異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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聖都バルバラ、祝福を囲うは妖精の輪編

2.山に登るなら準備はしっかりと

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 オーデル皇国南部。
 そこは、この国の人々が“避寒ひかん”のために訪れる土地として、古くから親しまれている。

 避暑という言葉はよく聞くが、避寒と言うのは実際には耳慣れない言葉だ。
 しかし、実際にその南部へ訪れてみると……確かにその言葉の意味を実感する事が出来た。なんたってこの地方は、絶対に雪が降り積もる事のない不可思議な場所だったのだから。

 アドニスの話によると、ドラグ山の周辺は何故だか気候が安定しており、六合目より下はまったく雪が積もっていないのだという。
 それに大地の気も本当に少しだけ存在しているらしく、所々に草木が生えている程度ではあるが確かに緑が芽吹いていた。……とは言え、それらの緑は細かったり小さかったりで、何にも活用できない成長具合だったが……。
 たぶん、山の向こうはアコール卿国だから、そこから大地の気がほんの少しだけこっちに流れて来てるんだろうな。雪だってこっち側しか降ってない訳だし。

 でも、それでも南部はそれなりに暖かく、今の時期はそこそこお金が有る人達が別荘に集っているんだと。日本で言う所の軽井沢って感じかな?

 他の国を見て来た俺達からすれば、ここは南部と言ってもまだまだ寒いし、地理的にはベランデルンの国教の砦の方がより南に近いと思うのだが、あそこらへんは他国からの人間が多いから、治安が心配で別荘地を作らなかったんだろうか。

 まあとにかく、色々と不思議な所は有ったが、俺達は恐ろしい馬力の馬車で三日を掛けて一気に南部へと歩を進めると、ドラグ山・オーデル皇国側のふもとの村である【ザルクーセン】へとやってきた。

 ……簡単に言うが、この速さは夜通し頑張ってくれた御者さんと、四頭のディオメデ達の力によるものであり、それを思うと本当感謝せざるを得ない。
 彼らもヨアニスを早く元に戻したい一心なんだろうな……。彼らの頑張りを無駄にしない為にも、俺達も身を引き締めて山にアタックしなきゃな。

 しかし、それもまず装備や食料を手に入れねば始まらない。
 とにかくザルクーセンでしっかりと準備を整えておかなければ。

 ってなわけで、豪華な馬車が目立つといけないので、俺達は村から少し離れた所にある駐車場に馬車を停めると、俺達は最低限の荷物を持って馬車を降りた。
 この馬車ではさすがに山は登れないため、この村で馬車を変えるのだ。

 アドニスが言うには「それも四合目の村まで、その後は六合目まで我々で陛下が眠っていらっしゃる箱を運ばねばなりません」との事だったので、御者さんとディオメデ達には、俺達が帰って来るまでここで休んでいて貰おう。
 ザルクーセンは保養地の一つらしいし、ここでならゆっくり休養できるだろう。

 ……いやー、それにしてもこの辺りは緑が有って本当素晴らしいなー。
 降りて改めて分かる、植物の大切さ。
 世界に色が有るって凄い事だったんだなあ。

「さて……街に入る前に一つ注意しておきたいのですが」

 馬車から降りて「息が白くないなー」「ほんとだねー」「久しぶりの緑だ」とかアホみたいな会話をしていた俺達に向かって、アドニスがごほんとせきをする。
 口を開けてぼへらーっとしていた俺達は、その咳に我に返って相手を見た。
 い、いかんいかん。この二日間くらい本当に暇だったから、今までの事件の時の忙しさとの落差が酷くて思いっきり気が抜けてたわ。

「貴方達、やる事が無いとヒポカム並の頭になりそうですね」
「失礼な。ツカサ君とコイツはともかく、僕がそんな間抜けになるわけないだろ」
「おいコラクソオヤジ」
「で、注意ってなんだい」
「無視か」

 ほんとこいつナチュラルにクズだなーもー。
 無表情ながらも眉間にしわを寄せるクロウと一緒にブラックの背中に軽いパンチを入れる俺達に構わず、アドニスはこちらに向けて人差し指を立てた。

「ここは山のふもとで登山道も近いですが、決して貴方がた三人だけで先に行かないで下さい。バルバラ神殿は国の管理下にありますので、登山道は兵士に管理されています。……あとツカサ君、草が生えてるからと言って、薬を作る目的で摘み取らないで下さいよ。ここは草花の保護地ですので、草一本でも抜いたら重罪です。薬草は薬屋で買って下さい。グロウで生やすのも駄目です。生態系が崩れます」
「おいそれ俺への注意の方が多くねえか」

 俺だけ注意事項が一つどころか二つも三つもあるんですけど。
 なんでやねんとアドニスを見上げると、相手は目を細めて眉を上げた。

「いかにも君がやりそうだから注意したんですよ。薬師は往々にして薬草を見たら採取して薬を作りたがるものですから」

 う……は、反論できねえ……。
 薬師じゃないけど似たような事して来たから、言われないと摘み取ってたかも。

「それだけ? 保養地だから大人しくしろとかそう言う注意はないのかい」
「貴族とかどうでもいいので知らないです」
「国の要人がそれでいいのか」

 クロウのツッコミにアドニスは肩をすくめたが、本当に貴族なんぞどうでも良いのかツッコミをスルーして続けた。

「とにかく村に行きましょうか。貴方達も疲れたでしょう」

 そんな心にもない事を言いながら、アドニスは一人でさっさと歩きだした。
 実にフリーダムな振る舞いに付いて行けず、俺達は顔を見合わせたが……ここで立ち止まっていても仕方がないので、大人しくアドニスの背中に続く事にした。

「本当に、何考えてるのか解らない奴だなあ……」

 歩きながらそういうブラックに、クロウも頷きながら頬を掻く。

「オレ達に協力しているのかしていないのか解らないし、こちらの事を探っているようで、そのくせ核心までは聞いて来なかったりする……。研究者と言う人間は、みんなアドニスのような変な奴ばかりなのか?」
「うーん……そうじゃないとは思うけど……」

 でも、言われてみれば確かに変だよなあ。

 だって、アドニスは今の今まで“俺の能力”に関しての質問を、何一つして来なかったんだもんな……。

 それに、馬車で俺達と一緒に過ごしていたんだから、聞こうと思えば……探ろうと思えば出来たはずだ。もっと言えば、俺の能力はどんな物なのかとシアンさんをただす事も出来ただろうに、それをしなかった。

 俺達としては助かったけど……でも、何故質問をしなかったのか不思議だ。
 もしかして、研究者として自分で俺の力の本質を見極めたいと思ったから?
 アドニスって人から教わるの嫌がりそうだもんな……それに、今の所アドニスは俺達に警戒されているし、嘘を言われる可能性もあると思って俺の能力については質問しなかったんだろう。

 ……まあ、拉致らちしてますもんねこの人。
 俺の事を試験体とかモノ扱いとかナチュラル人権無視してますもんね……。

 しかし、そう考えるとなんかむずがゆいな。
 だってブラックとクロウは、俺が拉致された事に対して怒ってくれている訳で、それは俺の事を仲間だったり大事な存在だって認めてくれているからだ。

 普段はずっと一緒に居るし、スケベな事ばっかり俺にしてくるから、仲間であると言うありがたみが薄れまくるけど……でも、やっぱ嬉しいなあ。
 改めて考えると照れ臭くて礼とか言えないけど、でも……怒ってくれている二人の為にも、俺もちゃんとしないとな。

 とりあえず、今後は迂闊に拉致されないように気を付けよう。
 本当に何度目だよマジで。魔性の女でもない分、ピー○姫よりタチ悪いぞこれ。
 俺だったらもう救出放棄ほうきしてるよ。
 どんだけディフェンス能力皆無かいむなんだよ俺は。

 ペコリアには緊急出動をお願いしてるけど、そういう事態にならないように俺も色々鍛えておかないとな! うん、そうだ。とりあえず注意力から鍛えて行こう!

「ツカサ君、さっきから百面相して何考えてるの?」
「えっ!? あ、い、いや、俺も気合入れて掛からなきゃな~と!」
「ふーん……? まあでもそうだね、いくら人が住める所が有ると言っても、国境の山は凄く強いモンスターの住処すみかなんだ。それなりに警戒はした方がいい」

 あ……そうか、すっかり忘れてたけど、国境の山ってそういう場所だったな。
 だから山を越えて関所破りをしようとする不届き者もいないし、密入国する人も中々現れないって話だったんだっけ。

 「人が住む場所が有る」とか「国が管理する遺跡が有る」とか言うもんだから、普通に地べたの上にある地域と一緒だと思ってたけど、それを考えるとヤバいな。
 兵士の人が居るみたいだから、たぶん村や遺跡の周辺は安全だろうけど……道中はどうなるか解らんな。今まで出会った事のないモンスターとか出て来るかも。
 そうなると、術式機械弓アルカゲティスの使い方を改めて確認しておかないとな……。
 久しぶりだからまた力加減忘れてそうで怖いわ。

 そんな事を考えていると、徐々に村の入り口が見えてきた。
 ザルクーセンは小さな村だが、村の向こう側に避寒のための別荘がずらりと並んでいて、ぱっと見はどちらが村だかわからない。
 だけど、保養地のおかげでそこそこ潤っているのか、ログハウス風の家が多い村には多種多様な店が並んでいた。なるほど、ここなら薬屋もあるだろうな。

 建物なんかの様子を見ながら村の広場まで来ると、急にアドニスが歩くのを止めてこちらに振り返った。

「さて、私はこの村で荷物の受け取りと少し用事を済ませてきますので……。そうですね……明後日の朝、直接貴方達の宿屋に伺いますので、それまでは自由行動をしていて下さって結構ですよ」
「はぁ!?」
「では、ごきげんよう」

 それだけ言うと、アドニスはさっさとどこかへ行ってしまった。
 ……後には、俺達が残されるばかりである。

「……とりあえず……宿屋に行く?」

 このままここに居るのも間抜けだし、俺達は俺達でやる事をやろう。
 ブラックとクロウに問うと、二人も仕方ないと言った様子で渋々頷いた。

「そうだね……。先に準備する物を整えてから休もうか」
「…………腹が減った……」

 そういえば、朝食もまだ食べてなかったな。
 何だか色々と消化不良だが、今日は久しぶりにベッドで寝られるし……気持ちを切り替えてキリキリやるか。












 
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