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𝐓𝐫𝐮𝐞 𝐋𝐨𝐯𝐞 𝟑

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(何だか今の言い方、とても引っ掛かるモノだった様な…)


思わずジッと目の前の彼を見つめ返すと「そんな熱視線を向けられると照れますね」とクスクス揶揄われ、ハッと意識を戻す。「揶揄わないで下さい、瀬名さん」と慌ててかぶりを振る。しかし、彼は目を細めたまままま僕に少しずつ近付いてくる。


「揶揄ったつもりはありませんよ。琥珀君は見ていて可愛らし…おっと」

「!」


不意に、彼との距離が思い切り引き剥がされ、目を見開く。近くに居た瀬名さんが一気に遠ざかり、「えっ」と声を漏らす。誰かの腕が僕の身体をギュッと抱き締めている。この匂いと体温はまさか…と、信じ難い事実を受け入れられていないまま、恐る恐る顔を上げる。





「…………麗二」


シーツを被っていない、真っ白なシャツ、黒ズボンを履いた麗二。僕の声に答える代わりに、ジッと目の前の瀬名さんを黙って見据えている。一見スラッとしている様に見受けられた彼の腕に、いざ抱かれてみると結構力があり、柔道を習っていた僕ですら解けない。

「……本当に、少しずつ変わりつつありますね。まさか部屋から出られる様になるとはね」


瀬名さんが麗二を眺めたまま静かに言う。その言葉に、麗二は僕の背中をギュッと抱き締めたまま、力強い、だけど少し震える声でキッパリ告げる。


「琥珀に近付くな。……当主の命令だ」

「………」


彼に向ける、麗二の鋭い視線にゾクッ…と背筋が凍るのを覚える。弱々しく、無気力な普段の目とは違う。まるで敵視している様な、そんな明確な視線。


「……一応琥珀君はお世話係以前にお手伝い仲間でも有るのですが」

「今は俺のお世話係だ。……少なくとも終わる迄は」

「!」


終わる迄……そっか、お世話係はずっとじゃないんだ。些細な言葉に動きを止める僕。瀬名さんは笑みを引っ込めると「独占欲が過ぎてますよ」と、よく分からない事を吐く。一息吐くとくるりと背を向け、あっさり去っていった。「せいぜい逃げられない様にリードでも何でも付けておきなさい」と、小馬鹿にした様な捨て台詞を残して…









「………麗二。いつの間に部屋から出られる様に…」


誰も居なくなった廊下に佇む僕は、小さくそう呟く。しかし次の瞬間、ヒュー…と過呼吸の様な息遣いが聞こえてきて、頭上を見上げる。途端に、麗二が前のめりに倒れ込んでくる。「麗二!?」と、慌てて身体を支えて顔色を窺うと、彼は顔面蒼白の状態で苦しそうに吐息を漏らしていた。


(…!青白い……もしかして無理して出て来た…?)


どうしてそんな無理をしてまで……いや、今はそんな事を考えている場合じゃ無い。そう思った僕は、その場で麗二の片腕を肩に掛けて、ゆっくりと部屋の方に向かい、歩き出す。縋り付く様に隣を歩く麗二の腕からは体越しに震えが伝わってきた。

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