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8 親友

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 昼時。ジュリアは走らせていたペンを止めて、伸びをする。

「ギルのところに行ってくるわ」

 副官に告げ、ジュリアは座席から腰を上げた。

「ギル……というのは、ギルフォード将軍、ですか?」
「そう。大切な話があるから」
「分かりました」

 ジュリアは購買でパンをいくつか購入すると、その足で渡り廊下を進んで魔導士部隊の区画へ行く。
 昨日、ここに足を踏み入れたのはほとんど人がいなかったから目立たなかったが、やはりきっちりと軍服をまとったジュリアはかなり目立つ。

 擦れ違う魔導士たちが、好奇心を隠さず見てくる。
 一般的に陸軍と魔導士は不仲だ。

 陸軍は魔導士を気軽に軍功をかっさらうハゲワシのような連中と馬鹿にし、魔導士は陸軍を数ばかり揃ったでくの坊と敵視する。
 ジュリアの考えは、陸軍も魔導士もどちらにも一長一短で、どちらにも優れた部分とそうでない部分がある、と思っている。

 陸軍はその数の多さで敵を包囲して降伏に追い込んだり、占領地を統治するのに適している一方、魔導士は野戦などで数の多い敵を一度に殲滅することに向いているし、補助魔法を使えば、それほど人数を避けない作戦にも向いている。

「珍しいな、ジュリアがやってくるなんて」

 キザったらしい声に、ジュリアは足を止めた。
 魔導士という存在そのものに関して悪い感情は一切抱いていないジュリアだが、どうしても好きになれない魔導士は存在する。

「マクシミリアン」

 思わず視線が鋭くなってしまう。

「ジュリア」

 肩に掛かるくらいの紫色のロン毛を揺らした男は他の魔導士たちがそうであるように軍服を着崩し、胸元を大きく開けている。
 目鼻立ちこそ整っているが、同じ端正さでも目の前の男にはギルフォードのような厳格さはなく、廃退的なものを漂わせる。
 ジュリア、ギルフォードの同期であり、魔導士部隊を率いる将軍の一人、マクシミリアン・フォン・パウゼン。

 パウゼン伯爵家は官僚派の重鎮であるが、その跡継ぎには魔法の素養があったらしく、こうして魔導士として軍に所属していた。

「久しぶりだな。先の戦いで共同作戦を行って以来か?」

 マクシミリアンはギルフォードに負けず劣らず女子人気が高いが、優雅な笑みの裏に毒々しさを感じるような気がして、ジュリアは士官学校時代からどうしても好きになれない。

「……そうね」
「おいおい、そんな睨まなくてもいいだろ。久しぶりの同期との再会なんだから。それより、陸軍の将軍がこっちに何の用なんだ?」
「ギルに会いに来ただけよ」
「へえ。どうして?」
「本人に直接言うから平気よ。それで、どいてくれる?」
「おっと、悪いな」

 苦笑いしたマクシミリアンは脇へどいて、道を譲ってくれた。

「あ、待ってくれ。今度、食事でもどうだ?」
「ごめんなさい。忙しいの」

 考えるまでもなく即答すると、マクシミリアンは「つれないなぁ」と笑う。断られているのに笑うなんて、ジュリアを馬鹿にしている証拠だ。

「食事をする女性には困っていないんだから別の人を誘えばいいわ」
「俺は君とが、いいんだよ」
「私はあなたとは食べたくないの」

 それじゃ、とジュリアは背中に彼のねっとりとした視線を感じながら、足早にその場から立ち去った。
 ジュリアはギルフォードの部屋の扉をノックする。

「私よ」
「……入れ」

 かすかな溜息と一緒に声が返ってきた。

「ちょっと、それは規約に抵触しないの?」

 部屋に入るなり、ジュリアは思わず声をあげてしまう。
 ギルフォードは優雅に足を組みながら巻物を見ているかたわらで、決済印が勝手にインクをつけ、書類に判を押す。決済された書類はこれまた独りでに決済箱に入り、書類の山から新しい書類が机に置かれ、印鑑が押され――というのを繰り返している。

「何が問題だ」
「書類もちゃんと見ずに決済をしているところ」
「そんなわけないだろう。ちゃんと書類は読み取ってミスがないか確認した上でやっている」
「……魔法の無駄遣い」
「有効活用と言え。ただでさえ魔導士は人員が少ない。こうして魔法を使えば、書類作業に時間を取られなくて済む」
「久しぶりに魔法が羨ましく思えた……。じゃあ、ギルは何をしてるの?」
「俺がかかってる術式の解析だ」
「進捗はどう?」
「駄目だ」

 なるほど。眉間の皺がそれを物語っている。

「ギルにも難しいの?」
「自分で作ったのならいざ知らず、他人の編んだ術式の解析ほど難しいし、特にあの変態の術式は特に、だ。あいつ、戻ってきたら殺してやる」
「そっか……。女性との接触は?」
「してない。そもそも魔導士部隊は女が少ない。そうそう遭遇することはない」
「それなら、良かった」

 ジュリアはほっと胸を撫で下ろす。

「何の用だ?」
「様子を見がてら、お昼を一緒にどうかなって思ったの。これ、購買で買ってきたわ。昼を食べに行く時に女性と遭遇して、何かあっても大変だろうし」
「何を買ったんだ?」
「総菜系やデザート系のパンをバランスよく」
「そこに置いといてくれ」

 ジュリアは言われた通り袋をテーブルに置くと、自分の分を食べ始める。

「なんでここで食うんだ」
「そりゃ、お腹空いてるし?」
「外で食べろ」
「ギルの邪魔はしないから」

 一緒の空間にいれば、こうして会話ができる。
 ギルフォードがかかっている魅了魔法によって彼の評判が地に落ちないようサポートしたり、時には朝のようにガス抜きを手伝ったりすることも大切な務めだと思っているが、昔のような関係を少しでも取り戻すというサブの目的もあったりする。

 ギルフォードがじろりと目を向けてくる。

「で? どうしてお前はそんなに苛立ってる?」
「……別に苛立ってなんかないけど」
「部屋に入って来た時、足音が少し大きかった」

 ジュリアとしてはそんな自覚はなかったから、驚いてしまう。
 心当たりは一つしかない。

「マクシミリアンと鉢合わせたからかな」
「相変わらず仲が悪いのか」
「ギルだって好きじゃないでしょ」
「別に。あんなやつに何かを思ったことなんてない。向こうが突っかかってくるから相手をしているだけだ」

 ギルフォードが本当に何も思っていなければ無視するだろうから、相手をしているだけで気に入らないことは分かる。
 学生時代から二人は魔法学の双璧と言われるくらい、競い合っている姿ばかり記憶に残っていた。

 ギルフォードとマクシミリアンは士官学校のツートップと言われるほどの美形二人の勝負は士官学校にとどまらず、貴族令嬢たちがわざわざ観戦に来るくらいだった。

 しかし二人がどうしてそこまで競り合う関係になったのかを、ギルフォードと疎遠だったジュリアは分からない。

「それで、あいつに何かされたのか?」
「別に何もされてないわ。ただいつもの軽口を叩かれただけ。一緒に食事にでもどうかって」
「……行くのか?」
「まさか。断ったわよ」
「フン、あいつも俺ほどじゃないが軍人としての才覚は申し分もない。おまけに未婚だ。狙い目、じゃないのか?」
「マクシミリアンは伯爵家の当主よ。婿になんてできないし、仮に次男で嫌よ」

 どうして自分を小馬鹿にしているような相手と結婚しなければならないのか。
 そんな話をしているうちに、昼休憩が終わる。
 ジュリアは席を立った。

「夕方くらいにまた来るから」
「来なくていい。仕事が終わったらさっさと帰る」
「テレポートは厳禁だって……!」
「屋敷に戻るなら必要ないだろう」
「あ、それもそっか」
「だから、いちいちつきまとうな」
「……ごめん。でも、これでも今回のことには私なりに責任を感じてるのよ。だから少しでも協力したくて」

 大きく舌打ちをされた。

「お前が責任を感じることなんてないだろ。お前は何もしてない」

 これはもしかして、ギルフォードなりに励ましてくれているのだろうか。

「あ、ありがとう?」
「何の礼だ」

 たとえこうして軽口を叩き合うのが魅了魔法が解けるまでの僅かな間だったとしても、大切したい。

「じゃ、また屋敷でね」

 ◇◇◇

 仕事は夕方くらいに終わった。昨日、かなりの量を片付けたおかげかもしれない。

 ――これだったらギルと夕食を食べられるわね。

 そんなことを思っていると、「失礼いたします」と事務員が訪ねてきた。

「パメラ様がいらっしゃっていますが、お通ししてもよろいしいでしょうか?」
「パメラが? もちろん」

 パメラ・フォン・プリメナ。
 プリメナ子爵家の令嬢で、友人が少ないジュリアの親友だ。
 元々は士官学校の同期がパメラの兄で、その縁で知り合ったのだ。

 実家は銀行業を営んでおり、国の事業へ多額の資金を寄付した功績が認められ、爵位を賜ったのだ。本人は生粋の貴族でないことを後ろめたく感じているが、貴族の礼儀作法を身につけようと頑張っている姿はまさに貴族に相応しいと思う。

 貴族は血ではなく、姿勢だとジュリアは思っている。血統にのみあぐらをかいている貴族が多い中で、パメラは真っ当な令嬢だ。

「やっほ~」

 ひょこっとパメラが顔を出してくれると、ジュリアは自然と笑顔になる。

「ジュリア、そろそろ仕事が終わるかなって来てみたの」
「ちょうど良かった。今終わったところ」
「じゃあ、これから一緒に夕食をどう?」

 まさに物語の世界から飛び出してきたような、ふわふわでファンシーな少女。
 ローズピンクの腰に届く暗い長い髪はゆるく波打ち、円らな瞳は美しいエメラルド。
 線が細くて、フリルをたっぷりつかったドレスがよく似合う。
 武骨で地味な軍服姿のジュリアと、同じ女性というカテゴリーで大丈夫なのかと思ってしまう。

「じゃ、行こ。実は、報告があるの!」

 パメラが腕に飛びついて引っ張っていく。

「へえ、何?」
「それはレストランに行ってからのお楽しみっ」

 無邪気に笑うパメラに、ジュリアは口元を緩めた。

 ――パメラの笑顔、癒やされる。

 きっと妹がいたらこんな感じだろう。
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