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断章 かつて廃王子と呼ばれた獣
18.近付く放浪
「追放って……それから、どうなったんだ?」
耳を疑うような酷い話の連続に、俺は耐え切れず問いかけてしまう。
だってこんなの、とてもじゃないけど黙って聞いていられないよ。
【常闇の砦】での惨事に、その傷が癒えないままで行われた決闘。
クロウの口ぶりでは決闘に不満は無かったみたいだけど、それでも俺からしてみれば、妨害が入ってる時点で正当な戦いだなんて思えなかった。
普通、決闘ってのは一対一の男らしい勝負だろう。
それなのに、小賢しい手を使われて負けるだなんて……。
…………でも、クロウは負けた事や仲間の事に悔しがっても、その戦い自体は別に不当なものだとは考えてないんだよな。
多分、クロウは今でも「その程度で揺らいだ自分が悪い」と思ってるんだろう。
人より自分を責めがちな熊さんなのだ。
自分の力不足だったんだと、純粋に考えているのかも知れない。
いや、獣人ってのは、それで勝ってこその強さってことなんだろうな……。
卑怯な手を使ったものに負ければ、それは力で圧倒できなかった己の恥。武力で人を屈服させる世界だからこそ、そういう誇りや自信が必要なのかもしれない。
信念が無い武力は、ただの暴力だ。
獣人達も、ヒトだからこそ、己を律するために「誇り」を求めたのかもな。
……だけど、クロウの決闘に関しては、武人の誇りなんて関係なく、不当な戦いだと抗議してほしかったよ。
こんなの間違ってるって、出来れば戦って欲しかった。
だって、クロウは何もしてないじゃないか。
そりゃあさ、心が弱っているから流されてしまって……という負い目は有るだろう。でも、それだって、周囲がクロウのことを決して許さなかったからだろ。
いくら心が強くたって、無視されたり邪険に扱われたりし続ければ、そんなの誰でも耐えられなくなるに決まってる。大人だって、我慢してるだけで、そういう事が平気になったわけじゃないんだ。
ましてやクロウは、子供の頃からずっとその状態だ。
……いくらドービエル爺ちゃんとマハさん達が擁護してくれたって、限界がある。
「どうか自分を罰してほしい」だなんて域にまで行ってるのに、それでもまだクロウは他人のせいに出来ず、自分が弱かったからだなんて考えるなんて……。
…………正直、俺には……そこまで自分に厳しくは出来ない。
きっと、どこかで他人のせいにするだろうし、そんな自分が間違っていると理解して余計に自己嫌悪に陥る事はあるだろうけど……でも、誰かを恨まないままでっていうのは、凄く難しい事だと思う。
だから、クロウは凄いなって思うけど。
でも……それでもやっぱり、そんなの間違ってるよ。
自分の心が壊れるまで耐え抜くなんて、正しいワケないじゃないか。
人のせいにするのは悪いことかもしれないけど、でもクロウの場合は自分ではどうにも出来ない事ばっかりだっただろう。
なのに、どうしてそれを自分のせいだと思い込んじゃうんだ。
優しすぎるからだとしても、そんなの……。
「……その後、どうなったか……か。……特に、取り立てて言うほどのことでもない。数年ほど、人のいない場所を放浪したというくらいか」
「…………追放されたから……?」
「そうだ。オレは王子と言う称号を剥奪され、国の外に放り出された。……何もかもを失った事で喪失感は生まれたが、しかし、オレは……その時、やっと解放されたようにも感じたんだ。……ああ、もう誰かを怒らせることも、死なせる事も無いのだと」
「…………」
何も、言えない。
結局罰されることでしか解放されなかったクロウの心の状態を考えると、クロウに「もっと怒れ」だとか「抗議していいはず」なんて事を言えるはずが無い。
おそらく初めて感じただろう「解放感」に対して何か言うなんて、俺にはとてもじゃないが出来そうになかった。
……つい黙ってしまうが、それでもクロウは平然と話を続ける。
本当に、その時の自分には「何も感じてない」んだろう。
その態度が、クロウが数年過ごした虚ろな時間を物語っているかのようだった。
「……ただ何の意義も無く、大陸を彷徨った。モンスターを狩って食らい、穴倉の中で寝て、それだけで時間が過ぎていく。……本当にただ、それだけの時間だったが……気が付けば、数年経っていたんだ。何も特別な事なんてしていないのにな」
それは……クロウの心が極限まで疲れていたからだよ。
きっと、何も考えたくなかったんだ。だから食べて眠る事だけに集中した。人間的な生活をすれば、何かにつけて過去を思い出すことになる。だから、あえてクロウは獣そのものの生活を続けることにしたんだろう。
再び自分で考えられるようになるまで、それほどの長い時間が必要だった。
クロウの心は、それだけ疲れ果てて、壊れかけていたんだ。
……そう考えると胸が痛くて、俺は自分を抱きしめている腕に手で触れる。
今は平気だとクロウは言っているけど、それでも思い出せば苦しくなる記憶だ。
現に、話してくれている時のクロウはずっと辛そうだったじゃないか。今までずっと我慢していた痛みや傷は、今も膿んでいるに違いない。
特別な事は無いって言ってるけど……その時もずっと、苦しんでいたんだよな。
クロウのことだから、解放感は有っても罪悪感は消えなかっただろう。
部下達を置いてきたことも含めて、夜毎に様々な記憶を思い出して、自分で自分を追い詰めていたのかもしれない。
いや、確実にそうだっただろう。
話を聞いているだけでも、仲間の事にかなり責任を感じていた事が分かるしな。
でも、そんなことを俺に言うのも恥ずかしかったんだろう。
クロウは立派なオスなんだ。自分でもそう思っているから、弱い姿ばかりを見せたくないのかも知れない。
気持ちは分かるけど……俺は、アンタのことが心配だよ。
そんな思いで相手の顔を見つめると、クロウは目を細めて緩く笑った。
「ツカサは優しいな。……でも、大丈夫だ。もうすぐオレのこんな惨めな話も終わる。そうでなければ、オレは今ここにいないのだからな」
「……うん」
苦しいけど、つらいけど、それでも今が幸せだから泣き喚いたりしない。
今までの話を聞いて、改めて俺はクロウのそんな強さを感じた。
でも、やっぱり……俺は、クロウに我慢してほしくないよ。
だから泣きたい時はいつだって泣いてほしい、とクロウの頬にまた手をやって優しくさすると、クロウは気持ちよさそうに目を閉じて手にすり寄ってきた。
「ああ……。ツカサの手は、柔らかくて優しくて……本当に気持ちいい……。あの時は、こんな風に誰かに慰めて貰えるなんて思わなかったな。……オレを探し当てた部下達の提案で、人族の大陸に渡ることになっても、ただ『兄弟を不快にさせぬよう遠くへ逃げる』という目的のためでしかなかったし」
「えっ、スクリープさん達が探しに来てくれたの?!」
思わず驚いてしまったが、しかしそうでもないと今と繋がらないよな。
クロウは多分、ずっと追放生活を続ける気でいたはずだ。その中に人族の大陸へ行くという大冒険の選択肢は無かっただろう。
もとから「自分は多くを望める立場ではない」と思ってしまうほど、心身ともに疲れ切ってしまっているってのに、自分から「人族の大陸に行く」なんてエネルギッシュな考えを思いつくわけもない。
だから、部下の誰かが見つけて……ってのは、納得できる話だった。
そんな俺の考えを察したのか、クロウは頷いて続ける。
「スクリープ達は、父上が直接指揮をする私兵に組み込まれたようだったが……それでもオレに対して恩義を感じてくれていたようでな。父上が、彼らの訴えに最低限の事しかできないがと言って、オレを探すために色々便宜を図ってくれたらしい。……マハ様やエスレーン様も、快く協力してくれたそうだ」
嬉しそうにクロウは語っているけど、その表情は少し悲しさを含んでいる。
……たぶん、それでまたカウルノス達が憎しみを増長させただろうなと、当時から思っていたんだろう。
そうだよな……アイツらの憎しみの原因の一つは、クロウに対して爺ちゃん達が特に優しくしたり甘い評価を付ける事なんだ。
正直、それは仕方のない事だと思うんだけど……それでも、クロウを弱い存在だと思っている兄弟たちにとっては、何もかも憎らしかったに違いない。
だから、それもあってクロウは追放されて「解放感」を感じていたのだろう。
なのにまた「捜索に協力して貰った」とか言われたんだもんな……その時のクロウが感じた嬉しさと苦しみは、とんでもなかったろうに……。
「無事に出港は出来たの……?」
「ああ。……その頃の定期船はオンボロだったがな。それでも、人を運ぶ程度ならば問題のない船だったから、特に何もなく人族の大陸に到着した」
だが、そこから始まる話しもまたつらいものだろう。
段々と俺達の「いま」に近付いてきたことに嬉しさを感じるが、しかしクロウが今まで歩んできた過去を思うと喜ぶことも出来ず、俺は早くクロウが素直に笑えますようにと思わずにはいられなかった。
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