15年後の世界に飛ばされた無能聖女は、嫌われていたはずの公爵子息から溺愛される

魚谷

文字の大きさ
12 / 28

12 王太子からの要請

しおりを挟む
 翌朝目覚めた私は、久しぶりにアリシアさんやジャスミンさんから髪や肌のお手入れをしてもらった。
 二人は、いつもよりもずっと時間をかけ、髪型やメイクをしてくれた。

「ありがとう、アリシアさん、ジャスミンさん」

 その時、ノックの音がした。

「はい」
「入っていいか?」

 ヨハネの声。

「どうぞ」

 ヨハネは手に御盆を持っていた。そこにはスープとサンドイッチ、果物の乗ったお皿が二つずつ乗っていた。

「一緒に食事を取ろうと思って持ってきた」
「ありがとう」

 アリシアさんたちは、一礼して部屋を出ていく。
 私たちはテーブルを挟んで向かい会い、朝食を取る。
 サンドイッチを食べるなり、「懐かしいっ」と思わず声が出た。

「これ、シスターが作ってくれたやつよね! ハムとピリ辛マスタードのサンドイッチ。このマスタード、シスターのお手製なの!」
「ああ、シスターから聞いたよ」

 子どもの頃は目を合わせてくれなかったけど、今は目を合わせすぎというか、やけに熱心に見つめられてる。
 そう言えば昨日もそうだった。

(私、不作法しちゃったかな?)

「……どうかした?」
「何が?」
「さっきからじっと見つめてくるから、何か言いたいことでもあるのかなって」
「いや。ただ、お前の顔を見ていたかったから。悪い。気になって食事に集中できないよな」
「ううん、ただちょっと、馴れないだけ。だってヨハネからしたら十五年ぶりだけど、私からしたらまるで子ども時代が昨日のことみたいだから。子どもの頃のヨハネは、私と目を合わせてくれなかったから」
「……あれは、俺が全部、悪い。とにかくお前と一緒の空間にいるとドキドキして苦しかったんだ。どうしてそんなことになるのかも分からなくて戸惑って。その苛立ちをぶつけて……馬鹿なことをしたと反省してる」
「ドキドキして、苦しい……?」
「俺はユリアのことが、子どものころから好きなんだ」
「!」

 ドクン! 心臓が早鐘を打つ。

(まるで告白されているみたい……)

 好きというのは男女の恋愛ではなくって、あくまで親愛っていうことなのに、今の成長したヨハネに言われると勘違いしそうになっちゃう。

「あ、ありがとう。私も好き、だよ?」
「……お前の好きとは、違うんだけどな」
「え?」
「いや、何でも無い。とにかく子どもの頃の無礼で生意気で可愛くなかった俺のことはさっさと忘れて、今の俺だけを見てくれ」
「ふふ」

 私が不意に笑ったことに、ヨハネが不思議そうに見つめてくる。

「あ、ごめんなさい。微笑ましいなって。教会の子も、なかなか素直になれなくて、最初のうちはやたらと反発して意地悪したり、わざと相手の嫌がることをする子が多かったから。ところで、今日は騎士の任務で外に行く?」
「予定としては。何故だ?」
「私もお手伝いしたいから」
「手伝い?」
「今の時代なら、浄化の力が役に立つと思うの。ジルディンさんの村の井戸を浄化できたから」
「そんな危険なことをする必要ない。それより昨日は俺が間に合ったから良かったものの、一歩間違っていたら魔物に傷つけられていたかもしれないんだ。屋敷にいるんだ」
「私は聖女よ。何もせずに屋敷に引きこもっていろだなんて……」
「お前はここにいて、したいことだけをしていればいい」
「だから聖女の力を使って――」
「それ以外だ。ユリア、お前は十五年という歳月を一気に跳び越えた。身心にどれだけの負荷がかかったかも分からない。今は大丈夫でも、無理をしたらどんな反動がくるかも分からないだろ。聖女としての務めより、今はまず自分のことを第一に考えてくれ」

 ヨハネが言っていることは理解できる。
 でも人を助けられる力があるのに、何もしないなんて……。
 その時、控え目なノックの音がした。
 アリシアさんだった。

「伯爵様、お客様がいらっしゃっています」
「今は忙しい」
「……王太子殿下ですが」
「忙しくて相手はできないからと追い返せ」
「わ、私が、ですか?」

 アリシアさんは顔を青ざめさせる。
 殿下を追い返すなんて、ヨハネくらいにしかできないことだ。

「ヨハネ、ダメよ。忙しくないんだから、ちゃんと殿下と会ってきて」
「ユリアと一緒に朝食を取るのに忙しい」
「お願い。わざわざいらっしゃるなんて大切な用事のはずよっ」

 ヨハネを見つめると、彼はじんわりと頬を染めて目を反らすと、小さく息を吐き出した。

「……応接室で待ってもらえ」
「かしこまりましたっ」

 アリシアさんは安堵し、大きく頷く。

「それじゃ、私もご挨拶を」
「その必要はない」
「殿下とは何度かお目にかかっているわけだし、私が無事に生還したことを知って頂かないと」
「いいから、ここにいるんだ」

 ヨハネはきっぱり言うと、部屋を出ていってしまう。
 一人残された私を気遣い、アリシアさんが飲み物を勧めてくれる。
 私はお礼を言って飲みながらも、

(ヨハネは私を気遣ってくれてる。その気持ちは嬉しい。でも甘えるばかりでいいの?)

 自分に問いかける。

『神様があなたにその力を与えたのにはきっと、お考えがあるはず。無用なものなんてこの世のどこにもないのだから。あなたにしかできないことをするの。あなたの力を必要とする人たちが、この世界にいるはずよ』

 私を勇気づけてくれたシスターの言葉が、よみがえる。
 ヨハネはああ言ったけど、浄化の力を持つ私が無事であるということは、殿下に知っていただくべきだ。

「よし」

 席を立つと、応接室へ向かう。
 部屋に近づくと、扉ごしに会話が漏れ聞こえてきた。

「俺は忙しい。用事なら手短にしてくれ」
「僕の呼び出し命令をすっぽかしておいてどの口で言うんだ」
「すっぽかしたわけじゃない。忘れていただけだ」
「魔物討伐の援軍を要請された。すぐに向かってくれ」
「断る」

 えっ!?

「ふざけてるのか?」
「ここのところ休みなく出陣している。騎士団なら他にもあるだろ。いい加減、部下を休ませたい」
「お前たち以外の騎士団が魔物と遭遇するたび、怪我人を出して、復帰に時間がかかってるのは分かってるはずだ。お前たちだけが魔物との遭遇にも高い生還率を叩き出してる」
「とにかく今は駄目だ」
「負担を押しつけてしまっているのは申し訳なく思ってる。だがお前を頼れないとなると、マルケス侯爵の私兵を頼らざるをえなくなる。これ以上、連中にでかい顔をさせたくない」
「それでも今は……」

 私は応接室に飛び込んだ。

「ヨハネ、お願い。出陣してあげて!」
「ユリア!?」

 ヨハネが呆然とした顔で私を見つめる。

「ユリア……?」

 殿下がぽつりと呟く。
 あの頃よりも成長した殿下は優雅さに磨きがかかり、より魅力的になられていた。

「殿下、お久しぶりでございます。覚えておられますか? 十五年前に裂け目に飲み込まれた、ユリアです」
「君は、ほ、本当にあのユリア……?」
「はいっ」

 殿下は確認するようにヨハネを見た。
 ヨハネは渋面をつくりながらも「そうだ」と頷いた。

「……裂け目に飲み込まれて、生きていたというの……?」
「そうです。私も、どうしてなのかは分からないんですけど」
「つまり彼女が、お前の忙しい理由、か」
「そうだ」
「殿下。今、世界がどのような状況かは聞き及んでおります。どうか、聖女としての力で国を救う協力をさせてくださいっ」

 深々と頭を下げる。
 ヨハネが「おいっ」と声を上げるが、無視した。
 やっぱり私は自分にできることがしたい。

「それは願ったり叶ったりだ。浄化の力なら、今この国が直面している汚染にも対処できる。多くの民が助かるっ!」

 殿下がにこやかに微笑む。

「駄目だ。こいつを危険な目に遭わせるわけにはいかない!」

 ヨハネは殿下を睨み付けるが、殿下は涼しい表情で受け流す。

「ヨハネ、彼女自身の望みを無下にするのか? お前の望み通り、他の騎士団に出陣を命じる。彼女の護衛を兼ねて」
「他のゴミのような騎士団どもに、ユリアを預けられるわけがないだろ!」
「だったらどうする?」

 ヨハネは大きく舌打ちをしながらも、「俺が守る」と即答した。

「ヨハネ、いいの……?」
「いいもなにも、お前は浄化の力を使いたいんだろ」
「うん」
「一つだけ条件がある。王都の外では俺に従え。いいな?」
「分かったわ」
「絶対にだぞ」

 念を押したヨハネは部屋を出ると、足音をズンズンと大きく鳴らしながら階段を上がっていく。
 怒らせちゃった。

「すまない、聖女ユリア。あなたを利用させてもらった」
「気にしてません」
「詳しく事情を聞きたいけど、今日はこれで失礼するよ。また改めて」
「はい」

 私は頭を下げ、殿下を見送った。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。 彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。 ようやく手に入れた穏やかな日々。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。 彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。 そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。 「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。 「いつものことだから、君のせいじゃないよ」 これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。 二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。 心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど

紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。 慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。 なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。 氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。 そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。 「……俺にかけた魅了魔法を解け」 私、そんな魔法かけてないんですけど!? 穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。 まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。 人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い” 異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。 ※タイトルのシーンは7話辺りからになります。 ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。 ※カクヨム様にも投稿しています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

処理中です...