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𝐒𝐩𝐞𝐜𝐢𝐚𝐥 𝐒𝐭𝐨𝐫𝐲 𝟐

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※100000PV突破記念
※乃亜が成長して10歳を迎えた頃の話です
※ミニストーリー

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「はい。じゃあ、これが乃亜君の血液検査の結果ね。きちんとお母さんに渡しておいてね」


そう言いながら目の前の医者はスッと一つの封筒を手渡してきた。「有難う御座います」と頭を下げ、封筒を手にしたまま外に出ると、待っていた友人が「乃亜」と手を振る。


「結果どうだった?」

「結果?見てないけど?親に見せる迄見ちゃダメでしょ」


しれっと返すと「みんな見てるぞ」と慌てて返す友人。
その言葉通り、教室に戻ると其々が検査の結果に一喜一憂していた。中には泣いている子も窺え、思わず「大丈夫?」と声を掛けてしまう。顔を上げたクラスメートの男の子は僕を見るなり、歯を噛み締め、振り切る様に教室から出て行ってしまう。途端に呆れた様に「乃亜、今のは余計なお世話だよ」と背後から続ける。


「どうして。泣いていたのに」

「そりゃあどう見てもΩだったからだろ。男なのにΩなんて恥ずかしくて泣けるじゃん」


その言葉を聞いた瞬間、僕の中でこの友人は友人でなくなった。
冷めた目をし「男でΩなのがそんなに恥ずかしいの?」と問う。目の前の彼は周りなんて気にする事無く「そりゃあな」と頷いてみせる。彼の持つ検査結果にβと記されているのが確認出来た。


「所構わず発情する変態だって父さんも言ってた」

「ふーん…君の父さんがね」


もう一刻も早く彼の前から立ち去りたかった。嫌気が差した僕はツンとした態度を見せながら「もう、僕行くから」と荷物の準備に取り掛かる。教室に居る周りのクラスメート達は彼同様、検査結果で盛り上がり続けていた。





「乃亜、今日は不機嫌そうだな」


夕食の際、父がそう言いながら僕の顔色を窺った。ピタッと、肉を切り分けていたナイフを止めながら僕は「嫌な事があったんだ」と正直に告げる。顔を顰める彼の隣に座った母が「何かされたの?」と心配そうに聞いてくる。


「別にされていないけど……」 


チラリと母の方に視線を送り、また俯く。今日あった嫌な話を打ち明けようにも、もし話して母が傷付いてしまう、なんて所を見るのも嫌だった。話すのを躊躇っていると「もしかして検査結果で何かあったのか」と、察しのいい父が聞いてきた。


「何で知ってるの?」

「学校から重要な事はパソコンに送られてくるからね。でも、結果はまだ聞いてたかったな」


そう言われ、ハッとした僕は慌ててポケットに捩じ込んでいた検査結果を手渡した。無造作に入れたせいでグチャグチャになったそれを見兼ねた母は困った様に笑いながら検査結果の紙を綺麗に戻していく。


「αだったんだな」


覗き込む様に見た父がポツリと呟く。
瞬間、此方に近付き、両肩に手をそっと置いた母が「言いたい事あるなら言っていいんだよ」と優しく問うてくる。その瞬間、あの男が言っていた言葉や教室を飛び出した彼の事を思い出し、ポロポロと涙が溢れていった。


「の、乃亜」

「僕…許せなかったんだ。友達だと思っていた奴が、クラスメートの子が男でΩなのをバカにしたんだ。Ωだって凄いのに。僕のママを侮辱されたみたいで本当に許せなくてーー…」


クラスメートを心配しーー…それと同時に、あの時脳内に悲しそうに微笑む母の顔が思い浮かんだ。母だって辛い思いを沢山して、今迄苦労してきたって僕は知っている。書斎で父の手助けになる事は出来る限り手伝おうと息巻いていた光景を見た事がある。母は「男」でΩでも、誰よりも幸せそうに笑っている。


「…ママは幸せだよね?」

「勿論。大好きな麗二が居て、乃亜がいる。これ以上に幸せな事なんてないよ」


そう言いながら頬を緩ませ、愛おしそうに頬を撫でる母の手に、自分も嬉しくなり擦り寄せた。何も言えずに黙っていた父も、無言で母の肩を抱き、僕の頭も撫でてくれた。「優しいんだな、乃亜は」と言いながら。

この世界は理不尽だ。
αとかΩとか、そんなモノに縛られているせいで皆生き辛そうだ。それでもこの人達は心の底からお互いを愛し、助け合い、強い心を持っている。僕はこの両親がただただ誇らしかった。


「僕、パパとママの子供で良かった」


いつか僕もーー…二人みたいに、運命の人と出会い、誰かを好きになり、幸せな家庭を築けたら。二人の温もりに包まれながら、僕はそんな未来図を頭の中で描いた。


𝐓𝐡𝐞 𝐞𝐧𝐝.
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