異世界日帰り漫遊記!

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

  痩せ鼠の目

 
 
 ――――お前達の目は、痩せ鼠の目。貪欲な目で何物も捉えて逃すな。

 かつてのナルラトは、兄であるラトテップや多くの子供たちと共にそう教えられた。
 師匠の教えを絶対として、地を這い壁を登る卑しい自らの能力を最大限利用すべく訓練され続けてきたのだ。

 壁に張り付き敵の言葉を聞くため。
 天井の裂け目から下に臨む敵の行動をしっかり記憶するために。

 ……だが、その訓練が恐ろしいものや神聖なるものを何度も拝むことになるだろうとは、師匠ですらも考えてはいなかっただろう。
 おかげで、今のナルラトは完全に貧相な尻尾を巻いて怯えきっていた。

(なんて……なんて、化け物だ……)

 怯える先には、巨大な姿がある。
 だがそのそこかしこからは黒い煙があがり、まるで焼かれて必死に逃げ出してきたようにも思える。外殻のような下部の岩壁の一部は、最初に見た時と違い何かに抉り取られたように一部分が崩れ落ちていた。

 だが、自分はその姿を恐れているのではない。

 ナルラトが真に硬直し目を見張っている相手は――――目の前に、いた。

「……チッ。意外と堅いな……砲門が動かないのは、本当にただの見かけ倒しってだけなのか?」

 冷静に呟く、黒い尊竜の背中に立つ人影。

 宵群青の外套を上空に渦巻く強風によってはためかせ、そのくせ一歩たりとも体勢を崩したりしない理解不能な立ち姿。
 普通の人族に……いや、獣人族にすらできない事を易々と行い、そのうえ平然とした顔で手に炎をまとわせている男の背中は、あまりにも異様に見えた。

「お前……人族のくせに、その力は一体なんなんだ……!?」

 自分の前に陣取っているカウルノス殿下ですら、その男の今までの所業に絶句し目を剥いている。次期国王と呼ばれるほどに武力に優れた男すら、この上空では尊竜様の背中に座っているのがやっとだ。
 それなのに、目の前の人族は――――

「うるさいなあ、ちょっと黙ってろよ。攻撃しなきゃ相手がどんなやり方をしてくるのか分からないんだろ? 何もできないなら邪魔すんな」

 こちらを仲間とも思っていないような、冷たい声を背中越しに放る。

 ……彼の愛する“たった一人”に向ける声音とは、全く違う声。
 何者にも媚びようとしない、話しているだけで「こちらとの繋がりを望んでいない」と分かるような拒絶の声だ。いや、あるいは……彼の愛する存在が気に掛けるものに対しての、わずかばかりの殺意を含んだ声なのだろうか。

 いつも彼と一緒にいる追放された王子にかける幾許かの許しを含むようなものとは、明らかに違う。自分たちは明確に拒絶されているのだと感じた。

(それでも……それでも、俺達に対して刃を向けていないだけ、ありがたい……)

 心の底から、その言葉が出てくる。
 何故なら、この人族の男――――ブラック・ブックスという男の所業は、彼が愛する少年の脆弱さとは似ても似つかない様な、怖気の立つ強さを持っていたからだ。

「……“ディノ”をつけても大した被害はないな……。こんな曜気もない土地の土なんて、普通はボロボロ崩れてもおかしくないってのに」

 舌打ちをしながらそんな事を嘯き、ブラックは美しく装飾された宝剣を己の前で掲げブツブツと何かを唱えだす。これは、人族が使う【曜術】の詠唱だ。

 再びあのすさまじい焔が来るのか、と身構えた刹那、背中の向こう側から呟くような声が聞こえた。

「呑滅せよ――――【ディノ・フラクタス・フレイム】……!」

 宝剣が、空を切るように振り払われる。
 その、刹那。

「――――――ッ!!」
「グッ……!!」

 目の前がカッと一瞬だけ夕日のような赤色に染まったと思うや否や、かなりの距離に離れていた巨大な敵の周囲に巨大な円形の壁が湧きあがった。

 赤い砂から噴出した、赤い壁。だが、あれは砂ではない。
 あれは……真っ赤な、炎だ。

「クソッ……なんだってこんな地獄のような光景を見なければならんのだ……!」

 殿下が悪態をつくが無理もない。
 この大陸の南部には、文字通り「地獄」と呼ばれる灼熱の大地が広がっている。
 咎人が放り込まれることも多い炎の世界を想起させる光景など、獣人族としてそう何度も見たいものではない。

 だが、この男……ブラックは、凶悪なまでに強い炎を操る。

 その色を染め溶かしたようなうねる長い髪を風に揺蕩わせながら、平然とした顔で“巨大な兵器すら囲うほどの炎”を発動させているのだ。

(……こんな……。こんなこと、本当に人族にできるモンなんだろうか……?)

 悲鳴を上げるように、動く城が大きく傾く。
 だが炎に囲まれた巨体は無数の脚でなんとか体を支えて戻し――その城の下の、岩壁に並んでいる“古代遺跡”を思わせる、白と金が横一線に走る部分から、一斉に何かを噴き出した。

 あの穴は、窓だ。白い壁の上下には金の装飾。そして、等間隔に立つ柱のような縦の線も金に光っている。その間には、窓の部分があるのだ。
 あの“目”に見えた部分と同じ階層にあるところからして、恐らくあれも古代遺跡の一部分なのだろう。だが、そんな場所から何を噴き出しているのか。

「……砂だな」
「グォオ……」

 獣でもないのに、あんな遠くのものがはっきりと見えているのか。
 尊竜様が同意するその先で、吐き出された砂が舞い上がり、炎の壁に勢いよく吹き付けられていく。最初は押されていたが――やがて、炎は鎮火させられてしまった。

「おい人族ッ!」
「慌てるな。巨大な要塞なんだ、この程度で倒れるわけないだろ」
「ェ……あ……さ、さすが……ブラックの、旦那……?」

 まさか、アレで「小手調べ」とでもいうのだろうか。
 だとしたら、いったいこの男の武力はどこまで天井知らずだというのか。

(…………っていうか……そういえば、船で見たあのでけえ鳥かご……まさか、アレも本当にブラックの旦那がやったんじゃないだろうな)

 獣人であるナルラトには、人族が使う【曜術】の詳しいことは分からない。
 だが、あの時に感じた“恐ろしい感覚”は、ブラックが発動する曜術のそこかしこから漏れ出していた。ならば、この男にはいくつの“手”があるのだろう。

 そして、どうして……その力を、今までほとんど使う事もなかったのか。

「――――その力の限りを以って、我は弓引かん。空を切り邪悪を打ち裂く神の炎よ、我のしもべと成りて我がために舞え……――!」

 彼の周囲に、赤い光の粒子が舞い、その立っている場所に空中へとはみ出すほどの複雑な文様にも似た円図形が広がっていく。
 また、巨大な“恐れ”が来る。

 風に髪を後ろへ持っていかれながら、ナルラトは尊竜の鱗にしがみつき屈んだ。

「出でよ――――【ディノ・バイラール・フレイム】!!」

 宝剣が、今度は空高く掲げられる。
 刹那、その刀身の中央に飾りのように埋め込まれていた紅蓮の宝玉が輝き――

 いくつもの赤い炎の帯が、放射状に膨らみながら噴出し、
 一気に巨大な敵へと駆けていった!

(あんな炎、食らったらさすがにアイツらも……!)

 爆風にも似た熱く凄まじく強い風に耐えながら、ナルラトは目を細めて炎の行く先を凝視する。まるで一つ一つが意志を持ったように動きながらも、目標である目のように見えた部分へと向かっていく様に、もしかしたらと希望が湧いた。

 もしかすると、このままあの要塞のような敵が倒れるかもしれない、と。
 だが。

「……ヤバい。ロクショウ君、下降して山の後ろに退避!!」
「グォオオン!!」

 ブラックがいきなり屈んで尊竜様の首に掴まると、命令を受けた尊竜様はそのまま翼を大きく羽ばたかせ元いた場所から後退する。
 と、同時に――――今まで沈黙していた敵が、急に妙な音を立てた。

 まるで船の動力部分から聞こえてくる、規則的で奇妙な獣の唸り声に似た音。
 グオングオンと警戒する敵に先んじて、尊竜様の体が翼の動きによって一気に動き、背後を振り向くことなく目標が遠くなっていく。

 何が起こっているのか。
 殿下と共に混乱するが、しかし「何か嫌な予感がする」ことだけは分かる。
 獣人の誇りである鋭い五感が、言い知れぬ危機感を強く訴えているのだ。
 だが、なぜ。

 そう思うナルラトの体が、大きく傾ぐ。
 尊竜様が、骨食みの谷を作る双子のように割れた山の片方の影へ隠れようとしているのだ。そうして隠れる間際、その背中の向こうに敵を見据えた。瞬間。

「――――――!!」

 要塞の周囲に、ブラックが発したのと同じような光……いや、夕日の色をしたような光が浮き上がり。そして――――

 敵が、周囲に突如出現させた巨大な岩石を、こちらへ投げつけてきた!

「うわぁあああ!!」

 声を殺せと言われてきたことすら忘れ、思い切り叫ぶ。
 だが、寸でのところで山の背後に隠れたことで巨大な岩を躱した。尊竜様の素早い行動のおかげだ。そのまま、山肌が自分たちを守ってくれるだろう。そう思っていたのだが。

 まるで、雷のような耳を劈く音が聞こえたと思ったと同時。
 少し顔を上げた所にあった山頂が……巨大な岩によって粉々に砕かれていた。

「うっ……そ……」

 思わず、声が漏れる。
 だがそれに構わず、冷静な声でブラックが呟いた。

「なるほど、やっぱり【土の曜術】か……。これはだいぶ、困ったことになったね」
「グォオ……」

 少しも困ったような声ではないが、尊竜様は素直に困っている。
 巨体ではあるが、ツカサに可愛がられていたせいか純粋で心優しいままの彼は、今乗っている男のように感情を隠す術を持ち合わせていないようだった。

 いや、それとも……この男は、本当になんとも思っていないのか。

「…………古代兵器ではなく、曜術……。やっぱり、アルカドビア自体は【空白の国】ではなかったみたいだな……。だとすると、することも変わってくる。獣人どもだけでは、少し荷が重いかもしれない」
「グッ……な、何を言う……」
「……もう撃ってくる気配はないな。ってことは……僕達が“鬱陶しいから、少しだけ見せてやる”ってところだろう。……深追いは、やめておいた方が良いか」

 殿下の勢いがない反論など意にも介さず、ブラックは「帰ろう」と尊竜様に言う。
 先ほどの凄まじい攻撃を見て、それでも尊竜様と彼は驚いていないようだ。まさか何度もこんなデタラメなものを見てきたとでもいうのだろうか。
 だが、そうでもなければこれほど落ち着いているはずもないだろう。

(……俺の目は、痩せ鼠の目……だが、こんなことどう説明すればいい……?)

 化け物のような力を持つ男が、化け物の力を引き出した。

 どう考えても、目の前の巨大な敵を論じる前に、この「ブラック・ブックス」という男に対しての議論が巻き起こるだろう。
 そもそも、獣人族は人族を見下している。それは【五候】とて例外ではない。

 素直に話したとしても、その報告に疑念を抱かれるのは間違いなかった。
 だが、この恐怖は本物だ。肌を未だに震わせるビリビリとした感覚も夢であろうはずが無い。たった一人の人族の男が、あの要塞を怒らせたのは事実なのだ。

(ブラックの旦那……アンタ、本当に一体なんなんだ……?)

 脳内で呟く言葉に、己自身が混乱する。

 ……敵を恐れる気持ちは、根無し草として働き始めた以降も変わらない。
 けれども、味方を恐れるような気持ちなんて……今まで持ったことなどなかった。

 ツカサはブラックのこのような面も知っているのか。知っていて、それでもなおこの男を受け入れ愛しているのだろうか。
 考えて、ナルラトは怖気を感じぶるりと震えた。

(……陛下。俺は、初めて人族を恐ろしいと思いましたよ……)

 きっと、この恐怖は味方であれば感じるはずもない。
 だがナルラトは、知らずのうちに気付いてしまっていた。


 ――――ブラック・ブックスという男が、決して「善」ではないことを。











 
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