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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
13.夢のお告げは大概意味深1
また、あの白い地下神殿の中にいる。
今度も同じ夢だろうかとぼんやり考えながら、俺は大扉を簡単に開けて紫色の花が咲き乱れている部屋の中に入った。
……そう言えば……この部屋の壁画を調べるって言ってたんだよな。
あれ、ブラックはどこだろう。遅れて来るのかな?
そう思いつつ呼吸をすると、何故か今日はいやに空気が冷えていて、喉や肺が急に寒くなった。ここだけまるで冬みたいだ。足の裏にも白石の床の冷えた感触が伝わってくる。……って、俺裸足じゃん。なにこれ。
つうか俺、また寝た時のままの恰好で……ああ、そうか。これは夢なのか。
という事は、扉を開いた先に――――
「…………やっぱり……」
そこには、真っ黒でいくつもの目がギョロギョロ蠢く何かの塊がいた。
だけどその“黒いの”は、今日は俺に気付いていない。クレオプスが植えられている一帯に近付いて、目玉が幾つも埋め込まれている太い触手のような物で花を撫でて、ポロポロと涙を流していた。
『ウ……ウ、ゥ……』
今日は泣き声が聞こえる。
何個あるのかと考える事すら断念してしまうような数の目から、数えきれぬほどの涙の筋が見えた。……ああいう驚くような格好をしてるけど、やっぱり心は有るんだよな。でも、なにが悲しいんだろう。そう思って……俺は、ネストルさんから聞いた【クレオプス】が生まれた逸話――この地を支配していた巨人の伝承を思い出した。
たしかあの話は、ええと……――。
――――とてもとても昔、もう誰も覚えていない時代の話。
まだ【アーゲイア】という名前が付いていないその地では、いくつもの目玉を持つ異形が人族を支配していました。
目玉の巨人はいくつも目を持っているので、どんな場所でも見る事が出来ます。
そして、目は一つ一つが別の時間で眠りにつくので、巨人は昼も夜も全てのものを監視できるようになっていました。その恐ろしい力で巨人が支配する街は、遠目から見て異様だったと言います。
実際、巨人を恐れる人達は常に怯えて暮らしていました。
どこにでも巨人の目が光る豊かな土地は、巨人の思うがままに貪られ、人々も搾取されて、とても酷い蹂躙を受けているように見えたのですから。
もちろん、その現実を良く思わない人達もいましたが、眠らない巨人は力も強く、モンスターを素手で何匹も倒して来たような蛮族です。何の力も無いか弱い人族には、とても斃すことなど出来ませんでした。
しかしある日、外から見た事も無い美しい服を身に纏った“使い”が現れて、巨人を恐れていた人々にこう言ったのです。
『今から英雄を貴方がたに授けよう。その英雄が貴方がたを救うでしょう』
それは、神の御使いでした。
神は御使いに命じ、巨人を倒し豊かな土地を人族の物にする為の美しい英雄を、人々に齎してくれたのです。
その英雄は、巨人を「眠りの花」で眠らせ、巨人に組する敵を一掃しました。
ですが、多くの目玉を失った巨人は最後の最後で恨み言を呟き、息絶えたのです。そのせいで、眠りの花は変質して呪いの毒花になってしまいました。
英雄はそれを封じるために地下深い神殿に巨人の躯を深く深く埋め、毒花の全てを神殿に隠し人々を守ったと言います。
そうして英雄は、この街を百眼の巨人――アーガスの名を取って【アーゲイア】と名付け、神の名のもとに薬草の豊富なこの地域を治める領主となったのでした。
…………っていう、伝承だったよな。
領主の館に帰る時にネストルさんから聞いた話だけど、確かこの話は領主の一族にしか伝わって無くて、もう知ってる人も他に居ないって話だった。
最初に聞いた時は……まあ、この世界じゃよくある英雄譚とか貴族の輝かしい出自みたいなもんだろうなと思ったけど……でも、同時に何故か妙な違和感も有った。
それが何なのか未だに解らないけど、でも、いま目の前にいる変な“黒いの”を見ていると、自分の中で何となくその違和感が明確になったような気がした。
「……あの……」
明確になった途端、急に紫色の瞳からポロポロと涙をこぼしている“黒いの”が気になってしまい、俺は声を掛けながら近付いた。
すると、いくつかの目が俺の方を向く。だけど動く気配は無かった。
殺気のようなものも感じなかったので、すぐそばまで近付いてみる。すると、その“黒いの”は少し驚いたようで、コーヒーゼリーみたいな体を小さく揺らした。けど、逃げはしない。気にせず隣でしゃがむと、相手はいくつかの花を目玉だらけの触手で撫でながら、またシクシクと泣き始めた。
「どうしたの?」
出来るだけ優しく問いかけると、その“黒いの”は体らしき部分の目を一斉に半目にして、落ちこんだように体を弛ませた。
『目……ナイ……。ヌシ……目……。目、ホシイ……ナイ……見エナイ……』
子供や女性や大人の男の声が混ざったような、不思議な声だ。
息を吐きながら囁くような小さな声なのに、妙にしっかりと聞こえるし……これも夢だから、こうもハッキリ聞こえるのかな。
不思議に思いつつも、俺は“黒いの”を見た。
「目なら、たくさん持ってるじゃないか。それはクレオプスって花だよ」
そう、もう“黒いの”にはたくさん目が有る。
もし……こいつが、あの伝承の巨人と関係が有る何かだったとしたら、凄く傷ついているはずだ。でも、何も変な所は無い。目玉だって普通に元気そうだった。
なのに、どうして更に目を欲しがるんだろう。
疑問を隠しきれない声で問いかけると、落ちこんだように伏せられた多くの目は、瞼のような部分をぷるぷると震わせた。
『目……ホント……チガウ……。目、ココ……。ヌシ……目……ココ、オチタ……』
「……落ちた……?」
『花……ヌシノ目……目……花、ナッタ……。コワイ、タクサン……。ヌシ……目……タクサン……オチタ……』
そう言いながら、また“黒いの”は震えてシクシクと泣き始める。
よく解らないが気の毒になってしまって、少しでも落ち着くようにと俺は“黒いの”の目が無さそうな部分を指先で撫でて慰めた。
けれど、相手は怖い怖いと言うばかりで、泣きやんでくれない。
その姿が何だか、俺がよーく知ってる奴みたいに見えて来てしまって、見放す事も出来ず慰め続けるしかなかった。
けれどそうしていると、不意に“黒いの”が俺の方を見て来て。
数えきれない紫の瞳の視線を一身に受け、思わず顎を引いてしまうと、相手は俺におずおずと語りかけて来た。
『ホシイ……』
「え……?」
『目……ホシイ……タスケテ……タスケテ……ヤサシイ……タスケテ……』
花を手当たり次第に触っていた触手が縮まり、今度は別の所からニュッと出て来て俺の方へと伸びて来る。またコレだ。でも、やっぱり不思議と怖いとか逃げたいとは思わない。むしろ、健気な感じさえした。
伝承の巨人は、悪逆非道みたいな扱いだったのに……いや、この“黒いの”は巨人と関係ないよな、きっと。だってコイツはどう見ても巨人じゃないし、スライムみたいな物体なワケだし……。もしあるとしても、多分子分か何かだろう。
そんな事を考えていると――――
『目……目ホシイ……目……タスケテ……タスケテ……』
「うわあっ!?」
“黒いの”は、なんと今回は触手を伸ばすだけで無く、俺に圧し掛かろうとして来たではないか。これにはさすがに俺も堪え切れず、後ろに倒れて――――
「………………はへ」
「んもうツカサ君、また変な夢見てたでしょ……」
目の前がぼやけてて、何だかよく解らない。
さっき見ていたはずの紫がすぐ目の前に有って、少し頭が混乱していたが……その瞳の色が、他の紫とは違う色だとすぐに理解して、急に目が覚めて来る。
うわ、そうか。さっきのは夢か……。
そう思いながらショボついた目を瞬かせると、目の前の菫色の瞳が離れて、無精髭がいつもより濃いブラックが現れた。ああ、また何故か不機嫌そうだ。
「あさからかおがごつい」
「ツカサ君のせいでしょー! もー!! 僕と一緒に寝てるのに僕以外の奴ばっかり夢にみてーっ!」
いや夢はコントロール出来ないんだから仕方ないじゃないか。
頼むから起き抜けに怒鳴らないでくれと起き上がると、ブラックはリボンを解いた髪を振り乱して駄々っ子のように暴れた。
「ツカサ君の薄情ものーっ! 僕が隣に居るのに。僕以外の何かに夢中になるなんてやだやだやだー!」
おい、ベッドが揺れる、やめろやめんか。
ああもう仕方ないなぁ……。
「分かった分かった、俺が悪かったから後ろ向けって……髪整えるから……」
そう言うと、ブラックは嬉しそうに顔を輝かせてすぐに俺に背を向ける。
まるきり子供の仕草だが、長くうねった赤い髪が揺れて、カーテンから零れて来る日差しに光るのを見ると、悔しいけど綺麗な色だなって思ってしまう。
赤く長い髪が流れる広い背中も、俺には羨ましかった。……言ってやんないけど。
複雑な思いを抱きながらも、いつものようにブラックの髪を解かして綺麗にリボンで結んでやると、俺達は朝の身支度をしてネストルさんと一緒に朝食を摂ろうと部屋を出た。別に一緒に食べる決まりはないんだけど、今回は地下神殿の壁画を調べたり病気の【クレオプス】を採取して調べたりするからな。
何かやってはいけない事があると困るから、事前に聞いておかないと。
そう思って、いつものように給仕係さんも一人しかいない寂しい食堂へと出向くと――そこには、浮かない顔をしたネストルさんと執事さんがいた。
な、なんだ。今日は妙に空気が重いな……。
と言うか、執事さんがいるなんて初めてじゃないのかコレ。
訝しく思いつつもネストルさんの近くに座ると、彼は悲しげに表情を歪めた。
「…………すみません……暫く、ご案内できないかもしれません……」
「え……どうしたんですか?」
問いかけると、ネストルさんは肩を縮めて俯いてしまった。
どうしたんだろうと心配していると、横についていた執事さんが答える。
「実は……旦那様の容体があまり芳しくないのです……。昨日から急に発作が激しくなりまして……。そのため、坊ちゃまは領主の名代として、旦那様が今まで処理しておられた執務を引き継がねばならぬのです」
「……陛下に呼び寄せて頂いたのに……務めも果たせず申し訳ありません」
「い、いえ、それなら仕方ないですよ! 俺達は俺達で頑張りますから……その……お見舞いする時間が少しでも取れるようにしてください」
気の利いた事も言えなかったが、それでもネストルさんは俺達に礼を言って、涙を拭いてくれた。ああ、まだ中学生にもならないような子供なのに、どうしてこんなに辛い役目を背負わなくちゃいけないんだろう……。
俺に出来ることが有ったら遠慮なく言って欲しいと思うけど、家庭の事情ってモンがあるし、軽率に言い出さない方がいいよなぁ。
代々の呪いって事は俺の回復薬だって効かないかもしれないし……。ううむ、でもこの世界の人は“気”が命の源みたいなモンだし、気休めくらいにはなるかも……。
「あの……気休めにしかならないかも知れないけど……回復薬、使って下さい」
そう言いながら俺特製の回復薬を差し出すと、ネストルさんは少し笑ってくれた。
良かった……少しでも、彼のお父さんの気が楽になるといいんだけど……。
……っておい、睨むなブラック。お前本当子供相手でも大人げないな。
無暗に嫉妬するのはやめろ、とテーブルの下でブラックの膝を叩いて、俺は本題の「地下神殿で調査する許可」と「病気のクレオプスの採取」について許可を貰った。
なにか条件を付けられると思ったら、すんなりオッケーしてくれたのが驚きだ。
……クレオプスのことについては信用してくれてるんだろうか?
もしそうなら、信頼に応える為に頑張らなくちゃな。
軽く朝食を済ませると、俺達は早速地下神殿へ向かった。
あの長い長い階段も、何度も上り下りしていると、それほどでもないように思えてくるから不思議だ。人間って見慣れない場所を歩くと長く感じるって言うけど、やっぱりそれは異世界でも起こっちゃう現象なんだなあ。
異世界なのに俺の世界の現象が起こるなんてと呑気に思いつつ、俺達は大扉を苦心して開けて部屋の中に入った。
「そんで、壁画ってのは……」
入って真正面。
クレオプスの群生の先に有る祭壇を越えた先の壁は、見えない天井まで真っ直ぐに伸びている。その広い壁に、巨大な壁画が描かれていた。
だけどそれは……よくよく見てみると、なんだか妙な違和感が有って。
「これは……どういう事だ?」
ブラックもその違和感に気付いたのか、腕を組んで首を傾げている。
さもありなん。だってそこにあった壁画は……俺達がネストルさんから聞いた伝承と違う物が描かれていたのだから。
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