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竜呑郷バルサス、煌めく勇者の願いごと編
29.異変1
「やっぱり……この遺跡は、全ての属性が必要だったという事なのかしら」
土の曜気を吸って上へ上へと移動していく床に乗ったまま、シアンが思わしげな顔でそう呟いている。だが、その言葉にはブラックも同意せざるを得なかった。
なにせ、水、炎、木、金ときて最後が土だ。
ここまでくれば、何らかの意図があって五曜の属性を使わせたとしか思えない。
神殿のような造りをしていながら、あのように危険な仕掛けを随所に仕込んでいるのは、恐らくそれらが五曜を扱う曜術師にとって必要な事だからなのだろう。
だが、その肝心な「必要とされたこと」が判らない。
あの見取り図でも全くそのあたりが記されていなかったし、この神殿の壁に刻まれている紋様は他では見かけないもので、ブラックにも見当がつかなかった。
(この神殿が【認めた】曜術師に対する試練か? だがしかし、それだと金の曜気の仕掛けがああも簡単に行った事が疑問だし、熊公やシアンの時のように、罠すらなく昇降する仕掛けだけが起動する場合も有るのが解せない……)
まあ、土の曜気は基本的に集めにくく、水の曜術も本来ならば大規模になることを成せる属性ではない。基本的に優しく流動する性質の水や、大地に散って捉えにくい土は、炎や木の属性のように派手な技などそうそう使えないのである。
(ツカサ君は黒曜の使者だから威力も規格外だし、まあ『なんでもアリ』だから、水の曜術だってあんな風に膨大な水を出す事が出来たんだろうし……シアンも【碧水のグリモア】だからな……普通の曜術師じゃあ、あそこまで水を使いこなせない)
人の事は言えないが、つくづく自分の周囲には「規格外」が集まっている。
感覚が狂ってしまいそうだなと今更考えつつも、ブラックは逸れていた思考を元の道に戻して、じっと薄暗い天井を見上げた。
(それにしても……何だか妙だな。この遺跡は、これだけの仕掛けが動くほど曜気を喰ってるってのに、どうにも完全に起動しているような気がしない。こっちはメネスと言う月の神殿だから、全体的に薄暗いってのは分かるんだが……しかし、それでもなんというか、未だに妙な違和感があるというか……)
違和感。
その言葉をふと思い返し、ブラックは顔を顰めた。
違和感と言えば、あの「金の属性の間」からツカサ達に違和感を感じている。最初からおかしいとは思っていたが、その違和感を確信したのはこの「土属性の間」だ。いつもならツカサが通話に出てくれると言うのに、今回はあのクソ貴族が出て来て、早く早くと急き立てて来たのだ。
何故そんなに急ぐのか、何故ツカサが出て来ないのか。その問いを問いかけようにも、あのクソ貴族はとにかく「早く合流しよう」の一点張りで聞かない。
激昂しかけたブラックを熊公とシアンが宥めて、やっと今の状況になったのだ。
(ツカサ君に何かあったとしても、大概の怪我は治るし気にはしない。寧ろ、そんな事になったら僕が看病してあげられるし……まあ、あのクソ貴族にはそれなりの代償を支払って貰うつもりだが……それはともかく。怪我だけなら、ツカサ君だって何か一言ぐらいは言ってくるはずだ。なのに、それもない)
怪我以上に何かまずい事が起こったのだろうか。
そうなると、今考えられるのは死亡か強姦かと言う事になるが……それも妙だ。仮に前者であれば、あの男の事だから、何か謝罪の言葉を掛けて来るか状況を報告して来るはずだ。
規律を重んじている鬱陶しいあの男が、事を隠蔽するとは思えない。
だとしたら、あの男がツカサを強姦して、ツカサが気絶したと言う事になる。
しかしそれも素直に頷けない予測だった。
(……まあ、金の属性の間でのツカサ君の声はおかしかったし、何かいやらしい事をされてるんじゃないかとは思ったけど。でも、泣きそうな感じの声じゃなかったし、ツカサ君的には『耐えられる範囲』だったってことだよな。なんせ、平気で通話して来たし。……じゃあ、土の間に行く前に犯されたのか? あの通話が終わった後に、本格的に強姦されたとか……)
それならそれで、あの傲慢クソ貴族が「早く合流する」などと言うだろうか。
むしろ、本懐を遂げてしまえば「あいつの元になど二度と返さん」などという胸糞悪い執着に取り憑かれて、無理矢理逃げ出してしまいそうなものなのだが……。
(…………強姦している途中で、ツカサ君に復讐でもされたか? でもな……そんな事になれば、僕の作った指輪が黙っちゃいないはずなんだが……)
そう思いながら、左手の薬指に嵌っている指輪を見やる。
じっと見つめても、やはり違和感はない。ツカサの身に何かの危険が及べば、指輪に施した術が最大でも三回は守ってくれるはずなのだが……その印もなさそうだ。
アレは、あの赤髪のクソガキですら動けなくなるほどの威力に設定している。
だったら、あの男など三回も喰らえばひとたまりもないはず。
(けれど、アイツの声からは何かの攻撃を受けたような感じはしなかったし……)
一体、何がどうなっているのだろうか。
ツカサの身に何かあったのは確かだ。しかし、何が起こったのか全く分からない。
それがブラックの心を酷く急かして堪らなかった。
「ムゥ……遺跡の謎も気にはなるが……この床が到着したら、本当にツカサに会えるのか? また何か想定外の罠か何かあるんじゃないのか」
熊公もロクにツカサの声を聞けていないからか、どこか疑わしげな声で問いかけて来る。聞きたいのはこっちも同じだ……と言いたいところだが、その不安な気持ちは嫌と言うほど分かるので無碍にも出来ない。
むしろ、熊公の場合はブラックのようにツカサの安否を確かめられるような道具を持っていない分、ブラックよりも心配しているのかも知れない。
それを思うと少々優越……いや、哀れになって、ブラックも優しく答えてやった。
まあ、声は相変わらず不機嫌だったが。
「見取り図では、合流するための通路と、最後の部屋があったみたいだけどね……。しかし、この状態だからどうなるかは未知数だ。最後の最後に門番代わりのバケモノが登場したっておかしいとは言えないだろうな」
ブラックのその言葉に、熊の耳が軽く下がりそうになり……慌てて元に戻る。
……獣人は、心の機微を悟られないために耳や尻尾の動きを抑制する訓練をやると聞いている。この駄熊も恐らくその訓練を行っていたであろうに、ツカサが絡んだらこの有様だ。まるで家畜だなと最大級の侮辱を言ってやりたかったが、どうせ駄熊の事だからして、ツカサ絡みならそれも甘んじて受け入れてしまうのだろう。
他人事ながら胸糞悪い。
それだけツカサに入れ込んでいるのだと理解出来れば出来るほど、この邪魔くさい獣人へのイラつきが増す。ツカサに触れる事を認めてやったとは言え、やはり自分の大事な恋人……いや、婚約者にそこまで懸想していると分かると、伴侶としては良い気分ではない。認めてしまって今更であるが、合法で叩き斬れる機会があるのなら、さっさと斬り捨ててしまいたかった。
だが、それ以上に不快なのは、やはり……自分と対話しても居ない、ただ横恋慕をしてツカサを奪い去ろうとしている、あの憎たらしい傲慢なガキだ。
あの駄熊のようにブラックとツカサが愛し合っている事を認めてもいない、お互いを純粋に思う自分達を自分勝手に引き剥がそうとしている無礼で悪辣で賢さの欠片も無いような間男。あの男の、ツカサへ向ける熱っぽい目を見ただけで、手が剣の柄を握ってしまう。
このうえ、もしツカサを強姦しでもしたら。
(…………その時は…………殺す……)
時間を掛けてじわじわと、ツカサが気付かないように。
自分達に目が向かないような方法で、長く苦しめて殺す。
静かにそう心の中で呟き、拳を握っていると――――ついに、土の床が天井近くに到達し、一方の壁に通路が在る位置までたどり着いた。
この先に、ツカサと合流できる場所が在るのだ。
「……なにが起こるか分からないから、気を引き締めて行きましょう」
「ああ……」
シアンの言う事は尤もだ。
このような安心できない場所で激昂しても始まらない。深く息を吸い己に冷静さを強いると、ブラックは二人と一塊になって通路に足を踏み入れた。
(…………人の気配は無い。金属の動く感覚も、炎も感知してないな……)
金の曜気だけでなく、炎の曜気も感じられない。
【索敵】で自分が感知し得るすべての物を細かく視点を切り替えて探るが、危ない刃などの気配は無いようだ。……ただ、この通路から少し離れた場所には【索敵】が通らないようで、その事が気にかかるが……。
(何かの仕掛けが有ったら、どれほど遠くに本体が有っても動力を伝えるための管や回路は見つかるはずだ。現に、炎の間や金の属性の間では、妨害されずちゃんと探知出来た。だから恐らく……危険は無いと思うけど……)
今のところ、シアンも熊公も何かを感じている気配は無い。
……とはいえ、木属性の仕掛けが有れば、自分達には分からないのだが。
(やっぱり、ツカサ君をこっちに配置した方が良かったと思うんだけどなぁ……はぁ)
木の曜気を使う部屋は、あちらから曜気を含めた種を貰うことでなんとか回避したが、よくよく考えればやっぱりツカサをこちらに置いた方が良かった気がする。
水の曜気の昇降装置はともかく、この土属性の部屋などは仕掛けに頼らずとも別の術で何とか突破できたはずだ。
少々反則な気もするが、木でも何でも生やして登ればそれで済む。
あの傲慢なクソ貴族が木属性の他に何を使えたのかは知らないが、何にせよ二つの属性を使いこなす事が出来るのだから、なんとかなっただろう。
最初の様子からして、あの男には水属性は使えないようだったし、ならば他の属性で充分耐え切れたはずだ。金の属性が無かったとしたら……まあ、ご愁傷様だが。
徐々に通路の色が紫を含んだ暗色から銀光を放つ金属のような色になって来た事を横目で見つつ、未だに先が見えない通路を睨んで――ブラックは、眉根を寄せた。
(…………ん? 待てよ……ツカサ君が土の間でもう気絶していたとしたら……土の曜気を使ったのは、あのクソ貴族なのか?)
土の間ではツカサが通話に出なかったのだから、彼が既に話せる状態でなかった事は確かだろう。ならば、ツカサは土の曜気を放出できなかったはずだ。
なのに、あの男がこちらと協力して仕掛けを動かし、昇降装置を起動させたと言う事は……あの男のもう一つの属性は、土属性と言う事になる。
(だとしたら滑稽すぎるな。お貴族サマが見下している土属性を持ってるだなんて、社交界では笑いモンだ。……まあ、そんなこと誰かに言えるはずもなかろうが)
しかし、そう考えるも妙に納得がいかない。
自分の脳内に住むもう一人の自分が、「本当にその見解で良いのか?」と浮かぬ顔で己に問いかけている。
その自信なさげな声音に、今一度考察すべきかと考えていたのだが。
「むっ……足音が聞こえてくるぞ!」
どこか興奮したかのような声で、唐突に駄熊が声を出す。
真正面に目をやり耳を澄ませると――――向こう側の暗がりから、豆粒ほどの影がこちらに走って来るのが見えた。
「……!」
時を進めるごとに、その姿が大きくなってくる。
あちらも、ブラック達に気付いて駆け寄って来ているのだ。
その走りに危険は無いのだとハッキリ確信し、ブラック達も合流地点へ走った。
ガチャガチャと煩い音が耳に届くが、そんな事は関係ない。焦りを含む無数の靴音を通路に響かせながら、とうとうブラック達は相手と対峙した。
「ツカサ君!」
一際明るくなった、通路より二回り広い空間。
周囲を確認する暇もなく、ブラックはツカサを見やった。
「っ……!」
「すまない……」
気持ち悪いくらい素直に謝る傲慢貴族の腕に、ツカサは抱えられている。
彼がいつも恥ずかしがる、姫君を運ぶような横抱き。だが、ツカサはそんな格好で抱えられていても、何の言葉も発しない。それどころか、荒い息を吐いて苦しそうに目を閉じていた。しかも……凄い汗だ。
「なっ……お、お前何しやがった!?」
奪い取ろうとして手を伸ばしたが、相手は寸での所で躱す。
思わず怒りに駆られて睨み付けたが、傲慢貴族は言い返すことも無く、ただ後悔と焦りを含んだような表情のままで首を振っていた。
「だ、駄目だ。多分お前に触れたら、ツカサは症状が酷くなる……!」
「はぁ!?」
「俺は、直接触れていない。今は木の枝を張り巡らせて支えている」
一瞬何を言われたのかよく分からなかったが、怒りを解いて今一度ツカサを抱いている手を見てみると、その掌からは確かに無数の木の音のような物が伸び、ツカサの体を落ちないようにがっしりと支えていた。
「そこ……そこの獣人、お前しかいない。ツカサを頼む……」
「ム? う、ウム……」
初めて名指しされた事に戸惑ったようだったが、熊公は素直に近付き、はあはあと熱い吐息を吐き続けるツカサをゆっくりと受け取る。
相変わらずツカサは苦しそうだったが……しかし、熊公が抱き抱えて離れた事で、彼の呼吸が少しだけ和らいだように感じた。
……と言う事は……自分達が近付くと、危ないのだろうか。
その事に気付いて相手を見やると、その通りだとばかりに頷いた。
「ラスター様、一体どういうことですか? 私も近付いてはいけないのでしょうか」
シアンの問いに、傲慢貴族は深く頷いた。
「…………すまない……俺のせいだ……」
「……詳しく話せ。事と次第によっては…………」
そう言いながら柄を握るブラックに、相手は項垂れたままもう一度首を動かした。
「ああ。…………もし、どうにもならないようなら……俺を斬っても構わん」
…………どうも、思いを遂げた卑怯者の態度とは思えない。
あまりにもしおらしい相手の様子に違和感を覚えて、柄から手を離したブラックに、シアンは安堵したような息を吐いて再度問いかけた。
「話して下さい。出来るだけ……包み隠さず」
シアンも、やはりこの男とツカサの間に何かあったと思っているらしい。
ならば、無用な気遣いで話を止める事もあるまい。
再び容疑者を睨みつけると、相手は拳を握りしめながら話を始めた。
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