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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編
49.元凶は集い
「あ……」
クロウの髪を纏めている髪紐が千切れ、ボサついた髪の毛が広がる。
肩甲骨にかかるほどだった髪の長さが、更に長くなっていく。その後ろ姿は、大きく膨らんだ毛皮を持った獣のようだ。
長く伸びた長髪は、俺が知っている仲間たちの誰とも違う。
それそのものが、首や背中を守る鎧のように一塊になっているように見える。だがそれでも、風を孕んでなびく様子は人の毛髪でしかなかった。
きっと、クロウの「本来の姿」は、獣ともヒトとも言い切れぬ姿なのかもしれない。
俺のそんな予想を肯定するかのように、クロウの頭からは、豊かな毛髪から一気に橙色の光が二筋走り、それらが捻じ曲がり角のような形を作っていく。
根元から先にかけて光が消えると、それは立派な角になってしまった。
何度か垣間見た、雄山羊の捻じ曲がった角のように攻撃的な角。
熊が獲得し得ない、前方の敵を貫き殺すために作られたかのようなその武器は、人となった今も強烈な攻撃性を見せつけている。
……決してヒトが持ち得ない、異質な角。
その雄山羊のツノを備えた体は、見ればそこかしこが変化していた。
――――前は、手の甲から直接生えて伸びたような不可解で鋭い爪ばかりに目が行っていたけど……太陽の下で見たクロウの姿はあの時よりさらに変化している。
コートのように裾の長い上着の下に隠れていた熊の尾は毛を長く伸ばしたのか、裾から馬の尾のような毛先が見えている。
そのうえ……なにやら、クロウの頬や腕に、文様が浮かんでいる。
褐色の肌に、直線を基調とした光る文様が腕や顔にはりついていく。
その光の色は、夕陽のように明々とした強い色だ。クロウの象徴ともいえる、土の曜気を操るものであることを示すような、目を見張る文様だった。
……あんな姿、今まで見た事が無い。
驚く俺の前で、クロウが獣のように手をついて台地に着地する。
岩の目玉を従え己を囲うアクティーを遠目に見て、クロウは縛るものを失って靡き続ける髪を後ろに流し、ゆっくり立ち上がった。
「おい、なんだあの姿は」
あっ。カウルノス……わ、忘れてた。この人も、別のヤドカリの足からここまで登って来ていたんだったな。背後に立ってるのに気付かなかった。
……っていうか、カウルノスもクロウのこの姿を知らなかったのか?
だとしたら、クロウは今まであの姿を人に見せる事は無かったのかな。
俺ですら数度見ただけだし、クロウも曝したくないうような感じの言い草だったから、もしかしたらクロウは今の姿を血族にも隠していたのかもしれないな。
いや、でも、ドービエル爺ちゃんが人間体になった時も、今のクロウの姿とように、捻じ曲がった一対の角を備えていた。ということは、あの姿はカウルノスが見慣れていないだけで、よくある姿って可能性もある。
が、俺のそんな考えは読まれていたのか、カウルノスが隣に回ってきて続けた。
「言っておくが、あんな禍々しい姿など、血族の中をいくら探しても見つからんからな。……どうやら我が弟は、王の血を受け継いだというよりも……遥か昔の“神獣”から能力や姿を受け継いだらしいな」
遥か昔の神獣。
――そういえば、クロウの土の曜術は「血が濃くなったがゆえの先祖返り」だと伯父のデハイアさんが言っていたような気がする。
だとしたら、クロウのあの魔王のような姿は、かなり古い一族である“ディオケロス・アルクーダ”の元々の姿だったのかもしれない。
今となってはハッキリしたことなんて分からないだろうけど、元々はクロウを嫌っていたカウルノスがここまで言うのだから、俺の予想も大ハズレってワケじゃないのかも知れない。魔王みたいになったクロウが、通常よりさらに強いのは事実だ。
ならば、アクティーもとめられるはず。
そう考えていると、クロウが後ろ髪を風に浮かせながら、一歩踏み出す。
城の残骸を全て目玉砲台へと変えてしまったせいで、二人が立っている場所は城壁に囲まれた広い空き地でしかない。
目玉砲台の群れがクロウとアクティーの間に広がっているが、等間隔に並んでいるせいか、大した遮蔽物にはなっていないようだった。
――――足を踏み出し、アクティーに近付こうとしているクロウを見止めて、依然として操られているアクティーは唸り始める。
クロウはひるむ事も無く進んでいくが、敵が近付いてきている事に危機感を覚えたのか、アクティーは唸りながら少し腰を屈めた。
犬として、敵に飛びかかる前のような仕草。だが、アクティーは飛び掛かることなく、また体に橙色の光を纏い始めた。
「あっ……!」
思わず声が出る俺の視界の中で、目玉砲台の一部がクロウの方を向く。だが他の大多数は軽く上を見上げ、瞳孔の部分を膨らませている。
……中央に穴の開いた巨岩に見つめられ、クロウは低く構えた。刹那。
「グルルルルルァアアアアアアア!!」
アクティーの強い声と共に、目玉砲台が一斉に――――
中央の穴から、橙色の尾を引いた岩が無数に飛び出した。
「っ……!!」
大地に広がるだけなら、まだマシだったかもしれない。
だけど、アクティーが指示した砲台は外の方……進行方向である王都にも向いていて、そちらへ無数の岩を吐き出したのだ。
攻撃だ。
もう、明確に王都に危害を与えようとしている。
万が一この岩が誰かの命を奪ってしまったら、アクティーに要らぬ罪を着せる事になってしまう。それだけはダメだ。でも、打ち出した角度が高すぎる。
空を見て目測で岩との距離を測れない俺には、どうすることもできない。
どうする。やはり【黒曜の使者】の力を使うべきなのか。
焦りながら考えていると……――
「えっ……?!」
高く跳んだ石の礫が、空中で勢いを失っている。
一瞬制止したのかと思ったが、それは間違いだった。石の礫は、何故か内部からふくらみ――――その場で、砕け散ったのだ。
……何が起こったのか分からない。
だが、これはクロウとアクティーの戦いの一部だ。
慌ててクロウを見やると……そこでも、驚くような光景が繰り広げられていた。
「ガアァアアア!!」
咆哮しながら駆け出したクロウは、脇目も振らずアクティーへと近付いて行く。だがそれだけでなく、自分に向かってきた岩石に対し、爪を振るっていとも簡単に無数の岩を砕いてしまったではないか。
飛んでくる岩が、その場で細かく砕けて広がっていく。
もう、いつの間に切ったのか砕いたのか分からない。ただ一つ言える事は、魔王化したクロウが、全ての岩の礫を爪だけでいなしてしまったということだけだ。
やっぱり、あの姿のクロウは強い。
いつも強いけど、今回ばかりは別格の強さのような気がする。
それと同時に、少し嫌な予感がするが、もう動いた事を止めることは出来ない。俺は、クロウの戦いを見守る事しかできないんだ。
だけど、見守っているだけではいられない。もしもクロウがピンチになったり、その力を制御できなくなったときは、俺の出番だ。
クロウが俺を信頼してくれていることに応えなければ。
ついに始まってしまった闘争に拳を握って静観を決めるが、俺がそんな事を改めて考えている間にも、クロウは岩の礫を崩し小石の霰に変えながら、アクティーの元へと接近していく。今のクロウには、岩の礫程度では敵ではないのかもしれない。
アクティーもそれに気が付いたのか、見下ろしている俺達にも分かるほどの動きでクロウの方を向き、爪を出した片手を大きく振る。
まるで目の前の敵を爪で切り裂くようなジェスチャーだったが、それに呼応して地面を橙色の光が這った。
刹那、クロウとアクティーの間に、土の壁が出現する。
だがそこで後れを取るクロウではない。勢いをつけた拳をせり上がって来た土壁を思い切り拳でぶち破ったのだ。
「やった!」
「いや待てツカサ、あのメスの様子がおかしいぞ」
「えっ……!?」
カウルノスの少し焦るような声につられて、アクティーをよく見ようとする。
と――――急に、視界が横にぶれた。
そのまま、地面に倒れる。
………………え。なに、どういうこと。俺、いきなりコケたのか。座ってるのに?
いや、でも、体になんか重いものが乗っている気がする。
なんとか体を起こすと、どうやら俺はカウルノスに抱えられて逃げたらしい。……って、なんで抱えられて横転してるの。俺どうなったの!?
よく解らなくて、慌てながら体を起こす。
だが、何故かカウルノスの方がほとんど動いてくれない。
なに。これ、どういうこと。カウルノスに何があったんだ。
強烈に嫌な予感がして、自分を抱えていた逞しい腕を振りほどき上半身を起こすと、少し先にぼんやりと人の姿が見えた。
――――なんだろう、見覚えがある。
近付いてくる相手に警戒心を覚え、動けないままのカウルノスを庇うようにして自分が前に出る。すると、近付いてきた相手の詳細が分かり――俺は、瞠目した。
「な……なん、で……あんた……」
それしか言葉が出てこない。
相手はそんな俺を涼しい顔で見ながら、こちらを見下ろす位置に立った。
「何故? さて、どうしてでしょうね」
こんな状況でも、本心を見せない丁寧な物言いは変わらない。
けどそれが余計に不気味で、俺は背筋に強い悪寒を感じながら上を向いた。
――――……見えるのは、淡く白を流し込まれた明るい緑青色の髪色。
予想外の奴……いや、予想していなければいけなかった相手が、迂闊な俺を嗤うように、そこに立っていた。
→
※早朝どころか朝になっちゃった:(;゙゚'ω゚'):
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