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1章 麦味噌の記憶 〜つみれと大根とほんのり生姜〜

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 不幸というのは、どうして重なるのだろう。
 神様は惨い運命を用意していると、つくづく実感した。
 翔と別れてから一週間後、アキのスマホに警察から連絡があった。

「父が……死んだ?」

 大学を卒業してから一人暮らしを始め、アキは父と意図的に距離を取っていた。
 同じ東京に住んでいるとはいえ、連絡を取ることを控えていたのだ。
 父への愛情を感じることができず、そればかりかアキの不幸な人生はほとんど父のせいだと、恨みを抱いていた。
 もし父が離婚せず、普通の家庭として生きていけていたら、こんな辛いばっかりの人生ではなかったはず。
 だから父のことはなるべく考えないようにしていたのに……まさかの知らせだった。

「おい胡桃! 落ち込んでいる暇なんてないぞ! お前が忌引き休暇でいなかったせいで仕事が溜まってるんだ。今すぐクライアントのところ行ってこい!」

 お通夜や葬式などを諸々済ませて、まだ父の死も受け入れられていない状態なのに、上司は容赦がなかった。
 精神的に疲弊しているのに、身も心も休む暇がない。
 父の死は、思っていたよりもダメージが大きかった。

「恋人との別れ、父親の死、そして上司からのパワハラ……あなた大変だったわね」

 そう言って、サリがコップ一杯の水をアキに渡す。
 アキは俯きながら「辛かったです」と漏らした。
 猫神様が同情するように溜息を吐く。そのままアキの眼前まで行って、低い声で聞いた。

「それで、ここに来たってか」

 心の整理がつかなくなって、いよいよ会社を休んでしまった。
 色んなことから逃げたいと思っていた時に、春風からメッセージが入ってこの食堂に来た。
 そういう流れだった。

「はい……会社の同僚からここを紹介されて……それでここに来ました」

 サリが「なるほどね……」と言って、食べ終わっている食器がのったトレーを下げる。
 アキは小声で「ご馳走様でした」と発した。サリは首を振って「まだ食べれるでしょ?」と聞いた。

「え、まだあるんですか?」
「ううん。みそ汁、もう一杯飲まない? いっぱい作ったから」

 アキはちょうど、おかわりしたいと思っていたところだった。
 芝居染みた表情で「余っているなら……」と答える。本当は率先しておかわりしたいくらいなのに。
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