異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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豊穣都市ゾリオンヘリア、手を伸ばす闇に金の声編

17.愛とは深く広いもの1

 
 

   ◆



「…………なるほど、そんな最悪な冗談を言ったので、そこの不潔中年はツカサ君に接近禁止令を出されて、あのようにしょげてるワケですか」
「当然の結果だ。出来もしないのに、あんなにからかうからだ」

 ふむふむと鼻息あらく力説しつつ、俺の隣で軽くこぶしを見せるクロウに、目の前にいるアドニスは「実に頭が痛い」とでも言いたげな顔をして、眉間の深いしわをぐいぐいと伸ばしている。俺も今まさにその気持ちだが、生憎あいにくと後ろを見るような情けは今の俺にはなかった。

「……大体、お前が『目の前で性行為でも見せてくれたら、体の変化が解るんですがねえ』なんて言うからだろ!? 僕は悪くない!」
「私は別に『性行為を観察したい』と言ったつもりは無かったんですがねえ。ハァ、まったく……これだから容易よういな言語に胡坐あぐらをかくやからは……」
「はぁっ!? て、テメェツカサ君の前でいい子ぶりやがって……っ」

 …………アドニスにボロクソに言われて可哀想な気もするが、しかし俺はブラックに凄くからかわれたのだ。つーか、その前に色々と理由を付けて風呂で俺の体を好き放題にしやがったんだぞ、怒るのは当然だろう。
 だから、今度と言う今度は途中で助け舟なんて出してやらないのだ。

 俺達には都合と言う物が有るのだから、今度こそちゃんと反省して貰って、今後は大事な時期にはえっちな事をひかえるように言い聞かせないと。
 いやまあ俺がブラックに強い態度で拒否するか、腕っ節が強くなればそれで解決が出来る問題なんだろうけど……俺自身、ブラックにかなうわけがないと確信しているので、こういう女々しい手段になってしまうのは仕方が無い。

 それに、俺がしかっても結局なあなあになっちゃうしなぁ。なんせ、こっちが怒ったってブラックは何故か嬉しそうにするので、全然おこ甲斐がいがないんだもんな……。

 俺も、いつのまにかブラックの事をホイホイ許して甘やかしちまうし。
 …………いや、それがダメなんじゃないのか。なんで甘やかしてんだ俺。

「ともかく、そこの中年二人がモメにモメて一緒に付いて来たのは理解しました。……が、私とツカサ君は今から練習なので、出て行って頂けませんかね。ツカサ君の体の異変に関してはその後で調査しますから」
「イヤだね。お前と二人っきりにしたら、今度こそ何が有るかわからん」
「それはオレも同意だ」
「貴方がた、自分を基準にしてます? 誰もが性欲に忠実な獣だと思ってます?」

 普段は優雅にあおり文句を言うアドニスも、ブラック達と同格に見られた事には少々イラッとしてしまったようだ。まあ気持ちは分かる。さすがにコイツらと一緒だとは思われたくないよな……性欲は普通が一番だと思う……。

 しかしブラック達はあからさまにブーブーとブーイングしながら、アドニスに対して「断固反対!」の意思を見せる。
 どうも自分達が普通だと思っているようだ。いや、それは絶対に違う。違うぞ。

「とにかく絶対に帰らないからな!」
「そもそもオレ達は演技に関してはほぼ完璧だ。一日二日休養したところで、忘れるような頭は持ち合わせてはいない」

 それ、俺達は物凄くデキる奴なのでサボってもいいんですってことか。
 テメコラ嫌味か貴様ら。

 思わずメンチを切りそうになってしまったが、そんな俺など気にせず、アドニスは心底軽蔑けいべつしたような顔で眉を歪めて目を細める。

「演劇と言うものは、そういう軽々しい気持ちで行う物ではないんですがねえ……。ああまあ、台本を見ても乙女の心の機微きびが分からず、ツカサ君にしょうもない演技を続けさせていたのですから当然か」
「んだとコラ。じゃあお前はそこまで言うほど完璧な演技が出来るってのかよ」
「ブラックはともかくオレは真面目にやっているぞ。台本がつまらんだけだろう」

 クロウ、今とんでもない事言ったが大丈夫か。
 いや、これは多分、クロウは軍記物とかお堅い本を読む感じだったから、恋愛ものの本には全く興味が無いとかそういう事なんだろう。たぶん。
 しかし今のはデリカシーが無いと言うかなんというか……まあクロウもデリカシーが有るかと言ったら微妙なセンなので、仕方が無いと言えばそうなのだが。

 しかし、ソレを言っちゃうのはヤバいって。目の前にいるの、その恋愛ものの台本を作ってくれた製作者だぞ。言ってみれば劇の総監督みたいなモンなんだぞ。
 これは流石さすがにアドニスも激怒するのでは……と、恐る恐る相手の顔を見やると。

「……多様性と知性の無い生物には、人が人を愛する物語など理解出来ない物なんですねえ……なげかわしい……」

 あっ、全然怒ってない。
 怒ってないどころかブラック達の事を見下してる……。

 普通、自分の作品を貶されたら怒るような気がするんだが、アドニス的には二人の言葉はどう思っているんだろうか。見下しているのは分かるけど心境が解らん。
 でも見下している事は分かるんだから、なんだか不思議だよなぁ。

「……ツカサ君、なに自分は関係ないみたいな顔してるんですか。こんな不心得者を相手にしているヒマがあったら、さっさと練習をしますよ。診察はその後です」
「えっ、は、はひっ」

 すこぶる機嫌が悪いアドニスに言われて、俺は思わず声を上げる。
 しかし相手はこっちを振り返らずに、さっさと【鎮魂の庭】の中央へ向かう通路を進み始めてしまった。見下してはいるけど、やっぱり怒ってるじゃんアドニス。
 まあ散々ブラックとクロウに色々言われたんだから仕方ないけど……。

「ツカサくぅん……」
「…………なんも喋んないからな。怒ってるんだからな俺は!」
「喋ってるぞツカサ」
「だーっうるさいうるさいっ」

 そういうツッコミは今いりませんっ。
 何だか俺もカッとなってしまい、もう今日は絶対振り返らないぞと思いつつ、庭園の中央へと俺も進んだ。なんか背後から足音が付いて来るが、ムシだムシ。

「…………にしても、ほんとに綺麗な庭だなぁ」

 中央へ向かう順路を進んでいくと、昨日のように色とりどりの花や植物が顔を見せ所狭ところせましとほこっているのが次々に見えてくる。
 その美しさに思わず怒りがゆるんでしまったが、もしかするとこれが【鎮魂の庭】という仰々しい名前の由来なんだろうか。

 王族が作らせた休憩所みたいな物だと言ってたけど、確かにこんな華やかな庭園で休んでいれば、イラついた心も自然としずまって行きそうだ。
 建国した最初の頃ってゴタゴタしてたみたいだし、そういう事に疲れても城の外になど出る事が出来ないから、こうやって自然がいっぱいの部屋を作ったんだろう。
 やっぱり、どの世界でも自然ってのは人を癒すものなんだな……。

 ……その自然の力を使うアドニスは、全然癒し系ではないけども……。

「ツカサ君、早く来なさい。練習を始めますよ」
「はっ、はいはい!」

 やべえ、アドニスは未だに不機嫌みたいだ。
 こうなったら、心が静まってくれるまで俺も波風立てないようにしないと。

 出来ればその怒りの矛先がこっちに向きませんように……などと思いつつ、あわてて庭の中央に向かい、俺はアドニスと練習を開始した。



 ――――そうして、長い時間俺達はとにかく台本を手に演技をしていたのだが。

 やっぱり昨日と違って観客が二人いるせいか、俺はいつにもまして緊張してしまい演技がボロボロのボロって感じでとんでもない事になってしまった。
 ……いつもボロボロだろうとは言わないでほしい。お願いだから。

 ともかく、ブラックとクロウがずっと自分を見つめていると思って演技するのは、非常に緊張する事なんだと俺は思い知ったのだ。
 いや、というか、これは「客の目が有るから緊張する」のに近いのかも知れない。

 俺の中の「カッコつけな自分」が必要以上に張り切っているのも感じるけど、それ以上に自分の中で「他人の前で失敗したくない」という思いが働いてしまう。
 しかも「似合わない演技をしている」という恥ずかしさでその緊張が倍だ。
 それを振りほどこうと空回りして、俺は余計よけいにカチコチになっちまったんだろう。

 でも、そう理解していたって緊張ってのはすぐにほぐれるもんじゃない。
 結局最後まで俺はぎこちない演技に終始してしまい、夕方を迎えてしまった。

「……あぁ……日が暮れてしまった……」
「結局進歩しませんでしたねえ、君の演技」
「ぐぅう……」
「ですが、観客がいると言うのは実際有用なのかも知れない。君は緊張したでしょうけど、本番はこの何倍もの人が君を見つめる事になるんです」
「ヒェッ」
「ですから、今のうちに慣れておくのも練習ですよ」

 そうは言っても、気心の知れたブラックとクロウの前でもガチガチに緊張しちゃう俺が、そんな大人数の視線に耐え切れるんだろうか。
 いや耐え切らなきゃいけないんだけど、今から不安になって来た……。

 この台本を書いたアドニスにすら俺を矯正するのが難しいんだから、これってマジでヤバいんじゃなかろうか。
 やっぱり俺が準主役なんて無理だったんでは。
 ううう、自信がなくなってきちゃったぞ。

「…………」
「なんです。外野が何か言いたそうですね」

 アドニスが不意にそう言葉を放った方を見やると、ベンチに座ってつまらなそうに頬杖ほおづえをついていたブラックが、ぽつりと言葉を発した。

「…………お前、教えるの超絶ヘタクソだな」
「なんですかやぶからぼうに。私は適切に教えているつもりですがね」

 目を細めてにらむように見たアドニスに、ブラックも同じように目を細めて見せる。

「お前自身の演技に素人のツカサ君を引っ張ろうとしてどうすんだよ。台本に忠実にやらせようとすんのは分かるが、演技ってのは本来、相手に対して柔和にゅうわに態度を変化させるもんじゃないのか」
「それは対人術の話でしょう」
「演劇でも変わらんだろう。それに、台詞に多少のひねりを加えるのも玄人くろうと演者の証と聞いたけどね。相手が出来ない事をおぎなう方が抒情的じょじょうてきな劇になる気がするけどなあ」
「…………」

 その言葉に、アドニスはムスッとした顔をして黙り込む。
 ブラックみたいにあからさまじゃないけど、確かに不機嫌そうだ。
 また怒らせてしまったのかと俺はあせったが……アドニスは小さく息を吐いて、俺が思ってもみない言葉をブラックへと告げた。

「……確かに、そうかもしれませんね。演劇は、物語を書く時以上に思い通りに行かない事が多い。それを考慮こうりょして構成し直すのも、私の仕事かもしれません」
「ムゥ、オレも台本に『やらされてる』ツカサではなく、台本の中で『生きている』ツカサの方が見たいと思うぞ」

 クロウのその言葉がトドメになったのか、アドニスは静かにうなづいた。
 なんだかよく解らないけど……納得する所があったのだろうか。
 でも俺にはピンとこないぞ。

「……さて、そうすると明日は台本の修正ですね。診察に時間が採れそうにないので、今からここで君の診察をおこないましょうか」
「え、今ここで……?」

 思わず顔を歪めると、アドニスは指をパチンと慣らす。
 すると、目の前に無数のつるが現れ、それらが組み合って、一瞬でイスとテーブルが出来てしまった。いや待て待て、お前なに無詠唱で曜術つかってんだ。チートか。

「さ、ツカサ君ここに座って下さい。今から診察しますから」
「…………す、すぐ終わるんだろうな」
「君が素直にしたがってくれたらすぐですよ。少なくとも性行為はさせませんので」

 あっ、そうなんだ。
 だったら怖気おじけづく必要なんてないよなっ。

 よし、さっさと終わらせてしまおう。そう思って椅子に座ると、背後にブラックとクロウがやって来た。まるで子供の診察に付いて来た親みたいだが、まあいい。
 ラクシズで色々やった時から不安だった体の変化が、ここでわかるかも知れない。
 そう思えば、診察も怖くない。そう思ったのだが。

「では、服を脱いで上半身裸になってください」

 …………初っ端から、くじけてしまいそうになってしまった。










 
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