SPとヤクザ

魚谷

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第一章(3)

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 身体の中にまで響くようなアップテンポの音が大音量で流されている。
 景はカウンターで酒をちびちび飲みながら辺りをそれとなく窺う。
 シャツにジーンズというラフな格好だ。
 ここは都内にある数百人が収容できる、六本木にある大型のクラブである。この店は旭邦会幹部、富永俊也のシノギの一つである。彼は金曜の夜にいつも遊びに来る。
 と言っても一般客と同じ席ではなく、クラブの二階にあるVIPルームで、だが。
 自分のスケジュールを報せることは敵対組織に狙ってくれと言っているようなものだから、それだけでも相当な剛胆な男だということが分かる。
 酒で唇を湿らせながら、それとなく周囲を窺う。
 DJの音楽に合わせて、フロアでは何人もの同年代の男女が踊っている。
 一体、この頭に響く音楽でよくも楽しそうに笑えるなと思ってしまう。
 景がその歳の頃には、警察学校を出て、地域課として交番勤務をして、夜遊びに行くなんてことはしたことはなかった。その生活は今も同様で、上司や先輩から誘われて飲みに行くことはあっても、休みの日にどこかに遊びに行くということもほとんどない。仕事場と寮、そしてジムくらいだ。
 自分とは縁遠い世界から目を外し、時間を潰す。
 それから三十分ほど経ったくらいだろうか、周りの若者たちと比べると明らかに雰囲気の違う四人の男たちが姿を見せた。
 数人の体格の良いスーツ姿の男達に囲まれた、頭一つ分ほど背の高い男は、岩槻から見せられた写真の人物――富永俊也だった。

(来たか)

 ここに富永が来るのは、岩槻曰く、男漁りのためだという。VIPルームの一面はマジックミラーになっており、そこからクラブ中を物色し、美青年を招くのだという。
 心なし、飲むペースが早くなる。と、背後に人の気配を感じた。振り返ると、そこには富永が従えていたボディガードの一人が立っていた。

「……オーナーがお呼びです。VIPルームへ来て頂けますか」
「オーナー? 俺が、ですか」
「是非とも」

 そうして階段の向こうを指さす。

「……分かりました」

(まずは第一段階、成功だ)

 ここで声をかけられなければ元も子もない。景は男に連れられ、VIPルームに入る。
 その部屋は一階のフロアの半分くらいで、かなり広い。
 部屋の隅には美術品や色とりどりの熱帯魚が泳ぐ大人の人間が両腕を広げるくらいの大きさの水槽や、大型の薄型テレビが配置されている。
 階下の頭の中まで掻き混ぜられるような騒がしい音はここまでは達しない。完全防音仕様らしい。
 そして部屋の中央にはソファーセットが置かれ、その一画に富永がふんぞり返っていた。
 その周囲に二人のボディガードが控えていた。

「どうぞ」

 景を連れてきたボディガードが、富永を指さす。
 景を小さく息を吸うと、口を開く。

「……富永哲也さん、ですか」

 ボディガードのまとう雰囲気が変わる。

「俺の事を知ってるのか」
「……暴力団のお偉いさんだろ」
「おい、お前っ」

 ボディガードがうなるが、富永はそれを制する。

「あんたのボディガードになりたい」
「俺の? 腕は立つのか」
「ここにいる連中よりは」

 富永の目がかすかに動くや、景をここまで案内した男が背後より襲いかかる。
 景は軽い身のこなしで男の拳を避け、裏拳を顔面にたたき込んで怯んだところを腹を蹴る。男はソファーを巻き込みながら倒れた。

「このっ」

 背後から迫ってた奴に羽交い締めにされるが、すかさず後頭部で男の鼻っ柱を頭突きし、怯んだところを男の腕を逃れ、男の顎に肘鉄を食らわせた。
 最後の一人は拳を軽くいなすと、襟を掴み、一本背負いでちょうど、富永の前に置かれている、背の低いガラステーブルに背中から叩きつけた。
 けたたましい音が響き、ガラスが飛び散った。
 富永は目の前でボディガードがあっという間にのされたというのに、眉一つ動かさず、口元を緩める。

「何人か馬鹿な奴らが俺を殺しに同じ手口を使ってきたが、お前ほど達者な奴は誰もいなかったぞ」

 景は呼吸一つ乱さず告げる。

「雇ってもらえるか」
「そうだな……。ここまで達者なら傍においておく価値はあるかもな」

 富永はゆっくりと立ち上がる。景よりも一回りはがたいが大きい。
 手が差し出された。
 景が手を握った瞬間、ぐっと引っ張られる。完全に油断していた景は吸いこまれるように富永の懐に倒れかかる格好になる――刹那。
 重たい衝撃が腹を直撃した。頭まで揺さぶられる激しい衝撃が全身を貫く。景はたった一撃腹に重たい拳を叩きつけられ、その場に倒れた。手足が痺れたように動けなくなり、噎せ返る。
 富永に見下ろされる。
 富永は何かを言うが、景はよく聞こえず、何も言えない。
 やがて景は意識を失った。
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