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ダルマータ国

38. 協力2

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 エドワードが本邸を訪れると、何年振りか、と言うほど久方ぶりに父のヨシュアを見た。

 ヨシュアはエドワードを呼びつけたのに庭の花の手入れをしており、なんとも自由だ。

「父上、お話とは何でしょうか」
 庭へと続く窓ガラスをトントンとノックし、父の注意を自身へ向けた後、エドワードはそう言った。
 ヨシュアは「やあ」と言ってエドワードへ近づき「手が汚れているから開けてくれ」と扉を開けるよう息子をうながした。

 ヨシュアが手を洗ってから戻ってくると、にこやかな笑顔を貼り付けて、ソファに座る。ソファがゆっくりとヨシュアの体を沈み込んだ。
「この間、カトリーヌと話をしたよ。何年振りだろうか」
「そうですか」

 良かった、とでも言えばいいのか。それとも……。

「お前のおかげだ」
「そうですか」
「お礼と言ってはなんだが、お前が調べている点について、私もカトリーヌも助力することにした」

 父の言葉に思いがけない人物が手助けすると言うのでらエドワードは伏せていた視線を思わずあげて、父の顔を見た。

「やっと見たか。人と話すときは、相手の目を見て話を聞くものだ」
「冗談ですよね?」
「冗談なものか。話すときは人の目を見ろと指導してたではないか。全く、お前はいつまで経っても」
「いや、違わないけれども!」

 エドワードは父との頓珍漢なやりとりに、思わず大声で反応してしまった。
 会話をする際、双方の目を見て話す、これは確かに正しい。

「父上の仰るように、母上が協力してくれるとは、思えません」
「エドワード、お前が思うほど、カトリーヌは薄情ではない。少なくともお前がしていることを黙って見ているくらいはしているのだからな」
「興味がないだけですよ」

 ヨシュアは、諦めたように鼻で笑う。
「お前がパルクルトで買った教会は、誰が所有者かわかるか?」
「街で管理しているものでしたが」
「表向きはね。だが……実質、私が、所有者だ」

 エドワードは満足そうな視線でドヤ顔で自分を見てくる父の顔を見ながら、瞼をそっと閉じて、眉間に手を置いた。

 このダルマータ国は通常の貴族制度とは異なるルールで用いられている。
 少なくともここ300年はサファイア家を王族とし、他の六帝時代の家は元王族なので公爵とした。
 仮に王帝に兄弟が生まれようともその者が公爵となることはなかった。
 兄弟の子が女の子ならば王帝の息子に嫁がせ、そのようにしてサファイアの血の流出を抑えたのだ。

 パール家は公爵だが、領地ではないパルクルトの街にそんな息を吹きかけることはできない。
 できるとするならば、サファイア家所縁の者だけだ。わざわざそこまで手を回してパール家所有にするサファイア家に縁のある人物は、一人しかいない。

 エドワードは豊かな茶髪にあの独特の青い瞳を持つ母が見え隠れして、最初から手のひらで転がされていたのか、と、思うと自分に嫌気が差した。

「そんな回りくどいことをした理由の説明をしてくれますか?」
「もちろん」


◆◆◆


 父と母は思い出の地であるパルクルトの街の教会を守りたかった。カトリーヌがどうしても、と懇願したからだ。
 カトリーヌはサファイア家に見つからないように、かつ、ヨシュアとの婚約中に、それを行った。
 サファイアの権力を活かしつつ、サファイアにバレない時期として。

「なんてことないよ。カトリーヌも私も教会そのものに、思い入れがあった。だが、他の誰かに気づかれたくなかった」

 ヨシュアはソファから立ち上がると「ついてきなさい」と言ってエドワードを別室へと誘う。

 幼い頃はこの本邸で過ごしたエドワードにとって、父と歩くこの廊下は懐かしくなり、胸元に熱が帯びた。
 廊下を暫く歩くと、ヨシュアの書斎につき、ヨシュアが「入ったら、腰掛けなさい」と言って、長椅子を薦めた。

 ヨシュアは書斎の左隣にある本棚から、緑の背表紙の本を1冊引き抜くと、表表紙を開き、中に挟んでいた一枚の写真をエドワードの前に差し出した。

 茶色に変色したその写真を父から受け取ると、エドワードは釘付けになり、あまりの衝撃的なことに言葉を失った。

「カトリーヌと私の父と母だ」

 そりゃそうだろう。

 初老の男性は瞳の色がサファイア家の色ではない。髪は歳のせいなのか、元からなのか立派な銀髪をしている。
 その隣ににこやかに微笑む女性が幼い少女に寄り添うように、腰をかがめて、少女の肩に手を置いて立っている。
 その瞳が翠色をしていた。


「意外な組み合わせだろう」

 エドワードが答えずにいると、ヨシュアは懐かしそうに目を細めて写真を覗き込んだ。

「この後ろの建物が、エドが買った教会だ」

 ヨシュアはそう言って、3人の背後に位置する建物を指差した。

 確かにそうだ。
 特徴的なステンドグラスがよく見える。

 この写真を見ると、母が愛されていることがわかる。
 それがこの写真を見せた父の本意でないと知ってはいるし、感覚でわかる。
 だが、いつも不機嫌そうで、何かに不満を抱いている母が、古びた写真の四角の中にはいなかった。それが、エドワードにとって、何よりも気になった。

 本来ならば、何故母は、このような幼い頃に父の両親と写真を撮ったのか、それもパール家の領地ではないところで、何のために写真を撮ったのか、格上の家門の娘の肩に手を置くなど、通常では許されないが、それを許せるほどの距離だったり、祖母の瞳が翠色であることとか、思うことはたくさんあるのに、それらを差し置いてさえも、母の表情や写真の雰囲気だけが鮮やかに見えた。

「それほど、特別なのですね」
「そうだね……」

 エドワードにとって両親が何を考えているのかわからない。
 ただ、それでも、この教会もパルクルトの街も、両親にとって失いたくないもので、そのために尽力したであろうことを想像できた。


 ポツリ、ポツリと言葉を選びながら、慎重に父は話し始めた。

 王妃候補であった母が、突然サファイア家に捨てられたこと。母の教育のため、隠居していた父の両親が母を引き取ったこと、祖母の実家のエメラルド家の謎を父ヨシュアが追っていたこと、父の兄が病で亡くなったこと、だから、父がパール家を継いだこと。
 両親が死んだので、母カトリーヌはサファイア家に戻され、そして、父と婚約したこと。

 王妃になれなかったサファイア家の娘は未婚で一生を終えることが多い。
 それは、他の貴族では恐れ多いと言って、断るのだが、実のところ、矜持が高すぎて他の貴族では、嫁として手に負えないからである。

 だから、エドワードも母カトリーヌは矜持が高いと思っていたし、あの異常なまでの嫌味攻撃は矜持が高すぎる故と考えていた。

 そのため、父はハズレクジを引いたと思っていたのだが、そうではなく、パール家から婚約を申し込んだなど、爪の先ほども考えなかった。

「私とカトリーヌが手を貸すのだから、頼むよ、エドワード」

 父は元から垂れている目尻を更に下げて、そう言った。

◆◆◆

 エドワードが自身の屋敷に戻ると、リルルとクリスタが夕飯を用意して待ってくれていた。
 誰かが、待っている。それだけでエドワードは何故だかとても安心した。
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