レジナレス・ワールド

式村比呂

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35 / 100
3巻

3-1

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   1


 レジナレス大陸のほぼ中央に位置する聖都せいとレオナレルは、標高の高さが影響して秋が短い。
 しかし、実りの季節は短くとも食卓のいろどりは豊かだ。大陸全土からの流通が盛んなため、東西南北ほぼすべての食材が集まってくる。
 シュウ商会の邸宅ていたくでは、そうした食材からさらに厳選げんせんした山海の恵みを料理に用いていた。
 商会の本業であるホテルできょうされる食事は、この都市――つまりはこの世界で屈指くっしの美食をほこるため、邸宅で暮らす面々も同様に、華美かびで、優雅ゆうがで、豊富なメニューを享受きょうじゅしているのだ。
 穏やかな秋の陽光が降りそそぐテラス式の食堂で、シュウと仲間たちは、のんびりとそんな昼食を楽しんでいた。
 ――あれ? シュウ様はいつ帰ってきたんだろう?
 ふと、違和感を覚えるシュネ。首をかしげながらも、自分の前にだけ置かれた、牛ロースを丸ごと使った巨大なステーキにナイフを入れようした。
 すると、誰かが廊下ろうかのほうから呼びかけてくるのが聞こえた。
 周囲を見回すが、サラもシュウも、アリシアもクリステルも、それに気付いてはいないようだった。
 シュネはフォークとナイフを皿に置き、立ち上がって廊下に歩いていく。
 ゴウッ。
 背中から強烈な風圧を感じた瞬間、廊下であったはずの目の前の風景が、竜の巣の――あのまわしい場面に変わっていた。

「お姉ちゃん! 助けて!」

 悲痛な声に振り返ると、白竜の姿をした妹が、瘴気しょうきき上げる地脈の縦穴に、今まさにみ込まれるところだった。

「……! 待って!」

 慌てて駆け寄ろうとするが、自身も瘴気におかされ、体が思うように動かなかった。

「待って! 待って!」

 それでもシュネは何とか妹を助けようと、穴のふちに必死でしがみつく妹の元へ、って近付いていく。
 だが、ほんの一足の差で妹の手は縁からすべり、瘴気と闇に支配された地脈の穴に消えてしまった――。


「――ッ!」

 冷たい汗がシュネの全身を冷やしていた。

「シュネ?」

 叫びながらベッドの上でね上がったシュネの肩を、温かい感触が優しく包む。

「サラ様……」

 パジャマ姿のサラは、シュネの異変に気付き、様子を見に来ていたのだ。

「悪い夢でも見たの?」
「妹が……家族が地脈に呑まれた時の夢を見ました。『お姉ちゃん……助けて』って」

 普段は押し隠している悲しみが、無防備にあふれ出るのをシュネは抑えられなかった。
 激しく嗚咽おえつするシュネの横に腰掛け、サラはシュネをそっと抱きしめる。
 シュネは、ひとしきりサラの胸で泣き、しばらくして、やっと浅い眠りにつくことが出来た。
 冷え切った体は、サラの優しさで温かさを取り戻していた。


    ◇◆◇


 ノイスバイン、ヒルゼルブルツという二大王国の王都で王立ホテルを譲渡じょうとされたシュウと、執事長しつじちょうけんシュウ商会支配人のラルスは、約束の日に迎えに来たシュネの背に乗って、レオナレルの邸宅に戻った。
 数日後の昼下がり、大陸各所からの報告をまとめたラルスが、シュウのところにやって来た。うずたかく積み上げられた羊皮紙ようひしの報告書と一緒に。
 ほんの一瞬イヤそうな顔をしたシュウを見たラルスは、にやりと笑った。

「シュウ様、しっかりご決裁けっさいいただきませんと」

 ここのところ、シュウは買い取った鍛冶場かじばに入りびたって、なにやら朝から晩まで作業をしている。そこでラルスは先回りし、昼食後すぐにシュウの首根っこを押さえたのだった。


「へえ、ベンノーとアルマに?」
「はい。商都しょうとエベルバッヒのホテル・レオナレル内で、武器のあきないを任せようと思います」

 ベンノーとアルマは、かつてアンセリ村の近くで強盗団を殲滅せんめつした折、シュウが雇った若者だ。
 故郷の村を滅ぼされた彼らは、「読み書きが出来る」という理由で殺されず、奴隷どれいとして売られようとしていたところをシュウたちに助けられ、レオナレルまでの旅に同道した。
 下働きのつもりだった二人にとって、シュウが示した待遇たいぐうは信じられないほど手厚いもので、彼らはどうにかシュウに恩を返したいと考えていた。
 シュウはそんな二人を、後継者に恵まれず廃業しようとしていた鍛冶屋の老夫婦に預けて、武器商としてのノウハウを学ばせることにしたのだ。

「でも、親方さんがよく『うん』って言ったね?」
「彼らも夫婦揃ってエベルバッヒに移り、ベンノーたちを監督していくようです。今では、もうまるで親子のようで……」
「そうか。あ、親方さんの鍛冶場と店はどうするの?」
たたむそうです。私が思うに、今シュウ様がお使いの鍛冶場のほうが大型で立地もよいので、シュウ商会では引き取らずにおこうと思います。とはいえ、評判のいい店でしたから、買い手はすぐに見つかるでしょう」

 シュウがレオナレルに初めて来た時に買った鍛冶場は、先頃改装が終わっていた。併設の店舗も表通りにのきを並べる形になる。そちらも、開店すれば多くの集客が見込めるだろう。

「じゃあ誰か、レオナレルの鍛冶屋と武器屋を任せられる人材を見つけないとね」
「工芸ギルドのザール殿に相談したところ、ヤルモという腕のいい鍛冶職人が見つかりました。商才しょうさいはなかったようですが、目利きは確かだと、ザール殿自身がってくださっています」
「うーん。じゃあ店の営業はウチから人を回して、職人としてその人を雇おう。給料とか待遇とかはラルスに任せていい?」
「心得ました」

 ラルスはそう言うと、別の書類を手に取った。


「次に、ラドムの村からエルフの里への街道です。ひとまず、大型の馬車が通行できるくらいまで整いました」
「ご苦労様。働いている人たちは?」
「ラドムの村人たちは、そのままラドム開拓も手伝ってくださるようです。シュウ商会から派遣していた、本来ホテルで働く予定だった人材は、エベルバッヒでのホテル開業に合わせ、げます」
「そっか……やっぱりラドムにもホテルと商館が欲しいね」
「ホテルと商館……ですか?」

 ラルスが考え込む。

「大変?」
「そこまでの新規建築となりますと、任せられる者は限られます」
「エベルバッヒのホテル改築を請けてくれた職人は?」
「そうですね。彼らに頼めば喜ばれるでしょう。一仕事終わって、次の仕事を待っておりましょうから。問題は、設計や街割まちわりです」

 街割――都市計画のことだろう。シュウは、改めてラルスの洞察力どうさつりょくに感謝した。

「なるほど……誰かいい人っていそう?」
「いっそのこと、この一件、ザール殿にお任せしてみてはいかがでしょう?」

 ラルスの見立てでは、ザールはレオナレルでもっとも優れた工人こうじんだった。だが、生来せいらいのまっすぐな気質と物怖ものおじしない口先がわざわいし、いつまでってもレオナレルの工芸ギルドの長、イェフのような小物の下に甘んじている。

「そっか、じゃあもしザールが引き受けてくれるなら、お願いしてみよう」
「承知いたしました」

 ノイスバイン、ヒルゼルブルツ両国におけるシュウ商会の代表者や、ホテル支配人の人選などを終え、ふと気付くと、厨房ちゅうぼうからこうばしいパンの匂いがただよう時間になった。

「そうだラルス。ネクアーエルツの森の東に宿場町を作る件も、ザールに相談しといてよ」
「それは……本気だったのですか?」
「うん。レオナレル、ラドム、エベルバッヒ、エルフの村……そういった街を行き来するのに、必ず必要になるから。ちょうどいい距離なんだよ?」

 それはシュウの言う通りだ。ラルスも馬車で忙しくその一帯を駆け巡っているのでよくわかる。 だが、シュウの企画する開発・開拓のペースは驚くほど早い。慎重なラルスにとっては、大きなプレッシャーを感じずにはいられない。
 ホテル事業、武器商、馬産畜産ばさんちくさんも順調で、現在のところは黒字である。
 武器商は、シュウやサラが大量に放出したゲーム時代の武器や防具、シュネから譲り受けた竜の巣に残されていた武器や防具、財宝のたぐいが大きな収益につながっている。
 シュウが各王家から下賜かしされたホテルの資産価値も大きい。本格的な営業が始まれば、それぞれレオナレルの本店に匹敵ひってきする収益が見込めるだろう。加えて、もうじきエベルバッヒのホテルも開業するのだ。
 資金的にはおそらく問題ない。シュウ商会の規模は、すでにこの世界の商人の中でも、トップクラスになっている。


「難しい?」

 シュウがラルスの顔をちらっと見て聞いた。二人は食堂に向かいながらも打ち合わせを続けている。

「いえ……それで、宿場町の規模はどのくらいをお考えでしょうか?」
「うーん。馬車に乗った行商人のグループが五~六台分と、徒歩の商人が十組くらい同時に泊まれるような?」
「となりますと、ホテル・レオナレルではその……」

 格式が低く、マイナスイメージになるのだろう。ラルスが表情をくもらせた。

「なら、別のホテル名を付けたらいいよ。あそこはきっとさかえるよ?」
「なるほど、ご慧眼けいがんですな」

 ラルスは今さらながらに、この目の前の少年の、商業に対する嗅覚きゅうかくに感心する。
 一般に、武人や貴人、それに冒険者などは、商業的センスの欠片かけらもない者が多い。
 しかし、シュウやサラには深い商業知識があった。身分のない自由な商業社会から来た二人は、レジナレス世界のような封建的なシステムの中でも、束縛されないモノの見方が出来ている、ということなのだろう。

「そうそう。ラドムに馬を届けたインゴが、レオナレル近くの牧場をラドムに移したい、と言っておりました」
「どうして?」
「一つには、環境がこの近辺より馬の育成に適している、ということでしょうが……」
「他にもあるの?」
「……食堂に着きました。その話はまたいずれ」
「うん、まあそういうことなら牧場の移設も考えようか。どうせ酪農らくのうもやる予定だからさ」
「承知いたしました」

 シュウ、サラ、ジルベル、クリステル、ザフィア、シュネ、アリシア――一同そろってのにぎやかな食事が終わった。
 ジルベルは小春日和こはるびよりの庭先で昼寝。サラはアリシアを連れて、聖都見物を兼ねて買い物だそうだ。
 クリステルとザフィアはそれぞれ、エルフの里と竜の巣の開拓地へと旅立つことになっていた。
 シュネは、そんなエルフの姉弟を背に乗せ飛び立っていく。

「じゃあラルス、あとはお願いね」

 シュウはそう言い残すと、またも鍛冶場の工房に消えていった。


    ◇◆◇


 なかばむりやりサラに引きずられる形で、アリシアはレオナレルの街を散策していた。
 人間の街を歩く時の常で、はじめは例のフード付きのコートをかぶってサラの部屋に行った。
 しかし、その格好を見るとサラは不機嫌になり、「ダメよ、そんな格好」と言った。

「や、やはり悪目立ちしすぎるだろうか?」

 アリシアは、聖都のおしゃれではなやいだ雰囲気の中で、さすがにこの格好は怪しいかも……と思っていた。

「うーん。って言うより、かわいくない!」

 サラはあっという間にアリシアからコートをはぎ取る。そして普段通りのキュロットに、半袖の上着を着たアリシアを見て、満足そうにうなずいた。

「やっぱりアリシアはこうでなくっちゃ!」
「……いや、でも」

 アリシアが気後きおくれしているのは、レオナレルが華美な都会だからだけではない。自身が獣人族であることが一番大きな理由だった。
 人間の中には、獣人族を敵視したり、あからさまに蔑視べっししてくる者たちが多い。
 アリシアは初めて人間社会に出た時から、不特定多数の人間がいる場所では、一度としてフードを脱いだことはなかった。それは、先人の教えから得た結論でもある。

「いいの、アリシアはすごくかわいいんだから!」

 だが、瞳を輝かせて断言するサラを見て、アリシアは気乗りしないものの、この格好で歩いてみようかと思い始めていた。もしかしたら、心の奥底で、萎縮いしゅくしないで街を歩く自分というものへの渇望かつぼうがあったのかもしれない。


「まずはここにしましょ」

 サラがアリシアを連れてきたのは、ボーイッシュな格好のアリシアより、ワンピースのロングスカート姿のサラに相応ふさわしいような、オーダーメイドの婦人服店だった。

「いらっしゃいま……せ」

 中年女性の店員の作り笑顔がこわばった。目線でアリシアを示しながら、小声でサラに「お連れ様でしょうか?」と尋ねる。
 その視線で、早くもアリシアはこの姿で来たことを後悔したが、サラはまったく意にかいさなかった。

「ええ、今日は彼女の服を注文に来ました。採寸さいすんとデザインのほう、お願いしますね」
「お……お待ちください」

 女性店員はサラの言葉を聞くと、そそくさと奥に下がった。
 やがて、店主らしき初老の男が愛想笑あいそわらいを浮かべつつ、二人の元にやってくる。
 店主はちらりともアリシアを見ず、サラに向かって冷たく告げた。

「申し訳ありませんな、お嬢様。当店はそれなりのご身分のお得意様に向けた注文服のみを扱っております。拝見したところ、あちらのお客様では、いささか分不相応ぶんふそうおうかとお見受けしますが?」
「支払いなら問題ないですけど?」
「そういう問題でもございませんでな」

 サラより少し背の高い太り気味の店主は、サラを見下ろしたまま言い放つ。

「私どもの服をまとう――そのことがお客様のほこりにもなっておりますから。その、あちらのようなお客様が着てしまっては……」

 ブランドに傷がつく、とでも言いたいのだろう。
 サラの頭に、かっと血がのぼった。

「わかりました。じゃあ結構です」

 硬い表情で立ち去ろうとするサラに、店主は一言付け加えるのを忘れなかった。

「どうしてもとおっしゃるのでしたら、それなりのお方のご紹介をいただけましたら――」

 だが、すでに背を向けて歩き出していたサラは、その言葉を最後まで聞くことなく、アリシアの手を引いて店を去った。


 その後、二人はほかの店でも同じような不快な思いをすることになり、さすがのサラもうなだれてしまう。まともに買い物が出来たのは、武器屋と道具屋くらいのものだった。


 シュウが夕方に鍛冶場から帰ってくると、珍しく食堂にサラの姿がなかった。
 無関心を装っているが、ジルベルもサラのことを心配しているのか、少しそわそわしている。
 アリシアが、食堂に入ってきたシュウに駆け寄ってきた。
 細かい状況をアリシアから聞くと、ほんの一瞬シュウの顔色が変わる。しかし、すぐに優しい表情に戻ると、ぽんぽんと軽くアリシアの頭を叩いた。
 そして、「わかった。ちょっと待っててね」と言い残し、サラの居室に向かっていった。

「大丈夫かな?」

 アリシアがぽつりとこぼす。

「大丈夫であろ。オスがメスをなぐさめる方法なら、山ほどあるゆえな」

 普段から周囲に無関心なジルベルにしては珍しく、世間話のようにアリシアの言葉を継いだ。
 優しくサラをなぐさめるシュウの姿を想像し、むぅ、とアリシアは表情をゆがめてしまう。
 しかしアリシアも、自分が人間たちから差別的に扱われたことより、それによってサラが傷ついてしまったことのほうが気がかりだった。自分のことでそこまで感情を動かしてくれたサラに、心の底から感謝していたし、心配せずにはいられなかった。
 シュウがサラの部屋に消えてほんの数分後。
 ものすごい勢いでバタンッと扉が開いたかと思うと、食堂から廊下の様子をうかがっていたアリシアに向かって、恐ろしい勢いでサラが駆け寄ってきた。
 そして、驚いているアリシアをぎゅっと抱きしめる。

「ごめん、心配かけたのね!」
「むぎゅ~!?」

 相変わらず力任せに抱きしめられて、アリシアは嬉しいやら苦しいやらで、目を白黒させていた。
 そして、二言三言、サラとアリシアは言葉を交わす。
 目を真っ赤にしたサラと、それにつられて涙ぐんでいるアリシアを、少し離れたところからシュウとジルベルが眺めていた。

「他になぐさめようもあろうに、荒療治あらりょうじしたのかの?」
「うーん、どうかな? 僕はただ理由を聞いて、アリシアがサラを心配してションボリしてるよって伝えただけだよ」
「ほう。これで一件落着かの?」
「まさか」

 にやりとシュウは笑った。

「きっちり落とし前をつけさせてもらうよ。僕の家族を泣かせたんだから、ね?」

 夕食時に慌ただしく戻ったラルスは、メイドから伝言を受け、食堂に向かった。

「なにやらご用ですとか?」

 シュウが真剣な顔で答える。

「うん、食べ終わったらちょっと話がある。商業ギルドのベーゼルスさん宛に一筆書いてもらいたいんだ。すぐに届けるから馬の用意もさせといて? あと、サラとカタジーナにも同席して欲しい」
「承知しました。執務室でお待ちしております」

 何事か? と少し不安になりながら、ラルスはメイド長のカタジーナにちらっと目で合図して出ていった。


    ◇◆◇


 翌日。
 昼下がりに、にこにこ微笑みながら、高級仕立て婦人服の店を訪れた貴人がいた。
 聖都レオナレル屈指くっしの豪商で、レジナレス大陸でも三指に入る富豪である。
 当然この店の店主にとっても、レオナレル商業ギルド序列一位の彼はあこがれと羨望せんぼうの対象だ。

「これはこれはベーゼルス様。ようこそおいでくださいました」

 美しい白銀飾はくぎんかざりの二頭立て馬車から颯爽さっそうと降りてくる老年の紳士に、店主はこれ以上ないほどの愛想笑いを浮かべ、をしながら近付く。
 店主の両側には、この店の従業員が全員整列していた。
 ベーゼルスの後ろでは、高級服に身をまとっているものの、どう見てもおまけのようにしか見えない少年が、うっすらと笑みを浮かべていた。

「?」

 店主は一瞬困ったような表情で少年を見てから、ベーゼルスを窺った。

「おお、そうだ。店主、紹介しよう」

 その視線に気付き、ベーゼルスは大仰おおぎょうに立ち止まって振り返る。

「こちらはシュウ殿。このたび、ギルドの序列二位となられた」

 ベーゼルスは後ろのシュウが追いつくのを待って、左手でその背中を押し、店主の前で引き合わせた。

「よろしく」

 シュウは、少年独特のさわやかな笑顔で店主に握手を求める。
 店主はうやうやしくシュウの手を取り、「こちらこそ、今後ともお見知りおき願えれば光栄です」とそつなく受け答えた。

「序列二位と申しますと、その……ホテル・レオナレルの?」
「そうだ、オーナーだ」

 ベーゼルスがうなずく。

「こんなお若い方だったのですか……」

 店主は、驚きながらシュウをマジマジと見た。

「店主、若いからといってあなどらんほうが良いぞ? シュウ殿はな、商会を立ち上げるやいなや、敵対していたオルトラ公イェルセンを叩き出し、ホテル・レオナレルを手中に収めた。それを皮切りに、まだ半年とたぬ間にエベルバッヒ、ノイスバイン、ヒルゼルブルツにもホテルを構えたお方だ。それに、商売だけではないぞ」

 にやりと笑ってベーゼルスは続ける。

「冒険者としての名声も高い」
「は、はい……その、〝黒竜殺こくりゅうごろし〟」

 その噂は今、レオナレルの上流社会でも話題になっていた。
 ノイスバインのエガルド王がシュウの活躍を気に入り、個人的に身分を保障したり、ホテルを与えてむくいているという。
 しかも、最近聞かれるようになった話では、ヒルゼルブルツでも功績があり、王家からホテルが下賜かしされたということだった。

「しかしベーゼルス様、シュウ様。私どもは婦人服の仕立てを生業なりわいとしております。今日はどのようなご用件で?」
「あ、今日は僕じゃないんです」

 そこに、ベーゼルスの馬車とはまた違った、豪華な四人乗りの馬車がやってきた。
 白銀をあしらったベーゼルスの馬車と違い、黄金の象嵌ぞうがんで車体を飾っているが、下品にならない見事なデザインの四頭引き馬車。レオナレルの住人なら知らぬものはない、ホテル・レオナレルの馬車だ。
 停止すると御者がさっと降り、扉を開けて低頭する。


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