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彩宮ゼルグラム、炎雷の業と闇の城編
10.どうして貴方だけが違って見えたのか
しおりを挟む古代ギリシャちっくな動き易い普段着装備のまま、中世のお貴族様が集うサロンのような場所に座らされる。これがどんなに居た堪れない事か、皆様にはお分かり頂けるだろうか。
いや誰に言ってんだか解らないが、もうなんかそう問いかけたくなる。
それほど俺は緊張し、混乱していた。
しかし、俺をこんな場所に連れて来たヨアニス皇帝陛下は、俺の様子など気にもせずに上機嫌で俺に質問を投げまくる。
「ソーニャ、お前のために服を用意したぞ。ああ、腹は減っていないか? 具合が悪かったらすぐに部屋に戻ろう。何か不都合はないか? さ、何でも言ってくれ」
「う……あ、あの……」
どうしていきなり訪ねて来たんですかとか、何でここにアドニスも連れて来たんですかとか、聞きたい事は山ほどあったが……それよりもどうしても指摘しておきたい所があって、俺は微妙な表情でヨアニスに問いかけた。
「あの……ヨアニス様はどうして夜だけという約束を破ったんですか」
そう。あれほど俺に対して気遣いを見せてくれた相手が、どうしてこんな強引な事をしたのか。それが解らないのだ。
何か理由があるのだろうとは思うが、にしたってこんな強引な事をするなんてちょっと考えられない。いや、普段の炎雷帝なら当然なんだろうけど、俺の目の前にいるヨアニスは寝所での彼と全然変わらないし、むしろ部屋にいる時よりワンコみたいに必死で俺のご機嫌を取ろうとしているんだから、炎雷帝としての癇癪って訳じゃ無さそうだしなあ……。
とにかく怒らないから理由を話せと言うと、ヨアニスは大人とは思えない態度でしょぼんと落ち込んでしまった。
悪い事とは自覚しているらしいけど、だったら余計にどうしてやったのか。
ヨアニスが口を開くのをじっと待っていると、彼の背後から大声が聞こえた。
「ああ陛下、どこに行っておられたのですか! まだ今日のお勤めは終わっていないのですよ!」
言いながらツカツカと歩いて来たのは、文官らしき人とパーヴェル卿だ。
二人とも厳しげな顔をしているが、一体何があったんだろうか。
っていうかお勤め終わってないのに俺を攫いに来たって事は……この人公務投げ出したんか! 皇帝ってそんなんでいいの!?
「陛下、こんな事をなさっては困ります」
「何故こんな所におられるのか、ご説明頂きたい」
あわわ、ヨアニスはしょぼんとしているのに、そんな厳しく叱るように言うなんて、もしかして萎縮しちゃうんじゃないのか。
心配になってヨアニスをみると……なんと、相手は俺に見せていた顔など存在しなかったかのようにキリッとした表情になり、二人の臣下に向き直った。
「説明? お前達が先にすべきだろう。朝からよく解らぬ奴らばかり連れて来て、しかもとっかえひっかえして……一体何がしたいのだ。ソーニャに似た者ばかりを集めた側室でも作るつもりか? バカらしい、ソーニャはもうここに帰って来ているではないか! お前達がそのようなたわけた事をする気なら、私はソーニャとずっと一緒に居る、お前達の用意した者どもを寄せ付けぬほどにな!」
そう言いながら、ヨアニスは俺の肩を抱いて来る。
ソーニャさんに良く似た人達って事は……パーヴェル卿が昨日の今日でもう俺が言っていた事を実行してくれたのか。
でも、結果は芳しくないみたいだけど……なんでだろう。ソーニャさんの姿を知っている人間が連れて来た人達なんだから、俺よりも似てるはずだよな。なのにどうしてヨアニスは反応しなかったんだろう。
不安げにパーヴェル卿をみやると、相手は難しい顔をして首を振る。
そのジェスチャーは「失敗しました」と言っているも同じだった。
「陛下……お言葉ですが、ソーニャ様にはまだ静養が必要です。毎晩毎晩、夜伽を命じておられたら、治る病気も治りませんぞ」
おっ、うまい。他の人達がソーニャさんに見えなかったって事を逆手にとって、俺(というかソーニャさん)のためだって事にすり替えた。
ヨアニスもそこを突かれると弱いらしく、ぐっと言葉に詰まる。
そこの様子に調子付いたのか、文官らしき大人しそうな男の人も口を開いた。
「私ども臣下一同、皇后陛下がお戻りになられて本当に喜ばしく思っております。しかし……皇帝陛下におかれましては、一刻も早く本来の炎雷帝としてのご威光の復活や、お世継ぎを残すと言う使命を果たして頂く事が必要だとも考えているのです。……そのためには、何としても陛下には心から寄り添う事の出来る存在を見つけ出して貰わねばならないのです」
そう言いながら俺を見る文官に、俺は申し訳なくて身を縮める。
彼らも俺がソーニャさんの代わりをしている事を知っているが、それでも、今のこの状況が良い物だとは思っていないのだろう。
それはそうだ。だって、俺は偽物でしかないし……彼らからしてみれば、どこの馬の骨ともわからない存在なんだもんな。パーヴェル卿の案に乗って、身元がはっきりした「代わり」を探したくなるのも仕方ない。
俺としても、このまま騙し続ける訳にはいかないし……。
だけど、ヨアニスだけはその言葉に激昂して文官を怒鳴る。
「何を言っている! ソーニャがここに居るのだから、跡継ぎはソーニャに生んで貰えばいいだろう! お前こそ、文官の存在でなにを意見している……側室などという下らない事を考えるほど暇であるなら、その一生を無駄な労働で塗り潰してやってもいいのだぞ……」
生気のない目が、じろりと文官を見つめる。
その視線は、明らかに文官を敵とみなしているような厳しいもので。
このままでは相手が危ないと思い、俺は慌ててヨアニスの服を引っ張って自分に視線を移動させた。
「よ、ヨアニス! 二人は俺の体を気遣ってくれただけなんだ。だから、その……怒らないでやって欲しい……。代わりに、俺も今日の事は怒らないから」
「ソーニャ」
「そ、それよりさ、服を選んでくれたって、どんな服かな。俺見てみたいな」
そう言いながら、俺は文官とパーヴェル卿にちらちらと視線を寄越して「今だ、逃げろ」と合図を送る。作戦を止める気はないけど、でも今彼らがヨアニスの逆鱗に触れてしまったら、協力者がいなくなってしまう。
俺の合図に気付いたのか、パーヴェル卿と文官は深くお辞儀をすると、サロンからさっと出て行ってしまった。
「…………側室ですか。陛下も大変ですねえ」
二人が居なくなった途端に、今まで黙って部屋の隅に寄りかかっていたアドニスが呆れたように言う。そんな言葉に、ヨアニスは全くだとでも言わんばかりに溜息を吐いて頷いた。
「気をきかせたのは解るが、しかし、だからと言って私は側室を作る気はないぞ。ナーシャの時も、一人だけを愛すると誓ったのだ。その誓いを破る訳にはいかん。だが……ソーニャに無理をさせていたというのなら……お前達には申し訳ない事をした。すまない、舞い上がっていて、自分を抑えきれなかったのだ」
いつになく饒舌なのは、アドニスが特別な家来だからだろうか。
もしくは、俺の主治医だと思って色々と話してくれているのかもしれない。
だけど、俺はそれよりもナーシャという以前聞いた事のある単語の方が気になって、ついヨアニスに問いかけてしまった。
「ヨアニス、ナーシャって……」
「お前も知っている通り、前妻の名だ。彼女が死んでしまった時も、私は心が壊れてしまうかと思うほど悲しんだが……ああ、いや、今はソーニャを愛しているから心配はいらないぞ。……そうだ、服だ。服だったな。今持って来よう。私が一人で選んだ服だ、気に入ってくれればいいのだが……」
そう言いながらサロンを出て行くヨアニス。
皇帝が自分で服を持って来るのかよと少し驚いたが、それだけはしゃいでいるのだと思うとちょっと心がほんわかしてしまい、俺は頬を掻きつつ椅子に座った。
「ふむ……実際に見てみると、本当に陛下は貴方の事をソーニャ様だと思い込んでいるみたいですねえ」
俺の隣まで歩いて来て、アドニスは思わしげな声で唸る。
ああ、そういえば……アドニスもソーニャさんのこと知ってたんだっけ。
そこまで考えて、俺は根本的な疑問を思い出した。
「あのさ……今更なんだけど、なんでソーニャさんって逃げ出したの?」
「今それを言いますか」
「だってアンタら、今まで何も教えてくれなかったじゃないか。ここまで来たら、もう話してくれたっていいだろ?」
アドニスを見上げながら言うと、相手は「まあ仕方がないか」と呆れたような声を出したが、それでも答えてくれた。
「あくまでもこれは、宮殿内で流れている噂であり、私自身は懐疑的ですが……ソーニャ様は、皇帝陛下の重すぎる愛に耐え切れず逃げたと言われています」
「うーん……ありがちだけど、でもヨアニスのあの態度を見る限りは、別に重くはなくないか……? アドニス的にはどう思うんだよ」
懐疑的ってんなら、別の考えを持ってるって事だろう。
話してくれよと促すと、相手は呆れたように俺を一瞥したが――やけに真剣な声で、低く潜めた声で呟いた。
「私が思うに……一番の原因は、ソーニャ様のお子様と……それに関する、周囲の反応が原因かと」
「…………こども……?」
どういうことだ。
ヨアニスは一度も子供の心配なんてしなかったのに。
→
※次はブラック視点
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