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会遇古港エスクレプ、偉大な術師の夢と痕編
12.辛さだけが赤じゃない
◆
味材屋のおじさんに別れを告げた俺達は、商館に戻ると早速厨房を貸してもらい、調理を始めることにした。
幸い……いや、幸いと言っていいのか難しいが、ともかくブラック達は未だに応接室で話し合いをしているようだ。
なので、今の内に作ってアツアツをお届けしようではないか。
そんな俺の計画を手伝ってくれるのは、もちろんロクショウとリオルである。
特にリオルは“家事妖精”で、魔術でミキサーばりに泡だて器を動かしてくれたりもするので、凄く助かるお手伝いさんなのだ。
今回は初めて作る料理なので不安もあるが、レシピも教えて貰ったし大ベテランのリオルが居るので大丈夫だろう。
そんなことを思いつつ、俺は今一度厨房の設備を見渡した。
「うーん、流石は大陸一とも言われるリュビー財団所有の商館……水道が通ってるし流し台もある……。しかもこれ……コンロか……!?」
この世界では、基本的にかまどを使って煮炊きなどを行うのだが、お金持ちの家や特殊な場所には【曜具】のコンロが有るんだよな。
とはいえ俺も数えるほどしか見た事が無いんだが、ここにあるとは驚きだ。
貶す意図は無いのだが、この【エスクレプ】は決して大都市というワケではないし、街だけで充分に衣食住も補える規模のように思える。
なのに、ヤケに設備の良い商館やあの真新しい高級宿を見るに……やっぱり、ここはリュビー財団にとっては重要な拠点なんだろうな。
【薬学院】は昔からのお得意様って話だったが、この感じだと取り扱っている品物だけじゃなく、やりとりする金額も相当のモノに違いない……。
なんせ、番頭役筆頭……本社のお偉いさんみたいな役職に就いているロサードが、直々に品物を管理しているワケだしな。
ロサードって、旅の行商人を装って色んな場所に移動しているんだけど、その実際のお仕事は各地の商会の監察なんだよ。だから、ここで普通の商人みたいな仕事をしているってのはよっぽどの事なのだ。
【薬学院】がどんだけリュビー財団に大事にされてるか分かるよな……。
まあともかく、そんな重要な拠点のとても良い設備をお借りできるのだから、感謝しながら使わせていただこう。
「よーし、じゃあまず下準備からだな! コンロが使えるかどうか試して、調理器具を貸して貰おう」
コンロは二口コンロで、火力の調節は三段階の簡単なものだ。微妙な火力の調節は出来ないみたいだけど、かまどより簡単と言えばそうかもしれない。
調理器具は、欲しい物がみんな揃っているな。
「ツカサちゃん、食材はどーする?」
「まず買ってきた鳥の肉を蒸し焼きにするから、塩とコショウを擦り込もう」
「あいよー」
買ってきた食材を調理台の上に出しながら言うと、リオルは俺が触れる前に鳥肉を持って行き、ささっと皮を綺麗に切り取ると、塩コショウを丁寧に擦り込み始めた。お、おお……さすがは家事妖精……じゃあ俺は鳥皮の味付けをしておこう……焼いてブラックのおつまみにでもしたら喜ぶだろう。
とか思っていたら、いつの間にかリオルが皮の方も処理してくれていた。
こ、こやつ出来すぎおる……!!
物凄く助かるけど、なんだかよくない気がするぞ。
リオルの助けに甘んじていたら、怠け心になって全部任せてしまうかもしれない。
そうなったら、俺の数少ない役割が減ってしまう……というか、その前にブラックが色々と言うかもしれない。アイツ何か異様に手料理にこだわってるからな……。
とても助かるけど、この程度のお手伝いで留めてもらっておかなきゃな。
「リオルありがとう。後は俺がやるから、そこにある黄土色の粉を水で溶いて、サラサラの状態にしてくれないか? ロクは柄杓に水を持ってきてくれ」
「おっ、りょーかい」
「キュー!」
ロクはお手伝いが嬉しいらしくて、俺に指示されるとすぐに柄杓を取りに行く。
ふふ、ロク以上に可愛い準飛竜なんていないに違いないな。
リオルも俺が何をしたいか意図を組んでくれたようで、紙袋から取り出した幾つかの小瓶の中から目的の物を手に取っていた。
よしよし、俺も集中してやんないとな。
「まずは鳥のもも肉を蒸し焼きにして……っと」
底の浅いフライパンのような焼き器をコンロの上に乗せて、鳥肉が少し浸る程度に水を入れると、そのまま蓋をして蒸し焼きにする。
じゅうう……と水分が弾ける音を聞きつつ、水分が蒸発しきったら、そのまま鳥肉にきつね色の焦げ目が付くまでじっくり焼くのだ。
火を止めて、食べやすいように切り中身までちゃんと焼けているか確認しつつ、俺はリオルに例の「赤い粉」と、俺のバッグの中から【蜂蜜玉】を取り出して貰った。
【蜂蜜玉】は、俺の可愛い魅惑のでかもふミツバチことザクロちゃんが定期的に持ってきてくれる貴重なものなのだ。
まず器に出した赤い粉を少量の水で溶くと、【蜂蜜玉】を一個割って垂らし、よく混ざるようにしっかりと掻き回す。
混ざったら、そこにすりおろしたオービルとお馴染みのリモナの実の果汁を絞り、これらが分離しないよう再度しっかりと掻き混ぜた。
「どれどれ……」
「わっ……そんな真っ赤なのよく舐められるなぁ……」
「キュゥ~ゥ……」
後ろからリオルとロクショウの嫌そうな声が飛んでくる。
どうやらあの赤くて辛い粉がトラウマになってしまったらしい。まあ原液を舐めたようなものだもんな……とはいえ、コレはそれほど辛くないんだけどな。
「うーん……甘くて辛くてすっぱい感じ……。これアレだな、やっぱりチリソースの甘いヤツなんじゃないか?」
スイートチリソースって言うんだっけ?
“オービル”がにんにくで、リモナはお酢の役割を果たしているみたいだ。それを、俺の可愛いザクロちゃんの蜂蜜が内包してまろやかにしてくれている。
このままだと味が濃いが、これをスープにすれば丁度いい感じになるだろう。
「散りそーっす? なにそれ。ツカサちゃんの故郷の方言?」
「あ、いや、チリっていうピリ辛なモノのソース……えー……タレ? って感じ」
「なるほどタレか! ……って、そんな辛いモン食べるの……? 人族ってマジで色々食べるよなぁ……」
まるで魔族はあんまり色々食べないみたいな言い方だな。
……まあ、そういえば獣人族もモンスターも基本的に雑食性ではあるが食べ物は肉がメインだし、それを考えると人族とは違って特定のモノしか食べないのかな。
ベーマス大陸で食べたのって、そういや果物とか肉ばっかだったし……。
「魔族も食べるものって結構決まってたりするの?」
寸胴鍋に水を入れて沸騰させつつ、塩コショウと先程のソース……いやタレを投入しつつ言うと、リオルは赤いタレを物凄く嫌そうな顔で見つつ顎を引いて頷く。
「お、おう……魔族も人族の精気が大好物だし、そもそも魔族の大陸……オリクトには、毒草なんかもいっぱいあるからな。モンスターの肉の方がよっぽど安全なんで、精気以外だとみんなほとんど肉を食ってるかなぁ」
なるほど……そういえば、この世界の魔族って片手で足りるほどの人数としか知り合った事が無いんだよな。一人は、ラッタディアに避難していた獣人達の中にいた、巨乳でちょっぴり泣き虫な可愛い美女のミミネルさん。
そしてもう一人は、魔族の中でもかなり高位の存在らしい“中央統制軍”という組織の【七曜星】とかいう役職に就いているらしい、爆乳美女の炎竜公アンナさんこと、ヴァリアンナ・ランパントさん。
明確に「魔族」だと自己紹介してくれたのはこの二人だけだった気がする。
奇しくも二人とも美女でおっぱいが大きい……いやそれは置いといて。
ともかく、人族以外は食べるものがある程度決まってるんだな。
まあそれなら辛い物が苦手になるのも仕方ないかもしれないが、しかし俺はこれを遠慮なくスープにさせて貰う。とりゃっ、沸騰したら鳥肉投入だ。
「ぎゃー!」
「ギュゥー!」
「二人と藍鉄の分は別に作ってあげるから待てっての!」
だからそんなこの世の終わりみたいな悲鳴を上げるんじゃない。
ちゃんと味が染みるようにゆっくりまぜつつ、コトコト煮込む。
最初に作って貰っていた黄色の粉を溶いた汁を、味を見つつ入れて――仕上げに、蕪に似た薄黄色の野菜(ディトナというらしい)を投入し完成だ。
「よしっ! エスクレプ名物“反省スープ”の出来上がり!」
「反省スープ……何度聞いても変な名前だよなぁ」
「しょうがないじゃん、この赤いスープを見た【薬学院】の学士が『教授の怒った顔を思い出す』とか言って食べるんだから」
「どんな食い方してるんだよ……」
リオルのツッコミは御尤もなのだが、よく叱られる側の俺としては学士の気持ちが少し分かってしまう。顔を真っ赤にして怒ってたなって、思っちゃうんだよなぁ。
落ち込んだ時は、何を見ても不意に落ち込んだ原因を思い出してしまうのだ。
……まあ、このピリ辛で少し酸っぱい独特な味が、余計にそう思わせているような気もするが……美味しくできたのでヨシ!
「おっ、良い匂いがすると思ったらまた美味そうなモン作ってるな、ツカサ」
「ロサード! もう検査は終わったのか。あの草、大丈夫だった?」
後ろ側のドアから声をかけて来たのは、妙にウキウキなロサードだ。
少し心配だったので問いかけると、相手は満足げに頷いた。
「ま、アイツも凄腕の薬師なだけあって、薬草の保存術にも長けてるからな。それに乾燥もバッチリだし、品質は言うことねえよ」
「そっか、良かった……」
「いやーしかし、良い匂いがするもんでやってきたら、こりゃたまらんな。これは俺も食っていいのか?」
目を輝かせて近付いてくるロサードに、俺が頷こうとすると――何故かリオルが口を挟んでくる。
「これはぁツカサちゃんが旦那達の為に作ってんスけどぉ。ポッと出のヤツが食べる量は残るかどうか分かんないですー」
「こらリオル! まあ、確かにこれはブラック達のためのスープなんだけど……でも材料はまだ沢山あるからさ、ブラック達が全部食べちゃったらまた作るよ。もちろんロサードの分も」
何故かロサードに突っかかるリオルを背中でガードしながら言うと、相手はニカッと嬉しそうに笑って、大歓迎とばかりに手を叩いた。
「おっ、そりゃ嬉しいねえ! じゃあ、パンは俺が用意してやるよ。ブラックの旦那も、雑穀パンより白パンのが嬉しいだろ」
「ホント!? ありがとうロサード!」
ブラックは白パンが好きなんだよな。
用意してくれたら、もっと気がまぎれるかもしれない。
ロサードの申し出に礼を言うと、相手は「へへ」と笑って頬を掻いた。
「まあこのぐらいは任せとけって。……あ、そうそう、旦那と言えば……今さっきの事だが、応接室でなんか大きな声が聞こえたぞ」
「大声……?」
「あ、でも怒鳴ってるとかじゃないぞ。なんか喜んでたみたいな……」
「……んん……? 話がまとまったってことなのかな……?」
あの深刻な話で喜ぶ部分があるとは思えないし……多分、二人は持ち前の冷静さで早々に話し終わって、他の事を話しているのだろう。
だったら、もう持って行っても良いかな?
「ツカサちゃん、はいお皿っ」
「えっ? あ、ありがとなリオル! ホント気が利くなぁ」
察しの良いリオルが、いつの間にかお皿を用意してくれていたようだ。
下僕、という言い方は未だに慣れないけど、リオルが手伝ってくれると料理の用意ですらサクサク終わるので、本当にいてくれて良かったよ。
そんな気持ちを込めてお礼を言うと、リオルはニンマリと満足気で嬉しそうな笑みを浮かべ――――それから、何故か勝ち誇ったようにロサードを見やった。
「…………なんでこう、ツカサの周りはクセが強いのが集まるかねえ……」
「え、なに? ロサードなんて?」
「いえいえ何でもありませんよ。……さっ、早く持って行こうぜ」
いや何でもないようには思えない間があったんだが……。
しかしそこに突っ込むと、何故か話が余計にややこしくなるような予感がしたので、俺はロサードの提案に素直に頷くとスープを注ぐためお玉を持ったのだった。
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