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恋の貴公子 篇
45:イライラ
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「ジクムント、帰ってたたのかい? 早かったね。もう少しのんびりしてくると思ったけれど……」
扉が開いて顔をみせたのは、エリオットだった。
ジクムントはベッドに横になっていた。
空はようやく茜色に染まりつつあったが、日が沈むまではまだ時間がある。
「あっ?」
「もう眠たくなったのかい?」
「……関係ねーだろ」
「きみが殺気を漂わせて帰って来たと兵士たちがざわついていたよ。挨拶をしただけで殺されそうに睨まれたって……。
もしかしてエイシス様と喧嘩かい?」
「っるせえ」
「なるほど。図星みたいだね」」
「用がねえなら帰れ」
ジクムントは寝返りを打つフリをして、背中を向ける。
「話しくらいなら聞くけど?」
「帰れ」
しかし背中ごしに感じるエリオットはジクムントの威嚇などものともせず椅子に腰掛ける。完全に長居するつもりらしい。
「――まあ、話したくないならいいんだけど。僕には用があるよ。
今日、仕事だからね。
急な話で悪いんだけどパーティー会場を特定したから襲撃するから参加してくれ。詳細を書いたものはここにおいておくから」
「急? 偵察からの情報は逐一入ってんだろ。よく言う。最初から俺にてめえの仕事を請け負わせるつもりで作業を進めてたんだろ」
「言葉にするとそうなるかもしれないね」
少しは繕えと文句の一つもいいたくなるが、こいつに何を言っても無駄なことは分かってる。
「ああ」
了承したが、エリオットはなかなか去ろうとはしない。
「どうせ、きみがエイシス様に何かしたんだとは思うけれど……こういうことはね、早めに解決しておかないと、お互い、顔を合わせにくくなっては困るだろう?
そういう小さいことから別れてしまうことだって珍しいことじゃないよ」
その声はかすかに笑みを含んでいた。
「喧嘩なんてしてねえ」
ジクムントは我慢ならなくなって振り返った。
「そうかい? ならいいんだけど……」
ねえ、と流し目を送られる。
グッと拳を握りしめる。
こんやつに後々まで言われそうなネタを提供するのは癪だが、頭にはエイシスの曇った顔がいつまでも去らないでいるのも確かだった。
「一般論だが……」
「ん?」
「貴族っていうのは恋愛をしないのか」
なんだかんだこんなやつに相談めいたことをしてしまっていることが腹立たしかったが、仕方がない。
「そうかそうか、きみも人並みにそういうことで悩むようになったんだね」
「悩んでるわけじゃない。一般論だと言っただろ」
「ま、そういうことにしておこう」
エリオットはそう軽口をたたく。
そのすべてを自分は分かっているとでも言いたげな余裕綽々な顔が気に入らない――ジクムントの後悔は加速する。
「まあ、僕たち一般庶民のようにカレシカノジョというのはないだろうね。
そんな中途半端な関係はそもそも家柄として許されないだろう、婚約者フィアンセというのはいるだろうけれど……。
恋愛はあってなきがごときもの、特に女性にとってはね」
「そういうものか……」
「フられて傷物になった、なんてことになれば、貴族社会としてはなかなかね。僕らのようにこじれて別れたから次の相手、とはなかなかいかないよ。
まあ、結婚したあとは愛人はいるだろうけど。
それも身分が上のものが下のものを慈しむ……まあ、お遊びの延長戦のもので恋愛とはほど遠いかな」
「……そういうもの、か」
「しかしさすがの黒狼も、恋愛ごとには形無しのようだね。フフ」
「しつこいぞ。俺は何も悩んでない。……ただ少し、疑問に思っただけだ」
こんなやつに優位にたたられるのが癪でせめて少しでも抵抗をと思っても、言葉を重ねるごとに自分が劣勢にたたされているのを自覚させられるだけだった。
「おおかた、きみとの関係を恋人だ、そう断言してもらえなかったのが悔しかった……かな?」
「見てたのか……っ」
思わず、ベッドから立ち上がり、睨んだが、エリオットは苦笑するばかりでまったく動じない。
「見なくても分かるよ」
「…………っ」
「でも、きみはそういう家柄のお嬢さんと恋人同士なんだろう? 彼女を責めたりは、しなかっただろうね」
「…………………してない」
「ジクムント、きみのことだから、どうせ不機嫌さを隠さなかったんだろう。ああ、彼女のいたたまれなさが目に浮かぶようだよ……。
いいかい?
彼女は辺境の森で暮らしてはいても立派な貴族のご令嬢。
生まれてからずっと貴族社会で生きてきたんだ。僕らとは違う。そういうことを自覚するべきだよ。
つまらないことで別れたらもったいない」
「余計なお世話だ」
「ま、ともかく。
今夜が仕事だからね、ふてくされたり自己嫌悪にひたるのは勝手だけど、忘れないでくれよ」
「出てけ」
ジクムントが言うと、「はいはい」とエリオットは悠々と部屋を出て行く。
ジクムントは舌打ちをして、ベッドに仰向けに寝転がった。
(ふてくされたり、自己嫌悪……バカらしい。なんで俺がそんな気分にならなきゃならないんだ)
しかしエイシスの顔を思い浮かべると、胸のもやもやが強くなる。
重たい沈黙の空気を引きずったまま別れてしまったことだけは、後悔――いや、心残りではあった。
ジクムントは何度も話しかけようと思いはしたが、特に話題もなかった。だから黙っていた。
別に、エイシスの言動に問題があったわけじゃない。
それが結果的に悪循環となって、ジクムントがさも怒っているようにエイシスに受け取られてしまった。
エイシスがあの男ドモと何をはなしていたかなんてどうでもよかった。だから何も聞かなかったのだ。
だから、ジクムントに問題はない。もちろんエイシスにも。
(……エリオットのやつ、知った口を利きやがって……)
「くそッ」
半ば八つ当たり気味とは気づかず、ジクムントは吐き捨てた。
扉が開いて顔をみせたのは、エリオットだった。
ジクムントはベッドに横になっていた。
空はようやく茜色に染まりつつあったが、日が沈むまではまだ時間がある。
「あっ?」
「もう眠たくなったのかい?」
「……関係ねーだろ」
「きみが殺気を漂わせて帰って来たと兵士たちがざわついていたよ。挨拶をしただけで殺されそうに睨まれたって……。
もしかしてエイシス様と喧嘩かい?」
「っるせえ」
「なるほど。図星みたいだね」」
「用がねえなら帰れ」
ジクムントは寝返りを打つフリをして、背中を向ける。
「話しくらいなら聞くけど?」
「帰れ」
しかし背中ごしに感じるエリオットはジクムントの威嚇などものともせず椅子に腰掛ける。完全に長居するつもりらしい。
「――まあ、話したくないならいいんだけど。僕には用があるよ。
今日、仕事だからね。
急な話で悪いんだけどパーティー会場を特定したから襲撃するから参加してくれ。詳細を書いたものはここにおいておくから」
「急? 偵察からの情報は逐一入ってんだろ。よく言う。最初から俺にてめえの仕事を請け負わせるつもりで作業を進めてたんだろ」
「言葉にするとそうなるかもしれないね」
少しは繕えと文句の一つもいいたくなるが、こいつに何を言っても無駄なことは分かってる。
「ああ」
了承したが、エリオットはなかなか去ろうとはしない。
「どうせ、きみがエイシス様に何かしたんだとは思うけれど……こういうことはね、早めに解決しておかないと、お互い、顔を合わせにくくなっては困るだろう?
そういう小さいことから別れてしまうことだって珍しいことじゃないよ」
その声はかすかに笑みを含んでいた。
「喧嘩なんてしてねえ」
ジクムントは我慢ならなくなって振り返った。
「そうかい? ならいいんだけど……」
ねえ、と流し目を送られる。
グッと拳を握りしめる。
こんやつに後々まで言われそうなネタを提供するのは癪だが、頭にはエイシスの曇った顔がいつまでも去らないでいるのも確かだった。
「一般論だが……」
「ん?」
「貴族っていうのは恋愛をしないのか」
なんだかんだこんなやつに相談めいたことをしてしまっていることが腹立たしかったが、仕方がない。
「そうかそうか、きみも人並みにそういうことで悩むようになったんだね」
「悩んでるわけじゃない。一般論だと言っただろ」
「ま、そういうことにしておこう」
エリオットはそう軽口をたたく。
そのすべてを自分は分かっているとでも言いたげな余裕綽々な顔が気に入らない――ジクムントの後悔は加速する。
「まあ、僕たち一般庶民のようにカレシカノジョというのはないだろうね。
そんな中途半端な関係はそもそも家柄として許されないだろう、婚約者フィアンセというのはいるだろうけれど……。
恋愛はあってなきがごときもの、特に女性にとってはね」
「そういうものか……」
「フられて傷物になった、なんてことになれば、貴族社会としてはなかなかね。僕らのようにこじれて別れたから次の相手、とはなかなかいかないよ。
まあ、結婚したあとは愛人はいるだろうけど。
それも身分が上のものが下のものを慈しむ……まあ、お遊びの延長戦のもので恋愛とはほど遠いかな」
「……そういうもの、か」
「しかしさすがの黒狼も、恋愛ごとには形無しのようだね。フフ」
「しつこいぞ。俺は何も悩んでない。……ただ少し、疑問に思っただけだ」
こんなやつに優位にたたられるのが癪でせめて少しでも抵抗をと思っても、言葉を重ねるごとに自分が劣勢にたたされているのを自覚させられるだけだった。
「おおかた、きみとの関係を恋人だ、そう断言してもらえなかったのが悔しかった……かな?」
「見てたのか……っ」
思わず、ベッドから立ち上がり、睨んだが、エリオットは苦笑するばかりでまったく動じない。
「見なくても分かるよ」
「…………っ」
「でも、きみはそういう家柄のお嬢さんと恋人同士なんだろう? 彼女を責めたりは、しなかっただろうね」
「…………………してない」
「ジクムント、きみのことだから、どうせ不機嫌さを隠さなかったんだろう。ああ、彼女のいたたまれなさが目に浮かぶようだよ……。
いいかい?
彼女は辺境の森で暮らしてはいても立派な貴族のご令嬢。
生まれてからずっと貴族社会で生きてきたんだ。僕らとは違う。そういうことを自覚するべきだよ。
つまらないことで別れたらもったいない」
「余計なお世話だ」
「ま、ともかく。
今夜が仕事だからね、ふてくされたり自己嫌悪にひたるのは勝手だけど、忘れないでくれよ」
「出てけ」
ジクムントが言うと、「はいはい」とエリオットは悠々と部屋を出て行く。
ジクムントは舌打ちをして、ベッドに仰向けに寝転がった。
(ふてくされたり、自己嫌悪……バカらしい。なんで俺がそんな気分にならなきゃならないんだ)
しかしエイシスの顔を思い浮かべると、胸のもやもやが強くなる。
重たい沈黙の空気を引きずったまま別れてしまったことだけは、後悔――いや、心残りではあった。
ジクムントは何度も話しかけようと思いはしたが、特に話題もなかった。だから黙っていた。
別に、エイシスの言動に問題があったわけじゃない。
それが結果的に悪循環となって、ジクムントがさも怒っているようにエイシスに受け取られてしまった。
エイシスがあの男ドモと何をはなしていたかなんてどうでもよかった。だから何も聞かなかったのだ。
だから、ジクムントに問題はない。もちろんエイシスにも。
(……エリオットのやつ、知った口を利きやがって……)
「くそッ」
半ば八つ当たり気味とは気づかず、ジクムントは吐き捨てた。
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とても楽しく読みました。エイシスの魔法は、特別なんですね。エイシス達の恋愛は、大変そうです。 この頃朝晩涼しくなってきました。お身体に気をつけて頑張ってください。次の更新お待ちしております。