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ブラック×ツカサ
現パロ:ホームレスとDK 3
◆
それから、俺とこの赤モジャなオッサンとの奇妙な交流が始まった。
一度目二度目はそっけない態度だったオッサンだったが、二度目に少し突っ込んで話してからは警戒心も薄れたのか、俺に対してあからさまに「やれやれだ」みたいな態度を取る事は無くなった。まだ微妙にバカにされてる感じはするけども。
でも、結構仲良くなったんだぞ。ホントだぞ。
その証拠に、五回目くらいからは、近付くと自分から起きてくれるようにもなったわけだし……。まあ未だに翻訳サイトから卒業できないんだけどな。
しかしそこから進めないのは、仕方のない事だろう。
だって、俺は学生だ。しかも食料は小遣いもとい親の金で賄っているのだ。
毎日おやつやご飯をこっそり用意して運ぶのはキツかったし、お小遣いも無限ではない。それに、隣町と言えど、オッサンがいる公園に徒歩で行くのは結構ツラい距離なのだ。毎日電車というのも俺のお財布事情的には辛いものがあるので、一日おきとか二日空けてとか、そういう頻度でしか来る事が出来なかった。
なので……まあ、公園のハトに餌を撒くがごとく淡白で、ドラマのように相手との距離が劇的に縮まる事も無く、五回も六回も俺は無言のおさんどんマシーンと化していたのだが……それも仕方のない事だよな。
そもそもの話、相手から「恵んで!」と言って来たわけでもないんだし、最初に手を出したのは俺なのだ。責任だって俺が勝手に感じてるだけだし、俺が放置してこのオッサンが死んでしまったら……なんて考えるのも身勝手な妄想でしかない。
全て自己満足なんだから、オッサンからしてみりゃ俺ってばハタ迷惑な相手でしかないよな。でも、だからこそ、俺は意地でもオッサンをそれなりに見た目を良くして、収まるべきところに収めたいのである。
相手が自分勝手にホームレスをしてるなら、俺だって自分勝手に助けて社会復帰かおうちに帰すお手伝いをしたっていいだろ。
だいたい、公園って公共の場所だし寝泊まりする所じゃないんだぞ。本当ならここに住んじゃいけないんだからな。それに、何日も風呂に入ってないのは不衛生だし、病気にもなりかねないし、ヒゲだって外国ならいいかもだけど、高温多湿の日本じゃあんまりモサモサさせない方がいいだろうし……体調が、気になるし……。
と、ともかく、オッサンの事が勝手に心配になるんだから仕方ないだろ。
だから良いのだ。
オッサンが俺に興味が無くたって、こっちは勝手にやってやるのさ。
ガキの俺には大層な事なんて出来ないけど、とにかくまずはこの人のゲッソリした所を直して、マトモに見れるようにするんだ。そうすれば、何とかなるはず。
…………とまあ、そんな感じで何度かオッサンにメシを運ぶ俺だったのだが、その回数が十回を越えると、流石に関係も少しは変化して来るというもので。
俺は相変わらず一日置きか二日置きに少量の食料を運ぶので精一杯だったけれど、そんな俺がやって来るとオッサンは自主的に隠れ家から出てくるようになったのだ。これは凄い進歩だぞ。
今までは俺が勝手に喋ったり愚痴ったりしてただけなのに、嫌がらずに、自主的に出て来てくれるようになったのだ。これは勝ったと言っても良いだろう。
しかも、俺が何かを渡すのをすんなり受け取るようにもなった。
最近は勝手に話す他愛ない話も、そこそこ聞いてくれているような感じだ。
これは……好感度が上がったと言ってもいいのでは?
いやまあ、オッサンの好感度が上がっても俺には何の得もないんだが……こうして交流を深めていく事によって、新たな道が開かれるのだ。
この人の故郷に送り返すにしても、誰かに保護して貰うにしても、まずは信頼して自分の身を託して貰わなければ始まらない。でなけりゃ、然るべき機関に保護して貰った途端に脱走とかも十分あり得るわけだからな。
なので、これは大きな進歩と言った所だろう。
後は気兼ねなく喋れるようになったら、相手がどうしたいか判るかも。
ホームレス脱出への道までもう少しってところだな。
そう考えると俄然やる気が湧いてくる訳で、俺は今日も自作のおにぎり(ツナマヨを入れて来た)を持って、オッサンの所に出向いているのだが。
「ン……」
俺の隣に胡坐をかいて座るオッサンは、ツナマヨがお気に召したようで今日は少しご機嫌だ。相変わらずの赤髭がモジャモジャしてるので、頬張るたびに米粒やツナの取り残しがヒゲに大量にかかってしまうが、相手はそんな事など気にもしていない。
それだけおにぎりが美味かったのかと思うと、俺もちょっと鼻が高いが……まあ、腹が減ってりゃなんだって美味いからな。
俺のヘタクソなおにぎりでも大丈夫だったんだろう。普通の男子高校生に上手い事おにぎりを握れなんて無茶言うな。
「美味い? あ、えーと……でりしゃす?」
半疑問形でジャパニーズイングリッシュを炸裂させてしまうが、相手はこれも素直にコクコクと頷いていた。……な、なんだよちょっと可愛いじゃねーか。
無愛想なオッサンでも素直な感じだと可愛く思えてしまうのがずるい。
いや、なんていうか、これは一種の庇護欲みたいなもんなんだろうな。俺は今このオッサンを庇護していると勝手に思ってるので、オッサンでも少し可愛く見えて来るのだ。道を誤るんじゃない、俺。相手はすげえ汚いオッサンだぞ。
「…………」
しかし、小汚いと言ってもオッサンもそこそこ身綺麗にはしてるっぽいんだよな。相変わらず凄まじい汚れ具合だけど、本気でヤバい臭いは今のところして来ないので、夜中とかに行水とかしてるのかも知れない。
でも替えのパンツや服が無いのは問題だよな。外で寝てるのも駄目だ。
このままだと、何時まで経っても汚れサイクルから脱出できまい。
「うーむ……」
「……?」
小難しい声を出す俺に、モジャついたオッサンは髭を米粒とツナで盛大に装飾したまま首を傾げる。お前はまず俺より自分の身なりを気にしてくれ。
気付いてないみたいなので、ティッシュで一つずつ取ってやる。
まったく……母さんや婆ちゃんにうるさく言われて、柄にもなくハンカチとティッシュを常備しておいて良かったぜ。備えあれば憂いなしだな。
素直に俺が触れる事を許しているモジャおっさんは、何だかモゴモゴと口を動かしていたが……やがて、いつになく遠慮したような声で何事か呟いた。
「――――?」
あ、今の言葉は俺にも解るぞ。英語で「どうしたんですか?」って奴だ。
おお、俺の事を気遣ってくれるようにもなったのか……! なんという進歩だ!
まるで保護したわんこに尻尾を一振りして貰えた時のような感動を覚えつつ、俺は空涙を拭いながら答えた。
「アンタ、服の着替えとかないんだろ? だから、着替えとかどうかなって思って」
「エ?」
「いやさ……なんの行動するにしたって、やっぱ普通の服って大事だろ? だから、用意出来たらいいと思うんだけど……でも、ウチのとーさんの服とか絶対アンタにはつんつるてんになるじゃん。別のオッサンの臭いとかアンタもヤだろ? だから、どーしよっかなぁと思って……。オッサン、古着とか大丈夫?」
そう言うと、またもや相手は驚いたように口をぽかんと開けた。
あっ……そう言えば翻訳サイト使ってなかったけど……伝わったかな?
思わずスマホを取り出そうとするが、相手はポカンとしたままだ。
実は伝わってる? この数日で日本語覚えたのかな?
……しかし、この前からずっとそうだったが、この人何でこんなに驚くんだろうか。服を貰えると思わなかったとか? いやいや、そんなん今更だよな。
そこまで貢ぐ気かと呆れたとかかな、そっちのが近い気がするな。
どの道、口と鼻と頬の上がり下がりでしか表情の動きが判らないので、何とも言えないんだけど。なんて思っていると、相手は終いにゃ笑い出した。
お……な、なんか、ガハハとかじゃなくて意外と大人な笑い方……。
古い映画のオッサン俳優が良くやるような、含んだ感じの笑い方だ。こんな風に笑ったりするオッサンって本当にいるんだな。
今度は俺がポカンとして相手を見ていると、オッサンは前髪で隠れた目を太い指で拭いながら再び俺に顔を向けた。
「は、はは……ああ、負けたよ……降参だ。本当キミって子は大馬鹿だよ……」
………………えっ。
あ、あれ。今のシブくてかっちょいい声、誰。えっ、オッサン? オッサンなの?
いやいや待て待てこんなオッサンからそんな、まさにシブい中年俳優みたいな声が出てくるはずが……。
「っていうか日本語!? あああアンタっ、にっ、日本語喋れたのぉ!?」
思わず大声を上げて驚いてしまうが、相手はもう嫌な風に顔を歪めたりしない。
それどころか気弱そうに「あは……」と声を漏らすだけで、その声は完璧に日本語のアクセントを表していた。赤い髪と髭さえなければ、日本人としか思えない。
ええっ、そ、そんなに上手いのに今まで翻訳機で話してたとか……。
「なんだよ! さ、最初から日本語解ってたなら話してくれれば、もっと早く色々な事が出来たのに!!」
「そ、そっち!? 喋れるのを黙ってたのは怒らないの!?」
ワイルドな見た目からはちょっと想像できない、柔和な口調だ。
まあ確かにさもありなんって感じだけどな……日本語が喋れるのを黙ってたのは、俺が信用ならない人間だったからだろうし。そこは別に良いよ。
俺だって、見返りも無しに色々持って来る奴なんて怪しい野郎としか思えないし、普通の大人ならそんなすぐには信用なんてしないはずだ。ましてや、このオッサンは人を徹底的に避けて来たような世捨て人スタイルだもんな。信用してない奴に自分の手の内なんて見せはしないだろう。
……あ、でも、そうなると……やっと俺を信用してくれたのかな。
そこに気付いて相手の表情をうかがうと、モジャついたオッサンは少し照れたように髭に覆われた頬をぽりぽりと掻いた。
「その……ほんとに、怒ってない?」
「まあ、別に……そういうのは黙ってても仕方ないと思うし。ヘンなオッサンだとは思ってたけど、別に怒っては無いよ」
「へ、へんなおっさん……」
「顔はうねうねの前髪と髭でモジャモジャしててどんな感じなのか解んないし、名前だって知らないんだもん。……って、俺も名乗って無かったな。俺は潜祇司。フツーの学生だよ。アンタは?」
どうせ偽名が返って来るだろうな。ホームレス……っていうか、ワケアリのキャラは大半が実名を隠すものなのだ。きっとこのオッサンもそうだろう。
だが変な名前でも笑ってはいけない。ルーツに繋がる名前かも知れないしな。
そんな事を思いながら内心で己を律していた俺に、オッサンは少し言い難そうに口をモゴモゴと動かしたが――――やがて、ぽつりと呟いた。
「…………ブラック。ただの、ブラックだ」
只野ブラック。ハーフだろうか。
……じゃなくて「ただの」ブラックだよな。多分これ、偽名……かな?
でも、偽名を言い難そうにするだろうか。もしかしたら本名ってセンもあるぞ。
そうなると、かなり特徴的な名前だな。日本語で言えば「みどりさん」みたいな物だけど、こんな一般的な単語を名前に持ってる人って普通なのかな?
でも「ブラウンさん」とか普通だしなぁ……。ま、いっか。根掘り葉掘り聞いても仕方ないよな。別にこのオッサンの事を一から十まで知りたいわけじゃないし。
本人がブラックって言うんなら、俺はブラックと呼ぼう。
「んじゃ、ブラックさんよろしく」
にっこりと笑って手を差し出すと、相手はまた前髪で隠れた眉を上げるような動きをした。顔が隠れてるって言っても、意外と顔の動きは解るもんだな。ははは。
でも何で眉を上げて口をポカンとしてるんだ?
「……ええと……クグ、うギくん……」
「ツカサでいーよ。その様子だと呼びにくいだろ、クグルギって」
「えーと……じゃあ、ツカサ君……僕、相当汚いけど……握手するつもり?」
「それがアンタ達の礼儀みたいなもんじゃないの?」
「まあ、そうだけど……。僕、汚いよ……?」
当たり前のことを言う相手に、俺は呆れてしまった。
「そりゃ普通よりは汚いに決まってんだろ。アンタは外で暮らしてるんだから。……でも、別に何日も水浴びしてないワケじゃなさそうだし、何か悪い事有るか?」
「けど……汚れるのには変わりないでしょ……?」
「後で洗えば良いじゃん。それが握手しない理由になる?」
変な事を気にするオッサンだ。
ホームレスになって外で寝起きしてるんだから、普通の暮らしをしている人よりも不潔になるのは当然の事だろう。水浴びだって限界があるし、綺麗にしてもビニールシートの下で寝ていれば自然と汚れるのは無理も無い。
でも、だからって何だってんだよ。
俺だって体育の時には盛大にすっころんで泥だらけになるし、汚い場所に突っ込むと臭いだってするだろう。でもそんなの洗えば良いだけだ。
汚いのが好きなワケじゃ無いけど、それで「仲良くしよう」とする意志を示さないのは、俺には良く解らない。相手が風呂入ってないのなんて最初から解ってるのに、なんで今更避けると思うんだろう。このオッサンもよくわからん人だ。
……あ、もしかして握手した後に手を洗われるのが嫌なのかな?
妙なところで繊細なオッサンだなあもう……。仕方ない、安心させてやるか。
「そりゃ、普通の人なら握手した後に手は洗わないけどさ。でも、今のアンタは自分で自覚してるくらいの感じだろ? だったら後で手を洗う事ぐらいは許してくれよ。それも嫌? なら、もういっそ一緒に手を洗ってから握手……」
「ちっ、ちがっ……あ、ああもう、いいよ、良いから。そっち気にしてたんじゃないから、ツカサ君は手を洗っていいよ、気にしないで!」
もじゃついた姿で体を動かして、余計に長い髪やヒゲをモジャつかせるブラックに、俺は「打ち解けた途端によく動くオッサンだなあ」と思いながら、再び手を差し出して見せた。とにもかくにも礼儀って奴だからな。
「んじゃ、はい。とりあえず仲良くしようなって事で……よろしく!」
これが友達とかなら別に握手なんてしなくても良かったんだろうけど、俺とこの人はそんな感じの関係じゃなさそうだからな。
俺はこの人の困りごとを誰かに託せるのなら、そこで別れるつもりだ。結局の所、俺はガキだし、本当の意味での“この人の為になる事”を全部してやれる訳じゃ無い。
オッサンだって、俺の事を友人とは思っていないだろう。少しは信用出来るけど、お節介なガキだとしか思っていないはずだ。だったら、握手をするしかない。
信頼には信頼で答える。その意思を確認するために、相手を忌み嫌っている訳では無いと態度で示すために、握手をするのだ。
そんな俺の意志は伝わったようで……相手は髭の奥に隠れた口を笑ませた。
「うん。……よろしくね、ツカサ君」
泥が乾いたような、かさついて暗い色に染みた大きな手。
遠慮なく握ると思ったよりも大きくて、俺は改めて相手が大人なんだなと思った。
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