異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

50.誰かの為に1

 
 
「ルードルドーナ……!!」

 特徴的な髪色をした、褐色肌の白熊の獣人。

 カウルノスとクロウの弟だけど、コイツは信用ならない……ハッキリ言えば、スパイの可能性が高かったヤツだ。
 そう考えて、俺はハッとし倒れたままのカウルノスの前に飛び出る。すると、ルードルドーナはこちらの行動をフッと鼻で嗤った。

「なんですか、それ。庇っているつもりですか? 間抜けな兄上より更に間抜けで弱い人族のあなたが」

 ――――この物言いで、相手が敵かどうかわかったようなものだ。

 俺はルードルドーナを睨みつけると、両手を広げてカウルノスに攻撃が来ないように牽制する。こんなことをしても無駄だろうけど、でも相手の照準を狂わせるくらいは出来るはずだ。なんにせよ、昏倒している味方を捨てて逃げるなんてやりたくない。
 ……それに、この人は次期国王でありクロウのお兄さんなんだ。

 俺が助かるために逃げてもクロウ達は許してくれるだろうけど、そんな男らしくない事はしたくない。何より、この人を慕っている部下達が今戦っているのに、助けもせずに背を向けるなんてチート持ち主人公のやることじゃないもんな!
 まあ、俺は主人公じゃないかも知れないけど……でも物語ならそうだろう。

 大事な人の大事な人達を守ろうとして、何が悪い。
 弱くたって残機無限なら、人の盾になって役に立つくらいはしていいだろう。

 それに……コイツに良いようにされるのは、絶対に嫌だ。

 もしルードルドーナが敵――【教導】達と繋がっていたんなら、王都に土を運び込んで混乱を引き起こし、国民まで巻き込もうとした大悪人ってことになる。
 仮にも王族の一員なのに、こんなことするなんて……。

 そんなの、コイツを信じてた人達が報われない。
 なにより愛してくれる人がいたのに、こんなことを引き起こして、今ドヤ顔で俺の事を見下しているルードルドーナが許せなかった。

 しかし、そんな俺の怒りも相手からすればゴミムシの威嚇と同然のようで。
 ルードルドーナは嘲笑めいた薄い笑みを見せながら、俺を見下した。

「どいてくれません? せっかくバカみたいに油断してやっと倒れてくれたのに、そう邪魔をされると兄上を喰えないじゃないですか」

 …………え?
 いま……なんて、言った……?

 もしかして、カウルノスを喰うって……喰うって言ったのか!?

「なっ……く、喰うって……!」
「絶好の機会なんですから、ほら。貴方も食べて欲しいなら、あとで食べてあげますから、さっさと退いて下さい」
「いや、お前喰うってなんだよ!? カウルノスはアンタの兄ちゃんだろ!?」

 さっきから言っていることが理解できない。
 いや、意味は分かってる。獣人にとって強者の肉を食らうのは、自分を強くする事だってのは知ってる。半分モンスターなんだもん、相手を喰えば力を増すってのは、迷信でもなんでもなく事実なんだろう。

 だから、強者であるカウルノスを食べるってのは分かる。
 でも、そんなセリフを言うのは敵の獣人くらいだろ!?

 なんで身内であるアンタが、兄貴を食べるなんて話になるんだよ!

 ていうか、そんな事させてたまるか。普通に殺すのと同意義じゃねえか!
 絶対に退かないからなと睨むと、ルードルドーナは薄く笑みを浮かべたまま、片眉を歪めて俺を見下すような表情を見せた。

「兄、ですか。……兄だからなんだと言うんです? たかが血縁というだけで、何かの歯止めになると? ハハハ、人族は本当にバカですね」
「だけど……っ」
「もうそういうのは沢山なんですよ」

 俺が次の手を考え付く前に、ルードルドーナは一歩近付いて来て腕を振り上げる。鋭い爪と、何かをえぐり取ろうとするかのような指を開いた手。
 攻撃が来るのだと思い、とっさに受けようと体が動く。

 だが、次に待っていたのは――――俺を叩くでも引き裂くでもない行動だった。

「――――ッ!?」

 体が、浮く。
 だが誰かに抱えられたとかそういうのではない。

 首、だ。
 俺は、ルードルドーナに、首を片手で……つか、まれて……っ。

「苦しいですか? ハハッ、弱いくせに強い私に歯向かうからですよ! ……そう……弱いくせに、何度も何度も私を惑わせ苦しませて……本当に、憎らしい……!」
「う゛っ……ぐ……ぅう゛、ぅ……っ」

 声が、出てこない。
 首だけで浮かされるのは危なくて、なんとか必死に相手の腕を掴んだけど、獣人の筋力に敵うはずもない俺は、どんどん目の前が曖昧になっていく。
 脱出しようと一生懸命もがいたけど、何も届かない。

 目の、前が、ちかちか、する。

 や、ばい。このまま、じゃ……。

「ふ、ふふふ……無様ですね……! 涎を垂らして必死に歯を食い縛っても、お前に出来るのは無様に死ぬことだけ……! 訳知り顔で何度も何度も何度も私の心の中を見透かしたようなことを言うガキなど、所詮この程度……!!」

 ぅ……う゛……。

 なん、考え……られな……苦、じい゛……っ、も……っ、ぉ……っ!

「喰われるだけの人族メスの分際で、私と私の母上のことを一々揶揄して私の神経を逆撫でして……お前が……お前ごときが何故っ……何故ここに居るんだ!!」
「――――!!」

 うなじの肉に爪が食い込んで「入ってきた」と思った刹那。
 体が一気に痛みから解放され――――俺は、何かに体を強く叩きつけられた。

「がっ……!! ぁ゛……ッ……~~~ッ……!!」

 声が、出ない。
 首を絞められたせいで咳すら満足にできず、喉が締まって余計に酸欠になりかける。だが空気を求めて必死に口を動かすと、うなじの方がズキズキと痛みだす。

 咳が、痛む肺を震わせて吐き出される。
 痛い。そうだ、痛い、凄く痛くて苦しい。思い出すたびに何も考えられなくなる。

 体がうごかない、痛い、。だけど、このままじゃいけない。いけないのに。

「苦しいか? ……それはお前が分不相応にでしゃばるからだ。メスならメスらしく、人の後ろで黙っていれば良いモノを、お前は何度も何度も私を不快にさせて……」

 侮蔑するような声。
 だけど、その声が途切れる。

 頭が酸欠でガンガン鳴ってて、体が震えている。肺が、呼吸を求めて無理矢理動くせいで、内臓が痛い。どこかに……たぶん、欄干に打ち付けられたせいで、全身が痛むのに、今は内臓の痛みの方が強かった。

 こんな、痛がってる場合じゃない、のに。

 そう思うけど、体が動かない。
 けど、ルードルドーナは何故か攻撃を仕掛けてこなかった。

「……人族のメスは愚鈍なくせに、血肉は美味そうな匂いをさせるのが心底不快だ」

 なにか、不満げな声がして……じゅる、と、音が聞こえる。
 あれ……もしかして、手に血がついてて、舐めたのか……。

 …………ってことは、俺……そんなに、酷い怪我してる、のか……?

 う、うぅ……だめだ、頭が酸欠でぼうっとする。
 早く。早く、立て直さなきゃいけないのに。

 カウルノスが危ない。クロウだって、いま、どうしてるか分からないのに。

 動け。動け動け動け俺。
 動け……っ、そう、痛いけど、顔を、あげるくらいは……っ。

「う゛……ぐ……っ……」
「……! チッ……どれだけ頑丈なんだお前は……!」

 顔を上げたけど、視界はボヤけていて、まだ輪郭と色しか分からない。
 だけど俺の目には、今さっきまでルードルドーナが自分の手を舐めているような姿が認識できた。やっぱり、血が出てたんだ。

 ……うなじに、想像以上に爪が食い込んだんだな……。

 でも、体中が痛いせいか、うなじの方は熱っぽくジンジンしてるだけだ。
 これなら立て直せる。徐々に、痛みが落ち着いてきた。

 俺が「早く立て直さなければ」と思う気持ちが、自己治癒能力を早めたのか?
 ともかく、これはチャンスだ。体力が完全回復するまで、なんとかルードルドーナの気を引きながらカウルノスに意識が向かないようにしないと。

 幸い、相手は俺に対して今すごく憤っている。
 理由は不明だけど、そこを煽ればカウルノスは後回しにするかもしれない。

 …………一歩間違えれば不利になるけど、やるしかないよな。

 俺は、ルードルドーナの事を何一つ知らない。
 知っているのは、全部伝え聞いた情報と「相手が自分の言葉で何故か激昂した」という不可解な情報だけだ。そこから導き出せるものなんて何もない。

 今はただ、ルードルドーナが俺達を二度も襲撃し、裏切り者であることを示したことと……今の自分の立場に対して、何か不満を持っているということだけ。

 つい数十分前、ルードルドーナは翡翠色の特殊なツノを見せた状態で俺達を襲いながら、一緒に居たアンノーネさんに“こんなこと”を言っていた。

 ――――お前も、父上に心酔するあまり父上ならこうする、父上は立派だ、父上父上父上ばかりだった。私に対してお前はただ“強者である”と思うのみで、私が何を考え何を望んだのか考えもしなかった。

 ……それに、自分のお母さんであるエスレーンさんへの異常な執着と、エスレーンさんの事を話した時に見せた動揺。
 ルードルドーナの言葉の端々から見える感情を考えると、ぼんやり浮かんでくる物が在る。でも、それが正しいとは限らない。

 相手は全く本心を見せなかったから、俺の考えが正解か確信が持てないんだ。

 だから、地雷を踏み抜いて今度こそ大惨事になる可能性もある。
 いつも以上に感情が高ぶっている今のルードルドーナは、予想外の事をしでかす可能性が大いにあった。

 けど、だからってやらないわけにはいかない。
 ……どうにか。どうにかして、時間を稼がないと。

 今ここで、ルードルドーナを止める。
 俺に出来るか分からないけど……でも、何も出来ないまま、むざむざカウルノスを殺されたくない。昏倒してるアイツを守れるのは、俺しかいないんだ。

 そう思い、俺はズキズキ痛む腹に力を入れ、なんとか正気を保つ。

「るー、どる……ドーナ……なん、で……こんな、こと……」

 今はただ、相手の話を促すような言葉を続けるしかない。
 でも、俺が「どうして」と思っているのは本当だ。

 何故こんなことをするんだと揺らぐ目で訴えると――――滲んだ視界の先にいる相手は、俺の無様な倒れ姿を見て少し溜飲が下がったのかフッと鼻で嗤った。

「何故? 散々私を言葉でなぶったお前が、そういうのか。……ハッ、無様だな。それに、実に滑稽だ。ハハ……っ。そうだ、やはりお前達は愚かだ、滑稽なんだ……!」

 …………どう、やら……上機嫌になった……?

 俺がルードルドーナを理解できない事が、相手には愉快だったようだ。
 ……ということは……逆に言えば、今までの俺の発言はルードルドーナの何かに確実に刺さってしまっていたってことなのか?

 でも、俺そんなこと言ったかな……。
 いや今は良い、ともかく、会話を引き延ばすんだ。

「うぅ……」

 悔しげに顔を歪めて見せ、俺は拳を握る。
 悲しいかな、こういう悔しがる仕草は特異だ。イケメンに負け続けた怨みを思うと、俺は心の底から悔しくなってしまう。ひがみ根性なら一人前だ。

 そんな俺の本気の演技を、ルードルドーナはお気に召したようだった。

「ふっ……やはりお前など、私のことは判るまい……!」
「どうして……どうして、あんた、こんなこと……」

 言ってる事は前と同じだけど、俺が本気で悔しがる姿を見せた事で、相手は今までとは違う印象を持ったようだ。
 面白いおもちゃでも見つけたかのように、俺に近付くと目の前に立ちはだかった。

「知りたいですか? 私が、何故こんなことをしているのか」
「…………」

 うん、と、すぐ頷かない。
 こういうヤツは、相手が悔しがる姿を望んでるんだ。

 すぐに頷いたら俺の態度に疑問を抱いて警戒するだろう。そもそも、そういうのは、男のプライドを傷つけられた反応とは言い難いもんな。
 本気で悔しい時は、良い提案をされたってすぐには頷けないもんだ。

 だから俺は数秒たっぷり間を置いてから、改めて顔を歪めながらルードルドーナを見上げ、無言で「何故だ」と訴えてみせた。

 無様だけど、事態を好転させるためなら俺のプライドなんてどうでもいい。
 どんなことをしてでも、ルードルドーナの弱点を見つけて見せる。

「そんなに知りたいんですか。……本当に? じゃあ、ほら」
「…………」
「人族というのは、負けを認め隷属する時に靴を舐めるらしいですね。でしたら、君も人族なりの礼儀を見せて下さいよ。ねえ」

 そう言いながら相手が差し出したのは、サンダルの足だ。
 褐色肌で、筋張った男らしい足。指も、女性のものとは大分違う。

 でもその足は砂が薄らついていて、綺麗な顔をしている相手のものとはいえ、男でしかも汗をかいただろう砂だらけの足の指というのは、非常に抵抗があった。

 それを相手も知っていて、あえて俺に舐めさせようとしているのだ。
 …………でも、今更それに抵抗なんてしていられない。

「……ぅう……っ」
「良いんですよ? 何も話さずに、君を殺してしまっても」

 悔しさは有るけど、今やってる演技ほどじゃない。
 でも俺は芋虫のように転がり、地面に伏せたままずりずりと動くと、ルードルドーナの足の前に改めて顔を近付けた。

 あくまでも、全身全霊で嫌がるし、実際嫌だけど。
 でも覚悟は決まっている。

 何でもやると心の中で決めたのは俺だ。
 誰かが、クロウが悲しまないためなら……なんだって、やってやる。











 
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