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聖獣王国ベーマス、暗雲を食む巨獣の王編
15.風葬の荒野1
◆
備えあれば憂いなし、なんて言葉があるが、それはその通りだと俺は思う。
寝る前にトイレに行ったら安心してぐっすり寝られるし、折り畳み傘を持っていれば雨に降られずに済む。洗い物に気付いて洗えば母さんからおこづかいが……って、それはちょっと違う気もするが、とにかく「あらかじめ」ってのは大事だ。
俺だってそうは思うし、いざって時に困る事態にならないためにも「やれることは、やっておく」というのは大事だと思うんだよ。うん。
でも。……でもさ。
そういうのも、時と場合と行為によると思うんだ。
必要性は分かるけど、ホドホドで良いだろってコトがあるんだよ。
なのにブラックの野郎、き、昨日っからずっと……。
「んん~……ツカサ君の体、熱いねえ……ふ、ふへへ……こんなに熱かったら、外に出るなんてもってのほかだよ! だから僕と一緒にナカにいようねえ」
「だっ……だから、それはアンタがひっついて触って来るから……っ」
そうだよ。昨日からずっと、こんな風なんだ。
今日だって朝から早々に出発したと思ったら、覆いを降ろした薄暗い幌馬車……と言うか、幌馬狼車の中で、ブラックは俺にこんな風に引っ付いて来て。
シーバさんに頑張って貰っているだけでなく、クロウと可愛いロクショウを御者台に追い出してコレなもんだから、もう何をしてるんだと怒りたくもなる。
なのに、ブラックは事も有ろうか俺を胡坐の上に強引に乗せてきて……さっきからこんな風に触って来るのだ。な、なんかこう……いやらしく……。
…………う、ううう……なんでこんな事してるんだよ俺達は!
ああもう、こんな事になるなら昨日迂闊に「うん」とか言うんじゃなかった!
“匂いづけ”しておいた方が良いってブラックが言うのには一理あると思ったし、俺も面倒事が無くなるならって思ってたけど。思ってたけどさ!
だからってなんで、こんな事になるんだよっ。
アレって、キスとかハグとかでもいいんだろ?!
こんな風に、シャツに手ぇ突っ込んで……こ、こんな……ハラとか、色んなところを触ったり、撫で回したりしなくてもいいはずだ。
なのに何で、ブラックはこんな風に触って来るんだ。
き、昨日の夜だって……強い匂いを付けておいた方が良いからって、何か気付いたらズボンもパンツも降ろされて、スマタされちゃったし……ぐううっ……百歩譲ってその行為は正解だったとしても、今は違うだろ!?
昨日あんだけ精液を太腿にぶっかけられて“匂いづけ”されたんだから、だいぶん他の獣人への牽制にはなっているはずだ。なのになんで今日もやってるんだよ!
どう考えてもおかしいじゃないか、ニオイがそんな短時間で消えるか!
……なのに、ブラックの野郎……クロウと可愛いロクを外に出してまでこんな行為をするなんてぇえ……っ。こんなの絶対余分だ。好きでやってるに決まってる!
だから俺だって必死に「もう大丈夫だろうが」と牽制してるってのに、ブラックは俺の言う事をのらりくらりと躱して触ってきやがるもんだから始末に負えない。
俺の体が熱いのは外の気温のせいといか言ってるけど、それだけじゃねえよ!
アンタがひっついてくるから熱いの!
変な感じで触って来るから、じりじりしてんだよこっちはー!
……はぁはぁ。
だ、だってのに、ブラックは俺の主張を「違う違う」と軽くいなして、おっきな手で俺の素肌を撫でたり指でぷにぷにと押してきたりする。
「うーん、肌がちょっと汗ばんでるねえ。やっぱり、ツカサ君の体が熱いのは外の暑さのせいだよ。あ~、僕心配だなぁ。だってほら、こんなに肌が熱くなってるし」
「っ……! も、やだ、ってぇ……!」
ヘソのところを指で掠めたり、体の熱を確かめるように雑に胸のあたりを平らにした手で撫でて来るのがぞわぞわする。
暑いはずなのに、ブラックに肌を触られるとそれだけでぞわぞわして、何か体の中が余計にカッカするみたいで。……覚えのある感覚すぎて、本当にマズい。
ブラックだって解ってるはずなのに、それでも俺を胡坐の上に乗っけて拘束したまま執拗に俺にセクハラをしてくる。
こ、こんちくしょう、人を熱い外に放っておいてこんな事されてるってのに、なんで俺はブラックに良いようにされちゃってんだよ、ああもう!
「えへっ、え、えへへ……ツカサ君……もっと匂いづけしちゃう……? ねっ……もういっそ、セックスしてスッキリしちゃう? ねっ、も、もうねっ! ふへへへっ」
「もうこんなんで水を出させんなー! 俺の水の曜術はケツの後始末用じゃねえええ助けてロクうぅうううう」
もう恥ずかしいの極みだが、こうなると助けを呼ぶしかない。
ブラックがハッスルする前にと何とか頼りになる相棒の名前を呼ぶと――薄暗い幌の中に、俺の救世主たるヘビトカゲちゃんがピューッと飛び込んで来てくれた。
「キュー!」
「あああロクぅううう」
手を伸ばして体を浮かせると、案外すんなりそのまま胡坐の上から脱出できた。
だが油断は禁物だ。ガタガタとゆれる馬車の床に転がると、俺は飛んで来てくれたロクをキャッチしてブラックから距離を取る。
「んもー、ツカサ君なんでロクショウ君を呼ぶのさ! セックスしたくないのっ」
子供のように、ぷぅ、と頬を膨らませる大人げないおっさん。
可愛いどころか悪寒が走る仕草だが、俺はとにかく必死に言い返す。今回ばかりは絶対に阻止しないと。もう人がいるそばであんなの恥ずかしくて出来ない。
えっ、えっちなんて余計無理なんだからな!?
なんとしてでもブラックを諦めさせないと……!
「したくないんだよ! なんでこんな場所でしなきゃなんねーんだ! き、昨日だって、後処理面倒だったんだし……だから、もうしないっ! 落ち着くまで、えっち禁止!」
「ええ~!? そんなの酷いよツカサ君! 甘やかしてくれるっていったのにぃ!」
「甘やかす、は、えっちな意味じゃねええええ」
もうこのオッサンには付き合っておれん。
御者台の方の覆いを解いて上にあげ、これ以上やましいことは何も出来ないように外が見えるようにすると、俺は慌てて御者台に乗り込んだ。
こ、こうしておけばブラックも諦めて落ち着くはず。
しばらくはこちらに居よう……と思っていると、先程からずっと御者台に座っていたクロウが、不意にこちらを見て話しかけて来た。
「ツカサ、もう良いのか? “匂いづけ”はしっかりやっていた方がいいと思うが……」
「だ、だからってこんな場所で出来るかぁっ! ……ともかく、いいの! 昨日だってス……いや、ともかく、なんかもう後は集落に寄らないんだろ? だったらそういうコトをしなくても良いだろうし……」
確か、シーバさんが言うには“風葬の荒野”という物騒な地帯を抜けたら、もうそこは砂漠で、その先のオアシスに王都があるって話だった。
だとすれば、街なんてもうないってことだよな。
“風葬の荒野”は死者や「食べ残し」を放置しておくエグい場所らしいし、砂漠に街というのもオアシス以外は難しいだろう。
だから、もう人目を気にする必要はないはずだ。
そうおもってクロウに答えたのだが、相手は何だか思案顔だ。
「ムゥ……まあ、それはそれでいいのだが……生半可な“匂いづけ”では、よからぬ者への抑止力にならなそうな気もするぞ」
「……ブラックだけじゃなくて、クロウやシーバさん達もいるのに?」
俺への“匂いづけ”をしなくたって、強いニオイがプンプンしてそうな奴はここに三人も居るじゃないか。……自分を含められないのが悲しいが、しかしブラックだけでなくクロウもシーバさんも強いのだ。
そんな三人の実力者なら、彼ら自身のニオイで「こいつ……かなり強いぞ!?」となるだろうし、俺へのニオイなすりつけなんてしなくてもいいはず。
守って貰うために必要な行為だとは分かってるけど、でもニオイの本人がすぐそばに居るんだから、普通そっちが気になるもんだよな。だから、俺に対してのなすりつけは適度で良いと思うんだよ。
俺だって三人から離れるつもりはないし、第一怖くて離れられないし。
だから、これでいいだろうと思ったのだが……どうもクロウは心配性のようだ。
「いくらオスでメスを取り囲もうが、一瞬のスキを突かれたら意味が無い。強者の番が居ると分かる、しかもそいつが横にいるメスだとしても、いついかなる時に拉致されてニオイが上書きされるか分からんのだ。用心に越したことはないだろう。オスの匂いが強ければ強いほど、相手への威嚇になるのだからな」
「だ、だからって連日はちょっと……」
「ムゥ……まあ確かに、連日連夜の交尾は体力を消耗するしな」
「お前は丸め込もうとしてるのか丸め込まれてるかはっきりしろよ駄熊」
あっ、荷馬車の方からブラックが声を掛けて来た。
も、戻らないぞ。俺はもう一人ではそっちに戻らないからな。
こちらを覗きこんでくるブラックから必死に視線を外していると、今度は前の方から声が聞こえてきた。このス○オボイスは間違いなくシーバさんだ。
「旦那方~、遂に“風葬の荒野”に到着しますよ~。一気に駆け抜けますので、ちゃんと捕まってて下さいよ」
「えっ……つ、ついに……!?」
あの恐ろしい解説が頭からこびりついて離れない場所が、ついに現れたのか。
どんなところなのだと前を向いてしっかりと確認し――――そのハッキリとした境界を目の当たりにした俺は、息を飲んだ。
「あ……アレが……風葬の荒野……」
草がまばらに生えるばかりの黄土色の大地の先。
そこには、鈍色を含んだ青鼠色の世界が広がっている。遠くからでも分かるくらいにゴツゴツとした岩の地面は薄らと起伏が有り、隆起した岩や崖が所々に見えた。
まるで、溶岩が固まった跡のような独特な大地だ。
しかしまったく他の色が見えないその場所は、名前も相まってどこか怖気を誘う。
風葬……風に任せて遺体を自然へと返す行為の名を冠しているからか、盗賊などに怯えるのとは違う別の感覚がぞわぞわと這い上がって来て、俺は腕を擦った。
「風葬の荒野は、草木もなく水も得られない特殊な岩石砂漠だ。……ただ通るだけであれば、何事も無いが……運が悪ければ、危うい種族に出くわす事も有る」
「えっ」
「何事も無く済めばいいザンスけどねえ~」
なに、どういうことですか。
何に遭遇しちゃうんですか。もしかして怖いモンスターじゃないよね。
「キュキュ?」
「う、うん、何に出くわすんだろうね……」
無邪気なロクが可愛く首を傾げるのに頷いて、俺はその小さな頭を撫でる。
なんか悪寒がして来たけど……大丈夫だよな。俺は運が悪い方じゃないはず。
強くて可愛いロクだって居るんだから、きっと無事に進めるはず。
…………いやこういうのが一番フラグ建てちゃうんだよな~!
あああどうか出くわしませんように、変な事になりませんようにー!!
「……僕、出遭いそうな気がしてならないんだけどなぁ。ツカサ君がいるし」
「アタシもそう思うザンス」
「ムゥ」
だからなんでアンタらはそう不安を煽るような事を言うんだよっ。
頼むからもう俺に色んな意味でのイタズラをするのはやめてくれ!
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