異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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大叫釜ギオンバッハ、遥か奈落の烈水編

16.どうしてここに貴方がいない

 
 
「このベッジス……あ、君の隣にいるハゲオヤジがベッジスってんだけどな、コイツから君のおおまかないきさつを聞いたんだが、早い話ぼくたちも同じなんだよ」
「えっ……じゃあ、みなさんも俺みたいに無実の罪で……?」
「そうさ。しかも、人と場所は違えど手口は一緒だ。よくわからねえ薄汚い野郎が、俺が物を盗っただのなんだのと、難癖をつけてきやがったのさ」

 囚人のおじさん達が口々に言う「こうやって捕まった」の話をまとめると、確かに彼らの話とこちらの状況が似通にかよっていて、俺はそのことに驚いてしまった。

 まず見知らぬ男に強く呼び止められ、何事かと思ったらその男が「コイツに持ち物を盗られた」と騒ぎ立てはじめる。それを警備兵が聞きつけて来て――この点は俺の時とは少し違うが――こちらの言い分も聞かず、警備兵に連れて行かれてしまう。

 もちろん、彼らの中には「盗まれた時、自分はどこそこにいた」とか、明確なアリバイが在る人も居たのだが、それでも警備兵はおかまいなしだったらしい。
 「そんなもの曜具を使ったり曜術師がグルならなんとでもいえる」との事だ。それに関しては誰もが「そうかも」な様子だったので、どうやらこの世界ではアリバイが在ったとしても、魔法的な要素がからむ可能性があると意味が無くなるようだ。

 とは言え、そんなコソどろ行為に魔法のような力を使うもんかな……。まあ、異世界ならではの事情があるかも知れないし、今はソコにツッコミを入れないでおこう。
 ……ゴホン。話を戻して。

 連れて行かれたおじさん達は、当然ながらそれぞれ詰所つめしょ弁明べんめいをするが、いちミリも信じて貰えないまま決めつけられてしまい、やっぱりみんなあの定期船の下層にある倉庫に連れて行かれたらしい。
 俺の時は誰も居なかったけど、おじさん達の時は他の囚人も居たのだそうな。
 それぞれ相席した犯罪者はマジモンの凶悪犯だったり、はたまた自分のように罪を着せられた人だったりと様々さまざまだったようだが、彼らは結局俺と同じように一人ずつ布袋に入れられて、あのガタイのいいオッサンに川に放り込まれたのだそうだ。

 で、流れ着いたこの【絶望の水底みなそこ】で、今までガッツンガッツンやってたそうで。

「……あれ? でもそれなんかヘンじゃないですか?」
「何がだ?」

 首を傾げた俺にスキンヘッドのオッサン……ベッジスさんが横から問い返すが、俺はその首をそのまま動かして相手を見上げる。

「だって、軽犯罪の窃盗は一月の労働刑なんスよね? だったら、いま皆さんがここに居るはずないんじゃないかって……」
「ああ……。確かに“マトモな場所”ならそうなんだろうがな。でも、ここはまともな奴は誰も知らない【絶望の水底】だからな……。そんなのハナから関係ないのさ」
「えっ」
「それどころか、ひでぇ時にはここで問題を起こした事にさせられて、重い罪をさらせられた奴だっている」

 ベッジスさんの言葉に、それに該当するらしい人達が手を上げた。
 みんな採掘作業で土が皮膚に入りきってしまったかのような色をして、ごつごつと固く節くれだってしまっている手だ。それだけでも、彼らが長く捕らわれている証拠としては充分すぎるものだった。

 えっと……ということは、俺も監督達に何か難癖つけられて刑期がびる可能性があるって事なのか……?

 そんな俺の考えがけたのか、囚人のおじさんたちはそれぞれに頷いた。

「刑期明けが近付くと、ぜってえになんかあるんだ……」
「オラは他の囚人にインネンつけたから二十年に延ばされたぞ」
「ワシは食堂のつまみぐいと言われてちょびちょびやられたのう……」
「俺なんかいびきで他の奴に迷惑かけたっつって十年だぞ!?」

 最後の人、めっちゃ可哀想……いやでも他の人達が無言なところからすると、実際いびきはうるさかったのだろうか……うん、まあ、それはおいといて、こうも色々な理由で刑期を伸ばされた人がいるとなると、俺の評価も怪しくなってきたな。

 しかし、そうは思うが、同時にあの実直そうな一号監督のオッサンや、俺をすごくめてくれたモルドールさんの事を考えると疑う事が悪いようにも思えてくる。
 実際、ここでの労働は酷い物じゃないし、フクリコーセーって奴も食事以外は悪くも無い感じだし、それを考えるとどうしても納得しづらくなってしまう。

 それが相手の作戦なのだと言えばそれまでなのだろうが、実際自分の能力を褒められてしまうと、人と言うのはどうしても相手に感謝を覚えてしまうものなのだ。
 術中にはまったと思えば情けないが、それでも話を聞いてすぐって感じの俺には、モルドールさん達がそんな酷い奴らだなんて思いきれなかった。

 そんな俺の感情を解ってくれているのか、囚人のおじさん達は監督達を強く糾弾はせずに、ただ「そうだろうよ」と頷いてくれている。
 しかしこう納得されるとまた囚人のおじさん達にも情が湧いてしまうワケで。
 うーん、うぅーん……なんか、なんかせめて決定的なことでもあればなあ。

「しかしよ、俺達いつまでここで働かされるんだろうな……出て行った奴らは無事に外に出られたんだろうか……」

 俺が悩んでいる間に、別の話になったようだ。
 耳をかたむけると、別の囚人が答えた。

「さてなぁ、オラ達には外の事なんぞ知るすべもねえスからなぁ。だけども、オラ達のような囚人は出られたためしがないスけ……」
「え……みなさんの中から解放された人はいないんですか?」
「おう。だが、普通に考えりゃあ冤罪で捕まえた奴を解放するなんて、自分達の悪事をバラそうってのも同じだからな。そんな事するわきゃねえさ」
「そ、それじゃ俺もやっぱり……出られないんですかね……」

 問いかけると、ベッジスさんが横で悲しそうに息を吐いた。

「まあ、絶望的だろうな」
「そ……そんな……」
「だが、せねえのはお前さんの事だよ。なんだってこんな子供を捕まえたのかね……。鉱山労働なんて、小さな子供に出来るわけがねえってのに」

 ベッジスさんがそう言うと、囚人のおじさん達もそうだそうだと口々くちぐちに言い、それからみなさん同じように悩ましげに腕を組んで頭をひねる。
 どうも俺が来たのは完全にイレギュラーな事態らしかった。

「なあ十六番。お前はまだ子供だし……しかも、分かりにくいがメスだろう? 体の確認もされずにここに入るなんて、どう考えてもおかしかねえか」
「えっあっべ、ベッジスさん分かってたんですか」

 そんな、数日前に初めて近付いたってのに、これだけで分かるなんて驚きだ。
 なんせ俺が「男のメス」だってのは分かりにくいらしいからな……。

 いや、国で男と女ってだけの体の性別で分けられていたり、オスかメスかってのが別に関係ない場所で生きている人達とかは気にしないか判らなくて当然らしいんだけど、そういう性別に敏感な国や経験豊富な人には、どうも俺はメスだと一発で解る「なにか」があるらしい。

 それだって男のメスに何度も接触していたり、経験の多さや目敏めざとさが必要らしいんだが、俺はよっぽど男のメスに見えないらしくて、一目で見分けられる人はそう多くないだろう……とは聞いていたが。

 なのに俺を一発でメスと言い切るなんて……コワモテでチート主人公に絡んでいくチンピラみたいな風貌なベッジスさんだが、さてはモテるな?
 まあ面倒見良さそうだし、強いオス大好きなこの世界の女の子にはモテるか。
 そう思うと羨ましかったが、それはともかく。

「えっ、ベッジスさんその子メスなんですか!?」
「えぇ~……う、うそだぁ……こんな男男してるメスっ子がいるとは……」
「ウチの弟なんて土仕事もやんねえのに……変わってるなァ」
「メスの男も働かせる主義なんスかね。家族は箱に入れておきたいだろうに」

 ザワザワしてるし俺がオスだと思っていた人が大多数らしいが、まあ男のメスって少ないらしいから、すぐ貰い手が来るわ箱入り息子だわで外に出ないらしいしな。
 俺みたいに冒険者をやってるメスって珍しいようなので、余計に驚くんだろう。
 ……この世界の男のメスって一体なんなんだろう……。

「こらこらザワザワすんな失礼だろ。……まあそれは置いといてだ。オスかメスかの確認すらされなかったんだろう?」
「あ、はい……急に船に連れて行かれたんで……」
「ってぇことは、だ。この子にだけ、何かが起こったってことになる。……なあ、十六……えーと、名前はなんだ?」
「あ、ツカサっす」
「ツカサ、お前にだけ特別な何かが起こったことになる。……なにか、変わった事は無かったか? なんでもいい。教えてくれ」

 ベッジスさんが言うには、今まで連れて来られた男はすべて「オス」であり、それも屈強でまだまだ現役と言った感じの人ばかりだったそうだ。
 その中には何人も土の曜術師が居て、不思議な事に他の曜術師はいなかった。
 そもそも、街に住む大多数はなので、曜術が使えてもてのひらの上でちょっとした水芸が出来る程度ていどしかちからが無いらしいのだが、それでも術が「使える」曜術師は土属性だけだったらしい。

 ここまで「人を選んでいる」となると、自分達は「この鉱山で働かせるため」に冤罪えんざいをふっかけられて連れて来られたと考えるのも当然だよな。
 だから、冤罪をかけられた囚人達は、この採掘場から逃げられないのだと言う事も分かっていた。彼らは、採掘に有用な人材を連れて来る……ソレが前提なのだとなかば確信を得ていたのだ。
 なのに、そこに「条件に合わない存在」がやってきた。

 それが俺。男のメスであり採掘に向かないはずの子供の俺だったのだ。

 ――――イレギュラーには、そうせざるを得ない理由が付いて回る。
 俺がここに連れて来られたのには、何か理由があるはずだ。
 だから、教えて欲しい。

 ベッジスさん達は、俺の登場によって誰かの計画が狂ったのではないかと期待しているのだろうけど、俺には残念ながら冤罪以上の驚く理由は無い。
 そんな、珍しい事なんて……と、考えて、俺はセレストのオッサンと“らずの森”で偶然出会ってしまった事を思い出した。

 でも……これ言っていいのかな。
 囚人のおじさん達は悪い人じゃないけど、話したせいでセレストのオッサンが妙な立場におちいったら可哀想だ。一人だけ外に出てると知られたら暴動が起こるかも知れないし、そもそもあの人は俺を守ってくれていたんだから……と、迷い目をふらふらと動かしていて、俺は有る事に気が付いた。

 そういえば……初日からずっと俺をチラチラみていた人達がここに居るぞ。
 考えてみれば、その中にベッジスのオッサンも居た気がする。ということは、この人達は最初から俺に危害を加えるためじゃなくて、俺が同じ冤罪えんざい仲間なんじゃないかと思い、話し掛けたくてこちらを見ていたのか。
 じゃあ、セレストのオッサンの気遣きづかいは杞憂きゆうだったって事?

 いや、でも、だからって全部話してしまうのは……。
 うーん……でも、この人達が信用ならないってワケでもないし……。

「話しにくい事があるなら、話さなくてもいいぞ。そういう心当たりがあるってだけでも良いんだ。何かないか、ツカサ」

 そうすがられるような目で見られると……うーん……セレストのオッサンにった事は、当事者に相談しないと話せないかも知れないけど……その前段階なら、この人達にも話した方が良いかも知れない。
 俺がかけられた冤罪は、そういえば「湖で身ぐるみを剥がされた」と言う事件で、ギルド長と俺達、それにセレストのオッサン以外は知らない情報を知っていたって事が今も引っかかってるし。もしかしたら俺と同じ事をされた人がいるかも。

 そう思い、俺はひとまずセレストのオッサンの事は伏せて思い出した事を話した。

「あの、そう言えば俺……仲間の冒険者と一緒に旅してるんですけど、ギオンバッハに入った時に兵士から『ギルドに行って依頼を受けてくれ』とか頼まれて、らずの森って所の調査を頼まれたんですよ。えらくワリのいい依頼を。そんで、その頼みでギルドに行って依頼を受けて……そこでとある人と偶然ぐうぜん出会ったんですが、その時の事をギルドに報告している時に、何故か俺達以外は知らない『湖で人と会った』って事を知ってる男が、その湖で俺が服やらなにやらを盗んだと主張して来て……」

 こうやって捕まったんです、と、説明している途中で、唐突に数人の囚人がガタッと椅子を大きく鳴らして立ち上がった。
 何事かと思ったら、目を丸くして俺を見ながら声を出す。

「お、俺もギルドでらずの森の依頼を受けたぞ!? ワリのいい依頼で……」
「兵士に頼まれたんだ! 飲み食い自由だって言われたから俺、調査の後でしこたま飲んでたら急に……そ、そうだ、そうやって捕まったんだ!」
「僕もだ。だが、しかし……ギルドに調査報告を行ったのとほぼ同時に、不審な男がギルドに入って来たってのは妙じゃないか」

 なんか眼鏡を掛けてるっぽい囚人のおにいさんが言う。
 それに、他の理知的な感じの囚人達が頷いた。

「まるでどこかから情報が漏れているようだ」
「……もし、ギルドがこの事に加担しているんだとしたら、この子の報告がすぐに男に流れていたのも説明がつくのでは?」
「そもそも入らずの森の調査が餌だったようだな……考えてみれば、我々が採掘場に投獄された後から一般人より冒険者の割合が多くなっている」
「一般人も混ざっていたから確信は持てなかったが……彼の言う事が正確であれば、ギルドから情報が漏れたとしか考えられない。……やはり、そう言う事か」

 なんか頭の良さそうな人達が急にまとめだしてるけど、どういうこと。
 えーとつまり……冒険者ギルドも警備兵もグルだったってこと?
 それなら、その人達と繋がっている【絶望の水底】も、グルって事で……じゃあ、やっぱモルドールさんも悪い人ってことになる……のかな……。

 でも、もう話を聞いていたらそれしか考えられないよな。
 無実の罪で投獄された人達の刑期ばかりを延ばして働かせ続けて、そうやって外に出られないようにしつつ、さらに首輪で拘束して……って、考えてみれば極悪非道だ。
 労働と食事と寝床ねどこ以外は過ごしやすかったから今までらされていたが、何故か今やっとこの牢獄が異常な場所だという事に気が付いて、俺はハッとしてしまった。

 …………そう、そうだよな。普通、そう思うよな。
 どれだけ監督してる人が優しくたって、待遇が良くなるような制度があったって、罪のない人をおとしいれて、ひどい首輪を嵌めて逃げられないようにしながら働かせている以上は、ここも非道な場所に違いない。
 特別室やご褒美ほうびが待っているとしても、これは間違ったことなんだ。
 そうだよ。酷い事なんだ。酷い事なのに……なんで俺、解らなかったんだろう。
 悲しんだり苦しんでいる人がいるのに、どうして俺はのほほんと仕事してたんだ。

 この重たい首輪は、俺達を奴隷にするためについている首輪なのに。

「…………」
「どうした、ツカサ」

 自分の低俗な暢気のんきさにショックと恥ずかしさを覚えてうつむいていると、ベッジスさんが横から優しく声を掛けてくれる。だけど、俺は顔を上げられそうにない。
 今は、自分の「状況の分かって無さ」がひたすら恥ずかしくて仕方が無かった。

「俺……今まで、ほんとにノホホンと働いてて……冤罪だけど仕事はキツくないし、だから最悪一月ひとつき働かされても、それで終わるんなら良いかって思ってて……。でも、ベッジスさん達からすれば、そんなの間違ってるって解ってたのに……それなのに俺……」

 あわせる顔が無い、とこぼす俺に、ベッジスさんは優しく頭を撫でてくれる。
 まるで自分の子供にしてやる行為のようで、思わず泣きそうになってしまった俺に、相手は無理もないさと言ってなぐさめてくれた。
 だが。

「そうだよな……あの八十一番と一緒に働いてりゃあ、ここで働く事になんの疑問も持たないようになっちまうよな……」
「え……?」

 なに、それ。どういうこと。
 顔を上げて声がした方を向いた俺に、同情したような顔で彼らは口々くちぐちに言う。

「ごめんな、俺達もどうにかアンタを八十一番と引き剥がせないか機会きかいうかがってたんだけど、予想以上にアイツの目がきびしくてな……」
「あの野郎、特別室にお前と一緒に行っただろ? いつもの手なんだよ……本当なら一人一つで部屋を与えて貰えるのに、あの野郎ここの奴らからやとわれてやがるのか、一緒の部屋にわざと入って懐柔かいじゅうしようとすんだ」
「そのせいで…………ビリーが死んじまった……俺達も騙されてて……くそっ、全部あいつのせいだ……っ! あっ、あいつは、人殺しなんだ!」
「ビリー……!?」

 ちょっとまって、一気に情報が入って来てわかんない。
 セレストのオッサンがなんだって。やとわれてる?
 雇われてるから特別室に一緒にって、わ、わけがわからない。
 それにビリーって。ビリーって誰だ。誰なんだよ。

「ビリーは、前に十六番だった奴だよ……。気の良い奴でさ……っ……自分の母さんに仕送りしてやるんだって、だからかせげるって言われて、簡単に騙されちまって……ここに連れて来られた奴でよ……」
「俺と一緒に冒険者してたんだ……そうだ……そうだよっ! あの時も、ギルド長のあの女に言われて、ビリーと俺は一緒にここに来ちまって……っ!!」

 ビリーという人の事を一番知っているらしい若い男性が、いきどおりを隠せずに言う。
 件の人と一緒に冒険者をしていたと言ったが、彼も俺と同じ冒険者なのだろうか。だから、冒険者ギルドでギルド長のあの女の人に……。

「え……おんなの、ひと……って……ギルド長って……」
「あぁ……俺ぁサルビアさんになんて言えば良いんだよ……っ! くそっ……もしこっから出られたって、俺、顔も会わせらんねぇよ……!」

 サルビアさん。
 ――――サルビアさん、だって……?

「っ……!!」

 思わず、のどつかえる。
 だけど何を言う事も出来ず、俺はただ混乱する頭で目を見開いていた。

 ……俺は、その名前を知っている。
 その人に……息子を探して苦労しているその人に、会った事があるんだ。
 でも、そんな。そんなバカな。

 彼女が探し続けていた息子さんが、ここで……ビリーと言う息子さんが、こんな所でセレストのオッサンのせいで、し……死んだ、なんて……っ。

「……ビリーは良い奴だった。いつも他人に優しくて、人をうたがうことを知らない奴だった。だから、一生懸命ここで働いてよ……そんで、バケモノみてえに掘りまくる八十一番と組まされて、いつの間にか……凶悪犯だとうわさされてたってのに、アイツを兄貴としたうようになっちまってよ……」

 ベッジスさんが話してくれる。
 だけど、耳に入って来ない。聞けない。いや、俺が聞きたくないんだ。
 でも、心の中のどこかに居る冷静な俺が、その話をちゃんと聞いてしまっていた。

「あいつは、いつしか『ここは素晴らしい場所だ』と言うようになった。そんときゃもう、目がイカレちまってたよ。アイツはもう、昔のビリーじゃなかった……。それからのアイツは、狂ったように働くようになってよ……怪我けがをしてもおかまいなしで、俺達の合図にも答えねえ、八十一番の言う事しか聞かねえ。それで…………ある日、叫び声を上げながら無茶やって掘りまくっていわなだれでペシャンコだ」
「っ……!」
「……連れて行かれて、それきりよ。もう、生きちゃいねえだろうな……」

 悲しそうな、静かな声。
 その声に、涙ぐむ人や泣き出す人がいる。
 特に、ビリーさんと一緒に冒険者をやっていたという、純朴じゅんぼくそうな若いお兄さんは、くやしそうに顔をゆがめて……それでもこられずに、涙を流していた。

 みんな、本当に必死だったんだ。
 必死にここから逃げ出そうとして、仲間となんとか生きようとしていた。
 それなのに、大事な仲間の一人が死んでしまった。どこかに行ってしまった。
 こんな洞窟の中で生きるには、同じ境遇の人で寄り集まってはげましうしかないと言うのに、そんな状況で大事な仲間が一人いなくなってしまったんだ。

 誰だって泣くだろう。
 これだけ人数が居ても、それでもみんな顔を忘れられないほど長く一緒に働いて、この【絶望の水底みなそこ】で「いつか出よう」と励まし合って来たんだ。
 出られる時には、誰一人けてはいけないはずだったのに。
 だから、みんなこうしてくやしさや悲しさに顔を歪めているんだ。

 それなのに、俺は…………俺はいままで、何も知らずに……。

「ぅ……うぅ……」

 苦しくて、目が勝手にまばたきをする。
 刹那、一瞬だけあかりがついて囚人達が一斉に立ち上がった。
 みんな緊張した面持ちで上を見上げ、耳をませている。だが、やがて全員が食堂から出ようと動き始め、音を立てないようにしながら素早く散っていった。

「すまねえ、思ったより早く時間がきちまった……」
「じ、じかん、って」

 まだ考えがぐちゃぐちゃで言葉も言えないままの俺に、ベッジスさんが申し訳ないとでも言うような顔をして肩をすくめる。

「あのキンピカのが来た日は、必ず職員全員が集会で集まるんだ。その時だけは、こうやって俺達が集まる事が出来た。……だが、今日は早い。お前も、無理を言ってすまんかったな……けど、伝えられて良かった」
「ぁ……あ……」

 冤罪の囚人達が散り散りになって部屋に帰っていく中、ベッジスさんは真面目な顔をして俺の両肩を強くつかむ。その真剣さゆえの力の強さに息を飲むと、相手は彫りが深く影になりがちな両目でしっかりと俺を見て、言い聞かせるようにこう言った。

「いいか、ツカサ。あの八十一番は危険だ。アイツは、お前を懐柔してなにかヤバイ事をしようとしてるんだ。他の囚人を近付けさせなかったのは、お前を孤立させて、手間をはぶくためだろう。だから俺達はお前が心配だったんだ。……またいつこうして話が出来るかわからねえ。だから、気をしっかり持って警戒しておくんだぞ。俺達も、出来るだけお前を見ておくようにするから。……な!」

 強く、何の迷いも悪気も無く真っ直ぐに言われ、うなづく。
 ベッジスさんの俺を心配する言葉には、嘘なんて欠片かけらも無かった。

 だけど俺はもう、胸が苦しくてその場にいられなくて、逃げるように駆け出し食堂を後にした。誰も追って来ないと解っていながらも、それでも一刻も早くその場から離れたくて……セレストのオッサンが消えた相部屋に、戻るしかなかった。

 ――――モルドールさんが来ている時だけは、この施設の職員全員が集められて、恐らくはなんらかの集会が行われる。

 その言葉の意味をしめすように、セレストのオッサンが消えたあの部屋に。

「っ……ぅ……うぅう……っ」

 思わず、泣いているような声が出る。
 その声が鬱陶うっとうしくて顔を必死にそでこするけど、顔が熱くなって目の奥がじわじわと水におかされるような感覚が消えてくれない。
 今日だけで色々とありすぎて、思っても見ない事を言われ過ぎて、もう何をはじめに考えて整理すれば良いのか何にも解らなかった。

 こんな時、どうすればいい。
 そんな簡単なことすら俺には考えられない。ただ悲しくて、混乱して、告げられた言葉による衝撃からのがれられずに頭の中をさっきの事ばかりがぐるぐる回っていて。

 もういっそ、何も考えずに寝てしまいたい。
 そう思うけど、それが出来るほど暢気のんきだった昨日の自分にも戻れない。
 冤罪を受けても今まで静かに解放される日を待っていた人達の事を思うと、自分のお気楽さがどうしても許せなくて、冷静になる事すら出来なかった。

 ――――ああ、もう、部屋に着いてしまう。

 だけど、部屋に戻ったってどうすればいいんだろう。この暗い廊下が明るくなっても、落ち着く事なんて出来ない。セレストのオッサンがいない事を確認して、彼らに教えられた事を反芻はんすうしながら震えるだけだ。

 いつもなら、いつもならもっと落ち着けるはずなのに。
 違う。そうじゃない……俺は……。

「ブラック……っ」

 泣きそうな声が、くちからこぼれる。

 混乱して、どうしたらいいのかわからなくて、今までのこと全部がぐちゃぐちゃになって、もう泣きたくて仕方なくて。誰かにすがりたくて、手を伸ばす。
 だけど目の前には何も無い。

 いつも俺の事を抱き締めて、いつも的確な言葉をくれる。
 そんな誰よりも大事で信頼できる人を探すのに、どこにもいなかった。

 …………駄目だって、そんなんだから俺はダメなんだって、わかってるのに。

「っ、ぐ……ぅう……っ」

 のどを必死に締めて衝動を抑え込み、なんとか部屋に入ろうと足を動かす。
 もうこのエリアの入口いりぐちから水琅石すいろうせきあかりが戻り始めていて、その明るさは俺の部屋の前までせまって来ていた。時間が無い。

「っ……!」

 なんとか足を部屋に踏み込んで、それから、俺は、初めて自分が息を切らせながら走っていたことに気付き、荒い息を繰り返しながら体を曲げる。
 ひざに手を置いて何度も呼吸を繰り返すが、嗚咽おえつを飲み込んだのどからはとめどなくせきが飛び出て来て、苦しさにあえぐしかなかった。

 だけど、この部屋には誰も居ない。
 情けなくっても、混乱していても、どんなに自分がみじめだろうとも……冷静さを取り戻して、何を成すべきか一人ひとりで考えなくちゃいけないんだ。
 だって、俺は……――――

「おい、ガキ。どこ行ってたんだ」
「ッ、う゛……っ!?」

 聞こえるはずのない声が聞こえて、せきをしている途中ののどがつっかえる。
 だが、それすら中途半端にして、俺は咄嗟とっさに顔を上げていた。

「…………ずいぶんと楽しい夜遊びだったようだな」

 不機嫌な声で、顔で、そう言って俺の目の前に立ちはだかっている、大きな影。
 見上げたその空色の瞳は――――怖いくらいの暗さをはらんでいた。












  
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