異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編

8.会えない時間が愛を育てるらしい

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 今日ほど部屋に風呂場がある事に感謝した事はない。
 だって、よく考えたら俺は今監禁している人間の家に居る訳で、俺とブラックが何をしていたのか相手にばれたら、それこそ何をされるか解らないからだ。

 どーせアドニスは「交尾したぁ!? 計算が狂うので止めて下さい!」とか頭がおかしい怒り方をするんだろうが、それでも相手が不機嫌になるのには変わりない。っていうかさ、交尾って言うか性交だよね。あいつなんで交尾って言うの。
 いやそんな事はどうでもいい。とにかく風呂が有って助かった。

 俺は着ていた服に変な臭いが付いていないかを確かめると、お湯で暖まった体に改めてそれらを身にまとって部屋に戻った。

「あ、やっとあがったねツカサ君~。お風呂長いから心配しちゃったよ」
「うるさいお前が中出ししなかったらもっと早かったわ」

 ったくこの野郎、いけしゃあしゃあと……。
 後処理するこっちの身にもなれと言いたかったが、喧嘩するのも時間の無駄なので、俺は大人の対応でぐっと怒りをこらえながら、ブラックの横に腰かける。
 部屋には一人分の椅子や机しかなく、二人で座るにはベッドを使うしかないのだが……なんか今更だけど援交みたいでヤだな。
 ブラックも何か凄くニヤニヤしてて気持ち悪いし。

「んふふー、つーかーさーくんっ」
「こらっ、触るな! ひざに乗せようとすんな!!」

 隣に座るなり抱き着いて来て俺をずりずりと引き寄せるブラックに、俺は必死で抵抗するが……抵抗できる腕力があるなら、こんな事にならないわけで。
 軽く抱え上げられてすっかりホールドされてしまった俺は、もはや抵抗する術も失われてしまっていた。ああ、毎度のことながら情けない。

「あぁ~……久しぶりだなあ、この柔らかいお尻と太腿ふとももの感触……つ、ツカサ君、もう少し近寄ろうか? ぼっ、ぼ、僕の背中にぴったりくっつくように……っ」
「ぎゃー!! あんた絶対ケツに擦り付けてくんだろやめろ絶対嫌だー!!」
「やだなあそんなことしないよぉ」
「棒読みで言うな!! くそっ、もういいから真面目に話すぞ!」

 付き合っておられんと俺を抱き締めるブラックの手をぺんと叩くと、相手もようやく真面目に話す気になったのか、あははと笑って俺を抱え直した。

「で……ツカサ君、あの陰気くさい長髪野郎に何されたの?」
「言っておくけどやらしい事は何もされてないぞ」
「そりゃまあさっき確かめたから……ああ怒らないでっ。具体的に何をされたのか聞きたいんだよぉっ。一応ロサードには、あのアドニスって奴がやりたい事の説明はして貰ったけど……やっぱ聞かないと何されてるか解らないだろう?」
「ロサードが?」
「うん。あいつ、ツカサ君がさらわれたのは自分のせいだって言って土下座してきたんだよ。それで色々と説明してくれたんだ。ツカサ君が攫われた理由や、あの男が何をしたいかって事もだいたいはね」

 なるほど、だからブラックはロサードと協力してここに来れたんだな。
 知っているのなら話は早いけど、しかし……ロサードがこの事を最初から知っていたとは思わなかった。

 だったらあの謝りようも納得がいくな。まあ、どんな理由やいきさつがあったにせよ、ロサードがブラックを連れて来てくれたのは事実だし……これからも協力してくれるつもりなんだろうから、その事で責めようって気は起こらないけどね。

 内心納得しつつ、俺は今までアドニスにさせられていた事を、なるべく「いやらしい事ではない」と言う事を強調しながら伝えた。
 さっき俺を散々突っつきまわしたおかげか、ブラックはそんな説明を黙って聞いていたが、話終わると物憂ものうげに溜息を吐いた。

「はぁ……ツカサ君……お願いだから、男にそんな簡単に裸を見せるような真似は止めてくれよ……。ただでさえツカサ君は犯されやすい風体なのに、相手に性欲がないからって簡単に脱ぐのは警戒心が無さすぎるよ! あの長髪眼鏡が急にサカッたらどうするのさ!」
「この世がお前みたいな変態ばっかりだったら、今頃俺はいくつ尻があっても足りねーだろうなあもう! んなことないって!」
「だって、だってぇ~~!」
「だあもうなつくな! ひげがじょりじょりする!!」

 人の頬にだらしないオッサンの頬を擦りつけるなっ、だらしない髭が伝染うつる!
 ブラックめ、数日の間完全に分断されていたせいか、いつも以上に面倒くさくて甘えん坊になってやがる。
 やめんかと必死で顔を引き剥がしつつ、俺は話を軌道修正しようと必死で真面目な顔をして続けた。

「と、とにかく……今の所、アドニスは俺の能力を木の曜術師由来のものだと思ってるみたいだし、研究に関しては一人でやってるから、これ以上俺の情報が漏れる可能性はないけど……これからどうするよ!」
「ん? んー……そうだねえ……。あの長髪眼鏡の言った事から考えると、どうもツカサ君の力は曜術師であっても把握できないみたいだし、回復薬の異常な性能から解き明かそうとしてる限りは、大丈夫そうには見えるけど……でも、相手の着眼点は中々のものだしなあ」
「着眼点?」

 どういう事だと首を傾げると、ブラックは俺の髪の毛に顔を埋めながら続ける。

「んー……要するにさ、相手の最終目的が“緑化計画”と言う事は、ツカサ君の作る回復薬じゃなくて、ツカサ君の“無尽蔵の曜気”自体に着目してるって事だろう? 力の根源が理解出来なかったにしても、このままツカサ君が薬を作り続けたり、その間にクソ眼鏡がツカサ君の本来の能力である“分け与える力”に気付いてしまったら、厄介な事になりそうだなって思ってね……」
「……なるほど…………」

 確かに言われればそうだ。
 アドニスは俺の体内を巡る木の曜気に関心を持っていた。
 その曜気の流れを知りたいがために、俺に回復薬を作らせていたのだ。
 俺の薬はその副産物に過ぎず、アドニスにとっては俺の能力の動きを見る為の、いわば「採血」に近い物だったのだろう。

 だとすれば、アドニスは俺の能力が完全に解っていないながらも、俺がどういう力を持っているかを予測する程度には、答えに近付いているに違いない。
 もしそのまま実験の方向性が、図らずとも俺の黒曜の使者の力を確かめるような物へと移って行ったら……本当に、何をされるか解らない。

 俺達が旅を続けている理由は、黒曜の使者の力を知るためや、コントロールするための武者修行って意味もあるけど……一番の理由は、この能力を他人に悪用されないようにするためだ。

 いくらアドニスがこの国の為になる研究をしているからと言っても、それを知られてしまっては俺達もただでは済まないだろう。
 今更ながらに事の深刻さが分かって来て、思わずブラックを振り返ると、相手は俺の顎を捕えて頬に軽くキスをした。

「大丈夫。それを阻止するためにも、僕はここに来たんだから……」
「ブラック……」

 やだ、なんか格好良い事言ってる……。
 不覚にもキュンと来てしまった俺に、相手は緩く笑うと俺の首筋に顔を埋めてぎゅっと強く抱きしめて来た。

「ツカサ君が置かれている状況は解ったよ。とにかく……僕達もシアンと話して、あのクソ眼鏡からツカサ君を取り返す方法を探してみるよ。なんにせよ、これは由々ゆゆしき事態だ。シアンの力を借りるのは気が引けるけど、そうでもしないと君を穏便に取り戻せない……だから、もう少し待ってくれるかな」

 そう言って、なんだか悲しそうな目で俺を見つめて来るブラック。
 犬がしょげたような表情で目を潤ませる相手の表情からは、ありありと「出来るものなら今すぐ大暴れして俺を連れ帰りたい」と言う言葉が読み取れてしまい、俺は何だか笑ってしまった。

「ツカサ君……」
「ごめんごめん。……解った。お前の事、待ってるから。……な?」

 そんな顔をするなよ、と頭を撫でてやると、ブラックはすぐに嬉しそうな表情になって、また俺を強く抱きしめて無精髭の頬を擦りつけて来る。
 それが精一杯甘えている行為なのだと思うとくすぐったくて、恥ずかしくて。
 でも、今は不思議と突き離す気にもなれず、俺は自分を強く捕えている武骨な手に、優しく手を重ね合せた。

「……次は、いつ来てくれる?」
「えへ……。ロサードが今、アドニスの研究を遅らせるために商談を持ちかけてるんだ。上手く行けば、僕はまたここに来る事が出来る。きっとすぐだよ」
「そっか。……じゃあ、待ってる」

 ロサードならやってくれるだろう。
 何たって金にがめつい商人なんだから、チャンスを逃さずがっつり掴んでくれるはずだ。俺としても、ブラックが会いに来てくれるのは嬉しかった。

 好きな人に会えるからって言うのも有るけど……その、ブラックがちゃんと自分を抑えて、みんなと協力しようとしてくれている事も何だか嬉しくてなあ。
 そんな俺の心を知ってか知らずか、ブラックは俺に懐きながら、ぼそりと不穏な台詞を耳元で呟いた。

「ツカサ君、またすぐに会いに来るから……あのクソ眼鏡に犯されちゃだめだよ。そんな事になったら、僕ほんとにこの国を全部壊して、ツカサ君連れて山奥に引き籠るからね。今度は僕が監禁しちゃうからね……」
「じょ、冗談じゃねえ……」
「ツカサ君……」
「き、きをつけまぁーす」

 今の本気だった。本気の声だった。
 やばい。貞操を奪われる前に俺の運命がヤバい。
 これは何としてでも貞操を守らねば……。

 冷や汗をダラダラ垂らして背後の悪魔のようなオッサンの言葉を反芻はんすうしていると、何やら外から誰かを呼ぶ声が聞こえた。
 あれは……ロサードの声かな?

「ちぇ……もう話が終わっちゃったのか……。あーあ……もっとツカサ君といちゃいちゃしたかったのに」
「また来れるんだろう? じゃあいいじゃないか。な?」

 しょげるなよ、とブラックに向き直って両頬を軽く叩くと、ブラックは不満げな顔をしていた物の、ちょっと機嫌がよくなったのか頷いた。
 そうして、名残惜しそうに俺を離すと、またあの鎧を纏う。

 ブラックの姿が隠されていくのを見て何故だか心が痛くなったけど、でも、また会えると言う希望があるからか、泣きたくはならなかった。
 そう。ここで泣いてたら始まらない。
 俺だって今からが正念場なんだ。なんとかして、乗り切らなきゃ。

「じゃあ……またね」

 顔が見えない黒の兜から、情けない声が聞こえる。
 がしゃがしゃと音を立てて手を振るブラックに返しながら、俺は扉の前まで相手を見送ったが……有る事を思い出して、慌ててブラックに告げた。

「あ……言い忘れてたけど、俺、皇帝陛下を寝かしつけろって命令されてるから、夜は会えんぞ。あと、それについても何か逃れる方法がないか、ロサード達と話し合ってみてくれよ」

 最後の最後、部屋を出て行く時にそう言った俺に、鎧姿のブラックは部屋中に響くような声で「はぁ!?」と頓狂とんきょうな声を出してこけた。
 ああごめんブラック、でもすっかり忘れてたんだよう。
 お願いだからその暗黒騎士みたいな恰好で怒るなってば。










 
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