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緑望惑堂ハイギエネ、霊蛇が隠すは真理の儀仗編
悪い奴ほどよく群れる2
「で……用事ってなんですか?」
あくまでも強気な態度を崩さずに、いじめっ子達へ問う。
威嚇のつもりで思いきり敵意を剥き出しにしてみたのだが、いじめっ子達もかなりふてぶてしいのか、全く効いていないようだった。
くそう……こいつら自分達が悪い事をしているって自覚が無いのか。
そういうタイプは厄介なんだよな。
でも、だからといってスグに逃げられるはずもない。
ちょっと殴られる程度なら覚悟しているし、俺はもう既にリンチの経験があるから、軽い暴行ぐらいなら怖くないんだからな。
……っていうか、曜術が使えない俺の世界の方がマジで怖いし。
それに比べたら、チート能力があるこっちじゃ怖さも半減ってもんだ。
しかも、こっちなら……絶対に助けに来てくれる頼もしいヤツもいるし……。
「ほう、随分と余裕だな? メスのくせに」
「……そういうの、性別とか関係ないと思いますけど」
オスメス関係なく、覚悟を決めれば人は焦ったりしないだろう。
俺の冷静な態度がご不満らしい金髪リーダーに言い返すと、相手は「メスのくせに生意気だ」と思ったのか知らないが、俺の胸ぐらをつかんできた。
おいヤメロ、この服ヘソ出るくらい短いんだよ、更に短くするな。
「一々口答えすんじゃねえよ、下等なメスのくせに」
凄みを利かせて俺を睨み返す相手。
だが、俺には全く効かない。
……というか、俺にとってはかなり的外れな暴言を吐かれているので、どうしても相手の挑発に乗りきれないのだ。
だって俺、メスと言われ始めてからまだ全然経ってないし。
そもそも俺は、ブラックのためだけにメスだと認めたようなもので、自分がメスであると完全に納得したわけじゃない。というか、多分そこは一生納得できないのだ。
異世界から転移してきた身であるがゆえに、どれだけ「下等なメス」と言われても、まったく腹が立たなかったのである。
ていうか、暴言ならいつも悪友どもが投げかけてくるしな……。
アッチの世界じゃ仲間外れもリンチも陰口も経験してるんだ、こんな程度じゃ俺を落ち込ませることすら出来ないっての。
そんな余裕をかましている俺が憎らしいのか、リーダーは胸ぐらをつかんでいた手を乱暴に動かして、俺を引き倒そうとするかのように解放した。
勢い余ってコケそうになったが、なんとか踏ん張って堪える。
そんな俺に、相手はイライラを隠しもせず顔を歪めた。
「チッ……。お前ら、ラスコーが精製薬を作るのを手伝ってるそうだな」
「それがなに?」
またラスコーさんをいじめる気なのか。
だとしたら、俺だって容赦はしないからな。今度いじめたら俺の必殺パンチで全員コテンパンに伸してやる。俺だってやる時はやるんだからな!
強気な姿勢を崩さない俺に、リーダーは先程の敵愾心を捨てたかのように貴族ぶって、大仰に掌を上にしながら「やれやれ」というジェスチャーを見せてくる。
「困るんだよなぁ、所詮部外者の君達に色々引っ掻き回されたら……。もうこれ以上アイツの研究に協力するのはやめてほしいんだけどねえ」
「学院長直々の依頼なのに、なんでアンタらは嫌がるんだよ」
「贔屓されてるのを見たら誰だって嫌悪感を持つんじゃないかぁ?」
そらまあ、贔屓なんてハタから見てて気持ちのいいもんじゃないけど。
でも、ラスコーさんが自分のやりたい研究を遅らせてまで、一族で取り組んでいる「完璧な回春薬」の完成を目指しているのを知っていたら、仕方ないと思うだろう。
ラスコーさんだって、自分の研究をやりたいのにガマンしてるんだ。
「今やれるのに出来ない」というのは、かなりのストレスに違いない。それなのに、文句を言わずに先祖の研究をやろうとしているんだ。
そんな姿を見て応援こそすれ、やっかみの気持ちなんて持つはずがない。
「俺達は学院長が雇っただけで、ラスコーさんが頼んだわけじゃないよ。そもそも、彼もやりたい研究があるのにそれを遅らせて先祖の薬を作ってるんだぞ? アンタ達だって、そんなハメになったら辛くて仕方ないだろ。それに、材料集めが楽になったダケで、別にラスコーさんの研究が捗ったワケじゃない。こんなことでラスコーさんや俺達を恨むなんて筋違いも良いとこだ」
なぜそんな思考になったのかは分からないが、彼の事情を少しでも知っていたら、いじめたりちょっかいをかけたりなんてしないはず。
相手の事情も知らずに、自分勝手な事を言わないでほしい。
そんな思いを込めた反論だったが、いじめっ子どもには響かなかったらしい。
「ハァ? コネで代々薬学院に入れて貰って完成もしない薬を延々作り続けてるバカ一族の何が辛いんだよ。適当に薬を作ってるフリさえしてりゃ在籍できるんだろ? あんな奴らクソの役にも立たないんだから、それなら俺達がああやって使ってやった方がマシだろ! むしろ感謝してほしいくらいだね!」
あまりにもあんまりな言い草だが、俺以外のその場の全員が「そうだそうだ」と嫌な笑いを見せる。……どうやら、ラスコーさんの一族は薬学院ではあまり良く思われていないらしい。でも、だからっていじめるのは間違いだろう。
放蕩の限りを尽くした奴の子孫だからって、同じ性質とは限らないはずだ。
現に、ラスコーさんは楽をしたがる性格じゃないだろ。
気弱でテンパりがちで、でも自分の研究がしたいからって頑張ってるような人だ。
真面目にやっているのに、それを馬鹿にされるのは外野でも気分が悪い。
…………コネで好き勝手しやがってっていう気持ちは、分からなくもないけど……でも、誰かを傷付けたワケじゃないなら放っておいても良いじゃないか。
「ラスコーさんは真面目に研究しているし、その研究だって誰かの為になる。それはアンタ達だって理解してるんじゃないのか? なのに、何でそんな無意味ないじめをするんだよ。こんなことしてたら時間の無駄じゃないの? 俺をこんな所に閉じこめる余裕があるなら、その時間で研究してた方が有意義なはずだろ」
そう。
アドニスだって、きっとそうするはずだ。
本物の研究バカってのは、誰かを虐げる時間すら惜しいものだろう。
好きな事に全力だから誰かを構っている時間なんてないし、それが良いか悪いかはともかく、自分のやりたいことに真っ直ぐなはずなんだ。
その……研究の為に、俺にご無体な事を働こうとするくらいに。
だから、このいじめっ子達がやっていることは無意味だ。息抜きやストレス発散だと言うのなら、他の事の方がよっぽど有意義なのに。
なにより、人を虐げるのが「息抜き」なんて許せない。
心の中の正義感が燃えてしまい、俺はつい強い言葉を突き付けてしまった。
「ラスコーさんが『コネ入学』なら、アンタらは何なんだよ。研究よりいじめや陰口に熱心になって、人をこきおろす事ばっかしてんのはどういうこと? 精製薬の研究がしたいからここに来たんじゃないの? 立派な薬師になりたいから薬学院に来たんじゃなかったのか。これじゃコネで入学して、研究もおざなりになってるコネ貴族と変わらないじゃないか!」
それともアンタらがその「コネ貴族」と同じだっていうのか。
強い視線を向けた俺に、いじめっ子達はたじろぐ。
……痛い所を突かれたのか、それともマジでこいつらがコネ貴族なのか。
そういえば、他の学生と違ってコイツらの服装はわりとお金がかかってるようだ。貴族であるラスコーさんですらヨレヨレの白衣っぽいものを着たりしてるのに、こいつらの服はいつも綺麗でピカピカしている。
どう考えても、庶民の秀才という感じでは無かった。
やっぱりコイツらの方がコネ貴族なんじゃないの。
そんでもって、同じような存在だと思ってるラスコーさんなら虐めても周囲に文句は言われないと思って、あんなことをしてたのでは。
……ありうる……。
自分達の不満を発散したいがために、いじめても問題無さそうな奴をからかって徐々に行動がエスカレートしていく……なんてのは、よくある発端だ。
ラスコーさん自身、自分の一族にあまり良い印象が無いみたいだったから、学院の人達も恐らくは昔からそういう認識だったんだろう。
そんな下地があったから、コイツらが目を付けてしまったんだ。
……とはいえ、学校に行ってるんならせめてちゃんと生活しろよなあっ!
いや俺が言えたギリじゃないし、赤点常習犯だから何言ってるんだって尾井川達に往復ビンタされそうだけどさあ!
でも、今ここではっきり言えるのは俺しかいないんだ。
今回だけは棚上げさせてもらいたい……!
「うっ、うるさいうるさいうるさい!! 俺達はお前のような下等なメスなんぞ本来なら会う事すら叶わない高貴な身分なんだからな! たかが薬師風情が、生意気な口をききやがって……!」
「ルイータ様、こいつもうやっちまいましょうよ!」
「こんな生意気なメスは、躾してやったほうがいいですって」
「そうですよ!」
リーダーの金髪が、痛い所を突かれたのか激昂する。
その勢いに取り巻き達がなにやら騒ぎ出した。
痛い目か……生憎だが全然怖くないぞ。
何故なら俺は今怒ってるけど凄く冷静だからな。
……でも、無益な争いはコイツらと同類になっちまう。ブラック達にも心配を掛けたくないし、チート能力者っぽくここは格好いいところをみせてやりますか!
「躾って、なにする気なんですか。……言っておくけど、俺は師匠に鍛えられてますから、ちっとやそっとの術じゃ対抗できませんからね」
おっと、なんか俺ってば知的な強キャラっぽくないか!?
へ、へへへ、実はちょっと格好つけて見たかったんだけど、これは気持ちいいな。
悪党を威嚇だけで黙らせる強い男……ダチが見てたら絶対出来ないけど、こちらが喧嘩を売られた上にここは異世界なんだから、ちょっとくらい演技が勝っててもいいよな。演技なら、最初の良いメス演技で今更だしっ。
よーし何だか気分が乗って来たぞ。
こうなったら、俺を警戒しているいじめっ子達に俺のチートを見せてやろう。
「今後、ラスコーさんに難癖をつけるなら……俺達にも考えがありますからね」
そう言いながら、俺は軽く呪文を呟いていじめっ子達を指差すように腕を伸ばす。
――と、その瞬間、俺の周囲には無数の水の球が一気に出現した。
今まで溜めていた水の曜気を、無数の水球が出現するようにイメージしつつ一気に放出したのだ。【アクア】ならこんな芸当も出来るってわけよ。
……ホントは木の曜術でタイマン勝負でも良かったんだけど、普通の曜術師は種を持って術を発動するからな……。
アドニスはともかく、珍しいメスの曜術師とはいえ普通は何もない場所から植物を生やす事なんて出来ないからな。
今は雑草の種も置いてきちゃったし、出来るだけチートは隠すようにしないと。
「ヒッ……」
「あ、あんな数の水を……!?」
でも、いじめっ子達には【アクア】を見せただけでも効果的だったようだ。
まさかメスがこんなに曜術を操れるなんて思っていなかったんだろう。
「ぐっ……お、覚えてろよ!!」
先程、お仲間の一人に「ルイータ」と呼ばれた金髪いじめっ子リーダーが、怯えたように顔を青くして俺の横を走り去っていく。
それを見て、取り巻き達も慌てて準備室から逃げて行ってしまった。
「うわっ!!」
「ぎゃっ」
教室を出た途端、なんだか驚いたような声を残して。
…………なんだ。教室の外になにかあるのか。
二段構えの脅かしをした覚えは無いんだが、と、俺も廊下に顔を覗かせる。
すると、ドアのすぐ横に立っていたのは。
「……ブラック」
そう。ムッとした厳つい顔で壁に寄りかかっている、近寄りがたい雰囲気の怖いオッサンが居たのだ。こりゃあ確かにびっくりするよな。
でも、いつからここに居たんだろう。
不思議に思っていると、ブラックは殺気立った表情をすぐに子供が不機嫌になったかのような顔に変えて、両手を広げながら俺に近付いてきた。
「もう……ツカサ君てばホントに厄介事に巻き込まれるんだからぁ……」
大人の低い声なのに、可愛らしく拗ねたような声音で俺を詰りながら、問答無用でギュッと抱き締めてくる。
抵抗するヒマもなく腕に囚われてしまったが……なんだか、抵抗する気持ちも起きなかったような気がするぞ。どうしたんだ俺。
「ぶ、ブラック、その……」
「流石は僕のツカサ君っ! カッコ良いっ! って思わず興奮しちゃったけど、でも複数人のオスどもに囲まれて危険だったんだからね!? こういう時は指輪を握って僕を呼んだりとかしてくれないと……!」
「えっ、指輪ってそんな機能あったの?」
追跡機能と対暴漢用電撃機能は知ってたけど、それは初耳なんだが。
もう慣れてしまったブラックのぬくもりと匂いに包まれながら顔を上げると、相手は「しまった」という顔をして目を泳がせる。
どうやら説明してない事を忘れてたらしいな。
「この前ちょっとつけたの。……まだ不安定だけど……」
怒ったクセに、この言い草だ。
でもその甘えたような口調がなんだかおかしくて、俺は笑ってしまった。
「……ありがとな。今度危なくなったら使わせて貰うよ」
「うん。……でもさ、ツカサ君もちょっと強くなったよね。……まあ、あんな雑魚だったら、時々はこうして勝てるのかもって感じだけど」
「おいコラ俺の事どんだけ弱いと思ってるんだよ」
勝率何割とかいうレベルですらないんかい。
どんだけ俺を下に見積もってるんだと睨んだが、ブラックはそんな俺の視線に苦笑して頬をすり寄せて来た。だあもう懐くなって、ここ廊下、学校の廊下!!
「弱くても、僕はそんなツカサ君がしゅきなの~」
「そ、そういう問題じゃな……うぷっ、ちょっ、髭ちくちくするやめろって!! つーか、いつの間に俺の指輪弄ったの!? ね、寝てる間!?」
「えっと、そ、それはその……まあ、そんな感じ……」
……なんかアヤシイな。
でもまあ、俺の為にしてくれたことっぽいからいいか。
それに今は……ブラックがすぐ後ろに居てくれたって思うと、なんか心がぽかぽかして来て良い気持ちだし。
……恥ずかしいけど、やっぱり俺もちょっと怖かったのかな。
無意識に「ブラックがいてくれたら」と思ってたのかと恥ずかしくもあるが……。
「…………」
「えへ……ツカサ君……ね、ちょっとお茶休憩しようよ二人っきりでさ。僕ツカサ君のお茶とお菓子が食べたいなあ」
また適当な口実を使いやがって。
何のかんので二人っきりになりたいだけのくせに。
……でも……その誘いに、つい心臓がきゅうっとなってしまう俺も俺で……。
………………ま、まあ……ちょっとくらい、いいか。
許可を貰って帰って来ても、まだアドニスは質問攻めの最中だろうしな。
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