異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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祭町ラフターシュカ、雪華の王に赤衣編

 小さな祈りの家にて2

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 教会の二階、まるで屋根裏部屋のような質素で家具もほとんどない部屋に、十人ほどの子供達が毛布を分け合って眠っていた。
 歳はバラバラで、少なくとも一番年齢の高い子でも十二・三歳くらいか。
 毛布の隙間から見える彼らの服は、あまりにもみすぼらしい物だった。

「……よく風邪を引かないね」

 ブラックの率直な言葉に、レナータさんは小さく笑う。

「この教会には、神と精霊の加護がありますから……」
「けれど、加護も万能ではないということか」

 付け足すように呟くクロウに頷き、レナータさんは眠る子供達を慈しむような目で見ながらぽつりぽつりと話し始めた。

「本当に、お恥ずかしい事です……。あの子達の親は、様々な理由で離れて暮らしております。出稼ぎ、工房や店での住込み、飢餓での別離……何にせよ、貧しさによって辛い境遇にあることは間違いありません。本当は、国教の教会のような所で暖かい暮らしをさせてやるべきなのですが……この“壁際の区域”の人々は、教会にご喜捨する物もお金もないので……必然的にここに」
「ごきしゃ……」
「援助金というか……教会なんかに世話をして貰う時に払う対価だよ。払える額で良いとは言われてるが、実際はそれなりに金を積まないとダメらしいね」

 なにその大人の世界……結局それ相応の高い金額や品物じゃないと、駄目って事なのか? それって、高い金を払わせるけど、それはこっちが要求した事じゃないって言い張る為の逃げ道とかじゃないの? なんかエグいなあ……。
 俺の世界でもそんなんじゃないよな、まさかな。

「お恥ずかしい限りです……ですが、リン教は実際福祉や奉仕、戸籍の管理なども任されていらっしゃいますので、孤児や預かり子も多く、仕方がない事かと……」
献身けんしんを尽くす為には金が要る、取捨選択も必要……って事かい。世知辛いねえ」
「だがおかしいぞ。献身を尽くすと言うのなら、ああいう子供こそ受け入れてやるべきだろう。……オレはそう言うおかしな区別をつける偽善は嫌いだ」

 珍しくクロウが分かりやすい形で怒っている。
 カッとなると乱暴だし、思考や変態っぷりはブラックと似ているけど、やっぱりクロウは根が正義の人なんだな。ブラックは基本的に他人なんてどうでも良いヤツだから、そう言う所は正反対って事か……。

 驚きながら見上げていると、クロウは鼻息荒く肩をいからせながら、不満そうな顔をして俺にぎゅっと抱き着いてきた。ああ、精神安定剤代わりか俺。
 ブラックはそれを滅茶苦茶不機嫌な顔で見ていたが、クロウの気持ちは解ると思ったのか今は何も言わないでいてくれた。

 そんな俺達にちょっと気圧けおされながらも、レナータさんは続ける。

「……本当ならば、わたくし達こそがリン教にご喜捨をしてあの子達を暖かな家に移してやるのが良いのでしょう。……けれど、わたくし達の力ではそれもままならなくて……ただでさえリン教には色々と支援して頂いているのに、それ以上は……。無理を言えば教義にも差しさわりが出ますし、どうしようもないのです」
「後見人は?」

 ブラックの言葉に彼女は首を振る。

「壁際の区域の住人は、手に職がない限りは……。この国は必ず誰しもが職業を持っていて、そのおかげで国は機能しています。清掃婦にしても、即戦力の技術がなければ雇ってくれる所すらありません。なら教えれば良いではないかと言われるでしょうが、わたくしは神につかえる事しか知りません。三級程度の水の曜術を使えても、この子供達には何も教える事が出来ない……。彼らは……本当に、守るべき無垢な民なのです」

 物は言いようだ。こう言ってしまっては悪いが、要するにココに預けられている子供達は「適性のある物を見いだせない子供達」と言う事だろう。
 曜術も何も使えない、技術も無い、無垢で何も知らない子供達。
 だけど、彼らは何も知らないが故に、きゅうすれば悪事に手を染めるしかなくなるに違いない。だから、レナータさんは身銭を切ってまで彼らを預かっているのだ。

「…………」

 そんなのって、ないよな。
 子供だって物を知りさえすれば何だってできる。丁寧に勉強を教えたら、教えた分だけ理解してくれる賢い存在のはずだ。
 それを、何もできないからって教えもせずに拒否するなんて。
 彼らだって……そんな拒否のされ方は望んでないはずなのに。

 ああ、なんか久しぶりにムカつく。
 俺は正義漢でもなんでもないし、クロウやブラックみたいに何かを知ってる訳じゃない。だけど、こんな風に寒そうにしている子供達を見て何もしないなんて、俺には絶対に出来ねえよ。

 それに、女の人がこんな風にやつれてちゃいけない。
 女性は笑顔が一番なんだ。こんなの絶対、放っておけない……!

「……レナータさん、俺、明日も朝食作りますよ」
「えっ……」
「お布施って、別に金じゃなくたっていいんでしょう?」

 彼女達は喜捨と言うけど、誰だって喜んで捨てる物なんて何もないだろう。
 捨てるんじゃなくて、役に立ててほしいから渡すんだ。
 俺の持ってる物じゃ子供達を満足させられないとは思うけど、宿を借りるんだから、このくらいは協力したい。

「あ、ああ……ありがとうございます……。貴方と、貴方との縁を作って下さった神にわたくしは心から感謝いたします……!」

 声を必死に抑えながらも、泣きながら指で十字のように何かを作るレナータさんを、俺はただただ何も言えずに見守る事しか出来なかった。
 彼女の為にも、やれるだけやってやらなきゃな。

「まーたツカサ君のお節介せっかいがはじまった」
「毎度これで変な事に巻き込まれるんだよな。オレは知っている」

 コラ! うるさいよ、お前ら!!



   ◆



「はーい、じゃあみんな聞いて下さいね~。今日の美味しいお食事は、このお兄様達が作って下すったのですよー」

 ニコニコと穏やかに微笑みながら、レナータさんは食堂で俺達を紹介する。
 目の前の長机に礼儀正しく着席した子供達は、じっと俺達を見つめていた。
 ああ、なんか好奇の目で見られている気がする……いや仕方ないけどね、眠そうなオッサンと胡散臭うさんくさいオッサンとガキの俺って、そりゃ変だよね……。

 でもね、仕方ないんだよ。礼拝堂の椅子の上で寝袋にくるまって寝てたから、体中ポキポキ言うわ隙間風で寒くてあんまり寝れないわで大変だったんだ。
 眠そうなのは許してくれえ……。

「しすたあー、だあれー」

 そう言うのは、一番小さい女の子。金色の巻き毛に青い瞳のお人形さんみたいな子だ。風呂にあまり入れないせいかちょっとくすんでるけど、磨けば光る。
 将来は美少女だろうなとても楽し……いや、そんな話ではなく。
 その子に問われて、シスターはニコニコ顔で俺達に手をやった。

「こちらはツカサさん、こちらの赤い髪のおじさまはブラックさんで、お耳が頭の上にあるのはクロウさんですよ。皆さん、ご飯を作って下さったツカサさん達に、ちゃんとお礼をしましょうね」

 レナータさんがそう言うと、子供達は元気よくハーイと手を上げる。
 うっ、か、可愛い……。

「早速キュンと来てるよツカサ君」
「確かに可愛らしいが、子供相手でもこうなるってほとんど病気じゃないのか」
「いや母性かもよ母性。だからロクショウ君にもあんなに……」
「オイどつきまわすぞお前ら」

 紹介して貰ってるんだから変なヒソヒソ話すんな。あと母性ちゃうわ。
 背後のオッサン共を睨み付けていると、また違った子供達の声がする。

「シスターその人達信用できるの? また詐欺師とかじゃないの?」
「バッツやめろって、シスターまた泣いちゃうだろ。信じる者は救われるだって」
「大丈夫よ。だってオジサン達はともかく、あのお兄ちゃんはどう見てもシスターと同じ性格してそうじゃない」
「たしかに……」

 うーん、ヒソヒソしてるつもりでヒソヒソになってない声音、実に子供らしい。
 まあ、急にやって来た奴が飯作りましたよって、そりゃ警戒されても仕方ないよな。あとシスターと同じ性格って何かな。俺はあれだよ、あんなげっそりするほど献身的じゃないよ。色々思う所はあるが、とにかくまずは朝食を食べて貰って信用して貰おう。

 そんな訳で俺達は昨日作ったスープに加え、少し温めた麦茶と蒸かしたバターテを添えて出してあげた。最初は大丈夫かなと思ったが、俺のスープは驚く程彼らに人気になり、我先にとおかわりをしてくれるまでになった。
 聞く所によると、教会での食事は蒸かしたイモと塩味で変わり映えの無いスープばかりだったらしく、こういう食事は初めてだったらしい。

 うん、まあ……この世界そんな感じなのが普通だもんね……。

 麦茶は主に女の子に人気で、年長の男の子も喜んでくれた。
 よかった……酷評されたらどうしようかと思ったよ。子供は正直だからな……。

 そんなこんなで食事を終えた俺達は、すっかり彼らと仲良くなってしまった。
 とは言えブラックは子供が苦手みたいで意識的に離れた場所に移動していたが、クロウは熊の耳を珍しがられたようで、小さな子供達におんぶにだっこで、それはもう凄い人気だった。分かる、分かるぞ君達の気持ち。

 獣人ってイイヨネ! と思いながらその微笑ましい姿を見つつ、皿を洗っていると、後ろから四人の子供達がやって来た。
 彼らは小学校高学年くらいで、他の六人の子供達より少し大人っぽい。

 その中でもリーダー各らしい藍色の髪の子が、俺の服の裾を引っ張ってきた。

「あの、ツカサさん」
「ん? ツカサでいいよ。なに?」
「あの……ご、ごはん、ありがとうございました。皿洗いとかのお手伝いします」

 ちょっと照れながら言う相手に、俺は不覚にもほのぼのしてしまった。
 一番年上だからしっかりしないといけないって想いが透けて見えて、本当微笑ましいと言うか何と言うか……俺がガキの頃ってこんなしっかりしてたかなー。
 なんか婆ちゃん家の近くの森でエロ本見つけて興奮してた記憶しかないわー。

「私も手伝います!」
「ぼ、ぼくも」
「…………」

 亜麻色の髪を一つ編みにしたそばかすが可愛い美少女ちゃんと、雪のように白い髪を逆立てた少年、そして紫色の前髪で顔を隠した無口な少年も頷く。
 彼らは年長組とでも言おうか。どうやら彼らは、普段からシスターの手伝いや、自分らより小さな子供達の世話をしているらしい。
 だから、俺を手伝おうとしてくれてるんだろうな。

 そんな事実に少し悲しさを感じながらも、俺は手を止めて四人に笑った。

「あはは、敬語とか使わなくていいって。それより……そうだな……この後台所の掃除するから、用事が無かったら手伝ってくれるかな? 綺麗にしておいたら料理する時に楽だし、料理もより美味しくなるからね」

 俺がそう言うと、子供達はぱあっと顔を明るくして俺にさらに近寄って来た。

「お、お兄ちゃんがまたご飯作ってくれるの?」
「ツカサ兄ちゃんもう一回あのスープ作って!」
「スープ、ぼくも欲しい……」

 布で手を拭く俺の裾を三人でぐいぐい引っ張って、彼らはキラキラした目で俺を見上げて来る。その可愛さったら、本当にたまらない。
 頼られてるという充足感もあるが、なんていうか……何かこう「よーしお父さんが何でもやっちゃうぞー」的なやる気が湧いてくると言うか……!
 可愛いなあ、子供が欲しいって言う女の子がいるのも解るなあ本当。

「こっ、こらお前ら! ツカサさんにわがまま言うんじゃない!」

 一番年長さんの藍色の髪の少年は、そんな子供達を叱咤しったして手を離させる。
 彼らにも子供なりのルールがあるのか、不満げではあったものの少年の言う事を聞いて渋々引き下がった。

「あの……がっついてごめんなさい。俺達、あんな美味しい物初めて食べたから……お兄さん達、旅の人なんだよな? じゃあ、今日か明日は……もう、出て行っちゃうんだろう?」

 だったらいろいろして貰うのは申し訳ない、と顔を歪める少年。
 確かに俺達は先を急いでいる。
 本当なら、今日明日にでも出て行くつもりだった。
 だけど……こんな状態の子供達を見せられて、放っておけるはずが無い。

 俺は首を振って、藍色の髪の少年に微笑んだ。

「好きでやってんだから、気にするなって。それに……俺達もこの街じゃ宿無しだし、助けて貰った恩もあるからさ。何にせよそういう遠慮はナシにしようぜ!」

 どっちにしろ、この教会の有様を見て無視して出て行くなんて出来ないんだ。
 滞在日数がどうなるかはともかく、俺はこのまま出て行くなんて絶対しないぞ。
 だけど、これは俺のワガママだ。だから彼らが遠慮する必要もないし、中途半端な施しをするなと怒ったって構わない。
 もちろん中途半端なんてする気はないが、何にせよ彼らが遠慮する事なんてないのだ。子供に遠慮させてちゃ男が廃る。

 だからそんな顔をするなと頭を撫でてやると、藍色の神の少年は驚いたように俺を見上げて……そうして、はにかんだ顔で小さく頷いてくれた。

 この子達の為にも、なんとか教会が建て直せるだけの見通しを立てなきゃな。

 なあに、なにも考えなしに行ってるんじゃない。
 この世界に慣れた俺には、幾つかのアイディアがある。
 それに、今の俺にはブラックとクロウ、そして頼もしい仲間たちが居るんだ。やってやれない事は無い。
 乗りかかった船だ、こうなった彼らをこの状態から救ってやる。

 その為には……まず、この街の事を知らなければな!

 子供達との台所の掃除が終わったら、どっかに隠れてるブラックを連れて、食材を探しがてらこの街を散策してみよう。
 そう考えて、俺は再び残りの皿を洗うために腕をまくった。










 
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