カタクリズム

ウナムムル

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3章:死者の国編

第14話 絶無

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【絶無】






戴冠式まで残り2時間半、緑の蛇宿舎前

緑の蛇団長レヴィに次々と倒されていくドローロを気にする余裕は無かった
ドローロの操作には多少なりとも集中力が必要である
しかし、そちらに意識を集中すれば即座に殺されていただろう
眼前に立ち塞がる驚異・・・アムリタ聖騎士団"赤の獅子"団長クー・セタンタ
この男は幾多の戦いでその猛威を振るってきた猛者なのだ

レヴィもクーの戦いぶりはその目で見た事がある
身体能力は人間の限界レベルまで高めているのは誰が見ても明らかだろう
だが、この男は時に人の領域にない動きをする事がある
神槍ゲイボルグ・・・あの忌々しい真紅の槍の力だ

新型魔石と改良魔石を身体に埋め込み
五感が常人の遥か上の存在となった今だから解る
クー・セタンタという男の実力は思っていた以上の存在であると・・・
レヴィの僅かにでも意識がドローロに向くとクーの槍がピクリと動く
そのため、レヴィはドローロにろくに指示も出せず
ドローロ達がただの腐肉の塊となるのを待つ事しか出来なかった

どうする、逃げるか?

レヴィは考えた、目の前のクーだけなら何とかなるだろう
赤の獅子団員などいくら居ようと問題はない
問題はアイツ等だ、何だあの連中は
見た事もない力や魔法、ドローロの動きを鈍らせる七色の光と銀の粒子
1人1人が常人の域に無い、英雄の域にまで達している5人組
あれは厄介だ、あんなのをまとめて相手するのは愚策でしかない

そんな事を考えていると、ドローロを倒し終えたあの5人組は去って行く
よく解らないがこれは好都合だ
残るはクー・セタンタと瀕死の兵が数人、これなら勝てる
状況が変わり、心に余裕が出てきたレヴィは醜く口角を上げる
ニタァ、そんな表現がぴったりな醜い笑顔だ

「コイツには手を出すな、動ける者は怪我人を助けてやれ」

クーはレヴィから目を離さぬまま、瀕死の赤の獅子団員に指示を出す
赤の獅子達が負傷した者に肩を貸し、仲間の遺体を担ぎ、その場を離れて行く
宿舎前には腐肉の塊と二人の団長だけが残されていた

「やっと二人きりになれたな」

「くくっ、お前にそんなに好かれているとはな」

「アイツ等がいては少々動きにくいのでな」

クーの身体はゆっくりと沈んでいき、空気が重さを得たのかと錯覚するほどの緊張が走る

「レヴィ、何故レンブランにつく」

「簡単な事よ、野心の強い者は操りやすい」

「・・・では、王の暗殺、貴様も加担していたのか」

「あぁ、そうさ、あの傀儡(かいらい)皇子に毒を渡していたのは私だ」

「・・・・」

「ヴァーテンヴェルグはなかなかに笑えたぞ?
 毒を薬と信じて毎日飲み、ゆっくりと衰弱していく様はなぁ!くっくっくっ」

『外道がっ!』

クーが飛び出すと同時にレヴィの両手に光る魔石から紫の雷が放たれる
ゲイボルグでそれを受けるが、雷は次々に襲いかかり、防戦一方となった

「くっ!」

『どうした!クー・セタンタとあろう者が動けないのかぁ!?
 私の雷の前ではお前の槍などゴミも同然なんだよ!あぁん?!』

『レヴィィィィィィィッ!!』

槍を貶される事だけは許さない
槍を侮辱されるという事は、師であるスカーを侮辱されたようなものだ
クーの中でスカーは既に神にも似た者となっている
怒りに我を失いかけると、レヴィの放つ雷がクーの肩に当たり、その部分の鎧は弾け飛ぶ

「くっ・・・」

痛みで我に返ったクーは状況を分析する
どうする、これでは手も足も出んぞ・・・使うしかないのか・・・
クーが考え事をしていると、レヴィは右手から放出する雷を地面へと向ける
そして左手は上へと掲げ、まるで雷で引っ張り上げられていくように彼の身体が宙に浮く

『逃げるのかっ!』

「バカめ、逃げなどしないさ」

雷により空を飛ぶレヴィは緑の蛇宿舎の屋根に降り立つ
上からクーを見下ろし、醜い笑顔を向け、両手を向ける

ジジッ・・・・バリバリバリバリッ!

まるで雷の雨のようだった
クーに逃げ場などなく、幾多の雷が彼を襲う

『ぐああああああああっ!』

雷を受けたクーの身体は反り返り、その身に纏う白銀の鎧が弾け飛んで行く
意識が飛びそうになるクーは痺れる身体で槍を天高く掲げ、ゲイボルグに雷を集める
そのまま走り出し、宿舎の壁へと跳躍した
1階の窓枠上部に足をかけ、そのまま蹴る
次に2階の窓枠に手をかけ、身体を引き上げようとすると
クーを追う雷は宿舎を破壊し大穴を開けた
クーはその大穴に飛び込み、宿舎2階部分へと入った

「チッ・・・これでは当たらんか」

レヴィが雷の放出を止め、両手を見てニヤける
あれだけの魔法を発動してもなお魔力が溢れてくる・・・こいつはとんでもない代物だな
TheOneからもっと魔力を奪えれば良かったのだが、まぁそれは後でいいだろう
今ある魔力でもクー・セタンタを倒す事くらいは容易いだろう
身体中から溢れ出る魔力にレヴィの気は大きくなっていった

宿舎内へと逃げたクーは屋根に出る道を探すが見当たらなかった
屋根までは3メートルちょっと、ジャンプで届くかギリギリの距離である
仮に届いても天井があるため、それを破壊しなくてはならない
それでは勢いが殺され、屋根に上がる事は叶わないだろう
レヴィに気づかれては元も子もない
1撃で天井を破壊し屋根に出なくてはならない

辺りを見渡し、使えそうな物を探す
テーブルを並べて助走できる距離と高さを稼げばいけるか?
いや、そんな悠長な事をしている暇はないか・・・

その時、天井の一部から埃がパラパラと落ちてくる
レヴィはそこにいる、という訳か
ゲイボルグを埃の落ちてきた地点へと向け、クーは瞳を閉じた

「お師匠様、少しだけお許しください・・・」

クーは師であるスカー・サハに謝罪し、瞳を開く

『力をよこせ・・・ゲイ・・ボルグッ!』

彼の声に反応するようにゲイボルグが真紅に輝き
クーの白髪交じりの長い黒髪がバサバサとなびき、毛先が赤く染まっていく
苦痛で顔をしかめると、口からは血が流れる・・・だが、その血は黒かった

これはゲイボルグの副作用である
スカーが槍の力を使うなと止めたのはこのためなのだ
この槍、ゲイボルグにはスカーの血が入っている
スカーの力の一部とも言えるゲイボルグを使うという事は
彼女の血をその身に宿すという事でもあるのだ
人の身であるクーにその力を受け入れる事は出来ない
スカーの血と混じりあったクーの血は呪われ、汚され、黒く変わっていく

左目が赤黒く染まり、片方の視界が赤黒く染まる、ここらが限界か・・・
クーは助走もつけず、ゲイボルグを突き出したまま真上に跳躍する
彼の身体は天井まで到達し、穂先は天井を貫き、まだ勢いは死んでいない

突如足元からゲイボルグの穂先が現れ、レヴィは焦った
何とか直撃は避けようと身体をひねるが、ゲイボルグはレヴィの右腕を肩口から切断していた

『ぐおおおおおっ』

破壊された屋根から現れたのはクー・セタンタ
この男、どうやって!2階から何メートルあると思ってやがる!
何という身体能力だ、本当に人間なのか!?
レヴィの右肩から血が吹き出す、その傷口を雷で焼き、止血する

「ぐぅっ!・・・ぜぇぜぇ・・・・クー・セタンタァッ!」

「げほっげほっ・・・外したか」

クーが再び黒い血を吐き出し、ゲイボルグの輝きが弱まっていく
なびいていた髪も大人しくなり、毛先も黒く戻っていく
これ以上ゲイボルグの力は使えない、これ以上は命に関わる
お師匠様と約束してしまったからな・・・ふっ
クーは思い出し笑いをし、口元の血を拭う事もなく槍を構えた

『人間ごときがッ!もう許さんぞッ!』

レヴィは左手で自身のローブを掴み、破り捨てる
彼の胸には怪しく煌く一際大きな魔石があった
それは脈打つように光を放っており、完全にレヴィと融合しているようだった

「お前には絶望を味あわせてやる・・・感謝しろよ、クーセタンタァ!!」

レヴィが胸の魔石に呪術的な文字を刻む
すると、魔石の光が増し、レヴィのローブは全て吹き飛んでいく
レヴィを中心に力の波動のようなものが発生し、屋根は崩壊していった

『ひゃひゃひゃひゃーっ!し、ししししっ』

レヴィの顔には血管のようなものが幾つも浮き出て
彼の右目は飛び出そうなほど盛り上がる

「レヴィ・・人である事すら辞めたか・・・」

『何を今更ァ!わわわ、私は人など凌駕した魔人であるぞぞぞぞぞぉっ!』

「同じアムリタ聖騎士団長のよしみだ・・・一思いに殺してやる」

『こここ、こご、ごろず!』

レヴィの肉体は膨張していき、もはや人のそれではなかった
先程切断した右腕は彼の身体に吸収されていき動き出す
両手、胸、腹にある魔石が激しく輝き、全ての魔石から紫の雷が放たれた
クーはゲイボルグを前へと構え雷を防ぐが、雷の威力は先程までの比ではない
屋根を壊し、緑の蛇宿舎を崩壊させていく

このままではまずいか・・・クーは崩壊する宿舎から飛び降り
受身を取りくるりと回転する、そして上を見上げた時
そこに見えたレヴィ・コナハトという男は、もはや彼の知る緑の蛇団長ではなかった

太い雷が蛇のように暴れまわり、宿舎を破壊する
轟音を立て倒壊する宿舎の上空にはレヴィだった者が浮いていた
レヴィから生える雷の触手は辺りに転がっているドローロだった者へと伸び
ゆっくりと大地に降りたレヴィの元へと引き寄せられて行く
それらを吸収し、巨大な汚物の塊のようなドロドロの物体となった
幾つもの眼が開き、幾つもの手足が生え、大きな口から腐臭をばら撒く
レヴィの付近の芝は一瞬で枯れていった・・・

「ギョギョ・・・ギギ・・・グー・ゼダンダ・・・」

「まだ自我は残っているのか
 ならば・・・人である内に終わらせてやる、それが貴様の陛下への贖罪だ」

核となる魔石を壊せば倒せるだろう
しかし、それはあの分厚い肉の壁の奥底だ
使うしかないのか・・・今の俺に耐えられるか?くそ、迷っている時間はないか

『持ってくれよ!・・・ゲイ・・ボルグッ!!』

ゲイボルグが真紅に輝き、クーの髪や赤いマントがバタバタとなびく
毛先は血のような赤に染まっていき、左目からは黒い血の涙が流れ出す
右目も赤黒く染まり始め、口からは黒い血を吐き出している

「げほげほっ・・・ぐぅ!」

もう少し、もう少しだ、耐えてくれ!
ゲイボルグを握る手の平から、溶けた鉄のような血が流れ込むような感覚
激痛、そんな生易しいものではない
全身が焼かれるような、中から破裂するような、生きた心地のしない痛みだった
だが、その中でクーの手足からは信じられないほどの力が湧き出る
今なら何でもできそうな、そんな気分にすらさせるほどの力が・・・・

『がはっ・・・ペッ・・・・行くぞッ!』

クーは喉に溜まっていた血を吐き出し、一気に駆け出す
一蹴り一蹴り、その度に芝は弾け飛び、地面はえぐれていく
人間の領域にない脚力で彼は走り出していた
そのスピードはサラと同等かそれ以上だ、肉眼で追えるレベルではない
ゲイボルグの赤い残光だけが残っていた

レヴィの身体中から雷が放たれ、辺りを破壊しつくす勢いだ
その雷をギリギリでかわしていく、雷の雨を縫うように赤い光が突き進む
ジグザグに進む赤い残光はまるで赤い雷が地面に描かれていくようだった

『グー・・・グーゼダンダ!ゲゲゲギャギャ・・・ググゲゲ』

クー目掛けて凄まじい太さの雷が放たれる
しかし、彼はそんなものはお構いなしに跳躍し、自ら突っ込んで行った

『はああああああッ!!』

その瞬間、信じられない現象が起きた
クーの持つゲイボルグがレヴィの放つ雷を両断したのだ
雷は二つに裂け、瓦礫となった宿舎を、城の壁を破壊していく
クーはそのままレヴィへと突っ込み、その巨体を貫通した
レヴィの身体を貫いたゲイボルグの穂先には、彼の胸にあった魔石が刺さっている

パキンッ

魔石は二つに割れ、それを見たクーはニヤける
そこで全身の力が抜け、ゲイボルグの真紅の光は消える
着地などできず、芝へと叩きつけられたクーはゴロゴロと回転して行き
勢いが無くなるまで転がっていく

レヴィの肉体は核となる魔石を失い、暴走状態になっていた
腐肉が膨張し、破裂して、再び膨張する
そんな事を幾度か繰り返したレヴィの肉体は最後に大きく膨れ上がり、爆散した
ビチャ、ビチャっと腐肉の雨が降り、辺りの芝生を汚していく

よろめきながら立ち上がったクーは、元同僚の変わり果てた姿を見下ろしながら言う

「・・・我が槍に、断てぬもの無し」






戴冠式まで残り2時間、アムリタ城内

エイン達とディムナ率いる青の大鷲とルアはオエングスの元へと向かっていた
すると、マリアンヌ姫を連れたオエングスが姿を現す

「オーグスッ!無事だったか!」

「はい、父上・・・姫も無事です」

「よくやったぞ!」

ディムナがバシバシとオエングスの背中を叩き、豪快に笑っている
照れくさそうにはにかむオエングスの表情を見てマリアも微笑んでいた

「姉上」

「ルア・・・貴方が立ち上がってくれたのですね」

「はい、僕がレノを討ちます」

「そう・・ですか・・・・悲しい事ですが、頼みますよ」

「はい、この命に変えても」

「それはいけません!貴方は生きなくてはなりません、アムリタのために!」

プンプンと怒るマリアに叱られ、ルアの張り詰めていた緊張の糸が僅かに緩む

「姉上には敵わないな、解りましたよ」

「それでいいのです、ルア・・・」

マリアが優しくルアの頭を撫でながら言う

「貴方は変わってはいけません、優しいルアのままでいなさい」

「はい・・・はい・・・」

ルアの瞳からは大粒の涙が流れ、マリアは優しく抱きしめていた・・・
ルアが落ち着く頃、今後についての話し合いが行われていた

「やはりレンブランを抑えない事には・・・」

「戴冠式まで時間がありません、急ぎましょう」

「しかし、どこにいるのだ」

「近衛騎士団も姿を見せていません、注意した方がいいでしょう」

その時、突如リリムが叫ぶ

『皆さん気をつけてください!何か近寄ってきます!すごい魔力です!』

リリムが睨む方へと皆が向き、抜刀する
皆の視線が集まる曲がり角から顔を出したのは何とレンブランだった

『レノ・・・レノッ!!』

そして、レンブランの背後には巨大なゾンビが付き従っていた
3メートル級のゾンビ、身体中に合成魔法金属のボルトが刺さっている
胸部から不気味な緑色の光が溢れていた

「リリム、魔力の源はあのゾンビかい」

エインがリリムの前に立ちながら聞くと、リリムは頷いた

「そうか、あれは俺がやる」

「ヴァンレン卿、私も微力ながら力を貸しましょう」

オエングスがエインの横へと並び、二人は剣を構えた

巨大なゾンビの後ろから近衛騎士団がぞろぞろと姿を現し
ディムナ達"青の大鷲"やドラスリア騎士団
カナラン神殿騎士団達はそちらを相手する事となった

『レノ!答えろ!!何故父上を殺した!』

「お前が立ち上がるとはな・・・くくくっ
 何故殺したか?簡単な事だ、アイツは何も解っていない
 俺こそが王!他の誰でもない!俺こそが王に相応しいからだ!!』

「レノはバカだ・・・僕は王位なんてどうでもよかったんだ・・・」

『だがアイツは違っていた!お前を王に選ぼうとしていた!だから殺したのだ!!』

「レノ・・・そんな貴方だから父上はルアを選んだのですよ」

マリアが悲しそうな、寂しそうな瞳でレノを見つめる

『黙れ!哀れみの目を向けるな!売女がっ!』

『レノ!姉上になんて事を言うんだ!』

「いい加減気づけよ、お前等はここで死ぬんだよ、だから何を言おうといいだろう?」

「レノ・・・」

「お前等は賊の侵入時に殺された、そういう事になるんだよ、くくくっ」

「・・・・・レノ、もう引き返せないんだね」

「俺は王道を突き進むのみだ」

「解った・・・なら、僕は逆賊レンブランを討ち取る!」

『よく言った弟よ!ぶっ殺してやるから掛かってこいっ!』

『全軍!レンブランだけは殺すな!奴は僕が殺る!』

『ルア!ダメ!』

マリアの制止を振り払い、ルアは抜刀する
そして、剣を掲げ、それを一気に振り下ろす

『突撃ィ!!』

レンブラン軍vsルーゼンバーグ軍の戦いは始まってしまった
混戦となる戦場の隅で、巨大なゾンビと対峙する二人がいる
エイン・トール・ヴァンレン、オエングス・オディナの両名だ

「オエングス殿は左を頼みます」

「了解した」

2人が左右に展開し、ゾンビの隙を伺うと・・・

「お、おめぇ等・・・お、おでに痛いことする気だな」

喋った、このゾンビはハッキリと言葉を喋ったのだ
驚きのあまり言葉に詰まっていると、ゾンビは言葉を続ける

「い、痛いのは嫌だ、痛いことする奴は嫌いだ、お、おめぇ等、し、死んぢまえ」

「ま、待て!お前、自我があるのか!」

オエングスが慌てて彼・・・ゾンビを止める

「お、おで、自我、ある」

「ならば我等は危害は加えない、争うのは止めようではないか」

「ほ、ほ、ホントか、おめぇ等、痛いことしねぇか」

「もちろんだとも、無駄な争いは好まない」

「お、おめぇ等、いい人だな・・・お、おで、ZEROってんだ」

醜悪な顔が笑顔で緩み、何とも醜い姿だったが、その笑顔はとても優しいものだった
エインとオエングスは剣をしまう

「自分はエイン・トール・ヴァンレンだ」

「私はオエングス・オディナ、ZEROと言ったか、よろしく頼む」

「へへっ、お、おめぇ等、おでが怖くねぇだか」

「怖くないどないさ」

エインが真っ直ぐな瞳で当然のように答えると、ZEROの目から涙が溢れる

「は、初めてだぁ・・・お、おでをそういう眼でみてくれる人は、う、嬉しいなぁ」

見た目に反して心優しい奴なのかもしれない
エインとオエングスは強大な魔力を秘めるこのゾンビと争わなくて済む事に安堵していた

このZEROというゾンビの正体は、試作半生体"TheZERO"
ヴィクター博士がTheOneを創り出す前に戦場の死体で試したゾンビである
その後、ZEROはヴィクターに捨てられ、腐り、大地に帰るはずだった

だが、その戦場で緑の蛇に拾われる

レヴィはZEROを徹底的に調べ、死者を操る方法を手に入れた
いくら真似しようとZEROのように声を発する事はなかったが
簡単な命令ならこなせるよう改良した
そして、このZEROも度重なる改良を経て、しっかりと言葉を話せるまでなっていた

先日、TheOneを調べ、新たな技術を手に入れたレヴィはZEROを更に改造した
そして、問題は残っているがZEROは手に入れた、TheOneに匹敵する力を・・・

『ZERO、お前は何をしている!さっさと皆殺しにしろ!また"遊び"たいのか!!』

レンブランの声にビクッと身体を震わせ、ZEROは俯く
次第にその肩を震わせ、ZEROは両手を振り上げた

「なっ!待て!ZERO!」

『があああああああああああああああああああああああっ!!』

両手が振り下ろされ、地面へと叩きつけられる
ZEROの叩いた大理石の地面は砕け、30センチほど陥没する

「お、おめぇ等に恨みはねぇ、で、で、でも死んでくで!』







同時刻、アムリタ城内

「宝物庫どこよ」

「普通に考えると下かな?」

「下?地下って事?」

「うん、多分ね」

「行ってみよー!」

ハーフブリード達は宝物庫を探していた、この混乱に乗じてお宝をくすねる気である
元々そういう約束で今回の戦に参戦している、ある意味これは正当な報酬なのだ

カツカツカツ・・・

石造りなため足音が響く、音は壁に反響し、地下の広さが伺えた
階段を下り終えた一行は、手当たり次第に扉を開けていく
何個目かの扉を開けると、大きな広間に繋がっていた


こっちだ・・・・・


「ん?・・・・・・・気のせいか」

ジーンは辺りをキョロキョロと見渡していると

「お?ここ怪しくない?」

シルトが何かを発見したようだった
皆が集まり、中を覗き込む

「んー・・・暗くてよく分かんない」

「うん、奥は見えないね」

「ウェールズが反応してる・・・かも?」

「あら、竜は金銀財宝が好きって言うから当たりかも?」

「よし、行ってみよう、みんな離れないでね」

廊下にあった松明を手に進んで行く
室内は思ったより広く、赤い絨毯が敷かれていた

「この絨毯・・ケイトウの紋章、アムリタ王家のものだね」

「ビンゴかな」

「うん」


そう・・・・こっちだ・・・・・


「・・・・」

ハーフブリード達は慎重に、かつ急ぎながら進んで行く
すると、松明の灯りが扉を照らし出した

「ここかな」

「じゃないかな?凄い厳重に鍵かかってるし」

そう、この扉は幾つもの鎖が掛けられており、まるで封印でもされてるようだった
ジーンが扉を隈無く調べると、顎に手を当て考え込む

「どうしたの?」

シャルルが心配そうに聞くと、ジーンは考えていた事を答えた

「呪術的な封印が掛かってるみたい、解けるかな・・・」

「それだけ高価な物がしまってあるんだよ!」

「うんうん、お宝お宝」

「ウェールズー、どうしたのー?」

ウェールズがギャアギャアと鳴き止まず、ラピが困っていた

ジーンは扉に彫られている魔法陣に指を這わせながら考え込む
どこかで見た事ある魔法陣なんだよなぁ・・・どこだっけな
ジーンが思い出せそうで思い出せない歯がゆさを感じていると
ウェールズを大人しくさせたラピが言う

「聖獣の魔法陣に似てるね」

「あっ!それだ!」

ラピに言われて閃いたジーンは、すぐに魔法陣に魔力を流し込み
指で魔法陣に線を付け足していく・・・・まるで何かに操られるように・・・


唱えよ・・・


「開け、異界の扉・・・」

ジーンが心に浮かんだ言葉を呟くと
鍵は外れ、鎖が落ち、ガシャンッガシャンッ!と大きな音を立てる
ハーフブリード達は辺りを見渡し、誰も来ないのを確認すると、その扉に手を伸ばした

ギギギギギ・・・・

鈍い音を立てながら、ゆっくりと扉は開いていく
土埃が舞い、この扉が長い年月開かれていない事を主張していた
そして、扉が開くと同時にとてつもない力が彼等を襲う

「うわっ!なんだ!」

風・・・ではない何か、見えない圧力に押されているような感覚
足を踏ん張っていないと倒れてしまいそうな、意識すら失ってしまいそうな
そんな力がハーフブリード達に襲いかかっていた
そして、皆が気づく・・・・この感覚、力・・・まるで神に対峙した時のような・・・

ジーンだけは気づいていた、この吹き出してきた力は魔力であると
尋常ではない膨大な魔力、それが扉から溢れ出ただけなのだ
そして、その先にある闇から感じる魔力をその眼にし、ジーンはしゃがみ込む

「おぇぇぇ・・・・けほけほっ」

突然嘔吐したジーンに皆が驚く

「どうしたの!?」

シャルルがジーンの肩を抱くと、彼女の肩は小刻みに震えていた
目には涙を溜め、その場から逃げようとしているようだった
しかし、力が入らず、ガタガタと震える事しか出来ない

「ジーン!どうしたの!」

「みんな、解らないの?!この部屋にいる!」


そうだ・・・私はここにいるぞ・・・・


『なんなの!なんなのこの声!さっきから!!』

ジーンが取り乱し、暴れまわる
そんな彼女をシャルルとサラが必死に押さえつけた

声?何の事だ?誰もがそう思った
ジーンの言う声というのが皆には聞こえていなかったからだ


来い・・・・さぁ・・・来い・・・・・・


途端にジーンは大人しくなり、すっと立ち上がる
吸い込まれるように部屋へと向かって行く

「ちょ、ジーンさんどうしたの?何があったの?」

「行かなくちゃ・・・呼んでる・・・」

シルトがジーンの腕を掴み、止めようとするが
信じられない力でシルトの手を振りほどく

「ジーンさん・・・どうしたの?」

ラピが不安そうに言うと、サラがラピの頭を撫でながら言う

「大丈夫・・・シルトさんが何とかしてくれるよ」

サラにそう言われちゃ仕方がない、シルトは小さくため息を洩らしてジーンを追った

室内に入ったシルトは空気がまとわりつくような感覚に襲われる
まるで泥の中にでも入ったような、上手く身動きが取れないほどだ
そんな中をジーンは平然と歩いて行く・・・

『ジーンさん!おい!こっち向けよ!』

シルトの叫びを無視してジーンは闇の中へと消えて行く
くそっ、と舌打ちすると、後ろから眩い光が闇を照らした
振り向くとそこにはシャルルがおり、彼女の杖が光っていた

「生命の輝きよ!」

闇によって消え去りそうな光に魔法を重ねてかけていく
何度も何度もかけるが光は闇に吸い込まれるように消えて行く

『ジーン待てこらあああああああ!』

シャルルが怒り、走り出す
この室内でよく走れるな、と感心するが、シャルルもキツそうだった
普段の彼女であれば凄まじい早さで駆け抜けるが、今は早足程度だ

そして、シャルルの杖の光がジーンを照らし出す

祭壇のようなものがあり、その中央に祀ってあるのは・・・心臓だった
脈打つ心臓、ドクドク、ドクドクと動いている
ジーンは引き寄せられるようにソレに手を伸ばし、そっと持ち上げる
大切そうに抱き締め、振り向いたジーンは魂が抜けているかのようだった

『バカジーンッ!!そんなの捨てろおおおおおおおおっ!!』

シャルルが一歩一歩、力強く近づいて行く
彼女の髪はバサバサとなびき、頬や指が切れ、血が吹き出す
そんな中、シャルルは両手を前へと突き出して杖を構えた

『魂の再生っ!!』

杖から眩い光が放たれ、視界は白く塗りつぶされていく
光が収まると、ジーンは倒れていた
シャルルが抱き寄せ、心臓を離させようとするが、ジーンは離さなかった

部屋を後にした一行は、皆でジーンから心臓を離そうとする
だが、どうやってもその心臓はジーンの手から離れる事はなかった
気がついたジーンはキョトンとした顔をしており、その表情にシャルルの怒りが爆発する

「ジーン!それ早く捨てろ!」

「それ?・・・あ、これ?」

と、彼女は心臓を持ち上げ、ボールで遊ぶように心臓を投げてはキャッチする

「そうだよ!そんなヤバそうなのは捨てて!」

「やだよ、シャルルだって見えるでしょ?この魔力」

「分かるよ、いやってほど・・・・」

そう、この心臓が発する魔力、それは神にも等しい量だった

「だから捨てろって言ってんの!」

「やだよ、やっと手に入れたんだもん」

「あー!もう!なんで言う事聞けないの!また前みたいになってもいいの!?」

「サタナキアの時?」

「そう!」

「大丈夫だよ、あれとは別、これはただの魔道具みたいなものだから」

そう言いながらジーンは心臓をポンポン投げて遊んでいる
シャルルはタイミングを見計らい、浮いた瞬間の心臓に手を伸ばした
が、掴んだはずの心臓はすり抜け、ジーンの手に収まる

「え・・・」

何が起きたのか分からず、シャルルは不思議そうに自分の手を見ていた
確かに掴んだはず・・・・なんで?

「この部屋から物凄い量の魔力が溢れ出たから
 色々と影響があるかもしれない、早めに逃げた方がいいかも」

「マジか・・・・仕方ない、ずらかりますか」

「うん、早く戻ろう、嫌な予感がする」

「ウェールズも落ち着かないし、早く帰りたい」

「骨折り損のくたびれ儲けだな」

はぁ、と大きなため息を洩らすシルトを励ましながら
ハーフブリード達が小走りに城外へと向かう




外に出ると、そこには信じられない光景が広がっていた・・・・



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