レジナレス・ワールド

式村比呂

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5巻

5-3

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   2


 やがてラドムにも春がやってきた。
 雪解けは、豊かな春の息吹いぶきを草深いラドム郊外に運んだ。
 シュウが愛して止まない馬たちの出産シーズンに、農民や冒険者まで駆り出されている。
 根雪ねゆきが消えれば、次は麦畑や野菜畑の種まきが始まるのだろう。


 ラドムは、都市の権力構造が複雑だ。もちろん言うまでもなく、為政者いせいしゃという意味ではシュウがそれに当たる。
 しかし実際に執務しつむを任されているのは、ラルスやカタジーナといった、シュウが商会時代に頼った幹部たちだった。
 街の治安はサルデンを始めとする冒険者が守り、ザフィアを中心にしたエルフと翼竜の翼竜隊と、ゼクとアリシアが率いる獣人族が軍事力となる。
 そしてこの街には税金がない。
 都市の建設には、ノイスバイン、ヒルゼルブルツ、ネッカーブンゲル三王国の国費とシュウたちの私財が使われたので、税で公共事業を行う必要がなかった。
 それに、獣人族たちの秘薬、エルフの工芸品の流通を寡占かせんしており、シュウとサラが持ち込んだ大量の武器や防具、これまでの冒険で集めてきた魔石などの売り上げが恒常的こうじょうてきな収益となっているために、資金面に不安はない。
 真冬の間でも、ネクアーエルツ~ラドム~ノイスバイン王国間の物流路は確保されているので、物価も安定している。食糧に関しても、畜産ちくさんが安定してきたので、栄養状態はレジナレス大陸でも屈指だった。
 それでも一応、五年後くらいをメドに納税義務を課す予定でいるが、こちらは、都市の修繕しゅうぜんや各種の備蓄びちくなどといった用途に使う予定になっている。
 シュウ一行は、他の王侯貴族のようにぜいを競う必要がないのだ。
 つまり、ラドムは他のどの都市よりも経済的に豊かだった。
 かつてシュウ商会で購入した奴隷どれいたちも、ラドムの運営が安定した今、全員が解放されて自由民になっている。
 このように恵まれたラドムの各家庭は、雪に閉ざされた冬場、余暇よかを自分の技能や趣味の時間に当てられたのである。
 これほど住みやすい都市は、大陸広しといえども、どこにもないだろう。
 だが――。
 その余暇の間に、欲望と野心で黒くにごった思惑を膨らませている者たちもいた。


 ユガリス教の聖職者であるオルフォンス司教とロアー司祭の二人は、ラドムのユガリス教徒のまとめ役である。
 しかし最近、奇妙な疎外感そがいかんを味わっていた。
 集会が終わったあとは、個人的な人生相談を持ちかけて来る信徒が数人はいるものだ。
 恋の悩み、生活の悩み、家族の悩み、健康の悩み……日々を生きる人間には、迷いが多い。
 ところがこの教区では、雪がちらつきだした初冬以降、どうしたことかぱったりと相談者が途絶えた。
 オルフォンスは居住区ごとに互選ごせんで選ばれる区長に、「最近皆さんにお困りのことはありますか?」と聞いたことがある。

「い、いえ司教様。ラドムは本当に暮らしやすいので、皆それぞれ自分たちで頑張ってやっています。司教様のお手をわずらわせるような問題は、起きておりません」

 異口同音いくどうおんに、区長たちはオルフォンスに返答してきた。
 ここの信徒たちは、区長を中心に『講』と呼ばれる経済組織を形成する。
 信徒一人一人が少ない金額を持ち寄り、集めた金で、資金が必要な信徒に貸し与えたり、寄付をしたりするのだ。
 そうすることで、人々の暮らしのうち、少なくとも金の問題はどうにか解決できることが多かった。
 この講のリーダーをしている男が、いつだったかオルフォンスが見かけた、目のつり上がった男らしい。
 その目を見て、オルフォンスは何故か、毒蛇のようだ、と感じた。
 そういえば、教会の施設が建った当初はあの男をよく見かけたが、この頃は見ない。
 オルフォンスはここまで思い返したが、またすぐに忘れた。
 その特異とくいな目に比べ、全身にしろ顔の作りにしろ、不思議と人の記憶に残らない男だった。


    ◇◆◇


 ラドムを春の夕日が照らしている。
 この時間になると、教会の鳴らす鐘が、家路いえじに就く人々の足を急がせる。
 十日に一度の割合で、オルフォンス司教とロアー司祭は、石壁の門を越え、ラドムの城塞部に向かう。
 ラルスやサルデンといった、都市を管理する者たちと晩餐会ばんさんかいで意見を交換し合い、一晩城内で過ごすためだ。
 宗敵しゅうてきとされたシュウや、ユガリス教に激しい嫌悪感を持つサラ、エルフであるザフィアやクリステル、そして聖獣であるシュネやユキ、ジルベル、獣人族であるアリシアといったメンバーは、司教や司祭である彼らにも、決して相容あいいれないへだたりを感じている。
 しかし、行政の責任者のラルスやカタジーナ、そしてサルデンらは、人々の暮らしとユガリス教の関わりをよく知っているために、彼ら聖職者の努力を、純粋な目で評価しているのだった。


 だがこの日、オルフォンスが不在になる時を、虎視眈々こしたんたんと狙っている者たちがいた。
 オルフォンスが毒蛇のようだと感じた男は、ここでは「グラウド」と名乗っていた。
 ユガリス聖騎士団の副団長デイロン・マルド・ホルベールの『密偵みってい』であり、潜入工作などを専門に行う『影』だった。
 名前はない。親も家族も、愛する者も。
 与えられた任務に応じて名前と性格が与えられる。
 その「グラウド」に、デイロンが直々に与えた任務は――。

「ラドムの街とやらを焼き尽くせ。そうだな、ついでに、金目のものは根こそぎ奪ってこい」

 冬前にラドム入りしたグラウドはまず、ユガリス教徒をまとめ上げることにした。
 ところが、ノイスバインの王族の司教――オルフォンスが、中央の意向を確認もせずやってきたことで、グラウドの計画は大幅に狂った。
 レオナレルの徴税官ちょうぜいかんがシュウに叩き出されたところで一斉に蜂起ほっきする予定だったのが、オルフォンスの存在が邪魔で組織化できず、全く動けなかったのだ。
 グラウドは、雪が降り積もったラドムの下町で、じっくりと準備を進めながら春を待った。
 その結果、ユガリス教徒二千五百が、すでに自身の家財を荷車に載せ、この街を略奪りゃくだつ灰燼かいじんす準備を整えている。

「始めろ」

 グラウドは、七人の区長に命じた。
 彼らは打ち合わせ通り、自身の管理区の信徒の元に走り出した。
 女子供は荷車と共に、一足先にレオナレルに向かう。
 そして男共は、ラドムの民家を襲い始めた。
 火の手は最初に、教会の聖堂から上がった。


「火事だ!」

 街に散らばった信徒が口々に、混乱を煽りながら北上する。
 夕刻の火灯ひともし頃。家々では、夕食の支度したくで忙しい時刻だった。
 ラドム南端から急激に燃え上がった炎は、徐々に勢いを増しながら北に広がる。
 それに併せ、信徒は逃げまどう住民を尻目に、貴金属の多い古物商や武器防具の店、そして銀行など、あらかじめターゲットとして選定された略奪先に群がる。
 財産より命を優先して逃げた住民は良かった。
 荷物を持ち出そうと家に残った商人や職人は、強奪に入った信徒に切り殺された。
 街のなかばまで略奪し、放火しつつ進んだ信徒の集団は、ここで事態を把握はあくした冒険者と対峙たいじすることになる。


 その間、約二十分ほどだったろうか?
 事件の第一報は、早馬で城内のシュウたちに届けられた。

「ユガリス教徒が暴徒化し、略奪、放火、殺人を繰り返しつつこちらに向かっております!」

 冒険者ギルドの使いが飛び込んできた時、反応できたのはサラだけだった。

「サルデン、城内こっちのメンバーから連れて行けるだけ連れて鎮圧ちんあつして! 力が弱いメンバーは鎮火ちんかと避難民の誘導。私は最前線に行く!」

 サラは呆然としているサルデンに命じると、即座に飛び出していった。


「……どういうこと?」
「日暮れ直後、聖堂から火が出ました。そのあと信徒たちは徒党ととうを組み、街を略奪しながら北上しています。死者多数。街が炎上えんじょうしているため、安否のわからぬ住民も多数。多くの住民が、炎から逃げ惑っております」

 シュウは冒険者から詳細を聞くと、がっくり肩を落としながらも指示を飛ばす。

「ラルス、城内に逃げてくる避難者の対応を。カタジーナとアデラは本城の警護を指揮して! クリステルとザフィアはネクアーエルツの関所を固めて! アリシアは獣人族に、城の北を封鎖ふうささせて。ジルベルはノイスバインの街道を、シュネとユキはエベルバッヒの街道を封鎖して!」
「シュウはどこに?」

 ザフィアが尋ねる。

「僕は石壁門前に行く。みんな、あとはお願いね」

 シュウはそう言い残し、城を出ていった。


 ラドムの街と民を守ろうと駆けめぐった冒険者にとってわずかな幸運は、襲撃者しゅうげきしゃであるユガリス教徒たちが、全員そろいの宗教服、純白の礼服に身を包んでいたことだ。
 おかげで、戦うべき相手と助けるべき住民の区別は容易よういだった。
 最前線で防衛するサラは、街の中心の目抜き通り以外の路地を全て、巨大な氷の壁でふさいだ。先を進もうとする暴徒たちは、自然と導かれるように目抜き通りに押し寄せた。


「一度だけ警告します。これ以上進んで私の剣が届くところまで来たら、ります!」

 あり得ないほどの大音量で、サラの可憐かれんな声がラドムに響く。
 それを、戦女神の奇跡のようにおそれるものもいた。種を明かすと、ウンディーネの力だ。
 暴徒たちはほんの数瞬、金縛りにったように立ち止まり、佇んだ。
 だが、数人の先導者は知っていた。
 サラが守る氷の壁の先に、真の目的地があることを。
 それは銀行だった。


「あの女を殺せ! 宗敵サラだ!」

 後方から叫び声が上がり、その声は徐々に全体に広がっていった。

「宗敵!」

 それがリズムとして一定になった瞬間、先頭の男が剣をかかげて走り出し、サラの前におどり出た。
 サラが剣を振りかぶった瞬間、残像のように青い霊光が輝く。
 そして、暴徒の腹が横一文字に切り裂かれる。

「遅くなりました」

 ちら、とサラに流し目を送り、すぐに剣を構え直したのは、数日前にシュウから、水の精霊の加護が施された装備一式を渡されたサルデンだった。
 魔法付加ふかを前提に造られたサルデンの新しい鎧は、金属製でありながら、恐ろしく軽い。
 その魔法銀製の胴鎧は、与えられた魔力の量を周囲に嫌というほど雄弁ゆうべんに語っていた。
 本来白銀色で恐ろしくもろいはずの魔法銀は、精霊の力によって青白く輝いて力強さを増し、周囲の暴徒を威圧いあつする。
 サルデンが右手一本で持ち、無造作むぞうさに肩にかついでいる剣も凄まじい逸品いっぴんだ。
 刀身の太さだけで五十センチ、全長は刃渡り二メートル近くありそうな大剣。もし鉄製であればこれだけで数十キロ――いや、百キロは優に超える重量物だろう。
 だが、サルデンは先ほども軽々と右手一本で、この剣を振るった。
 美しい水色の軌跡きせきを描く剣も、鎧と同じく魔法銀で出来ている。
 もちろん精霊の加護によって、重量をほとんど感じないという大業物おおわざものだ。

「さて、まだやるのかユガリスの盗人共め」

 暴徒を挑発するサルデン。
 サラより前に立ちはだかり、おのれの存在を誇示したのには理由がある。
 サラに、人間相手の殺し合いをさせたくなかった。
 サルデンから見て、サラは英雄えいゆうだった。いや、女神と言ってもいい。
 彼女に手を貸し冒険者ギルドを立ち上げてからの日々は、サルデンにとって、この世に生まれてからもっとも充実していた。
 主と密かに決めた少女サラは、まだほんのわずかに幼さの残滓ざんしを感じさせる美貌びぼうの持ち主だが、恐ろしく強かった。
 剣技も、魔法も凄まじい。本来人間には扱い切れない精霊魔法を駆使くしし、剣を持たせれば、まるで舞うように扱う。
 命のやりとりをする場であっても、サラの立ち居振る舞いは場違いなほどに美しかった。ゆえに、彼女は本名よりも高名な二つ名を持つ。
『舞姫』。
 そんな彼女に、可能であれば人間を斬らせたくない。
 サルデンは思う。人を斬ると、斬ったほうの心の一部も、同時に死ぬのではないか?
 かつて、そんな仲間を嫌というほど見てきた。
 ぬぐい去れぬ嫌悪感や罪悪感につぶされる者。反対に殺人に快楽を覚える者。
 魔物と戦うのはいい。相手もこちらも生存のために戦う。決して相容れない、意思の通じぬものだ。
 だが、人間は違う。
 だからサルデンは、可能な限り人を殺す役目は、自分が背負おうと覚悟してここに来た。

「サルデン、下がりなさい」

 そんな覚悟を知ってか知らずか、サラの言葉がサルデンに届く。
 聞こえぬふりをして武器を構えるサルデンに、厳しい叱責しっせきが再び浴びせかけられた。

「サルデン、邪魔です!」

 こうした修羅場しゅらばに立つと、心のスイッチが入ったかのように、いつもとは違った一面が現れる。
 この世界は、決して優しい気持ちだけで生きられるほど慈悲じひ深くない。
 それでもこれまで、サラは極力、人の命だけは奪わずに過ごしてきた。
 しかし人さらいの闇奴隷商人に襲われた時、生き残るために相手を斬り捨てた。
 サラの決意はあの日に生まれ、ウンディーネを受け入れた日に確立した。
 そう思っていた昨年の秋、サラはアンネリの死という衝撃を受けた。
 油断があったのか? 慢心まんしんがあったのか?
 サラは答えの出ない自問じもんを繰り返して、今日まで来た。
 たとえシュウがアンネリを復活させたとしても、それは結果の一つに過ぎなかった。
 守りきれなかったことには違いないのだから。


 そして今、ラドムが襲われている。これはサラにとって、決して許せない事柄だった。
 もしこのまま暴徒たちが逃走するのなら、草の根を分けても探し出して殺そうとは思わない。
 だが、これ以上先に進もうとするのなら、サラは誰ひとりとして許す気などなかった。
 この先には『世界樹の守護者』であり、この世界でたったひとりの『身内』であるシュウがいる。そしてシュウの後ろには、世界樹のユーガがいるのだ。


「下がりなさい」

 サラの厳しい言葉に、やむなくサルデンは最前線から後退する。
 それが、呼び水となった。

「宗敵!」

 ひるんでいた暴徒たちが、一斉に武器を掲げて襲いかかる。

「《ブリザード・ストーム》!」

 サラの呪文は、死刑宣告のように響き渡った。
 その声に一瞬遅れて、暴徒たちの周囲に凶暴な氷点下の嵐が吹き荒れる。
 生身の肉体をものの数秒で凍り付かせる真っ白な吹雪ふぶき。それが上空に消えると、サラに迫ろうとした暴徒たちは氷像ひょうぞうとなっていた。

「ひっ!」

 言葉にならない悲鳴が、暴徒たちから上がった。
 ほんの一瞬前まで共に暴れていた仲間たちが、今や人形のように固まっている。
 誰が見てもわかる通り、彼らはすでに絶命していた。
 サルデンとその配下の冒険者たちであれば、この人数でかかれば突破できるだろう。
 しかし今精霊魔法を使った『舞姫』は、魔力消費による術後の疲労ひろうなど微塵みじんも感じさせない。
 彼女が望めば、自分たちも眼前の光景の一部に、すぐにでも変わり果てるだろう。
 暴徒たちは、自らが放った炎のため、来た道を引き返せない。
 やがて暴徒は略奪をあきらめ、東へ……牧場や農場のための農道へと進路を変えた。
 奪うためではなく、逃げるために。


 敵が遁走とんそうしたあと、サラは一同に消火活動と救命活動を命じた。
 続々と運ばれてくる負傷者の治療は、数の少ない回復魔法を持つ者たちが担当したが、あまりの負傷者の多さに、すぐに魔力切れを起こしてしまった。
 そのため、豊富な魔力を有するサラは、ここから動けなくなった。


    ◇◆◇


 数十人の白い宗教服姿の男たちが、街を離れ農道を北へ向かう。
 彼らは、街中の暴徒とは別の目的で行動する者たちだった。
 かつてラドムが鉄鉱山で栄えていた時代の名残で、鉄鉱石の集積用の、石造りの倉庫がある。今ではそこに、この地方の厳しい冬の大雪に備え、様々な備蓄がなされるようになった。
 その中でもっとも価値のあるものは、獣人族の秘薬だ。
 大雪で通常の出荷が遅れたり、急な流行病などでラドムで需要じゅようが急増したりする事態に備え、この倉庫には一万人分は優にあろうかという量が備蓄されている。
 これを強奪し金に換えれば、どれほどの金貨が手に入るか。
 相場が崩れぬように売りさばくだけで、数十人がおそらく一生涯遊んで暮らせるだけはあるだろう。
 獣人族にとって、この薬を作るのは楽な仕事ではなかった。
 元の住処すみかだった南海の孤島インズルピペから在庫を全て運び、秋から冬にかけて、ネクアーエルツと竜の巣の二つの森を駆け回り、必死で集めた薬草を粉にし、完成させた品だった。
 材料の中には、調剤の準備に時間がかかるものもある。
 だから、充分に備蓄があるとはいえ、多くを売りさばくことはできない。
 毎回、商人に渡せる量は決まっており、その量を守って行くしかないのだ。
 そもそも、倉庫にこれほどの備蓄があることを知る者は少ない。
 男たちがそれを知っているのは、ここの警備をしていた者が一人、一行に加わっているからだった。
 彼らは、獣人族の戦闘力を軽視していた。
 それ以上に、奇襲きしゅうする立場である自分たちが有利だと確信していた。
 そう考えるもっとも大きな理由は、ユガリス教徒が潜在的せんざいてきに持っていた獣人族への侮蔑ぶべつだったかもしれない。
 ――獣人族は、力は強いがおろかだ。知恵も回らず、人にすぐだまされる。
 彼らはこのあと思い知る。愚かなのは誰だったかを。


「やあ、火事の怪我けが人のうち、重傷者に薬を使いたいんだ、開けてくれ」

 倉庫の番をしている獣人に、実は暴徒のリーダーである同僚が声をかける。
 普段はリーダーも、交代で倉庫の番に立っている。だから、当然すんなり通れるものと確信していた。

「そうは行かん」

 倉庫に向かう一本道を、長槍片手に番をする獣人たちは、その槍を交差させ、行く手をさえぎった。

「どのような事情であれ、を持たない者を通すと思ったか?」

 暴徒のリーダーは、今しゃべった獣人を不思議そうに見た。半年近くここで働いていたが、初めて聞く声だ。
 身体の大きな獣人族の中で、その男はさほど大きくは感じなかった。
 無論人間と比べれば大きい。だが、となりの獣人より頭一つほどは小柄だった。
 リーダーがさっと右手を挙げると、隠れていた数十人が、武器を手に集結してきた。


「やれやれ、やっと本性を現したか。盗人共」

 初見しょけんの獣人――ゼクに、にやりと笑いかけるリーダー。

「お前がいかに強かろうと、たった二人で何ができる?」

 ゼクもお返しとばかりに、壮絶そうぜつ殺気さっきと共に凶暴な笑みを浮かべた。

「二人だと思うか、盗人」

 それなりに腕に覚えのある冒険者だった暴徒のリーダーは、あまりの殺気に当てられ、剣を抜きざまにゼクを斬った。
 いや、斬ったつもりだった。
 粗末そまつな革の胸当てのみで、全身布の服を着た獣人だ。
 ならば剣を持つ者は腹を狙う。全ての生き物にとって、肋骨ろっこつで覆われていない腹部は、戦闘での急所きゅうしょになる。たとえ即死させられなくとも、腹をかれれば、動けなくなるからだ。
 割けないまでも、肝臓かんぞう膵臓すいぞうのある脇腹への痛打は、充分に意識を刈り取れる。
 だが、固い衝撃が伝わって来るべき剣は、何故か綿の塊でも叩いたかのように、柔らかい感触しか残さなかった。
 驚愕きょうがくに目をみはりながら、リーダーはゼクを見た。
 鮮血せんけつをほとばしらせていなければおかしいゼクの腹は、不思議な緑色の輝きで剣を受け止めていたのだ。

「やれやれ、またシュウに借りが出来てしまった」

 ゼクは、槍をぶん、と振り上げると男に突き刺した。

「グ……ガッ!」

 痛みの前に押し寄せた感覚は熱さだった。
 赤熱せきねつした火箸ひばしでも突き刺されたかのように熱い感触が一瞬で脳髄のうずいまでのぼる。
 直後に激痛に支配され、リーダーは激しく後ろに飛び下がったが、硬化してしまった全身の筋肉は言うことを聞かず、そのまま後ろ向けに転倒してしまった。
 だが、転倒で打ち付けた身体の痛みなどは何も感じなかった。
 自身の腹に出来た槍の傷の痛みが、痛覚を全て占領せんりょうした。


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