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海洞都市シムロ、海だ!修行だ!スリラーだ!編
10.先生キャラは意外とまとも
◆
この世界では、天井に付着したホコリを取るのに、濡れたヒポカムの毛を使う。
――ヒポカムって言うのは、山鯨馬とも言うこの世界で常食される肉牛だ。
見た目は毛むくじゃらのカバという感じでツノも有るんだけど、この世界では「馬」とされている。なので、基本的に“馬車”と言えばこのヒポカムが牽く低速馬車の事を言うんだよな。俺達が乗って来た馬車もヒポカムののんびり馬車だ。
んでこのヒポカム、成長が早く寿命もキッチリ三年という性質のため、人族の大陸では安価で美味しい庶民の味方として、様々な場所で流通してるんだけど……実際の味は牛肉と言うかパサついた脂身の少ない豚……ゴホン。それは置いといて。
とにかく、ヒポカムは生まれてから三年の天寿を全うするまで、その全てに無駄のない生物とされ、特定の地方では謝肉祭とか崇め奉るお祭りなんかもあるそうだ。
そんなヒポカムだからこそ、当然あのモサモサした毛にも価値がある。
…………前置きが長くなったが、それがこの「ヒポ毛ほこり取り」なのだ。
名前が間抜けな響きだが、侮ってはいけない。ヒポカムの腹の奥の柔らかな体毛を使ったと言う、このバレーボール大のタンポポの綿毛が棒にくっついたような道具は、とんでもない性能なのだ。
ちょっとだけ水で湿らせて、天井を一撫でするとあら不思議、面白いようにホコリが取れる! 二度拭き要らずの優れものなのだ!
放置された治療院を全部掃除しろと言われた時は青ざめたものだったが、こんなに素晴らしい掃除道具があるのなら話は別である。
師匠が「酒場から持って来た」と言って、一式渡してくれたんだけど、これなら楽々掃除出来ようってモンよ。学校の掃除より何倍もマシだ。
ヒポ毛ホコリ取りは、揉み洗いすればすぐに取ったホコリが落ちてくれるので、俺はとりあえず二階の天井を綺麗にし尽くした。……まあ、脚立がなかったので、やらしい顔をしたオッサン達に肩車をして貰ったのだが、そこは、まあ、よかろう。
手伝ってくれるクロウの助力も有って、ホコリを片付け拭き掃除まで終わらせる事が出来た。……ホウキを使う姿はまさにゴツいメイドさんだったが、何も言うまい。
早く替えの服が届けばいいんだがと思いつつ、俺は何とか夕暮れまでに二階の拭き掃除を終えて、とりあえず寝られる部屋を一つ二つ確保する事が出来た。
ちなみにブラックは「がんばれー」と応援するだけだったが、まあ良い。こいつはこう言う奴なんだ。怒るだけソンと言う物だ。
でもいいもんね、ロクショウも手伝ってくれたし。
可愛い小さいお手手でホコリを集めては、モコモコした固まりに「ひくちっ」とか超絶可愛いくしゃみをしたりしてたり、コウモリの翼をニュッと生やして小さい布でパタパタと拭き掃除も手伝ってくれたし、本当に可愛くて気が利いてて世界一可愛いヘビトカゲちゃんだよロクは。
ああ、この掃除姿を見られただけでもおつりがくるってもんだ。
「そんで……残りは?」
のんびりと俺達の掃除する姿を見学していたブラックは、夕方になり一息ついた俺とクロウとロクを見ながら首を傾げる。
こんちくしょー最後まで手伝わなかったなこのー。
「一階は、まだ全部終わっていない。肝心の台所がそのままだな」
「キュゥ~」
ぐぅ、とお腹を鳴らす可愛いロクのおでこを指で撫でながら、俺はそうだったなあと息を吐く。
「あー、そっか……台所がまだ……。このままだとメシも作れないな……」
「えぇ~ツカサ君の料理食べられないのぉ」
「お前なぁ、今まで散々働いてた俺をこれ以上働かせる気か……」
食べたいと思ってくれるのは嬉しいが、今の現状を見ろ、今の。
俺達二人と一匹はホコリだらけで料理をするような感じじゃないだろう。
それにさっきもクロウが言ってたけど、台所は全然片付いてないしな……。なんて思っていたところで、再び治療院のドアがギイギイと音を立てた。
誰が入って来たんだろうと思ったら、玄関の方から「ほぉ」と声が聞こえる。
この声は……カーデ師匠か。
「全部、とは行かなかったようじゃが、まあ良かろう。ホレ夕飯じゃ」
そう言いながら、師匠はバスケットを掲げて入ってくる。
あっ、そう言えば「夕飯を持って来てやる」とか何とか言ってたっけ。
掃除が大変過ぎて今まで忘れていたなあとぼんやり思う俺を余所に、カーデ師匠はバスケットのような籠のフタを開けた。すると中には小さな鍋が入っていて。
三人と一匹で「何の料理だろう?」と目を瞬かせている俺達に、師匠は鍋を取り出して、人数分の皿を俺達に渡した。
「なんてことはないヒポカムのシチューじゃよ。これが一番安かったでな」
「安いって師匠……」
「なんじゃ文句があるのか。ヒポカムは栄養が有るんじゃぞ。文句で満腹なりたいのなら、このシチューはいらんかのぉ~」
「わーすみませんごめんなさい食べます食べます!! ありがとうございます!」
「最初からそう言えば良いんじゃ。ダメ弟子じゃのう」
フンと高い鼻を鳴らしてお玉を振るカーデ師匠に、俺はグウと喉を鳴らす。
なんかもう、典型的なイタズラ爺ちゃんだなぁもう。
シアンさんを「ちゃん」付け出来るレベルで親しくて、その関係に恥じないほどの凄い人って事は判るんだけど、まだイマイチ凄さが判らない。
まあ、滅茶苦茶な事を言うワケじゃ無いし、こうして夕飯を持って来てくれる程度には常識のある人って事は解るんだけど……。
肉も野菜も少ない、妙に味付けが濃くて喉が焼けそうなスープを啜りながら考えるが、まあ一日目じゃあ何も分からないか。
とにかく今日はしっかり食べて明日に備えよう。
ベッドも硬いし寝袋で寝なきゃなんないんだから。
ロクショウにスープを冷まして与えつつそんな事を考えていると、師匠が不意に俺へとスプーンの切っ先を向けて来た。
「時にお前、自分がメスかどうかすらピンと来て無かったようじゃが……今までどこの辺境におったんじゃ」
「へっ」
「ワシの目はごまかせんぞ。野蛮人のような粗野さこそ無いが、お前の世間知らずな雰囲気は凄まじいぞ。その顔で貴族の令嬢令息なワケがあるまいし、そのうえ自分の性別も知らんとは、もう辺境の蛮族としか考えられん」
人を捕まえて蛮族とは酷い言い草だ。
しかし下手に言い訳もできない。だって、俺が自分が何者かという事を上手く言えないのは、別の世界から来てるからだし……それをカーデ師匠に伝えても、理解して貰えるかどうか……。下手すると狂人と言われかねない。
この世界で「異世界」を認識しているのは、一握りの学者と、ブラック達みたいに俺の正体を知っている人達だけだ。
その一握りの人の内に、カーデ師匠が入るかと言うと……謎だ。
どう答えたら良いんだろうと思わず口を閉じたが、両側からオッサン達が俺を庇うようにカーデ師匠に口々に事情を説明し出した。
「ツカサ君は、世間知らずなダケの普通の男の子だよ。まあ、今は僕の大事な婚約者だけどね!」
「そうだぞ、すこし勉強が出来ないだけの可愛いメスだ」
「お前らなあ!」
庇うにしても、もう少し褒めるような庇い方してくれっての!
そうツッコミを入れたいが、ボロが出るので何も言えない。
「なんじゃそりゃ……三人そろってバカか。仕方のない奴らじゃのう」
「あ゛?」
「グルルルル」
「あー煩い煩い。とにかく、お前には学が足らん。……面倒じゃが、まずは座学を教え込むのでそのつもりでおれ」
ざがく。えっと……つまり、勉強するってことか。勉強すんのか!
異世界から宿題持って帰って来たのに、こっちの世界でも勉強すんのか!
思わず青ざめてしまったが、いやしかし、カーデ師匠の授業は恐らくファンタジー世界のお勉強だ。俺が大好きなものなら耐えられるかも知れない。
しかし、何を教わるのだろうか。
「あの……薬学の勉強ですか?」
白髭を動かながらモソモソとシチューを食べる師匠に問いかけると、相手は柳眉を片方だけ上げて俺を見た。
「一般常識からじゃ。……そうさな。何故ワシがメスを取らないか、お前はその理由を覚えておるか?」
「あ、えっと……曜気の量がナントカって……」
「そうじゃ。オスとメスでは、曜気の保持量が違う。だからこそ、ワシは全てを伝授する事が出来ないメスを弟子にはせんと言ったんじゃ。……まあ、お主はメスにしては異様なほどの曜気の出力があるようだから別だが、本当は取らんのだからな」
「は、はい」
ジロリと睨まれて、思わず居住まいを正す。
そんな俺に、カーデ師匠はフゥと息を漏らして空になった皿を置いた。
「メスと言うのは、言わば器。子を産む役目じゃ。そのため、本来ならばオスの曜気を受容し体内で融合させるために、オスよりも曜気保持量が少ない。これは人体試験の結果でも明らかな事じゃ。それが子を産むために必要だから、そうなっておる」
「じゃあ……本来なら、俺の術は普通の曜術師より一段劣るんで……?」
「ウム。そこは聡くてよろしい。メスの曜術師はそれゆえ実践には向かんし、大きな仕事を任せるような存在ではない。むしろ、オスが守らねばならんのだ。……お前、冒険者をやっとる時、異様に男に好かれたじゃろ。ありゃメスが少ないからじゃよ」
「はー、なるほど……」
以前、一回だけ集団での討伐イベントに参加したことが有るんだが、その時異様に絡まれるわブラックが不機嫌になりまくるわで大変だったんだよな……。
そっか、あの時はオスだのメスだのって言われなかったから知らなかったけど、俺が“そういう奴”に見えてたから、いらないモテ期に突入してたんだな……。
…………あまり知りたくなかった……。
「とにかく、お前のような小僧のメスで、冒険者をやっとる奴は珍しいからの。そこのオッサンどもが躍起になるのも無理は無かろう。無くは無いが、貴重だからこそ他の奴らに目を付けられるんじゃ。……それに、モンスターに襲われるのも大概がメスだからのう。子を産む役目の物は、異形にもひっぱりだこじゃ」
「え゛……」
「だーから、普通なら冒険者にメスはおらんと言うておろうが。……ともかく、それほどに曜術師に向かんのがメスなんじゃ。……だがまあ、薬学に向かんわけではない。お前はオスと同等のじゃじゃ馬のようじゃから、薬師も曜術の勉強も問題はないじゃろう。だが、忘れるなよ。メスは、本来ならば外に出らん存在じゃ。冒険者になっても、末路は酷い物になるだろう。弱く知識も無い物は哀れだ」
厳しい事を言いながら、師匠は俺の顔をジッと見つめる。
淡い緑色の瞳が真剣な光を含んでいるのを見て、思わず唾を呑み込んだ。
「だからこそ、これからも冒険者を続けたいなら、強くなりたいのであれば、知識を軽んじるな。薬学でもそうじゃ。一歩間違えば、ワシらの薬は人の命を奪う。医師の手を滑らせるのだ。その覚悟を持って、座学を目の奥に刻み込め。二度と忘れぬようにな。……わかったか?」
正直、ちゃんと理解出来ているかは解らない。
だけど、カーデ師匠は俺のためを思って厳しく言ってくれている。
その事だけは、確かに分かる。
冒険者として生きるにしろ、薬師として薬を作るにしろ、知識が必要だ。何も知らないままでは、自分を殺し人を殺してしまいかねない。
だからこそ、師匠は俺に警告をしてくれているんだ。
今までのようにはいかない。
ちゃんと勉強して、真っ当に人を救えるような人間になれ、と。
そうまで言われたら頷かない訳にはいかない。
口も悪いし性格も難ありだけど、カーデ師匠は“今の俺にとって一番大事なこと”を問いかけてくれている。それが必要だと教えてくれているんだ。
こんなに教えてくれている人に、教えを請わない手は無いだろう。
俺は背を伸ばし姿勢を正して、師匠に軽く頭を下げた。
「解りました。明日からよろしくお願いします、お師匠様」
「…………うむ。よろしい。明日からしっかり付いて来いよ」
ブラックとクロウ、そしてロクショウに見合う立派なオトナの男になるためなら、苦手な勉強もビシッとやってやるさ。
師匠なら、きっとそんな男になる方法を教えてくれる。
初対面からは想像が出来ないくらいに頼もしい相手を見やると、師匠は照れ臭そうにフンと息を吐いて鼻の頭を指で擦っていた。
→
※またもや遅れて申し訳ないです…(´∵`)
オッサン達の出番が少ないですが、次は増えます
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