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17 皇太子とのお茶会
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翌日、ジュリアはいつもより早めに起床すると身支度を調えて一階へ下りると、食堂を覗く。セバスが銀食器を磨いているところだった。
「おはようございます。ジュリア様」
「おはよう、セバス」
「申し訳ございません。まだ朝食の準備にはお時間が……」
「それはいいの。ギルは?」
「まだお休みになられているかと。お坊ちゃまにご用でございますか?」
「ううん、セバスに。ギルには聞かれたくないから」
「なんでございましょうか」
「ここじゃなんだから……」
セバスは男性使用人に仕事を任せると、ジュリアと一緒に他人に漏れることがないよう応接室に移動する。
「ギルの片思いを成就させる手助けがしたいの。私は……ギルとは長く交流がなかったし、その相手にまったく見当がつかないの。ギルの片思いの相手が誰だか分かる? もしかしたら屋敷に連れて来たことがあるかもしれないし」
セバスは唖然とした顔をしている。
たしかにあのギルフォードが片思いをしているということは、幼い頃から仕えているセバスにとっては衝撃的だろう。あの女には一生不自由しない大陸一の魔導士を袖にする人間が存在するのだから。
「お坊ちゃまが片思い、でございますか」
「そう。ドレスを贈ってる相手だってことは分かってる。驚きじゃない? あのギルからプレゼントを贈られても靡かないなんて。相当、男の趣味が悪いか、絶望的に鈍いかのどちらかだと思うわ!」
「はあ、なるほど……鈍い、でございますか」
セバスは微妙な顔をしながら、チラチラとジュリアのことを気にする。
――私には言いにくい相手なの?
「うぅ、お坊ちゃま……」
「セバス!?」
いきなりセバスが泣き出したからジュリアは慌てて、ハンカチを差し出すが、「だ、大丈夫でございます」とセバスは自分のハンカチで涙を拭く。
「申し訳ございません。つい取り乱してしまって」
「大丈夫?」
「え、ええ、まあ……協力したのは山々なのですが、残念ながら、私も存じないのです」
「そうなのね……」
幼い頃から信頼するセバスにも黙っているということはやっぱり、それだけ言いにくい相手ということなのだろう。
ジュリアは仕事を中断させてしまったことを謝り、応接間から出た。
――ギルと親しい人がいればいいんだけど、そんな人に思いあたる節がない……皇太子殿下? でも
さすがに気安くお会いするわけにもいかないし。
そんな折、ジュリアとギルフォードたちは伯爵逮捕の功績を評価され、皇太子からお茶会に招待されることになった。
◇◇◇
皇宮に招かれるのは初めてのことで、ジュリアは緊張を隠せない。
今は案内された皇宮内の応接室で皇太子を待っているのだが、ソファーに深く腰かけてくつろいでいるギルフォードとは打って変わって、ジュリアはソファーに浅く座って落ち着かない。
「ギル、私、変じゃない?」
「問題ない」
「そっか、ありがとう。ギルのほうは? 魅了魔法のほうは……」
「大丈夫だ」
「ほ、本当に? 念の為に私に抱きついて衝動を発散しておいたほうが」
「必要ない」
そこへクロードが現れた。
穏やかな笑みを浮かべる。
「よく来てくれたね、二人とも」
「皇太子殿下」
ジュリアたちは最敬礼をする。
「堅苦しいのは好きじゃないから、二人とも楽にして。今日は功績を評してという建前だけど、友人として招いてるんだから」
「ゆ、友人!? それはさすがに」
「ギルフォードの友人は僕にとっても大切な存在だからね」
クロードは爽やかに微笑みかけてくる。
――皇太子殿下にここまで言って頂けるなんて!
恐縮してしまうけれど、誇らしくもあった。
「ふむ、やっぱり駄目か」
「え?」
「いやあ、ぜんぜん靡いてくれないなあと思って。前にも言ったと思うけど、笑顔には自信があるんだよねえ」
ギルフォードが咳払いをする。
「殿下、くだらない戯れはそこまでにしてください。ジュリアが混乱しています」
「???」
ジュリアは頭にハテナをいっぱい作る。
クロードは「ごめんごめん」と軽く謝る。
「将軍」
「ジュリアで結構です」
「そう。じゃあ、ジュリア。君は伴侶を見つけようと奮闘しているようだけど本当?」
「は、はい。婿探しに」
「なかなか決まらないと話を聞いたけど」
「え、殿下のお耳にまで?」
「うん」
――恥ずかしい……!
ジュリアは俯いてしまう。
「そ、そうですね……あまりうまくいってないのかな」
「かなり望みが高いのか、面食いなのか。ま、すぐそばに中身はともかく、帝国で二番目の美形のギルフォードをいるのだからしょうがないかもしれないけど」
「に、二番目?」
「一番目は僕だからね」
皇太子からの突然のウィンクに、ジュリアは咄嗟にどう反応していいか分からない。
「笑えませんね、色々と」
ギルフォードがぽつりと突っ込む。
「ちょっとギル! あなた、なんてことを……」
「いいんだ。いつものことだからさ」
クロードはしかし機嫌良さそうに笑った。
舞踏会のこともそうだが、二人はかなり距離が近いらしい。
「政略結婚とはいえ、愛する相手と結婚したいという気持ちがあるのかな」
「……どうなんでしょう」
「自分の気持ちが分からない?」
「……私は人を好きになったことがないんです」
クロードはもちろんだが、ギルフォードまでジュリアを見てくる。
「本当に? 子どもの頃にも?」
「やっぱりおかしいですよね。でも本当なんです。だから、お見合いがうまくいかないのはきっとそのせいでもあるんです。あ、申し訳ありません。こんな変な話をしてしまって」
「いや、構わない。私こそ嫌なことを言わせてしまって申し訳ない」
「いえ! 殿下が謝るようなことではございません! 私が変わってるというだけですから!」
クロードはにこりと優しげに微笑んだ。
「今まで誰かを好きにならなくても、これから好きになればいい。この国を守っている運命神がきっと、運命の恋へ導いてくださるはずだよ」
すぐそばにギルフォードがいるから、彼の片思いの相手についてはやっぱり聞けないままお茶会はお開きになった。
「まったく。皇太子というのは忙しくて困る。我が国の英雄たちと満足に語らうこともできないんだから。また招待するよ」
「あ、ありがとうございます……っ」
ジュリアは頭を下げ、ギルフォードと一緒に歩き出そうとるが、呼び止められた。
「ギルフォード、悪いけど、先に馬車に戻っていてくれないか。もう少しジュリアと話したい」
「残念ながら承伏できません」
「皇太子の命令でも?」
「…………」
目は口ほどにものを言う、を地でいくギルフォードは相手が皇太子でも構わず、今にも噛みつかんばかりに不満を訴えるが、最終的にクロードから犬でも追い払うように「シッシッ」と手でされ、引き下がった。
「殿下、それでお話とは」
「それはこちらの台詞だ」
「え?」
「お茶の間中、何か言いたそうな顔で僕を見ていただろう。それが気になってね」
「! そ、そのためにわざわざ?」
「僕はギルフォードはもちろんだけど、ジュリア、君に対してもとても興味がある」
クロードは屈託なく微笑んだ。
わざわざ時間を作ってくれたのだ。正直くだらない話だが、躊躇ってる時間はない。
「殿下は、ギルの片思いの相手を知りませんか?」
クロードは小さく吹き出す。
「まったく、ギルフォードもそうだけど、君も僕を飽きさせないな。そんなことを聞きたかったの?」
「……すみません」
笑われて当然のことに、頬が熱くなってしまう。
「あのギルが片思い? 本当に?」
「そうだと思います」
「申し訳ないが、分からないな。あれの口から聞いた女性の話といえば、君のことだけだから」
「私のことを?」
「ああ」
用人が恐縮した顔で、「殿下、もうさすがに……」と促す。
「残念。ここまでのようだ。とにかく僕には分からない。そんなに気になるなら本人に聞くのが一番だ。じゃあ、またね」
ジュリアは深々と頭を下げ、クロードを見送った。
ジュリアは別の使用人に皇宮の外まで案内してもらう。
馬車の前にギルフォードが冷ややかな眼差しで立っていた。
「ごめん、待たせちゃって」
「何の話をした?」
「大したことじゃないわ」
「大したことじゃないなら、言えるだろう」
「……も、もし良かったらお見合い相手を紹介しようかって」
さすがにギルフォードの片思いの相手を聞いたとは言えない。
「承諾したのか?」
「まさか。丁重にお断りしたわ。殿下から紹介されたら、結婚しないわけにいかなくなっちゃうから」
即席の嘘にしてはよく出来ていると思う。
ギルフォードもそれで納得してくれたようで、馬車に乗り込んだ。
「殿下にも困ったものだ」
と、ぽつりと呟いて。
――殿下も知らないなんて、ギルってば秘密主義なんだから。
「おはようございます。ジュリア様」
「おはよう、セバス」
「申し訳ございません。まだ朝食の準備にはお時間が……」
「それはいいの。ギルは?」
「まだお休みになられているかと。お坊ちゃまにご用でございますか?」
「ううん、セバスに。ギルには聞かれたくないから」
「なんでございましょうか」
「ここじゃなんだから……」
セバスは男性使用人に仕事を任せると、ジュリアと一緒に他人に漏れることがないよう応接室に移動する。
「ギルの片思いを成就させる手助けがしたいの。私は……ギルとは長く交流がなかったし、その相手にまったく見当がつかないの。ギルの片思いの相手が誰だか分かる? もしかしたら屋敷に連れて来たことがあるかもしれないし」
セバスは唖然とした顔をしている。
たしかにあのギルフォードが片思いをしているということは、幼い頃から仕えているセバスにとっては衝撃的だろう。あの女には一生不自由しない大陸一の魔導士を袖にする人間が存在するのだから。
「お坊ちゃまが片思い、でございますか」
「そう。ドレスを贈ってる相手だってことは分かってる。驚きじゃない? あのギルからプレゼントを贈られても靡かないなんて。相当、男の趣味が悪いか、絶望的に鈍いかのどちらかだと思うわ!」
「はあ、なるほど……鈍い、でございますか」
セバスは微妙な顔をしながら、チラチラとジュリアのことを気にする。
――私には言いにくい相手なの?
「うぅ、お坊ちゃま……」
「セバス!?」
いきなりセバスが泣き出したからジュリアは慌てて、ハンカチを差し出すが、「だ、大丈夫でございます」とセバスは自分のハンカチで涙を拭く。
「申し訳ございません。つい取り乱してしまって」
「大丈夫?」
「え、ええ、まあ……協力したのは山々なのですが、残念ながら、私も存じないのです」
「そうなのね……」
幼い頃から信頼するセバスにも黙っているということはやっぱり、それだけ言いにくい相手ということなのだろう。
ジュリアは仕事を中断させてしまったことを謝り、応接間から出た。
――ギルと親しい人がいればいいんだけど、そんな人に思いあたる節がない……皇太子殿下? でも
さすがに気安くお会いするわけにもいかないし。
そんな折、ジュリアとギルフォードたちは伯爵逮捕の功績を評価され、皇太子からお茶会に招待されることになった。
◇◇◇
皇宮に招かれるのは初めてのことで、ジュリアは緊張を隠せない。
今は案内された皇宮内の応接室で皇太子を待っているのだが、ソファーに深く腰かけてくつろいでいるギルフォードとは打って変わって、ジュリアはソファーに浅く座って落ち着かない。
「ギル、私、変じゃない?」
「問題ない」
「そっか、ありがとう。ギルのほうは? 魅了魔法のほうは……」
「大丈夫だ」
「ほ、本当に? 念の為に私に抱きついて衝動を発散しておいたほうが」
「必要ない」
そこへクロードが現れた。
穏やかな笑みを浮かべる。
「よく来てくれたね、二人とも」
「皇太子殿下」
ジュリアたちは最敬礼をする。
「堅苦しいのは好きじゃないから、二人とも楽にして。今日は功績を評してという建前だけど、友人として招いてるんだから」
「ゆ、友人!? それはさすがに」
「ギルフォードの友人は僕にとっても大切な存在だからね」
クロードは爽やかに微笑みかけてくる。
――皇太子殿下にここまで言って頂けるなんて!
恐縮してしまうけれど、誇らしくもあった。
「ふむ、やっぱり駄目か」
「え?」
「いやあ、ぜんぜん靡いてくれないなあと思って。前にも言ったと思うけど、笑顔には自信があるんだよねえ」
ギルフォードが咳払いをする。
「殿下、くだらない戯れはそこまでにしてください。ジュリアが混乱しています」
「???」
ジュリアは頭にハテナをいっぱい作る。
クロードは「ごめんごめん」と軽く謝る。
「将軍」
「ジュリアで結構です」
「そう。じゃあ、ジュリア。君は伴侶を見つけようと奮闘しているようだけど本当?」
「は、はい。婿探しに」
「なかなか決まらないと話を聞いたけど」
「え、殿下のお耳にまで?」
「うん」
――恥ずかしい……!
ジュリアは俯いてしまう。
「そ、そうですね……あまりうまくいってないのかな」
「かなり望みが高いのか、面食いなのか。ま、すぐそばに中身はともかく、帝国で二番目の美形のギルフォードをいるのだからしょうがないかもしれないけど」
「に、二番目?」
「一番目は僕だからね」
皇太子からの突然のウィンクに、ジュリアは咄嗟にどう反応していいか分からない。
「笑えませんね、色々と」
ギルフォードがぽつりと突っ込む。
「ちょっとギル! あなた、なんてことを……」
「いいんだ。いつものことだからさ」
クロードはしかし機嫌良さそうに笑った。
舞踏会のこともそうだが、二人はかなり距離が近いらしい。
「政略結婚とはいえ、愛する相手と結婚したいという気持ちがあるのかな」
「……どうなんでしょう」
「自分の気持ちが分からない?」
「……私は人を好きになったことがないんです」
クロードはもちろんだが、ギルフォードまでジュリアを見てくる。
「本当に? 子どもの頃にも?」
「やっぱりおかしいですよね。でも本当なんです。だから、お見合いがうまくいかないのはきっとそのせいでもあるんです。あ、申し訳ありません。こんな変な話をしてしまって」
「いや、構わない。私こそ嫌なことを言わせてしまって申し訳ない」
「いえ! 殿下が謝るようなことではございません! 私が変わってるというだけですから!」
クロードはにこりと優しげに微笑んだ。
「今まで誰かを好きにならなくても、これから好きになればいい。この国を守っている運命神がきっと、運命の恋へ導いてくださるはずだよ」
すぐそばにギルフォードがいるから、彼の片思いの相手についてはやっぱり聞けないままお茶会はお開きになった。
「まったく。皇太子というのは忙しくて困る。我が国の英雄たちと満足に語らうこともできないんだから。また招待するよ」
「あ、ありがとうございます……っ」
ジュリアは頭を下げ、ギルフォードと一緒に歩き出そうとるが、呼び止められた。
「ギルフォード、悪いけど、先に馬車に戻っていてくれないか。もう少しジュリアと話したい」
「残念ながら承伏できません」
「皇太子の命令でも?」
「…………」
目は口ほどにものを言う、を地でいくギルフォードは相手が皇太子でも構わず、今にも噛みつかんばかりに不満を訴えるが、最終的にクロードから犬でも追い払うように「シッシッ」と手でされ、引き下がった。
「殿下、それでお話とは」
「それはこちらの台詞だ」
「え?」
「お茶の間中、何か言いたそうな顔で僕を見ていただろう。それが気になってね」
「! そ、そのためにわざわざ?」
「僕はギルフォードはもちろんだけど、ジュリア、君に対してもとても興味がある」
クロードは屈託なく微笑んだ。
わざわざ時間を作ってくれたのだ。正直くだらない話だが、躊躇ってる時間はない。
「殿下は、ギルの片思いの相手を知りませんか?」
クロードは小さく吹き出す。
「まったく、ギルフォードもそうだけど、君も僕を飽きさせないな。そんなことを聞きたかったの?」
「……すみません」
笑われて当然のことに、頬が熱くなってしまう。
「あのギルが片思い? 本当に?」
「そうだと思います」
「申し訳ないが、分からないな。あれの口から聞いた女性の話といえば、君のことだけだから」
「私のことを?」
「ああ」
用人が恐縮した顔で、「殿下、もうさすがに……」と促す。
「残念。ここまでのようだ。とにかく僕には分からない。そんなに気になるなら本人に聞くのが一番だ。じゃあ、またね」
ジュリアは深々と頭を下げ、クロードを見送った。
ジュリアは別の使用人に皇宮の外まで案内してもらう。
馬車の前にギルフォードが冷ややかな眼差しで立っていた。
「ごめん、待たせちゃって」
「何の話をした?」
「大したことじゃないわ」
「大したことじゃないなら、言えるだろう」
「……も、もし良かったらお見合い相手を紹介しようかって」
さすがにギルフォードの片思いの相手を聞いたとは言えない。
「承諾したのか?」
「まさか。丁重にお断りしたわ。殿下から紹介されたら、結婚しないわけにいかなくなっちゃうから」
即席の嘘にしてはよく出来ていると思う。
ギルフォードもそれで納得してくれたようで、馬車に乗り込んだ。
「殿下にも困ったものだ」
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――殿下も知らないなんて、ギルってば秘密主義なんだから。
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