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最終章 おふくろの味 ~北海道味噌の石狩風みそ汁~

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「まだここにいたのか……」

 ドアの前に立っていた男の子は、アキの方を見ながらそう言った。
 スーツ姿に黒髪短髪。耳たぶにはピアス穴が開いている。
 目がキリッとしていて、平均身長よりはやや小さく、細見だ。
 アキは男の子を指差しながら、大きい声で叫ぶ。

「春風君! どうしてここに!?」

 待ち望んでいた人が現れたというのに、間違えた第一声を発してしまった。
 春風は苦笑いしながら自分のスマホを指差して、「紹介したの、俺なんだけど」と呆れる。
 その反応で、この店がどういう店かは、しっかりと把握しているんだと察することができた。

「おお、言ったそばから、来てくれたというのか。お前さんを見つけ出した神が」

 猫神様が春風の前に立って、見上げながら言う。春風は「まあね」とスカしたような反応で答えた。
 春風はアキの隣の席まで行って、さらに隣の席にビジネスバッグやら脱いだジャケットを置く。
 どもりながらも、アキは聞きたかったことを聞こうとした。

「春風君、ようやく会えた……」
「全然会社に来ないから、死を選んだかと思っちまったよ」
「……そうだよね。私、生きることにしちゃった」

 袖のボタンと、ネクタイを外す。袖を肘辺りまで捲って、時計も外した。
 身軽になった春風は、「良かったじゃん」とそっけなく返事する。

「良かったって……春風君は私に、死んでほしかったの?」
「……いや、そんなわけではないよ」

 春風のことが、わからなくなった。
 メールをくれた時は、優しい人間もいるもんだと少し安心できたのに、今はそっけなくて冷たい。
 春風がアキのことを、死んでほしくてこの店に送り込んだのではないかと、勘ぐってしまう。
 心情を察しているサリは、アキに優しく言った。

「生きることは、辛いことでもあるじゃない? だから、これからも生きることを選んだあなたを、心配しているのよ。ねぇ?」

 サリに話を振られた春風は「まあ、そうですね」とやや照れくさそうに返した。
 自分の正体を認識している人と接したことが、あんまりないのかもしれない。
 サリとの会話で、春風にも余裕ができてきたように見えた。
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