「良く言う、手助けせねばあの男と熊からこいつを引き剥がせなかったくせに」
手助け……。
クロウを酔わせる手助けか?
「ヘッヘッヘ、それを言われちゃぁかなわねぇや。なにしろ、どっちのオッサンも凄く手強そうで普通にやっただけじゃ手が出せませんでしたからねえ」
「あんな化け物ども、真正面からかち合いたくないよ。……まったく、お前も変な物を報酬に欲しがって……人手が必要じゃ無きゃ絶対に断ってる所だった」
「だって、あんな美味そうな飯が作れるし、その上オッサン甲斐甲斐しく世話するような変わりモンのカワイコちゃんッスよー? 俺、そういうスキマ産業無意識にやってるよーな変わりモンが好きなんで」
こ、こいつそう言う理由で俺を選んだんかい。
スキマ「産業」とはずいぶん人聞きが悪いが、しかしやってる事はその通りなので何も言えない……パーティーメンバーは、可愛いロクを抜くとオッサン二人しかいない訳だし……。
おかしいな、こういう話だと、俺の隣には中年男ではなく美少女が五六人くらいは存在しているはずなんだけど。
何故にオッサン二人に取り合いされてるんだろうな、と深く考え込んでしまった俺だったが、姉御の次の言葉を聞いて頭が急に真っ白になった。
「それはそれとして、あの男達に気付かれない内に出航した方が良い。まだあいつらはベリファントを探しているし、あの赤髪の男も戻って来てないが……恐らく、この子が居なくなったことに気付いたら怒り狂うだろうからね」
あ……そうだ……。
今はブラックの方がヤバいんだった……。
思わず口を開ける俺の上で、ガーランドがちょっとだけ悲鳴を上げる。
「ヒェ……」
そうだよね、怖いよね。
あいつ恋人の俺に「奪った相手を殺す」ってさらっと言い放つような奴だしね。
ああそう思うと余計にこの場に居ちゃいけない気がして来た……。
敵っちゃ敵だけど、ブラックがガーランドを半死半生にするのは見たくない。
アイツに乱暴を働いて欲しくないのは勿論だが、よく考えたらコイツ自身は白煙壁を設置して俺を奪っただけで、それらしい悪事は働いていないわけだし。
言ってみれば下っ端であって、本当にどうにかすべきなのは姉御の方なのだ。
大元をシメなければ何も終わらないと言うのは世の鉄則なのである。
ってかまあ俺も不用心だったんだし、さすがに惨劇は避けたいよね。
さっきはちょっと絆されかけて危なかったけど、絆された方が危ない。
とにかく今すべきことを考えなければ。
逃げるのは最優先事項だが、そのまえにこの姉御と言う奴だ。
今俺の目の前にはこの事態の真犯人が居る。
ここで相手の正体と目的を知る事が出来れば、どう動けばいいかも判るかも。
よし、時間との勝負だ。
俺は密かに気合を入れると、険しい顔で黒いローブの相手をキッと見据えた。
まずはある事を確かめなければ。
「……アンタが、クロウに流木藍を混ぜた酒を飲ませたのか」
そう言うと、姉御は特徴的な声で笑った。
「フッ……流石に分かったか。しかしタネまで知られたのは意外だったよ。まあ、その勘の良さをもっと早くに発揮していれば、ここに来ずに済んだだろうにね」
「…………その笑い声、やっぱアンタ……」
「ああ、やっぱりこっちもバレてたか。全く、声やクセってのは変えようとしても中々変えられないもんだねえ」
そう言いながらローブを脱いだ相手は、やはり俺が予想した相手だった。
特徴的な笑い声であり、尚且つクロウに的確に酒を飲ませる事が出来た人物。
そしてあの中で霧に唯一悩まされなかった、この祭りの覇者。
だけど、どうしてこの人――――
ファスタイン船長は、男装をしてこんな事をしたのか。
→
※次ちょっと痛い(身体的に)展開です(´・ω・`)
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