カタクリズム

ウナムムル

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4章:闇の始動編

第1話 黄金の瞳

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※こちらのイラストは、きぃさんからのファンアートになります。




【黄金の瞳】





世界から死の概念が消え、24人の勇者達は死の神を復活させ、世界を救った
その旅の犠牲は大きなもので、生き残った者はたった10名だった
この事件で世界では数十万という命が失われ、無数の死体から病が発生する事となる
その病を治すため、エイン達は再び旅に出た・・・神の力を借りるために
厳しい試練を乗り越え、霊薬を手に入れた彼等は再び世界を救ったのだ

ラルアースの復興が始まった頃
死の概念を取り戻す旅に同行した1等級冒険者チームのハーフブリード
彼等はとんでもないものを呼び出してしまう
人類では到底抗えない絶対的な力を有した種族・・・魔族である
彼等の呼び出した悪魔サタナキアは悪魔階級第二位であり
その絶対的な力を前にラーズ国は苦戦していた
しかし、ラルアースに存在するもう1つの1等級冒険者チーム月光の力を借り
辛くも追い返す事ができたのだった

それからしばらく経ち、エイン達やハーフブリードの元に神託が下る
ネネモリに集まった彼等は北を目指す・・・大森林の向こう側、新世界へと
そこで待ち受けていたのは青の大鷲という聖騎士団であった
シルトは聖騎士オエングスと一騎討ちをし、神器の力の片鱗を味わう事になる
極寒の地アムリタ国、死に溢れた首都ダヌ、そこで出会う1人の少女
彼女は人だった者・・・死者だった
ワンちゃんと仲良くなったハーフブリードや
アムリタ皇子であるルアと知り合ったエイン達一行は
アムリタに渦巻く多くの闇と向き合い、その闇と彼等は戦う事となる
そして、新たな仲間と力を合わせ、友を失いながらも戦いに勝利する
死への冒涜である存在はこの世から消え失せたのだ

その後、再び彼らに神託が下る
エイン達とハーフブリードは別れ、別々の目的を胸に旅に出るのだった




アムリタ国首都ダヌを出立したエイン達一行は
雪原を抜け、大草原を越えて深い森の中を進んでいる

森は陽射しが通らず薄暗く、木々が生い茂り見通しは悪い
この辺りの木々は曲がりくねったものが多いのが特徴的だ
その奇妙な木々とこの薄暗さが相まって
どことなく不気味な雰囲気を醸し出している

季節は冬を通り過ぎ、春になろうとしていた
動植物の繁殖の季節である
森の中は様々な虫や動物達の求愛の歌声が響き
色とり取りの花が咲き乱れ、派手な色彩が森を彩っている
そんな森の中をこの一団は慎重に足を進めていた

彼等の使命は神の試練を受ける事である
突如、神の勇者として選ばれたエイン・トール・ヴァンレン
他の者は彼を支え、試練を乗り越え、神器を手に入れなければならない
来るべき災厄に備えるために・・・・

神は南東を目指せと言った
南東というのがどこを差す言葉なのかは分からないが
その地で試練を与えると言われていたため、行けば分かるのだろうと思っている
彼等は神を信じ、ひたすら南東を目指して直進するのみである


一行の先頭を歩くのはドラスリア王国騎士団長バテン・カイトス
バテンはその大きな身体と身の丈近くある大剣で道を切り開き
後続の者達が歩きやすいようにしている
そのすぐ後ろにはドラスリア王国騎士団アシュ・ブラッドが続き
獲物が現れないかと闘争本能を剥き出しにしていた

「アシュちゃん焦りすぎぃ~☆」

後ろからふざけたような男の声がする
そんなふざけた声を発するのは1人しかいない
プララー・チャンヤット、同じドラスリア王国騎士団の男だ

彼は俗に言う"オカマ"である

実力だけならばドラスリアでも類を見ないほどの生の魔法使いなのだが
同性愛者である彼は騎士団内では忌み嫌われ
エリートという道から外されてしまった溢れ者である

そんな彼を拾ってくれたのが王国騎士団長バテンだ
バテンは彼の実力を認め、自身の部隊に彼を引き込む
先にバテンの部隊に配属されていたアシュとはそこで知り合ったのだ

アシュも元は別の部隊に所属していた
彼は入団してすぐにその才覚を現し、エリートへの道を歩み出す
しかし、彼の無鉄砲な行動に当時の部隊長が嫌気を差し
問題児だろうと実力だけで選ぶバテンへと押し付けたのだ
そして、アシュもまたエリートへの道から外れてしまう結果となった

騎士団長であるバテンの部隊がエリートとはかけ離れているのには理由がある
彼の部隊は主に最前線、最難関の箇所を担当するからだ
そのため、貴族の出の騎士などは彼の元には配属される事は無い
絶えず命の危険があるためだ

今回、エイン達の旅に彼等が選ばれたのもそのためである
ドラスリアという国からすると彼等は所詮溢れ者、使い捨てなのだ

「・・・チッ」

アシュがプララーを一瞬睨んで舌打ちをし、冷静さを欠いていた事を自覚する
その後のアシュは辺りを警戒しつつ
敵を見つけたらラッキー程度に考えるようにする
その後ろ姿を眺めながら、プララーは小さく微笑むのだった

ドラスリア王国騎士団の後ろには地の巫女マルロ、火の巫女イエル
その後ろに死の巫女リリムが歩き、最後尾をエインとミラが歩いている

マルロとイエルに着いて来たカナランの神殿騎士団達は
先の戦いで壊滅的なダメージを負い、負傷兵と共に本国へと帰還している
よって、現在のメンバーはこの8名という事だ

「なぁ、疾雷(しつらい)の」

突然イエルが後ろを振り向きながら声をかける

「はい、なんでしょうか」

エインがリリムの横から顔を覗かせ、声の主イエルへと顔を向けた

「腕の調子はどうさね」

自身の銀の腕を触り、拳を作って確認を取ってから答える

「?・・・問題無さそうです」

その答えにイエルは満足そうに頷き「そうかい」と前を向く
何だったのだろう?と不思議がっていると
隣にいるミラが他に聞こえないように耳打ちしてくる

「火の巫女にはその腕を作る時に協力してもらっていますの」

「っ!そうだったのですか・・ならば御礼を言わなければ・・・」

「待ちなさい」

ミラがエインの左肩に手を置いて彼の動きを制する

「これは公には出来ませんの」

「何故ですか?」

「・・・地の巫女、火の巫女、そして死の巫女
 異なる国の3人の巫女がたった1つの物を作り上げた
 それはラルアースの歴史上無い事ですわ・・・その意味が解るかしら?」

「いえ・・・」

はぁ・・とわざとらしい大きなため息を洩らし、ミラは続ける

「そんな物が公になってみなさい
 各国がこぞって現代のアーティファクトであるその技術を欲しますわ」

「確かに・・・」

エインの表情が陰る

「その場合、巫女の奪い合い・・・戦争になりますわ」

「・・・そうかもしれません」

「ですから、巫女達には極秘裏に協力していただきましたの」

「そうだったのですか・・・有難う御座います」

エインは小さく頭を下げ、ミラは僅かに頬を染め、ぷいっと横を向く

「わ、解ったなら大切になさいっ!」

「はい!」

先程から後ろでこそこそと話してた二人の会話を
盗み聞きしようと必死だった者がいる・・・・リリムだ
彼女は最近のミラの態度や発言に一抹の不安を覚え
密着するように歩く二人が気になって仕方なかったのだ
そして、今やっと声が聞こえたと思えば「大切になさいっ!」である

それがどういう意味なのか想像する事しか出来ないリリムにとっては
「大切になさいっ!」「はい!」という流れは彼女の不安を煽る以外なにものでもない
バッ!と後ろを振り向くと、笑顔のエインと頬を染めて横を向くミラである
二人の会話の前にエインとイエルの会話があった事など頭から吹き飛び
完全にそういう意味に受け取ったリリムは肩を落とし
とぼとぼと力無く歩くのだった



陽も落ち、8人が深い森の中で野営の準備をしている時の事である

晩御飯の下準備をしていたマルロはただならぬ気配を感じて立ち上がり
辺りを見渡し「それ」が何なのか探っている
その表情に余裕は無く、誰が見ても異常事態なのは明らかだった

「どうしたんだい、マルロ」

横にいたイエルが心配そうに彼女を見て言うと
マルロは首を横に振り、何か怖いものでも見たかのような顔でイエルへと顔を向ける

「いえ・・なんでもありません」

「何か感じたのかい?」

「はい・・・ほんの一瞬ですが、魔力の波のようなものが・・・」

マルロに言われて辺りを見渡し、感覚を研ぎ澄ますが
イエルにはそういったものは感じる事は出来なかった
しかし、自分とマルロは同じ巫女であるが全く違う部分がある
それはマルロが母のお腹の中にいる頃から巫女に選ばれているという特異な点だ
そのせいかは解らないが、マルロは他の者より遥かに優れた魔力感知能力や
常人では出来ないほどの繊細な魔力コントロールを得意としているのだ
その特異性が、彼女が"神の子"と呼ばれる由縁である

「確かなのかい」

「・・・はい」

一瞬で消えてしまったため半信半疑な部分もあるが感じた事は確かである
マルロは瞳を閉じ、意識を集中させる
もう1度感じる事が出来れば確信が持てるからだ
イエルはそんな少女をじっと見て待つ・・・・
二人の巫女のやり取りに気づいた他の者達も音を立てず静かにマルロを待った

「・・・・・・・っ!」

マルロの目が見開かれ、身体をぐるりと回転させ、右後方へと視線を向ける
皆がその方向へと目を凝らすが、特に変わったものは見当たらなかった

「・・・・・います」

しかし、マルロの口から洩れた言葉はそれを否定する
このメンバーの中でマルロは魔力に関しては1番敏感なのだ
何かがいる、それは揺らぎようのない事実だった

「・・・・うそ・・・こんなのって」

方角が分かり、そちらへと意識を集中したマルロはある感覚を掴む
それは神に酷似した感覚、だが神では無い者なのもハッキリと分かった

「神に・・・・近い力を感じます」

少女の口から出た言葉は全員を驚かすには十分だった

「それが試練ってやつなのかしらぁん?」

プララーが疑問に思った事を口にすると、隣にいたアシュも口を開く

「そうじゃねーの?確か世界の神々に会えとか言ってたんだろ?」

「うむ、その可能性は高いな」

バテンは頷き、エインへと目を向ける
それには黙って頷き、エインは皆に聞こえるように言った

「試練かどうかはまだ解らない、だが行くべきだと思う
 この先にいるのが敵か味方か解らぬ以上、念のため最大限注意してくれ」

皆が頷き、野営の準備は中断され、戦いの準備が始まった




エイン達が森を半刻ほど進むと少し拓けた場所に出る
曲がりくねった木々の中央には1軒の小屋が建っていた
小屋の横には小さな井戸があり、最近使われたのか地面が濡れているのが見て分かる
現在進行形で何者かが住んでいるのは明白だった

エイン達は慎重に辺りを警戒しながら小屋へと近づいてゆく
1歩、また1歩と近づくにつれ巫女達の表情が見る見るうちに変化していき
小屋までおよそ10メートルという所でその足は止まってしまう
それに気づいたエインが彼女達を見て口を開く

「何かあったのか?」

その問いにはリリムが答えた

「はい・・・ここまで来て私にもハッキリと分かりました
 ここにいる存在は神にも近い力を持っています・・・ですが、神ではありません」

「神ではない・・・のか・・・」

エインが小屋へと顔を向けると、リリムの後ろに立つマルロが口を開く

「悪意・・・ではないのですけど、拒絶するような意思を感じます」

「拒絶?近寄るなという事なのか?」

バテンが小さな少女を見下ろしながら言うと、マルロは小さく頷いた
横にいるイエルの表情も険しいものだ、その額には冷や汗すらかいている
この巫女達は先に戦いで人類など遥かに凌駕する力を見せつけた
その二人がこれほど警戒する存在がこの小屋にいるという
バテンは軽く身震いする、それは恐怖からだ

「大勢で行って刺激しても不味い、まずは俺だけで行ってみるよ」

エインが皆に顔を向けて言う
それを止めようとしたリリムとミラに首を振り、彼は歩き出した
皆がエインの背中を見つめながら小屋へと意識を向けていると
エインが入口に辿り着くより先に、その入口の扉が開いた・・・

中から顔を出したのは20代半ばほどの黒髪の女性
その髪は艶があり、そして異常に長い・・・足首近くまであった
真っ白な蝋で出来たような滑らかな肌と
満月のような黄金の瞳が印象的な独特な雰囲気の女性だ
その独特な雰囲気に合った身体に貼り付くような黒い革の拘束具のような服が
彼女の華奢な身体を際立てている
妖艶、そんな言葉が適切な絶世の美女がそこにいた

「何用じゃ」

彼女の容姿に合ったとても綺麗な声が響く

「自分達は世界を旅する者です
 敷地に勝手に入ってしまい申し訳ありません」

エインが丁寧に深く頭を下げて言う
すると、その女性は唇に人差し指を当て、妖艶な笑みを浮かべて言った

「それは良いて、しかし妙よのぉ」

「妙・・・とは?」

エインが顔を上げて聞く
女性はくくっと小さく笑い、全員を見渡してからマルロを見つめ微笑んだ

「なるほどの、そういう事かえ・・・わらわの結界が通じぬはずじゃ」

「結界・・・?あの、どういう事なのでしょうか?」

エインが何の事かさっぱり分からず聞くと女性は口元を緩ませる
真っ赤な唇からチラリと見える犬歯は人のそれより遥かに長く
ラルアースの童話に出てくる"吸血鬼(ヴァンパイア)"のそれに酷似していた

「ここには人よけの結界を張っておる
 普通の人間にはここを見つける事すら出来ぬだろうのぉ」

そこで女性はマルロを見つめ、再び口を開く

「そこの幼子、神の子じゃな」

「っ!」

マルロは聞きなれた神の子という言葉に目を大きく見開き
何故その呼び名を知っているの?といった顔で女性を見た
そんなマルロを嘲笑うかのように、女性は妖艶な笑みを浮かべたまま言葉を続ける

「どうして知ってるの?そんなところかの」

「っ!」

再びマルロが大きく目を開き、驚きの表情をしていると
女性は声を出して笑い、悪戯っぽい表情をする
その表情は少し幼げで、可愛らしさもあった

「わらわには分かるのじゃ
 いや、見えると言った方がいいかの?」

「見える・・・何がですか?」

マルロが恐る恐る聞くと、女性は再び妖艶な笑みを浮かべ
チラリと長い犬歯を覗かせながら言う

「地神の加護・・・・と言ったところかの」

「あの・・・・私はマルロ・ノル・ドルラードと言います・・・貴女様は・・・」

マルロは自然とこの女性を様付で呼んでいた
自分より遥か上の存在、神にも似た何かを感じ
自然とそう呼んでしまったのだ

「わらわか?おや、言ってなかったかえ?
 わらわはスカー・・・スカー・サハという者じゃ」

ただの世捨て人じゃと付け足して彼女は言った

「スカー殿はこんな場所に住んでいるのか?」

バテンが疑問を口にすると、スカーは大声で笑ってから言う

「あっはっは!確かに"こんな場所"じゃな」

「いや、悪い意味ではないのだ」

バテンが慌てて訂正するが、スカーはそんな事は気にも止めず続ける

「なぁに、単に人と関わりたくないだけじゃ、深い意味は無いて」

「そうか・・・しかし、こんな森の中で女性一人とは危なくないのか?」

その言葉にスカーは爆笑し、お腹を抱えて笑っている
聞いたバテンの方がおかしな事を言ったのかと不安になっていると
スカーは涙目になった目を指でこすりながら口を開いた

「あっはっはっは・・・はぁ、いや、すまぬの
 人と話したのは久しぶりでの、面白かったのじゃ、許せ」

「は、はぁ・・・」

「今の質問に答えてやろうかの・・・答えは否じゃ
 わらわが危ないなどという事は有り得ぬ、何なら試すかえ?」

そう言ってスカーは自身の顔をなぞるように指を這わせる
彼女の黄金の瞳が月明かりを反射しキラリと輝き、その眼を見たバテンはゾッとした

「い、いや、やめておこう・・・」

「そうかえ?残念よのぉ」

全然残念そうには見えないがスカーは頬を膨らませ拗ねたように見せる
その仕草が子供のように見え、美人がそんな事をすると違和感が凄い
しかし、その違和感がこの女性の不気味さを増していた

「あの・・・スカー・サハ様」

マルロは彼女を見上げながら恐る恐る聞く

「スカーでよい・・・して、なんじゃ?」

小屋の入口に寄り掛かり、見下すような眼でマルロの言葉を待つ

「はい、スカー様・・・
 地神の加護というのはどういったものなのですか?」

「気になるかえ?」

「はい」

スカーは「うーん」と額に人差し指を当てて悩むポーズをし
何かを閃いたのか、手をぽんっと叩いてから言う

「お前さんの背後に大きな蚯蚓(ミミズ)がいるようなものじゃ」

「・・・蚯蚓、ですか?」

「地の神であろう?巫女たるお前さんなら解るのではないのかえ?」

もはやスカーがマルロを地の巫女と見抜いても驚く者はいなかった
この女性なら知っていて当然、そう思わせる何かが彼女にはあった

「はい、地の神にお会いした時にそのお姿は拝見しています」

「ん?お前さん地の神に会ったのか?」

一瞬だがスカーの眉が動く

「はい」

「・・・なるほどの、お前さん達は神々の聖域から来たのじゃな」

「はい、ラルアースから来ました」

スカーは神々の聖域・・・ラルアースから来たという一団を改めて見る

小さな少女、マルロという幼子は神の子であり地の巫女だ
その隣にいるドワーフは火の巫女か
更にその横には忌々しい死の巫女までおるではないか
その他の4人は特に目立ったところは無いが
問題は彼等の前にいる、自分に一番近い場所にいるこの男だ

スカーはエインを下から舐めるように眺め
その視線に少し気恥ずかしくなり、エインが顔を背けようとするが
彼女の黄金の瞳がそれを許しはしなかった
不思議とエインは目を背ける事が出来ず、彼女の目に釘付けになる・・・

「お前さん・・・名は何と言う、申せ」

「俺・・・自分はエイン・トール・ヴァンレンです」

ほぅ・・と小さく唸り、スカーはエインの目を見つめる

「雷の名を持つ男、お前さん何者じゃ」

雷?俺の異名を知っているのか?
先程、地の巫女の異名も言い当てていた事もあり
そんな発想が頭をよぎる

「ドラスリア王国、ヴァンレン家が三男、エイン・トール・ヴァンレンです」

自分の身分を明かすと、スカーの反応は予想していないものだった

「そんな事を聞いてるのでは無いぞえ、お前さんはアホなのか?」

スカーが参った参ったといった感じで呆れていると
エインの後ろから1人の女性が前へと出てくる・・・・・・ミラだ

「スカーさん、御言葉が過ぎるのではなくて?」

「小娘、お前の出る幕では無い、下がれ」

スカーの声のトーンが落ち、途端に凄まじい迫力となる
そして、空気は変わり、辺りの木々から鳥達が一斉に飛び立ち
この場にいた全ての者に緊張が走った

ミラはその迫力に押され、言葉が出なくなる
遅れて自分が一歩も動けない事に気がついた
金縛り、そうとしか思えない見えない拘束が彼女の自由を奪っていた

「もう1度問う、お前さんは何者じゃ」

スカーはエインの目を真っ直ぐ見つめて言う
その目に支配されそうになるのを精神力で抗い
エインは自身の太ももを1度殴り、口を開く

「俺は・・神に選ばれました」

この女性に隠し事は意味が無い、エインはそう判断したのだ

「神に試練を受けよと言われています、そのための旅をしている」

「なるほどの・・・・今回はお前さんという事か・・・」

スカーが少し遠い目をして言う

「今回・・・とは、どういう意味ですか」

「言葉の通りじゃ、お前さんは今回の聖戦の勇者に選ばれた、そうであろう?」

「・・・・・まだ勇者ではありません、その試練を受けるだけです」

「謙虚さは美徳だが、お前さんのは少し違うようだの
 強いて言うならば・・・そう、臆病と言ったところかの」

スカーの言葉がエインの胸に刺さる
それはエイン自身に自覚があるからだ
臆病・・・勇敢な彼とは正反対の言葉に思えるが、それは周りの認識でしかない

実際のエインはとても臆病なのだ

守れなかったら、失ってしまったら、勝てなかったら
そんなマイナス方向の考えが彼の中には常にある
しかし、彼は自分が憧れる存在、幼き日に見た冒険者のように
勇ましく、強くありたいと願っている
自分もそうありたいが為に、彼はいつも自分を奮い立たせ
恐怖で震える足を叩き、前へと進んで来たのだ

「自覚はあります・・・俺は未熟ですから」

「自分を未熟と認められるのは良い事じゃ
 だが、履き違えるでないぞ、それは失敗していい理由にはならんからの」

「・・・・はい」

失敗していい理由・・・それを予防線として張っていたのかもしれない
エインはスカーの言葉に考えさせられる部分が大きかった

そして、スカーが歩き出す
エインへと近寄り、彼の耳元で何かを囁く
他の者にはその言葉は聞こえず、ただじっと待つ事しか出来なかった
しばらくしてからエインが1度頷き、スカーは満足そうに離れる

「随分と話してしまったのぉ」

夜も深まり、辺りはひんやりとした空気に満たされていた

「お前さん達・・・いや、小娘達、泊まっていくかえ?」

「いいのですか?」

マルロが驚くと、スカーは笑顔で頷いた

「アタシも泊まっていいのかしらぁ~ん?」

プララーがウィンクをしながらスカーに言うと
彼女は複雑な表情をした後にため息を洩らし、肩を落として頷いた

「うふ☆らっきぃ~♪」

プララーがくねくねとしながらスカーの小屋へと歩いて行く
その後ろでアシュがスカーへ向け声を荒げた

「おい、女どもはいいとしても、カマ野郎もいいのかよっ」

「誰がカマ野郎だゴラァ!」

プララーが鬼の形相で怒鳴ると、アシュがニヤけて言う

「これだぜ?」

まんまと本性を引き出されたプララーは「あっ!」と小さな声を洩らして
てへっ☆と舌を出してスカーに媚びを売る
しかし、時すでに遅し、プララーは小屋への入室は禁止された
その時のアシュの笑いっぷりと言ったらそれはもう酷いものだった




室内へと案内された女性陣が目にしたのは、とても不思議な空間だった
まず、小屋の大きさと合わない室内の広さに驚いた
明らかに中の方が広い、どういう作りになっているのかは解らないが
雑魚寝しないで済みそうという事にミラはホッとしたのだった

室内はとても明るく、隅々まで綺麗にされている
しかし、家具は少なく、最小限の物しか置いていない
そんな小屋の中、普通であれば必ずある物がこの小屋には無かった

「なぁ、スカーさんや」

イエルがそれに気づき、スカーへと声をかける

「なんじゃ」

既にソファでくつろぎモードのスカーはだらしない姿で答えた

「アンタ、食糧が無いのかい?」

そう、この家には食糧という物が存在していないのだ
唯一ある口に出来る物と言うと酒だけである
まさか酒だけで生きているなんて事は無いと思いたい
イエルはそんな可能性を感じながら聞いたのだった

「わらわには必要無いからの」

「必要無い・・・?」

生き物である以上、食糧は必須なはずだ
だがこの女性はそれが要らないという、そんな馬鹿な話があってたまるものか
それではまるで人間では無いみたいではないか・・・そこまで考えてイエルは気づく
彼女は人間では無い、そんなの解りきっている事じゃないか、と

「スカーさん・・・少し聞いてもいいかしら」

ミラが室内を歩きながら聞く
ソファでくつろぐスカーは顔だけをミラへと向け答えた

「なんじゃ」

「マルロさんの背に地神を見たとおっしゃっていましたけど
 私達の背後には何か見えるのかしら?」

「巫女は解りやすいからの」

ははっとスカーは笑い、鋭い視線をミラへと向けて言う

「お前さんには見えないがの」

「・・・そう・・ですか」

ミラは少し残念そうに俯く
世界のために、と様々な試練を乗り越えてきた
時には病を治すために走り回った事もあった
神託を授かった時は胸が躍る気分だった
自分が神に選ばれたのだと、認められたのだと自惚れていた
未だ自分は神の加護は得られていない、半人前なのだ
自身の無力さに歯をギリっと噛み締めていると

「そう落ち込むでない、辛気臭い
 ・・・・お前さんには素質はある、それは確かじゃ」

「素質?」

「わらわのバカ弟子は素質が無い奴じゃった
 しかし、お前さんにはそれがある・・それは欲しても得られぬものじゃ」

スカーは遠くを見るような目をし、瞳を閉じて少し微笑む
何かを思い出してその思い出に浸るように・・・

「その才を伸ばすも殺すもお前さん次第じゃ」

「はい・・・感謝致しますわ」

スカーは手だけを振り、再びだらしない格好でソファに身を預ける
ミラは自身の胸に手を当て心の中で誓うのだった
その才を引き出してみせる、と

「あの~・・・」

申し訳なさそうにスカーに声をかけるのはリリムだ
この中で一番警戒している相手が予想よりも近くにいてスカーは咄嗟に身構える
その行動にリリムが驚き、目をパチパチとしていると
スカーは警戒していたのが馬鹿らしくなり、はぁと1つ息を吐いて彼女を見た

「なんじゃ、お前さん達は質問大好きっ子か」

「あ、あの、ごめんなさいっ!」

リリムが深く頭を下げると、スカーは大きなため息を洩らす

「・・・冗談じゃ、そのくらい理解せい」

「あっ、は、はい!」

「何用じゃ」

「はい、1つ気になったので・・・エインはどう見えたのですか?」

「・・・・・」

スカーは答えなかった、いや、答えられなかった
スカー自身もハッキリと分かっている訳ではないのだ

「・・・あの、スカー様・・・?」

「いや、どう答えたものかと思っての」

うーん、とスカーは悩み、感じた事をありのまま言う事にした

「あやつは危険じゃ」

「危険?エインがですか?」

「そうじゃ、六神の繋がりは僅かにながら感じられた
 しかし・・・・同時にもう1つの神の繋がりを感じたのじゃ」

「もう1つの・・・神?」

リリムは自分の知らない神がいる事に喜びと驚きを感じていた

「その神とは"災厄神"・・・全ての災いをもたらし、世界を壊す破壊神じゃ」

スカーの言葉はこの場にいた全ての者が驚いた

「そんな神がいるなんて・・・聞いた事もありませんわ」

だが、ミラにも心当たりはある
神が言った"来るべき災厄"それが示すのはその破壊神である、と

「だろうの、災厄神は6000年前に封印されておるからの」

「6000年前と言うと神話戦争ってのがあった時かい?」

イエルがアムリタの青の大鷲団長ディムナに聞いた話を思い出す

「そうじゃ、その戦争で人類が戦った相手、それが災厄神じゃ」

「何故エインがその破壊神と繋がりがあるのですか?」

リリムはずずいとスカーに詰め寄り問う
距離が近い事に若干引きつつ、スカーは答えた

「そんなものわらわにも分からん
 だが、確かにその繋がりはある、わらわが聞きたいくらいじゃ」

「すみません・・・」

「妙に気にするの?なんじゃ、お前さんはあやつが好きなのか?」

スカーが何気なく聞くとリリムの顔は真っ赤になり
もごもごと何かを口篭りながら俯く

「あっはっは、お前さん分かりやすいのぉ」

スカーが大笑いをしてリリムは更に真っ赤になってゆく
それには他の者もクスクスと笑っていた

「どこまで進んでるのじゃ?もうヤッたのか?」

「そ、そそそそ、そんな!」

リリムが必死に首と手を振りながら否定する
その姿が面白くて、スカーは腹を抱えて笑っていた

「・・・・エインは私の気持ちに気づいていませんから」

「は?」

スカーが目を丸くして固まる

「気づいてない・・・?冗談じゃろ?」

スカーがミラ達に目をやると、無言で首を横に振る

「こんな解りやすいのを気づかぬのか?あやつはとんだ阿呆じゃな」

あっはっはっは!と目に涙を溜めて大声で笑う
笑いすぎてお腹が痛いようで、腹に手を当て、ひーひーと苦しんでいた
そんなスカーに少しムッとしたリリムは頬を膨らませスカーを見る

「エインは素敵な人です!」

「はー・・・ふぅ、すまぬすまぬ、ふふっ」

まだ堪えきれないようで小さな笑いを洩らしながらスカーは謝る

「エインは人を守るために自分の犠牲は厭わない人です
 とても優しくて、とても純粋で、真っ直ぐな人なんです」

「そうかそうか、良かったの」

スカーはまだ笑いながら適当にリリムをあしらう
リリムはムスっとし、ぷんぷんと部屋の隅へと行ってしまった



夜も深け、彼女達が眠りにつく頃
外では一人の男を残して皆寝静まる
一人起きている男、エインは空を見上げ、星を眺めていた
スカーに言われた事が気になり眠れなかったのだ

何故自分が選ばれたのかはまだ解らないが、何か理由があるのだろう
その理由を知るためにも、神の期待を裏切らないためにも失敗は許されない

未熟なのは失敗していい理由にはならない

スカーの言葉はエインの胸に深く突き刺さった
臆病になっていたのは事実である
だが自分には1つの信念がある・・・人を救いたいという想いだ
その想いは誰にも負けない自信はあった

幾度となく失敗をしてきた
焦り、驕り、自身を見失った事もあった
いつもそれを正してくれたのは仲間だった

この大切な仲間を、そして人々を救いたい
この想いは偽りではない、ならば進むのみ
仲間の言葉を勇気に変え、エインはまた1歩踏み出そうとしていた



翌日、まだ朝日が昇る前に旅の支度を始めていると、スカーがエインに声をかける

「お前さん、ちょっといいかえ?」

「・・はい、なんでしょうか」

「神の勇者としての力量、試させてもらおうかと思っての」

スカーはニヤりとしてその長い犬歯がチラリと姿を見せる

「試す・・・とは、どうするのですか?」

「簡単じゃ、わらわと手合わせをせい」

そしてスカーは片手を背中に隠し、もう片方の手で構える

「左手で相手をしてやる、感謝するのじゃ」

「・・・片手でやると言うのですか?」

流石にエインもその態度には僅かにながら苛立った
これまで幾多の死闘をくぐり抜けて来た
目の前にいるスカーという女性は確かに人智を超える力を有しているだろう
しかし、この扱いは侮辱以外のなにものでもない

「そうじゃ、わらわはこの左手を使う
 バカ弟子くらいには楽しませてほしいところよの」

「まさか、武器は使わないのですか?」

「あっはっはっは!わらわに武器を使えと言うのか」

スカーが腹を抱えて笑う
その態度に再びエインは苛立つ、どこまで馬鹿にすれば気が済むのだ、と
しかし、次の瞬間、エインのその考えは消し飛ぶ事となった


「自惚れるのも大概にする事じゃ」


上目遣いにエインを睨むその満月のような黄金の瞳は
これまで対峙してきたどんな敵よりも命の危険を感じた
背筋が凍り、ゾクゾクっと寒気が襲う

「・・・・分かりました、お受けします」

エインは腰に差すスチールロングソードを抜刀する
恐怖からか手は震え、剣がカチャカチャと音を鳴らす

「どうした?震える子犬のようではないか、そんな状態で戦えるのかえ?」

エインは銀の腕で左腕をしばし押さえ震えを止める
ゆっくりと手を離し、震えが止まっているの確認してから再び構え直した

「お待たせしました」

「では、行くぞ」

「はいっ!」



日が昇り、朝日が世界を照らし始める頃
二人の手合わせが始まろうとしていた・・・・・



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