【完結】貧乏公爵(令嬢)マルゲリータの失踪

カズモリ

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ダルマータ国

3.足跡

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マルゲリータの失踪を聞いた帝は、足元でかしずくエドワードへ異様なほど冷静な声をかける。

「どういうことか説明せよ」

 その一言があまりにも落ち着いていたので、エドワードの焦る気持ちは沈静化していき、帝の前で恥を晒すことがない程度には、気持ちが落ち着いた。
 エドワードは顔を上げることなく、淡々と説明をし始めた。

 エメラルド家は旧六帝時代の栄光が嘘のように衰退をしていた。その事はこの国に住むすべての民の周知ではある。衰退の理由はマルゲリータの両親が、領民からの納税を求めず、領民の稼いだものはすべて領民へ還元していたのだ。

 そのため国への納税については自分達が運営していた繊維会社の収益から支払っていた。
 だが、マルゲリータの両親が亡くなってからは、繊維会社の運営が立ち行かず、幼いマルゲリータは稼ぐ術がない。領民税はエメラルド家の私物を切り崩して支払いをしていた。

 その費用が底をつくというので、マルゲリータはエドワードを介して屋敷を売り払うことに決め、二週間前に屋敷の売買契約を締結した。

「屋敷の受け渡し日である本日、エメラルド家に訪れると、本来いるはずの精霊もおらず、マルゲリータが失踪したことを知りました」


「そんなことをしては生きていけぬであろう。財政難による失踪したということか?」

 帝は髭をさすりながら、神妙の面持ちで、マルゲリータの失踪の経緯をエドワードに尋ねたが、エドワードは首を左右に振って否定する。

「わかりません。二週間前に彼女は市井で暮らそうか、とぼやいていたので、その可能性も否定できないかと……」

「あり得ないことですね」

 エドワードの返答に、黙って聞いていたアルフィアスが冷たく言い放ったので、帝はアルフィアスを見た。

 エドワードも顔を上げたい衝動に駆られたが、それでも耐えて顔を上げることなく、入ってくる音を漏らさぬよう耳に意識を集中させる。

「彼女が屋敷を売り払おうとしたのは、財政難のこともあるかもしれませんが………」

 アルフィアスはゆっくりと息を吐く。

「そもそも結婚が決まっていたからです」

 アルフィアスの一言に、空気が凍りつき、エドワードは廊下のタイルを見ながら、思案した。

(どういうことだ?)

 エドワードにとっては、青天の霹靂だった。

 勿論、マルゲリータが、エドワードに己のことを全て話す必要などないし、そうとも限らないことはエドワード自身も知っている。
 だが、人生の節目という大切な結婚が決まっていたというのに、なぜ黙っていたのだ。

 そもそも結婚が決まっているなら、邸の売却は待っても良いはずだ。売り払うのは、彼女の代わりに運営できる目処もないからだろう。

 それに、仮に婚姻が決まっていたとしても、そのような大事を屋敷を引き払う時にでも伝えてくれないものだろうか。

 幼い頃から兄と妹のように育ったというのに、心に穴が空いたような虚無感を抱いた。

「では、マルゲリータは、その結婚相手の元へ行った可能性があるということですね。早合点をして」
「いや、それはないです」

 エドワードの言葉を遮ったアルフィアスが、動揺の渦中にいるエドワードの前に中腰になり、頭を下げている男の首元の襟を両手で持ち、勢いよく、アルフィアスの方へ引っ張る。

「彼女は私の妻になると言った。だが、私の元には来ていない」

 その言葉は残酷なほど鋭い刄となり、エドワードの胸に突き刺さった。

(いつ、いつ約束したのだ? 最後に会った日にはすでに決まっていたのか? それとも、この二週間で? 殿下がマルゲリータを好いている可能性はあったのに)

 エドワードは混乱する中、床の模様をじっと見つめ、落ち着こうとする。

(いや、それより何よりも、それが意味する先は、ただ一つ)

 王太子妃が行方不明となったのだ。

 旧六帝の一つとはいえ、エメラルド家の権力は失墜しており、地に落ちている。そこの家長が死のうが、失踪しようが実のところ大きな話ではない。

 だが、王太子妃となると話は変わる。この国の次の光を支え、癒し、また世継ぎを宿すその身体がいないのだ。

 だが、それは正式な手続きをとった公力がある場合に限る。

 先日のマルゲリータの話では、アルフィアスの一方的な恋情はあっても、マルゲリータは快諾しているような素振りはない。

 エドワードには、アルフィアスが言っていることは、正当な手続きの元の発言とは思えなかった。

「それは……、ほかの旧六帝もご存知なのでしょうか。彼らに認められなければ、婚姻は不可能かと」

「そうだ」

 エドワードの言葉に同調するように、帝が頷いた。

(先程殿下は、「妻になると言った」と、おっしゃった。まだ、正式な文書での決定ではない、と言う可能性が高い)

 アルフィアスは掴んでいたエドワードの襟を整えながら手放し、帝に冷たい視線を送る。

「口頭同意も正式な一つでしょう?」

(まだ、書面では取れていない!)

 帝も気がついたのか、眼光が一瞬だけ光り、顎髭をさする。
「エドワード=フォン=パール、マルゲリータの足跡を見つけよ」

 エドワードは、「はっ」と言って頭を下げると、二人の前から離れていった。

 カツカツと靴底と廊下があたるたび、高音が鳴り響き、エドワードは眉間に皺を寄せる。

 王太子妃、だと。

 エドワードは最後にマルゲリータに会った二週間前を思い返す。
 
 家を売却する、と言って署名をして、それから、マルゲリータの精霊と私の精霊が茶を入れて……、いや、もっと前に……、エドワードは回顧しながら頭をかいた。
『結婚できなくなる』と言ったマルゲリータの顔がやたらと鮮明になる。

 ドン。

 突然、肩に衝撃がはしり、その後で、右足に激痛が走った。

「っ!」

 痛みの先に目をやると、本が一冊、床に落ちていた。おそらく、エドワードの足の甲に直撃したのだろう。やたらと足の甲がジンジンする。

 さらにその先には白色の衣を着た神官がおり、エドワードとぶつかった拍子に数冊の本と共に床に尻もちをついていた。

「申し訳ない」

 エドワードが手を差し伸べると、神官は「こちらこそ、前を見ておらず、失礼しました」と言って、深々と頭を下げる。

 エドワードも前を見ていなかったのだから、足の痛みは自業自得で、仕方がない。

 廊下に落ちた本を拾いあげながら、エドワードは、何かをおもいだしたように「あ」と声をあげた。

「本はこれで全てですか?」
 そう言って神官に集めた本を渡すと、エドワードはそそくさと足早にその場を去った。

 マルゲリータは二週間前、王邸にきた。そして、図書館に行った、と言っていたことをエドワードは思い出した。

(理由はわからない。だが、条文を調べると言う事は、他にもを調べていたのは絶対だ)

 エドワードが図書館に着くと、自身の精霊のリルルを呼び出した。

「マルゲリータは従者をつけていない。その代わりにリュカスを必ず連れている。足跡を見つけられるか?」

 リルルは「えー、無理。だって、かなり長い間、接しないと、精霊の足跡は追えないよ」と言って勢いよく、首を横に振る。

「だから、できるだろう?」

「だから、接点がないと精霊の足跡は追えないし、そもそもマルゲリータ様の精霊の接点なんて……あ!」

 エドワードがほくそ笑んだ。

「リルル、二週間前に、リュカスと二人で、長いこと茶を淹れていただろう?」

「あんな、短時間で」

 リルルは「ダメもとだからね」と言って、主人に念を押した。

「ああ、勿論だ」

「ったく、精霊使いが荒いんだから!」

 リルル達、精霊は無意識のうちに精霊痕という足跡のようなものを残す。
 それは精霊達が歴史的に迫害されていた過去に起因する。精霊痕を残すことで仲間に危険を知らせていたからだ。

 精霊痕の特徴は指紋のように各自異なる。
 そして、ある程度、関係を構築していないと、精霊痕の見分けはつかないとされている。

 リルルがリュカスのことを知っているのは随分前だが、精霊痕を覚えていられるほど仲良くはない。

 それでも、二週間前にリュカスの精霊痕を目の当たりにしており、また、リルルは記憶力がずば抜けて良いのもあり、エドワードもそれにかけているのだろう。

 リルルが、ふん、と鼻息を鳴らして、両手に力を入れると、鮮やかな緑色の光が輝きだし、複雑な模様が浮かび上がってきた。
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