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2章:ハーフブリード編
第3話 ハーフキャット 其の三
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【ハーフキャット】其の三
空は紫に変わっており、朝日が顔を覗かせようとしていた
イオマンテの外れ、その一角にハーフキャット達が集まっている
一団はエインとリリムが用意してくれた焚き火を囲んでいた
逃げ延びた事に安堵し涙する者や、張り詰めていた糸が切れたように座り込む者
未だ辺りをキョロキョロと警戒している者、様々だった
少し離れた位置でエインとリリムがハーフブリードの彼女達と話している
「何名いらっしゃるのですか?」
「んーと、52人かな?・・・あ!53人になるかも!」
リリムが不思議そうな顔でシャルルを見ている
「妊娠してる子がいるの」
「なるほど・・・喜ぶべき事・・なのですかね」
複雑な表情でハーフキャット達を見つめる
彼女達の中には酷い怪我をしている者が多かった
焼印を押された者、耳が欠けている者、顔が腫れ上がっている者
乳房が無くなっている者、骨折している者、歯が抜かれている者
挙げたらキリがないほど彼女達は傷ついていた
これはあの娼館で受けたものだ
その多くは客から受けたものだが、娼館を経営していた男達から受けたものもある
特殊な性癖を持った者達が集まる場所、それがあの娼館だった
痛みに苦しむ様を見て快楽を感じる客、血が流れる事に興奮する客
普段の鬱憤を彼女達を殴る事で晴らす客、拷問という行為自体が好きな客
そして、底知れない性欲をぶつける客
普通の娼館では出来ない事が出来る代わりに一般人では手の届かない値段を取られる
そのため、ここを利用する者の大半はドラスリアの貴族や
商売で成功を収めた大商人、それとその子息達だった
「彼女達は受け入れてもらえるの?」
その瞬間リリムの顔が曇る
「すみません・・・まだ確定では・・・・」
「どういうこと?」
ラピが彼女を見上げて聞いてくる
「人が多いイオマンテでの受け入れは彼女達に良くないと思いまして
エルフの里、リョースの方に掛け合う予定になっているんです」
「・・・・そう、なんだ」
語尾が静かになっていき、ラピは俯く
「フレイ様と話し合いの席を設けてあります
皆さんも御一緒して頂いても宜しいでしょうか?」
「うーん、シルさんとジーンに聞いてみないと何とも言えないかなー」
「わかりました、いらっしゃるまで彼女達に温かいスープでも作りますね」
リリムが家へと入って行き、シャルルとサラがその後に続く
3人が大きな寸胴と食材を持ってきて調理を始めた
鶏肉と芋と人参をふんだんに使ったスープだ
ラピは隅に座っており、俯いていて元気がない
彼女を心配しているウェールズが小さく鳴いていた
次第にスープの良い匂いが漂いはじめ、ハーフキャット達が鼻をすんすんと鳴らしている
彼女達はまともな食事は与えられず、いつも空腹だった
出される食事と言えば、具などない白湯のようなスープと、カチカチのパンが一切れ程度である
そんな彼女達にとっては嗅いだ事もない食欲のそそられる匂いであり
皆、寸胴の側へと集まってきて目を輝かせていた
「これ食べていいの?」
ハーフキャットの少女が寸胴を覗き込んで聞いてくる
シャルルが歯を見せ笑う
「うん!もうちょっと待っててね!」
待ちきれず、ぴょんぴょんと跳ねる少女の後ろから覗き込んできたハーフキャットがいた
その顔を見て、シャルルの表情が一気に曇る
「シャルル・・・だよね?」
「・・・うん・・ニーズ、久しぶり」
ニーズと呼ばれた彼女はシャルルと歳の近いハーフキャットだ
彼女はシャルルとサラが逃げ出す前、一緒の檻に入れられていた子だった
ニーズは歳の近い他の檻の子達をまとめており、同年代のリーダーのような存在だった
ある日、些細な事からサラが目をつけられ、苛めが始まる
それは徐々にエスカレートしていき、そんなサラをシャルルはいつも庇っていた
いつしかシャルルとサラは皆から無視をされ、集団から浮いた存在になっていた
そして、二人で決意した・・・・ここを抜け出すと
「アンタらさ、こんないいもん食って生きてきたの?」
シャルルは俯いて答えようとしなかった
そんな彼女にニーズは詰め寄りながら言葉を続ける
「アンタらが逃げて、あたし達がどんな仕打ち受けたか知ってる?」
シャルルの手が強く握られ、かすかに震えている
それに気づいたサラがシャルルの横に立ち、そっと手を握った
「11歳、あたしは11歳から働かされたんだよ、アンタらのせいでね」
「それは・・」
『うっさい!黙れ!』
サラのビクッとして固まる
シャルルはサラの手を強く握り締め、小さく震えていた
「逃げた奴がいたらその穴埋めをしなきゃいけない、それは知ってたよね?」
「・・・・」
「それでもアンタらは逃げた・・・あたしはアンタらの尻拭いをさせられたんだよ!」
ニーズが声を荒げた時、後ろから彼女の肩を叩く者がいた
なんだよ!と怒鳴りながら振り向いたニーズはその女性を見て黙る
そこには最年長のハーフキャット、チャシーがいた
彼女は30歳前後だろうか、見た目はまだ25そこらだが、彼女達の中では最年長だった
大半のハーフキャット達は30歳を迎える事はできない
それはこの地獄のような日々で死に絶える者、自殺をする者
病死する者、殺される者など様々で、30歳まで生きたハーフキャットは少なかった
彼女達はその中で強く生き残っていったチャシーを尊敬し、敬っているのだ
「ニーズ、言葉が過ぎるんじゃないかな」
「でも・・・」
「でもじゃないよ、あんたはあの子達に命を救われたんだよ?わかってるよね?」
ニーズが下唇を噛み、俯いて拳に力を込める
そんな彼女の肩を手を置いたまま、チャシーは続けた
「怒りの矛先をどこに向けたらいいのか分からなくて
久しぶりに会ったあの子達にぶつけたいのは分かるよ
それでもね、ニーズが言ってる事は八つ当たりでしかないのよ
アタシ達はあの子達がいなけりゃ森で死んでるでしょ?
あの黒い旦那達がいなけりゃ館で死んでるでしょ?
それが今こうして生きてるのよ、こんな美味しそうな食事まで振舞ってくれてね」
「でも!あたしは!」
「でもじゃないよ、ニーズ」
チャシーはニーズの頭を撫で、優しく抱き締めながら続ける
「アタシ達はあの子達に感謝こそすれ、恨むなんて筋違いもいいとこよ
もうアタシ達は解放されたのよ、誰も恨まなくていい、憎まなくていい」
彼女の胸の中でニーズは泣き出す
チャシーは優しく抱き締め、彼女が泣き止むまで頭を撫でていた
しばらくして泣き止んだニーズはシャルルとサラに謝り、頭を下げた
二人は気にしないでと彼女の頭を上げさせ、出来上がったスープを手渡す
「食べてみて!」
「うん」
ニーズがスープと芋を一口食べた瞬間、ポロポロと涙をこぼし始める
「こんな、こんな美味しいものがあったんだね」
「でしょ!でしょ!でもね、シルさんの料理はもっと美味しいから!」
「シルさん?」
「うん!館で一緒にいた黒い人!」
「あぁ、あの人・・・シャルルの男?」
それを聞いたシャルルが吹き出し、ゲラゲラと笑い出す
その横にいたサラが代わりに答えた
「違うよ、シルトさんは私達の・・・うーん・・・家族?保護者?」
「うんうん、みたいな感じ!」
「そうなんだ・・・彼女って・・・いるのかな」
「「え?」」
突然の質問にシャルルとサラは驚き、目を丸くする
間を置いてからシャルルが笑い始める
「あはは、多分いないよー」
「うん、いないはず」
「そうなんだ・・・ふーん」
ニーズがニヤニヤとしているのを見て、二人は気づく
「え?ニーズ、シルさんみたいのがタイプなの?」
「だって、強くていいじゃない」
「確かに強いけど・・・そこ?そこなの?あはは!」
シャルルがお腹を抱えて笑っている
ニーズはそんな彼女にムスっとして横を向く
「いいじゃないの、あたしの好みなんだから」
「よくないよ」
サラの一言でニーズとシャルルが一瞬固まった
「なんで?」
ニーズが不思議そうにサラに聞いてくる
「うーん・・・なんでだろ?家族だから?」
サラは考えたが答えが分からなかった
ニーズにシルトを取られるのが何となく嫌だったのだ
シャルルがニーズに近づき、耳元でぼそぼそと話す
その言葉を聞いたニーズはニタァと笑い、サラを見ていた
「なに?」
サラが不思議そうにしていると、二人は別に~と濁すのだった
食事が終わり、焚き火を囲んでいる彼女達はウトウトとしていた
ここまで緊張の連続だったのだろう、疲れは彼女達の身体を蝕んでいた
陽が上り始め、辺りは鳥の声と焚き火のパキッという音しか聴こえなくなった頃
シルトとジーンが姿を現す、それに気づいたエインが彼等を出迎える
「お待ちしておりました、こちらに」
彼が言った言葉を聞き取れないシルトはジーンの顔を見る
ジーンは1度頷き、エインにシルトの状態を説明した
「なるほど・・・治るのですか?」
「うん、シャルルならすぐ治せると思う」
「それは良かった、ではこちらに」
エインは親指しかない左手で彼等を案内する
リリムの家の前の広場には焚き火があり、ハーフキャット達が丸くなるように寝ていた
その横を静かに通り抜け、一行はリリムの家の中へと入る
中にはシャルル、サラ、ラピ、リリムが待っており、皆座っていた
「お待たせ」
ジーンが片手を上げながら入って来て、シャルルが立ち上がる
「おつかれー!」
ジーンとシャルルはハイタッチをし、微笑み合う
それに続いてシルトが入って来て、シャルルの表情がキッと真剣なものに切り替わる
「シルさん、そこ座って」
しかし、シルトは動こうとしない
代わりにジーンの顔を見て、頼むと言わんばかりに困った顔をしている
彼の異変に気づいたサラとラピが立ち上がり、彼の元へと駆け寄る
「今のシルさん、耳聴こえないんだ」
「「えっ!?」」
サラ、ラピが驚き、声を上げる
シャルルはシルトへ詰め寄り、ジェスチャーで座れと合図を出す
彼は素直に座り込み、シャルルを見ていた
「根源たる生の灯火よ」
シャルルの両手が青い炎に包まれ、拳を作り、人差し指だけを突き出す
青い炎が人差し指へと集まっていく
両手の人差し指のみが深い青い炎に包まれていた
「サラ、シルさんの頭をしっかりと押さえてて」
「う、うん、わかった」
突然頭をガシッと掴まれたシルトは驚く
「え?何?何すんの!?」
彼の言葉を無視して、シャルルは勢いよく彼の両耳に人差し指を差し込む
『痛ってえええええ!!』
シルトが叫び声を上げ暴れそうになるが、サラがしっかりを頭を固定している
シャルルが精神を集中させ、指先に魔力を流し込む
「痛い痛い痛い痛い、マジ痛いから!」
暴れる彼の両脚をジーンとラピが押さえ込む、エインはシルトを羽交い絞めにした
完全に身動きが取れなくなったシルトは諦め、大人しくなった
「もう1回だけ流し込むから、多分また暴れるよ、しっかり押さえておいて」
4人が頷き、シルトはごくりと唾を飲む
そして、再び激痛が耳を襲う
『痛っ!!』
シルトの身体がビクンッと跳ね、押さえてる皆が力を込める
ふと痛みが消え、途端に楽になっていく
シャルルはゆっくりと指を抜き、ふぅ~と深いため息をついた
「お?聞こえるっぽい」
額から汗を流すシャルルがにししと笑う
「まだ少し音が曇ってるけど聞こえるわ、ありがと」
「どういたしまして」
もう離していいよーとシャルルが言い、シルトは解放される
「随分遅かったよね?事情を説明して欲しいんだけど」
サラが少し不機嫌にシルトに聞いてくる
「ちょっと追っ手を振り切るのに時間掛かっちゃってね」
「耳は?」
「追っ手に結構強い3人組がいてさー、何かの薬でやられたんよ」
「そっか・・・無事で良かった」
「ありがと、それじゃ今後について話そうか」
シルトは立ち上がり、皆もそれに続き席に着く
彼等が座るのを確認してからリリムはゆっくりと口を開いた
「イオマンテでの受け入れは彼女達のためにならないと思い
エルフの里、リョースの方に掛け合う予定になっています
里の長、フレイ様との話し合いの席を用意しました、良ければ御一緒ください」
「分かりました、それじゃ誰が行こうか」
シルトが室内を見渡すと、部屋の隅からこちらを覗き込む少女を見つける
「ハル、おいで」
シルトが手招きをしてハルを呼ぶ
それで皆がハルに気づき、少女を見た
シャルルは満面の笑みで両手を広げ、ハルを待つ
勢いよく駆け出し、シャルルの腕の中へと飛び込んで行った
隣のサラはハルの頭を撫でている
ハルはずっと我慢していた、皆が忙しそうにしてるのを邪魔しないように
やっと許しが出たので今は思いっきり甘えている
「シャルルとサラはハルに着いてあげてて
ジーンさんは疲れてるだろうから休んでもらって
僕とラピはリョースってとこに行こうか、それでいいかな」
「いいよー」
「うんうん」
「ありがと、休ませてもらうね」
「・・・・・うん」
「俺とリリムも同行します」
「頼みます、それで話し合いはいつなんですか?」
「昼を予定しておりますので今はお休みください」
「了解です、それじゃお開きにしようか」
リリムを家に残し、皆が外に出る
エインは隣の家へと入って行き、ハーフブリード達は焚き火の側へと向かう
ハルはサラとシャルルに手を繋いでもらい、上機嫌に歩いていた
焚き火に新しい薪を追加し、配られた毛布に身を包んで横になる
激しい疲労感と焚き火の心地よい暖かさにより
深い眠りに落ちていくのに時間は掛からなかった
しかし、ラピだけは違っていた
彼女は一人、じっと焚き火を見つめていた
日が高くなってきた頃、皆が動き出す
ハーフキャット達はシャルルとサラの指導の下、自分達の食事を作る事になったようだ
エインが街から戻り、今街で噂になっている事を話していた
「えぇ、どうやらフィッツィ伯爵邸が何者かに襲われ炎上
配下の者も含め、全て殺されたようですね・・・誰がこんな事を」
「物騒な世の中になったもんだねぇ」
シルトが頭の後ろで手を組み、空を見上げながら言う
その横でジーンも、うんうん、と頷いていた
「俺等も気をつけなければいけませんね」
「いや、大丈夫じゃない?リリムさん襲うバカは早々いないでしょ」
「それもそうですね」
ははは、とエインが笑っていると、その後ろでリリムが拳を作り震えていた
しばらくしてエイン、リリム、シルト、ラピが立ち上がる
「それじゃ、二人とも頼むね」
「おっけー!任せて!」
「うん、いってらっしゃい」
シャルルとサラは彼等の背中を見送り、再び調理へと戻って行った
遅れてジーンが起きてきて、シャルルが小言を浴びせるのはもはや様式美だった
イオマンテから2キロほど離れた森の中
そこには木々の上に家が作られていた
ツリーハウスには梯子がかけられており、そこから出入りするようだ
その中で、1つだけ大きなツリーハウスがある
この家には螺旋階段があり、木をぐるりと回り込むように上がる事ができる
その大きなツリーハウスこそが里の長フレイの家だった
一行は螺旋階段を上り、玄関へと辿り着く
リリムがノックしようとした瞬間
「待って!私、帰っていいかな?ダメ?」
ラピが若干潤んだ瞳で聞いてくる
「どったの?フレイって人苦手なの?」
シルトの問いにラピは俯いて小さく頷いた
「うーん・・・でもエルフであるラピにはいて欲しいんだよなぁ」
「うぅ・・・わかった」
諦めたラピはがっくりと肩を落とす
リリムが戸惑いながらも扉をノックした
中から優しそうな男性の声がし、ゆっくりと扉は開かれる
「どうぞ、お待ちしておりました」
迎え入れてくれた男性はフレイ、エルフの里の長だ
身長は160センチほどしかなく、長い白髪は背中の中程まである
尖った耳がエルフであるのを主張していた
白と淡い緑のゆったりとしたローブを身に纏い
頭にはエルフの長である証の金のサークレットがキラリと光っている
その中央にはラピの目の色と同じ深い緑色の宝石がはめられている
フレイの瞳も同じ深い緑色をしていた
一行はリビングにある大きな一枚板のテーブルへと案内される
そこには座布団が並べられており、皆それに腰を下ろす
「遠路遥々、よくぞ参られました」
「この度はお時間を頂き有難うございます」
リリムとフレイが頭を下げ合い、軽く微笑み合う
そして、途端にフレイの表情が厳しくなり、ラピを睨む
ラピがビクッとして、シルトに隠れるように身体を小さくする
「単刀直入に聞きます、ハーフキャットは受け入れてもらえるのでしょうか」
シルトがフレイの目を見て、真剣に問う
「50にもなる者達ですから、簡単には受け入れられませぬよ」
「・・・・ですよね」
「ですが、そこのエルフの少女を"返して"いただけるなら構いません」
シルトの後ろでラピが「ひっ」と小さな声を洩らす
「なぜラピを欲しがるのですか」
彼は素直な疑問をぶつける
フレイはそれを鼻で笑い答える
「ラピよ、そんな事も彼等に伝えてないのか」
「話を逸らさないで頂きたい、僕が貴方に聞いてるんです」
フレイは少し感心するようにシルトを見る
「なに、簡単な事ですよ、そこのラピは私の愛娘だ」
『はぁっ!?』
シルトが驚きのあまり大声をあげる
フレイとラピを交互に見比べ、確かに似てるような・・・とぼそぼそと呟いている
「ラ、ラピさんがご息女だったのですね、驚きました」
リリムも知らなかったようで慌てている
「待ってくれ、って事は貴方はフレイ・ララノアでいいのか?」
「えぇ、ララノアは私の家の名です」
シルトが頭を抱えてテーブルに突っ伏する
そのまま顔をラピへ向けて睨む
「ラピ、聞いてないんだけど」
「ごめん、何か言えなくて!」
「何かって・・・まぁ、いっか」
シルトが背筋を伸ばし、フレイの条件に答える
「先ほどのラピを渡せばって件ですが、お断りします」
「ほぅ」
「シルさんっ!」
ラピの目が輝き、シルトのマントを掴む
「ハーフキャットは受け入れてもらいたいですけど
ラピはもう僕らの大切な仲間です、それを売るような真似はできません」
その瞬間、隣の部屋から勢いよく女性が入ってくる
「ほらー!私の言った通りじゃない!」
「むぅ・・・」
フレイが唸り、入ってきた女性を見上げる
この人はラピの母親でゲルダ・ララノアという女性だ
綺麗な白髪は後ろで1つに結われており、それでもなお腰まである長さだった
見た目は25前後だろうか、とても若く見える女性だった
若草色のぴったりとしたワンピースを着ており、スタイルの良さを強調していた
「ラピィ、いいお友達持ったのねぇ」
「はい!母様!」
ラピの頭を軽く撫で、ゲルダはドカドカと音を立てながらフレイの横に立つ
「賭けは私の勝ち、アナタ・・・約束は守りなさい!」
ゲルダは腰に手を当てふんぞり返り、フレイを見下ろす
「むぅ、仕方あるまい」
流れを理解してないリリムが問う
「えっと・・・フレイ様?どういう事なのですか?」
「いや、すまぬすまぬ、少し試したのだ」
「試す?」
「そちらの黒い御仁をな、ラピを任せられる人物か見極めさせてもらった」
「嘘おっしゃい」
即座にゲルダが横から突っ込みを入れる
「この人はね、ラピを返してもらう!って聞かなくてね
私と賭けをしたのよ、ラピの友達が交渉に乗ってくるかどうかをね
少しでも彼が悩めばこの人の勝ち、迷う事なく断れば私の勝ち、うふふ、私の勝ち~」
Vサインをしながら勝ち誇るゲルダの横でフレイが肩を落とす
「そういうわけだ・・・・ハーフキャットは受け入れよう」
「あ、ありがとうございます」
「少し付け足してもいいですか」
シルトが真剣な表情で進言する
「彼女達に人権を与えて頂きたい、それと住まいと仕事も・・・
身勝手な事を言ってるのは分かってます、ですがお願いします」
彼は深く頭を下げる
ゲルダはニコニコとしてフレイの頭をパシンッと叩く
頭をさすりながらフレイは答えた
「分かった、それはエルフが保証しよう
ちょうど人手が欲しかったのだ、こちらとしても助かる」
森には虫の死体が溢れ、その処理に追われていた
戦争で男手を大幅に失い、手が回っていなかったのだ
「しかし、ラピは返し『アナタ?』・・・・なんでもない」
ゲルダの笑顔での威圧でフレイは諦める
話がまとまり、一段落した頃、ラピがフレイに革袋を差し出す
「これは?」
「エンビ・ルルラノさんから託されました」
「エンビか・・・・彼はしっかりやってたか」
「うん、がんばってたと思う・・・ます」
「そうか」
フレイは革袋を開き、中を確認する
その中にある手帳を開き、目を丸くする
「ラピ、お前の仲間に精霊を使うものがいるのか」
「うん」
フレイとゲルダは目を合わせ、頷く
「その人はハイエルフという事になる、今日はいないのか」
「うん、イオマンテに残ってる・・・ます」
「そうか、明日にでも是非連れてきてくれ」
「わかっ・・・りました」
こうして話し合いは終わり、一行はララノア家を後にする
帰り道でラピはシルトに何度もお礼を言っていた
後日、ラピとジーンが再びララノア家へと訪れる
「父様、ジーンさんを連れて来ました」
「よくぞ参られた、ハイエルフよ」
「ハイエルフ?」
ジーンがラピを見て首を傾げる
ラピは苦笑いで何も言わなかった
「ハイエルフとは、エルフに伝わる伝説の英雄達の事です
その者達は精霊を操り、世界が動く時に現れると言われています」
「私は人間ですよ?」
「耳を見せて頂きたい」
「はぁ・・・」
ジーンが髪をかき上げ耳を見せる
僅かにだが尖った耳にはエルフの特徴が少しだけあった
「ジーンさんとおっしゃられましたか、貴女の親族にエルフはおられませぬか」
「えっと・・・・母親は知ってますけど人間です、父親や祖父母は知りません」
「そうか・・・では、父親か祖先にエルフが混ざっていたのだろうな」
「私、ハーフエルフなんですか?」
「先祖返りというやつかもしれん、ハーフエルフとも言えぬほどに遠くかもしれんな」
ゲルダが甘い香りのする温かいお茶を用意し、皆の前に置いて行く
「ジーンさんはどの精霊を使えるのですか」
「今は4属性の精霊を・・・火、水、風、土です」
「見せては頂けないだろうか」
「構いませんけど・・・外でいいですか?ここじゃ・・・」
「では、外へ参ろう」
ララノア家の前にある広場へ出て、ジーンは本を開く
目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます・・・・そして、繋がりを感じ取る
「・・・・おいで、ウォーターウンディーネ」
パチンッと指を鳴らし、それが反響していく
ジーンの前方の中空に水滴が集まっていき、3メートルにもなる水球が形成されていく
なんだなんだとエルフ達が集まってきて、その光景を見物していた
水球は弾け、中から淡い水色の肌の下半身が魚の女性が姿を現す
透き通るような青い長い髪をなびかせ、くるくると回り、停止する
3メートルほどの青い女性はジーンの指示を静かに待っていた
「こ、これが・・・精霊か!」
フレイがわなわなと震え、ウンディーネに釘付けになっている
見物をしていたエルフ達からは歓声が上がり
目の前に現れた伝説上の存在にひれ伏した
「本当に使役しているのですか」
「はい、何でも命令できますよ」
「で、では、ひれ伏せるとかも?」
「ひれ伏せ」
ウンディーネは大地に降り、ジーンの前にひれ伏した
おぉぉ・・・
辺りから歓声が上がる
「これが伝え聞くハイエルフと精霊か・・・素晴らしい」
「もういいですか?」
「あ、あぁ、ありがとう」
「散れ、ウンディーネ」
ジーンの一言で、ウンディーネは水の塊に戻り、地面へと落ちる
ビシャっと大きな音を立てて、地面の色が変わっていく
一行がララノア家へと戻り、話が再開される
「素晴らしいものを見せていただいた、感謝する」
「いえいえ」
「今後、リョースは貴女を全面的に支援いたします」
「え?」
「ハイエルフの役に立てるのは我等としても本望
里の中にはハーフエルフを忌み嫌う者もいるやもしれません
しかし、ハイエルフとはエルフの中のエルフ、いつでも頼ってくだされ」
「ありがとうございます」
そこでゲルダが口を開いた
「ラピィ、ウェールズはしっかり面倒みてる?」
「はい、母様」
「そう、ならいいのだけど・・・ウェールズは里の宝だから大切にね」
ウェールズ、ラピの肩に乗るドラゴンの子供は
ラルアースに存在する唯一のドラゴンだった
それはエルフ達がラルアースへと来る前に、ある竜王から授かった卵
それが数千年の時を経て、やっと孵ったのだ
ウェールズは卵から出てすぐラピを見た、刷り込みによりラピを親と勘違いしているのである
「今日は泊まって行くの?」
「ううん、皆の所に帰る」
「そう、残念だわ」
「また・・・・帰って来ます」
「当然だ、いつでも帰って来い」
フレイはラピを見る事なく言う、その目には僅かに涙が光っていた
翌日、ハーフキャット達はリョースへと移り、住居を与えられる
仕事は虫の死体掃除が主なものだが、エルフから色々教わっていくようだ
「ハルもひっひょひ帰る!」
シャルルとサラの手を掴み、離そうとしなかった
ニーズがハルの頭に手を置いて、無理矢理自分を見させる
「ハル、あんた何もできないだろ?着いてっても邪魔なだけなんだよ」
「やだ!ハルもひくもん!」
「ここで家事や常識を学んでからでも遅くないだろ?」
「・・・・」
「シャルル達に迷惑かけたくなけりゃ勉強しな」
「・・・わかった、ハルがんばる」
シャルルがしゃがみ込み、ハルを思いっ切り抱き締める
サラも少女の頭を撫で、二人の目には涙が見えた
ハルは必死に泣かないよう我慢するが、目からは涙が溢れる
「ハル、おべんひょうひたら、ひってひひ?」
「うん、いいよ、待ってるよ」
「うんうん」
「ハルがんばる・・・がんばってひゃるるお姉ひゃんたひと暮らす」
我慢できず、わんわんと泣き出すハルを優しく抱き締め、頭を撫でる二人だった
こうしてハーフキャット達と別れ、ハーフブリードはラーズへと帰るのだった
この先に待ち受けている大きな事件を彼等はまだ知らずに・・・
空は紫に変わっており、朝日が顔を覗かせようとしていた
イオマンテの外れ、その一角にハーフキャット達が集まっている
一団はエインとリリムが用意してくれた焚き火を囲んでいた
逃げ延びた事に安堵し涙する者や、張り詰めていた糸が切れたように座り込む者
未だ辺りをキョロキョロと警戒している者、様々だった
少し離れた位置でエインとリリムがハーフブリードの彼女達と話している
「何名いらっしゃるのですか?」
「んーと、52人かな?・・・あ!53人になるかも!」
リリムが不思議そうな顔でシャルルを見ている
「妊娠してる子がいるの」
「なるほど・・・喜ぶべき事・・なのですかね」
複雑な表情でハーフキャット達を見つめる
彼女達の中には酷い怪我をしている者が多かった
焼印を押された者、耳が欠けている者、顔が腫れ上がっている者
乳房が無くなっている者、骨折している者、歯が抜かれている者
挙げたらキリがないほど彼女達は傷ついていた
これはあの娼館で受けたものだ
その多くは客から受けたものだが、娼館を経営していた男達から受けたものもある
特殊な性癖を持った者達が集まる場所、それがあの娼館だった
痛みに苦しむ様を見て快楽を感じる客、血が流れる事に興奮する客
普段の鬱憤を彼女達を殴る事で晴らす客、拷問という行為自体が好きな客
そして、底知れない性欲をぶつける客
普通の娼館では出来ない事が出来る代わりに一般人では手の届かない値段を取られる
そのため、ここを利用する者の大半はドラスリアの貴族や
商売で成功を収めた大商人、それとその子息達だった
「彼女達は受け入れてもらえるの?」
その瞬間リリムの顔が曇る
「すみません・・・まだ確定では・・・・」
「どういうこと?」
ラピが彼女を見上げて聞いてくる
「人が多いイオマンテでの受け入れは彼女達に良くないと思いまして
エルフの里、リョースの方に掛け合う予定になっているんです」
「・・・・そう、なんだ」
語尾が静かになっていき、ラピは俯く
「フレイ様と話し合いの席を設けてあります
皆さんも御一緒して頂いても宜しいでしょうか?」
「うーん、シルさんとジーンに聞いてみないと何とも言えないかなー」
「わかりました、いらっしゃるまで彼女達に温かいスープでも作りますね」
リリムが家へと入って行き、シャルルとサラがその後に続く
3人が大きな寸胴と食材を持ってきて調理を始めた
鶏肉と芋と人参をふんだんに使ったスープだ
ラピは隅に座っており、俯いていて元気がない
彼女を心配しているウェールズが小さく鳴いていた
次第にスープの良い匂いが漂いはじめ、ハーフキャット達が鼻をすんすんと鳴らしている
彼女達はまともな食事は与えられず、いつも空腹だった
出される食事と言えば、具などない白湯のようなスープと、カチカチのパンが一切れ程度である
そんな彼女達にとっては嗅いだ事もない食欲のそそられる匂いであり
皆、寸胴の側へと集まってきて目を輝かせていた
「これ食べていいの?」
ハーフキャットの少女が寸胴を覗き込んで聞いてくる
シャルルが歯を見せ笑う
「うん!もうちょっと待っててね!」
待ちきれず、ぴょんぴょんと跳ねる少女の後ろから覗き込んできたハーフキャットがいた
その顔を見て、シャルルの表情が一気に曇る
「シャルル・・・だよね?」
「・・・うん・・ニーズ、久しぶり」
ニーズと呼ばれた彼女はシャルルと歳の近いハーフキャットだ
彼女はシャルルとサラが逃げ出す前、一緒の檻に入れられていた子だった
ニーズは歳の近い他の檻の子達をまとめており、同年代のリーダーのような存在だった
ある日、些細な事からサラが目をつけられ、苛めが始まる
それは徐々にエスカレートしていき、そんなサラをシャルルはいつも庇っていた
いつしかシャルルとサラは皆から無視をされ、集団から浮いた存在になっていた
そして、二人で決意した・・・・ここを抜け出すと
「アンタらさ、こんないいもん食って生きてきたの?」
シャルルは俯いて答えようとしなかった
そんな彼女にニーズは詰め寄りながら言葉を続ける
「アンタらが逃げて、あたし達がどんな仕打ち受けたか知ってる?」
シャルルの手が強く握られ、かすかに震えている
それに気づいたサラがシャルルの横に立ち、そっと手を握った
「11歳、あたしは11歳から働かされたんだよ、アンタらのせいでね」
「それは・・」
『うっさい!黙れ!』
サラのビクッとして固まる
シャルルはサラの手を強く握り締め、小さく震えていた
「逃げた奴がいたらその穴埋めをしなきゃいけない、それは知ってたよね?」
「・・・・」
「それでもアンタらは逃げた・・・あたしはアンタらの尻拭いをさせられたんだよ!」
ニーズが声を荒げた時、後ろから彼女の肩を叩く者がいた
なんだよ!と怒鳴りながら振り向いたニーズはその女性を見て黙る
そこには最年長のハーフキャット、チャシーがいた
彼女は30歳前後だろうか、見た目はまだ25そこらだが、彼女達の中では最年長だった
大半のハーフキャット達は30歳を迎える事はできない
それはこの地獄のような日々で死に絶える者、自殺をする者
病死する者、殺される者など様々で、30歳まで生きたハーフキャットは少なかった
彼女達はその中で強く生き残っていったチャシーを尊敬し、敬っているのだ
「ニーズ、言葉が過ぎるんじゃないかな」
「でも・・・」
「でもじゃないよ、あんたはあの子達に命を救われたんだよ?わかってるよね?」
ニーズが下唇を噛み、俯いて拳に力を込める
そんな彼女の肩を手を置いたまま、チャシーは続けた
「怒りの矛先をどこに向けたらいいのか分からなくて
久しぶりに会ったあの子達にぶつけたいのは分かるよ
それでもね、ニーズが言ってる事は八つ当たりでしかないのよ
アタシ達はあの子達がいなけりゃ森で死んでるでしょ?
あの黒い旦那達がいなけりゃ館で死んでるでしょ?
それが今こうして生きてるのよ、こんな美味しそうな食事まで振舞ってくれてね」
「でも!あたしは!」
「でもじゃないよ、ニーズ」
チャシーはニーズの頭を撫で、優しく抱き締めながら続ける
「アタシ達はあの子達に感謝こそすれ、恨むなんて筋違いもいいとこよ
もうアタシ達は解放されたのよ、誰も恨まなくていい、憎まなくていい」
彼女の胸の中でニーズは泣き出す
チャシーは優しく抱き締め、彼女が泣き止むまで頭を撫でていた
しばらくして泣き止んだニーズはシャルルとサラに謝り、頭を下げた
二人は気にしないでと彼女の頭を上げさせ、出来上がったスープを手渡す
「食べてみて!」
「うん」
ニーズがスープと芋を一口食べた瞬間、ポロポロと涙をこぼし始める
「こんな、こんな美味しいものがあったんだね」
「でしょ!でしょ!でもね、シルさんの料理はもっと美味しいから!」
「シルさん?」
「うん!館で一緒にいた黒い人!」
「あぁ、あの人・・・シャルルの男?」
それを聞いたシャルルが吹き出し、ゲラゲラと笑い出す
その横にいたサラが代わりに答えた
「違うよ、シルトさんは私達の・・・うーん・・・家族?保護者?」
「うんうん、みたいな感じ!」
「そうなんだ・・・彼女って・・・いるのかな」
「「え?」」
突然の質問にシャルルとサラは驚き、目を丸くする
間を置いてからシャルルが笑い始める
「あはは、多分いないよー」
「うん、いないはず」
「そうなんだ・・・ふーん」
ニーズがニヤニヤとしているのを見て、二人は気づく
「え?ニーズ、シルさんみたいのがタイプなの?」
「だって、強くていいじゃない」
「確かに強いけど・・・そこ?そこなの?あはは!」
シャルルがお腹を抱えて笑っている
ニーズはそんな彼女にムスっとして横を向く
「いいじゃないの、あたしの好みなんだから」
「よくないよ」
サラの一言でニーズとシャルルが一瞬固まった
「なんで?」
ニーズが不思議そうにサラに聞いてくる
「うーん・・・なんでだろ?家族だから?」
サラは考えたが答えが分からなかった
ニーズにシルトを取られるのが何となく嫌だったのだ
シャルルがニーズに近づき、耳元でぼそぼそと話す
その言葉を聞いたニーズはニタァと笑い、サラを見ていた
「なに?」
サラが不思議そうにしていると、二人は別に~と濁すのだった
食事が終わり、焚き火を囲んでいる彼女達はウトウトとしていた
ここまで緊張の連続だったのだろう、疲れは彼女達の身体を蝕んでいた
陽が上り始め、辺りは鳥の声と焚き火のパキッという音しか聴こえなくなった頃
シルトとジーンが姿を現す、それに気づいたエインが彼等を出迎える
「お待ちしておりました、こちらに」
彼が言った言葉を聞き取れないシルトはジーンの顔を見る
ジーンは1度頷き、エインにシルトの状態を説明した
「なるほど・・・治るのですか?」
「うん、シャルルならすぐ治せると思う」
「それは良かった、ではこちらに」
エインは親指しかない左手で彼等を案内する
リリムの家の前の広場には焚き火があり、ハーフキャット達が丸くなるように寝ていた
その横を静かに通り抜け、一行はリリムの家の中へと入る
中にはシャルル、サラ、ラピ、リリムが待っており、皆座っていた
「お待たせ」
ジーンが片手を上げながら入って来て、シャルルが立ち上がる
「おつかれー!」
ジーンとシャルルはハイタッチをし、微笑み合う
それに続いてシルトが入って来て、シャルルの表情がキッと真剣なものに切り替わる
「シルさん、そこ座って」
しかし、シルトは動こうとしない
代わりにジーンの顔を見て、頼むと言わんばかりに困った顔をしている
彼の異変に気づいたサラとラピが立ち上がり、彼の元へと駆け寄る
「今のシルさん、耳聴こえないんだ」
「「えっ!?」」
サラ、ラピが驚き、声を上げる
シャルルはシルトへ詰め寄り、ジェスチャーで座れと合図を出す
彼は素直に座り込み、シャルルを見ていた
「根源たる生の灯火よ」
シャルルの両手が青い炎に包まれ、拳を作り、人差し指だけを突き出す
青い炎が人差し指へと集まっていく
両手の人差し指のみが深い青い炎に包まれていた
「サラ、シルさんの頭をしっかりと押さえてて」
「う、うん、わかった」
突然頭をガシッと掴まれたシルトは驚く
「え?何?何すんの!?」
彼の言葉を無視して、シャルルは勢いよく彼の両耳に人差し指を差し込む
『痛ってえええええ!!』
シルトが叫び声を上げ暴れそうになるが、サラがしっかりを頭を固定している
シャルルが精神を集中させ、指先に魔力を流し込む
「痛い痛い痛い痛い、マジ痛いから!」
暴れる彼の両脚をジーンとラピが押さえ込む、エインはシルトを羽交い絞めにした
完全に身動きが取れなくなったシルトは諦め、大人しくなった
「もう1回だけ流し込むから、多分また暴れるよ、しっかり押さえておいて」
4人が頷き、シルトはごくりと唾を飲む
そして、再び激痛が耳を襲う
『痛っ!!』
シルトの身体がビクンッと跳ね、押さえてる皆が力を込める
ふと痛みが消え、途端に楽になっていく
シャルルはゆっくりと指を抜き、ふぅ~と深いため息をついた
「お?聞こえるっぽい」
額から汗を流すシャルルがにししと笑う
「まだ少し音が曇ってるけど聞こえるわ、ありがと」
「どういたしまして」
もう離していいよーとシャルルが言い、シルトは解放される
「随分遅かったよね?事情を説明して欲しいんだけど」
サラが少し不機嫌にシルトに聞いてくる
「ちょっと追っ手を振り切るのに時間掛かっちゃってね」
「耳は?」
「追っ手に結構強い3人組がいてさー、何かの薬でやられたんよ」
「そっか・・・無事で良かった」
「ありがと、それじゃ今後について話そうか」
シルトは立ち上がり、皆もそれに続き席に着く
彼等が座るのを確認してからリリムはゆっくりと口を開いた
「イオマンテでの受け入れは彼女達のためにならないと思い
エルフの里、リョースの方に掛け合う予定になっています
里の長、フレイ様との話し合いの席を用意しました、良ければ御一緒ください」
「分かりました、それじゃ誰が行こうか」
シルトが室内を見渡すと、部屋の隅からこちらを覗き込む少女を見つける
「ハル、おいで」
シルトが手招きをしてハルを呼ぶ
それで皆がハルに気づき、少女を見た
シャルルは満面の笑みで両手を広げ、ハルを待つ
勢いよく駆け出し、シャルルの腕の中へと飛び込んで行った
隣のサラはハルの頭を撫でている
ハルはずっと我慢していた、皆が忙しそうにしてるのを邪魔しないように
やっと許しが出たので今は思いっきり甘えている
「シャルルとサラはハルに着いてあげてて
ジーンさんは疲れてるだろうから休んでもらって
僕とラピはリョースってとこに行こうか、それでいいかな」
「いいよー」
「うんうん」
「ありがと、休ませてもらうね」
「・・・・・うん」
「俺とリリムも同行します」
「頼みます、それで話し合いはいつなんですか?」
「昼を予定しておりますので今はお休みください」
「了解です、それじゃお開きにしようか」
リリムを家に残し、皆が外に出る
エインは隣の家へと入って行き、ハーフブリード達は焚き火の側へと向かう
ハルはサラとシャルルに手を繋いでもらい、上機嫌に歩いていた
焚き火に新しい薪を追加し、配られた毛布に身を包んで横になる
激しい疲労感と焚き火の心地よい暖かさにより
深い眠りに落ちていくのに時間は掛からなかった
しかし、ラピだけは違っていた
彼女は一人、じっと焚き火を見つめていた
日が高くなってきた頃、皆が動き出す
ハーフキャット達はシャルルとサラの指導の下、自分達の食事を作る事になったようだ
エインが街から戻り、今街で噂になっている事を話していた
「えぇ、どうやらフィッツィ伯爵邸が何者かに襲われ炎上
配下の者も含め、全て殺されたようですね・・・誰がこんな事を」
「物騒な世の中になったもんだねぇ」
シルトが頭の後ろで手を組み、空を見上げながら言う
その横でジーンも、うんうん、と頷いていた
「俺等も気をつけなければいけませんね」
「いや、大丈夫じゃない?リリムさん襲うバカは早々いないでしょ」
「それもそうですね」
ははは、とエインが笑っていると、その後ろでリリムが拳を作り震えていた
しばらくしてエイン、リリム、シルト、ラピが立ち上がる
「それじゃ、二人とも頼むね」
「おっけー!任せて!」
「うん、いってらっしゃい」
シャルルとサラは彼等の背中を見送り、再び調理へと戻って行った
遅れてジーンが起きてきて、シャルルが小言を浴びせるのはもはや様式美だった
イオマンテから2キロほど離れた森の中
そこには木々の上に家が作られていた
ツリーハウスには梯子がかけられており、そこから出入りするようだ
その中で、1つだけ大きなツリーハウスがある
この家には螺旋階段があり、木をぐるりと回り込むように上がる事ができる
その大きなツリーハウスこそが里の長フレイの家だった
一行は螺旋階段を上り、玄関へと辿り着く
リリムがノックしようとした瞬間
「待って!私、帰っていいかな?ダメ?」
ラピが若干潤んだ瞳で聞いてくる
「どったの?フレイって人苦手なの?」
シルトの問いにラピは俯いて小さく頷いた
「うーん・・・でもエルフであるラピにはいて欲しいんだよなぁ」
「うぅ・・・わかった」
諦めたラピはがっくりと肩を落とす
リリムが戸惑いながらも扉をノックした
中から優しそうな男性の声がし、ゆっくりと扉は開かれる
「どうぞ、お待ちしておりました」
迎え入れてくれた男性はフレイ、エルフの里の長だ
身長は160センチほどしかなく、長い白髪は背中の中程まである
尖った耳がエルフであるのを主張していた
白と淡い緑のゆったりとしたローブを身に纏い
頭にはエルフの長である証の金のサークレットがキラリと光っている
その中央にはラピの目の色と同じ深い緑色の宝石がはめられている
フレイの瞳も同じ深い緑色をしていた
一行はリビングにある大きな一枚板のテーブルへと案内される
そこには座布団が並べられており、皆それに腰を下ろす
「遠路遥々、よくぞ参られました」
「この度はお時間を頂き有難うございます」
リリムとフレイが頭を下げ合い、軽く微笑み合う
そして、途端にフレイの表情が厳しくなり、ラピを睨む
ラピがビクッとして、シルトに隠れるように身体を小さくする
「単刀直入に聞きます、ハーフキャットは受け入れてもらえるのでしょうか」
シルトがフレイの目を見て、真剣に問う
「50にもなる者達ですから、簡単には受け入れられませぬよ」
「・・・・ですよね」
「ですが、そこのエルフの少女を"返して"いただけるなら構いません」
シルトの後ろでラピが「ひっ」と小さな声を洩らす
「なぜラピを欲しがるのですか」
彼は素直な疑問をぶつける
フレイはそれを鼻で笑い答える
「ラピよ、そんな事も彼等に伝えてないのか」
「話を逸らさないで頂きたい、僕が貴方に聞いてるんです」
フレイは少し感心するようにシルトを見る
「なに、簡単な事ですよ、そこのラピは私の愛娘だ」
『はぁっ!?』
シルトが驚きのあまり大声をあげる
フレイとラピを交互に見比べ、確かに似てるような・・・とぼそぼそと呟いている
「ラ、ラピさんがご息女だったのですね、驚きました」
リリムも知らなかったようで慌てている
「待ってくれ、って事は貴方はフレイ・ララノアでいいのか?」
「えぇ、ララノアは私の家の名です」
シルトが頭を抱えてテーブルに突っ伏する
そのまま顔をラピへ向けて睨む
「ラピ、聞いてないんだけど」
「ごめん、何か言えなくて!」
「何かって・・・まぁ、いっか」
シルトが背筋を伸ばし、フレイの条件に答える
「先ほどのラピを渡せばって件ですが、お断りします」
「ほぅ」
「シルさんっ!」
ラピの目が輝き、シルトのマントを掴む
「ハーフキャットは受け入れてもらいたいですけど
ラピはもう僕らの大切な仲間です、それを売るような真似はできません」
その瞬間、隣の部屋から勢いよく女性が入ってくる
「ほらー!私の言った通りじゃない!」
「むぅ・・・」
フレイが唸り、入ってきた女性を見上げる
この人はラピの母親でゲルダ・ララノアという女性だ
綺麗な白髪は後ろで1つに結われており、それでもなお腰まである長さだった
見た目は25前後だろうか、とても若く見える女性だった
若草色のぴったりとしたワンピースを着ており、スタイルの良さを強調していた
「ラピィ、いいお友達持ったのねぇ」
「はい!母様!」
ラピの頭を軽く撫で、ゲルダはドカドカと音を立てながらフレイの横に立つ
「賭けは私の勝ち、アナタ・・・約束は守りなさい!」
ゲルダは腰に手を当てふんぞり返り、フレイを見下ろす
「むぅ、仕方あるまい」
流れを理解してないリリムが問う
「えっと・・・フレイ様?どういう事なのですか?」
「いや、すまぬすまぬ、少し試したのだ」
「試す?」
「そちらの黒い御仁をな、ラピを任せられる人物か見極めさせてもらった」
「嘘おっしゃい」
即座にゲルダが横から突っ込みを入れる
「この人はね、ラピを返してもらう!って聞かなくてね
私と賭けをしたのよ、ラピの友達が交渉に乗ってくるかどうかをね
少しでも彼が悩めばこの人の勝ち、迷う事なく断れば私の勝ち、うふふ、私の勝ち~」
Vサインをしながら勝ち誇るゲルダの横でフレイが肩を落とす
「そういうわけだ・・・・ハーフキャットは受け入れよう」
「あ、ありがとうございます」
「少し付け足してもいいですか」
シルトが真剣な表情で進言する
「彼女達に人権を与えて頂きたい、それと住まいと仕事も・・・
身勝手な事を言ってるのは分かってます、ですがお願いします」
彼は深く頭を下げる
ゲルダはニコニコとしてフレイの頭をパシンッと叩く
頭をさすりながらフレイは答えた
「分かった、それはエルフが保証しよう
ちょうど人手が欲しかったのだ、こちらとしても助かる」
森には虫の死体が溢れ、その処理に追われていた
戦争で男手を大幅に失い、手が回っていなかったのだ
「しかし、ラピは返し『アナタ?』・・・・なんでもない」
ゲルダの笑顔での威圧でフレイは諦める
話がまとまり、一段落した頃、ラピがフレイに革袋を差し出す
「これは?」
「エンビ・ルルラノさんから託されました」
「エンビか・・・・彼はしっかりやってたか」
「うん、がんばってたと思う・・・ます」
「そうか」
フレイは革袋を開き、中を確認する
その中にある手帳を開き、目を丸くする
「ラピ、お前の仲間に精霊を使うものがいるのか」
「うん」
フレイとゲルダは目を合わせ、頷く
「その人はハイエルフという事になる、今日はいないのか」
「うん、イオマンテに残ってる・・・ます」
「そうか、明日にでも是非連れてきてくれ」
「わかっ・・・りました」
こうして話し合いは終わり、一行はララノア家を後にする
帰り道でラピはシルトに何度もお礼を言っていた
後日、ラピとジーンが再びララノア家へと訪れる
「父様、ジーンさんを連れて来ました」
「よくぞ参られた、ハイエルフよ」
「ハイエルフ?」
ジーンがラピを見て首を傾げる
ラピは苦笑いで何も言わなかった
「ハイエルフとは、エルフに伝わる伝説の英雄達の事です
その者達は精霊を操り、世界が動く時に現れると言われています」
「私は人間ですよ?」
「耳を見せて頂きたい」
「はぁ・・・」
ジーンが髪をかき上げ耳を見せる
僅かにだが尖った耳にはエルフの特徴が少しだけあった
「ジーンさんとおっしゃられましたか、貴女の親族にエルフはおられませぬか」
「えっと・・・・母親は知ってますけど人間です、父親や祖父母は知りません」
「そうか・・・では、父親か祖先にエルフが混ざっていたのだろうな」
「私、ハーフエルフなんですか?」
「先祖返りというやつかもしれん、ハーフエルフとも言えぬほどに遠くかもしれんな」
ゲルダが甘い香りのする温かいお茶を用意し、皆の前に置いて行く
「ジーンさんはどの精霊を使えるのですか」
「今は4属性の精霊を・・・火、水、風、土です」
「見せては頂けないだろうか」
「構いませんけど・・・外でいいですか?ここじゃ・・・」
「では、外へ参ろう」
ララノア家の前にある広場へ出て、ジーンは本を開く
目を閉じ、感覚を研ぎ澄ます・・・・そして、繋がりを感じ取る
「・・・・おいで、ウォーターウンディーネ」
パチンッと指を鳴らし、それが反響していく
ジーンの前方の中空に水滴が集まっていき、3メートルにもなる水球が形成されていく
なんだなんだとエルフ達が集まってきて、その光景を見物していた
水球は弾け、中から淡い水色の肌の下半身が魚の女性が姿を現す
透き通るような青い長い髪をなびかせ、くるくると回り、停止する
3メートルほどの青い女性はジーンの指示を静かに待っていた
「こ、これが・・・精霊か!」
フレイがわなわなと震え、ウンディーネに釘付けになっている
見物をしていたエルフ達からは歓声が上がり
目の前に現れた伝説上の存在にひれ伏した
「本当に使役しているのですか」
「はい、何でも命令できますよ」
「で、では、ひれ伏せるとかも?」
「ひれ伏せ」
ウンディーネは大地に降り、ジーンの前にひれ伏した
おぉぉ・・・
辺りから歓声が上がる
「これが伝え聞くハイエルフと精霊か・・・素晴らしい」
「もういいですか?」
「あ、あぁ、ありがとう」
「散れ、ウンディーネ」
ジーンの一言で、ウンディーネは水の塊に戻り、地面へと落ちる
ビシャっと大きな音を立てて、地面の色が変わっていく
一行がララノア家へと戻り、話が再開される
「素晴らしいものを見せていただいた、感謝する」
「いえいえ」
「今後、リョースは貴女を全面的に支援いたします」
「え?」
「ハイエルフの役に立てるのは我等としても本望
里の中にはハーフエルフを忌み嫌う者もいるやもしれません
しかし、ハイエルフとはエルフの中のエルフ、いつでも頼ってくだされ」
「ありがとうございます」
そこでゲルダが口を開いた
「ラピィ、ウェールズはしっかり面倒みてる?」
「はい、母様」
「そう、ならいいのだけど・・・ウェールズは里の宝だから大切にね」
ウェールズ、ラピの肩に乗るドラゴンの子供は
ラルアースに存在する唯一のドラゴンだった
それはエルフ達がラルアースへと来る前に、ある竜王から授かった卵
それが数千年の時を経て、やっと孵ったのだ
ウェールズは卵から出てすぐラピを見た、刷り込みによりラピを親と勘違いしているのである
「今日は泊まって行くの?」
「ううん、皆の所に帰る」
「そう、残念だわ」
「また・・・・帰って来ます」
「当然だ、いつでも帰って来い」
フレイはラピを見る事なく言う、その目には僅かに涙が光っていた
翌日、ハーフキャット達はリョースへと移り、住居を与えられる
仕事は虫の死体掃除が主なものだが、エルフから色々教わっていくようだ
「ハルもひっひょひ帰る!」
シャルルとサラの手を掴み、離そうとしなかった
ニーズがハルの頭に手を置いて、無理矢理自分を見させる
「ハル、あんた何もできないだろ?着いてっても邪魔なだけなんだよ」
「やだ!ハルもひくもん!」
「ここで家事や常識を学んでからでも遅くないだろ?」
「・・・・」
「シャルル達に迷惑かけたくなけりゃ勉強しな」
「・・・わかった、ハルがんばる」
シャルルがしゃがみ込み、ハルを思いっ切り抱き締める
サラも少女の頭を撫で、二人の目には涙が見えた
ハルは必死に泣かないよう我慢するが、目からは涙が溢れる
「ハル、おべんひょうひたら、ひってひひ?」
「うん、いいよ、待ってるよ」
「うんうん」
「ハルがんばる・・・がんばってひゃるるお姉ひゃんたひと暮らす」
我慢できず、わんわんと泣き出すハルを優しく抱き締め、頭を撫でる二人だった
こうしてハーフキャット達と別れ、ハーフブリードはラーズへと帰るのだった
この先に待ち受けている大きな事件を彼等はまだ知らずに・・・
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