22 / 36
はじめての衝動(ジークベルト視点)
ジークベルトは、標的の首筋を引き裂く。
大量の血が飛沫をあげ、標的は藻掻きながら絶命した。
濃厚な血の臭いが周囲に満ちる。
最近、血特有の鉄錆の臭いに抵抗を覚えるようになっていた。
イザベルの柔らかな香りを感じたい、と思う。
バルコニーから出ようとしたその時、ギィ、と床板が軋めば、二人の男が部屋に飛び込んできた。標的の護衛だ。
始末したと思ったが、傷が浅かったか。
二人は血まみれながら忠誠心か、はたまた意地かは分からないが剣を振るってくる。
長身の男の右手を蹴り上げて剣を手放させ、喉笛を斬り裂く。
もう一人にとりかかろうとした次の瞬間、「うぉぉぉぉぉ!」と肥満体の男がタックルをしかけてきた。
斬りつけたが、一撃では駄目だった。
「ぐっ」
そのまま壁に叩きつけられた。
すぐに腹を蹴り上げ、仰け反ったところを心臓に刃を突き立てた。
男は絶命する寸前、服の袖のボタンをちぎった。
瞬時に頭に血が昇る。
「っ!!」
この服はイザベルからのプレゼントだ。
虫の息の男に馬乗りになり、拳に保護魔法をかけて何度も男の顔面を殴り付ける。
息を荒げ、肩を大きく上下させ、男の手からボタンをもぎとった。
「くそ……」
ボタンはメイドにつけ直させればいいが、イザベルからのプレゼントを損なってしまったことに胸の奥が締め付けられる。
今晩、務めがあることは言っていない。
イザベルはそのたびにジークベルトが屋敷に戻るまで起きていて、肌についた返り血を落とすのを手伝おうとしてくる。
イザベルは朝から仕事で、少ない魔力をやりくりしながら付与魔法を使い続け、クタクタだというのに。
(俺が他人を気遣う日がくるなんて……)
誰よりも自分自身の行動に驚きを禁じ得ない。
屋敷に戻ると、バルコニーから寝室へ入る。
戻ってきたのだと、イザベルの香りを感じながら思う。
彼女の外行きの、甘さを控えた香水。
そして寝る前につけるようになった保湿クリーム。
最初は薔薇など甘さを含んだものを使っていたが、ジークベルトが甘すぎると眠れないんじゃないかと余計な気を回し、今は爽やかなミントのクリームを使うようにしているようだ。
ジークベルトは香りがどうだろうがどうでも良かったし、実際そう言ったのだが。
イザベルは柔らかな寝顔で、静かに寝息を立てている。
相変わらず、あどけない顔立ちだ。
これでどんな男も手玉に取る悪女と言われているのだから理解できない。
ジークベルトが見る限り、彼女は慎ましやかだ。
悪女などという悪評が別人のものであると錯覚してしまいそうなほどに。
一体どれが彼女の素顔なのだろうか。
ジークベルトは服を脱ぎ捨てる。
彼女の付与魔法のお陰で返り血も臭いも気にする必要がなくなった。
服を脱ぎ捨て、シャツ姿になった後も、その眼差しはじっとイザベルに注がれ続け、外れるということがない。
彼女の艶やかな口元に目が引き寄せられ。
まるで獲物を狙う獣のようにベッドを軋ませ、忍び寄る。
ますます香りが強くなる。
イザベルの香り。
保湿クリームや香水とも違う。もっと甘く、そして惹き付けられる。
猟犬の嗅覚を惑わせ、頭の芯を痺れさせるような。
そう公爵領に出かけた時に襲われた夕立。
洞窟で一緒に雨宿りをした時に嗅いだ、あの不思議な香り。
あの時、イザベルに付与魔法以外の魔法が使えないかと聞いた。
しかしジークベルトはあらゆる精神魔法への耐性を持っている。
ロンギヌスからそういう風に仕込まれたのだ。
それなのにジークベルトは常に、イザベルのことを考えてしまう。
起きてからずっと。標的を殺しながら、でさえ。
そういう自分に気付き、動揺した。
夢にも見る。
ジークベルトは、イザベルに愛を囁き、まるで獣のように彼女を求める。
自分の中にそんな強い欲望があることに、たとえそれが夢の中であっても、驚かずにはいられなかった。
「っ」
はっとしてジークベルトは我に返る。
今にもイザベルの唇を奪おうとするように顔を近づけていた。
まったく無意識の行動に動揺する。
「……俺は、何を」
ジークベルトは独りごち、ベッドに転がる。そして目をぎゅっと閉じ、眠れと念じる。
しかし熱を孕んだ体はなかなか冷めるということがなかった。
大量の血が飛沫をあげ、標的は藻掻きながら絶命した。
濃厚な血の臭いが周囲に満ちる。
最近、血特有の鉄錆の臭いに抵抗を覚えるようになっていた。
イザベルの柔らかな香りを感じたい、と思う。
バルコニーから出ようとしたその時、ギィ、と床板が軋めば、二人の男が部屋に飛び込んできた。標的の護衛だ。
始末したと思ったが、傷が浅かったか。
二人は血まみれながら忠誠心か、はたまた意地かは分からないが剣を振るってくる。
長身の男の右手を蹴り上げて剣を手放させ、喉笛を斬り裂く。
もう一人にとりかかろうとした次の瞬間、「うぉぉぉぉぉ!」と肥満体の男がタックルをしかけてきた。
斬りつけたが、一撃では駄目だった。
「ぐっ」
そのまま壁に叩きつけられた。
すぐに腹を蹴り上げ、仰け反ったところを心臓に刃を突き立てた。
男は絶命する寸前、服の袖のボタンをちぎった。
瞬時に頭に血が昇る。
「っ!!」
この服はイザベルからのプレゼントだ。
虫の息の男に馬乗りになり、拳に保護魔法をかけて何度も男の顔面を殴り付ける。
息を荒げ、肩を大きく上下させ、男の手からボタンをもぎとった。
「くそ……」
ボタンはメイドにつけ直させればいいが、イザベルからのプレゼントを損なってしまったことに胸の奥が締め付けられる。
今晩、務めがあることは言っていない。
イザベルはそのたびにジークベルトが屋敷に戻るまで起きていて、肌についた返り血を落とすのを手伝おうとしてくる。
イザベルは朝から仕事で、少ない魔力をやりくりしながら付与魔法を使い続け、クタクタだというのに。
(俺が他人を気遣う日がくるなんて……)
誰よりも自分自身の行動に驚きを禁じ得ない。
屋敷に戻ると、バルコニーから寝室へ入る。
戻ってきたのだと、イザベルの香りを感じながら思う。
彼女の外行きの、甘さを控えた香水。
そして寝る前につけるようになった保湿クリーム。
最初は薔薇など甘さを含んだものを使っていたが、ジークベルトが甘すぎると眠れないんじゃないかと余計な気を回し、今は爽やかなミントのクリームを使うようにしているようだ。
ジークベルトは香りがどうだろうがどうでも良かったし、実際そう言ったのだが。
イザベルは柔らかな寝顔で、静かに寝息を立てている。
相変わらず、あどけない顔立ちだ。
これでどんな男も手玉に取る悪女と言われているのだから理解できない。
ジークベルトが見る限り、彼女は慎ましやかだ。
悪女などという悪評が別人のものであると錯覚してしまいそうなほどに。
一体どれが彼女の素顔なのだろうか。
ジークベルトは服を脱ぎ捨てる。
彼女の付与魔法のお陰で返り血も臭いも気にする必要がなくなった。
服を脱ぎ捨て、シャツ姿になった後も、その眼差しはじっとイザベルに注がれ続け、外れるということがない。
彼女の艶やかな口元に目が引き寄せられ。
まるで獲物を狙う獣のようにベッドを軋ませ、忍び寄る。
ますます香りが強くなる。
イザベルの香り。
保湿クリームや香水とも違う。もっと甘く、そして惹き付けられる。
猟犬の嗅覚を惑わせ、頭の芯を痺れさせるような。
そう公爵領に出かけた時に襲われた夕立。
洞窟で一緒に雨宿りをした時に嗅いだ、あの不思議な香り。
あの時、イザベルに付与魔法以外の魔法が使えないかと聞いた。
しかしジークベルトはあらゆる精神魔法への耐性を持っている。
ロンギヌスからそういう風に仕込まれたのだ。
それなのにジークベルトは常に、イザベルのことを考えてしまう。
起きてからずっと。標的を殺しながら、でさえ。
そういう自分に気付き、動揺した。
夢にも見る。
ジークベルトは、イザベルに愛を囁き、まるで獣のように彼女を求める。
自分の中にそんな強い欲望があることに、たとえそれが夢の中であっても、驚かずにはいられなかった。
「っ」
はっとしてジークベルトは我に返る。
今にもイザベルの唇を奪おうとするように顔を近づけていた。
まったく無意識の行動に動揺する。
「……俺は、何を」
ジークベルトは独りごち、ベッドに転がる。そして目をぎゅっと閉じ、眠れと念じる。
しかし熱を孕んだ体はなかなか冷めるということがなかった。
あなたにおすすめの小説
悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい
廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!
王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。
『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。
ならばと、シャルロットは別居を始める。
『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。
夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。
それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています
廻り
恋愛
治療魔法師エルは、宮廷魔法師試験の際に前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界でエルは、ヒーローである冷徹皇帝の幼少期に彼を殺そうと目論む悪役。
その未来を回避するため、エルは夢だった宮廷魔法師を諦め、平民として慎ましく生活を送る。
そんなある日、エルの家の近くで大怪我を負った少年を助ける。
後でその少年が小説のヒーローであることに気がついたエルは、悪役として仕立てられないよう、彼を手厚く保護することに。
本当の家族のようにヒーローを可愛がっていたが、彼が成長するにつれて徐々に彼の家族愛が重く変化し――。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
【完結】 「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります
廻り
恋愛
羊獣人の伯爵令嬢リーゼル18歳には、双子の兄がいた。
二人が成人を迎えた誕生日の翌日、その兄が突如、行方不明に。
リーゼルはやむを得ず兄のふりをして、皇宮の官吏となる。
叙任式をきっかけに、リーゼルは皇帝陛下の目にとまり、彼の侍従となるが。
皇帝ディートリヒは、リーゼルに対する重大な悩みを抱えているようで。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?