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5.約束のお泊まり会
5-5.知らないこと、知っていくこと
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橘を先に風呂に行かせて、布団の準備をする。敷布団と掛け布団を押し入れから出そうとしていると、母さんが手伝いに来てくれる。
「ひとりでやらなくてもいいのに」
「いや、まあ……持てるから」
心配そうに気遣ってくれる母さんに掛け布団を持ってもらって部屋に布団を敷いていく。
「さっきね、ありがとうって言ってくれたわ。橘くん、本当に可愛らしい子ね」
「だろ。とはいえ、今日の飯はマジで美味かったよ。ありがとね」
「あらぁ……あらあらあらあら……!」
にまぁ、と破顔した母さんの顔を見て、ちょっと伝えたことを後悔しそうになるけれど、照れ隠しで否定しているように聞こえるのも癪だ。奥歯を噛んで耐えていると、母さんが今度は含みのない微笑みを浮かべた。
「はしゃぎすぎちゃったかなぁって思ってたんだけど、嬉しいわ。あなたがそんな風に笑うようになって」
「……え?」
「良い友だちに巡り合ったのねぇ。お母さんもはしゃいじゃうってなもんよ」
母さんにそんな風に言われて自分の頬に触れる。鏡もないこんなところじゃあ、自分の表情なんて分かりゃしない。気恥ずかしさはもちろんあるけれど、母さんの言葉を否定するのも違う気がして、無言で頷いた。
風呂から上がった橘に部屋に行ってていいと伝えて、自分も風呂に入る。適当にくつろいで待っててくれるだろうと踏んでいた。しかし、風呂から上がって部屋に戻ると敷いていた布団で体育座りしている橘に迎えられて面食らう。
「お前、どした」
「いや、その……なんか緊張して」
パジャマ姿で膝を抱えている姿があまりに子どもっぽくて橘の頭を撫でながら話を聞くとより一層身を縮こまらせてしまう。
「布団、ありがとう」
「うん。……なにか引っかかってることあるんだったら聞くけど」
「……引っかかってる、とかじゃないよ。でも、なんだろうなぁ……」
視線を泳がせて、いつもより大袈裟に息を吸った橘を見て、隣に腰を下ろす。ベッドを背もたれにして座って、橘を見つめる。
「少しだけ、羨ましく思った」
小さく、小さく。呼気に溶けてしまいそうなほどの声量で橘は言う。
「それが、嫌だった」
自分を抱きしめるように添えた手にグッと力がこもる。膝に顔を埋めて大きなため息をついた橘の握りこんだ手にそっと触れた。
「お父さんは、ずっと前に家を出て行ってそれ以来会ってない。お母さんは、仕事に忙しくしてて……しばらく顔も見てない。でも、それは俺が望んだことでもあったから。だから、羨ましいとか、そんなこと、思っちゃダメなんだけど……」
ポロポロとこぼれた言葉は留まることなく滑り落ちる。言葉と一緒に溢れた滴が橘の膝に落ちて、思わず抱きしめてしまう。
「思ったらいけないことなんて、ないだろ。お前の事情は分かんないけどさ。でも、お前自身がお前の感情否定しなくていい」
緩慢な動きで背中に回った手に力が入って、肩口に頭を預けた橘はゆっくりと話をしてくれる。
「……お母さんは、地質研究をしてる研究員でさ。お父さんがいなくなってから、俺のために仕事を辞めようとしてくれたことがあったんだよ。だけど、お母さんが仕事大好きなの知ってたし、俺なんかのために、夢を諦めないで欲しかったんだ。だから、仕事続けてって、俺が言ったの」
懐かしむように、どこか誇らしげに母親のことを語る橘はその行動自体を後悔している雰囲気は一切なかった。
「だから、寂しいとか、言っちゃいけないんだよ。だから、北見のことも、羨ましいなんて、思っちゃいけない」
それでも、やっぱりたどり着く結論には納得できなくて、抱きしめた橘の身体を引き離し、じっと目を見つめる。
「辛いこと辛いって思わないことなんてできないだろ。いいんだよ。別に思ったって。俺はお前の母さんじゃないからどう思うかなんて分かんないけどさ、寂しいってマイナスなだけの感情じゃないだろ、別に」
「……北見は、俺が寂しいって言っても迷惑じゃないの」
「いつだって言えよ。迎えにだって行ってやるし、いつうち来たっていいよ」
「……優しすぎだろ」
呆れたみたいに、でも宝物を抱きしめるみたいに、微笑んで橘はもう一度俺に抱きついてくる。背中に腕を回してさすると、照れたように笑った。
「落ち着いた?」
「おかげさまで。めちゃくちゃ恥ずかしいとこ見せちゃった。ごめんな」
「いいよ。ほら、ガトーショコラ食いに行こうぜ」
はにかむ橘をなだめて、二人揃ってリビングへ向かった。
「ひとりでやらなくてもいいのに」
「いや、まあ……持てるから」
心配そうに気遣ってくれる母さんに掛け布団を持ってもらって部屋に布団を敷いていく。
「さっきね、ありがとうって言ってくれたわ。橘くん、本当に可愛らしい子ね」
「だろ。とはいえ、今日の飯はマジで美味かったよ。ありがとね」
「あらぁ……あらあらあらあら……!」
にまぁ、と破顔した母さんの顔を見て、ちょっと伝えたことを後悔しそうになるけれど、照れ隠しで否定しているように聞こえるのも癪だ。奥歯を噛んで耐えていると、母さんが今度は含みのない微笑みを浮かべた。
「はしゃぎすぎちゃったかなぁって思ってたんだけど、嬉しいわ。あなたがそんな風に笑うようになって」
「……え?」
「良い友だちに巡り合ったのねぇ。お母さんもはしゃいじゃうってなもんよ」
母さんにそんな風に言われて自分の頬に触れる。鏡もないこんなところじゃあ、自分の表情なんて分かりゃしない。気恥ずかしさはもちろんあるけれど、母さんの言葉を否定するのも違う気がして、無言で頷いた。
風呂から上がった橘に部屋に行ってていいと伝えて、自分も風呂に入る。適当にくつろいで待っててくれるだろうと踏んでいた。しかし、風呂から上がって部屋に戻ると敷いていた布団で体育座りしている橘に迎えられて面食らう。
「お前、どした」
「いや、その……なんか緊張して」
パジャマ姿で膝を抱えている姿があまりに子どもっぽくて橘の頭を撫でながら話を聞くとより一層身を縮こまらせてしまう。
「布団、ありがとう」
「うん。……なにか引っかかってることあるんだったら聞くけど」
「……引っかかってる、とかじゃないよ。でも、なんだろうなぁ……」
視線を泳がせて、いつもより大袈裟に息を吸った橘を見て、隣に腰を下ろす。ベッドを背もたれにして座って、橘を見つめる。
「少しだけ、羨ましく思った」
小さく、小さく。呼気に溶けてしまいそうなほどの声量で橘は言う。
「それが、嫌だった」
自分を抱きしめるように添えた手にグッと力がこもる。膝に顔を埋めて大きなため息をついた橘の握りこんだ手にそっと触れた。
「お父さんは、ずっと前に家を出て行ってそれ以来会ってない。お母さんは、仕事に忙しくしてて……しばらく顔も見てない。でも、それは俺が望んだことでもあったから。だから、羨ましいとか、そんなこと、思っちゃダメなんだけど……」
ポロポロとこぼれた言葉は留まることなく滑り落ちる。言葉と一緒に溢れた滴が橘の膝に落ちて、思わず抱きしめてしまう。
「思ったらいけないことなんて、ないだろ。お前の事情は分かんないけどさ。でも、お前自身がお前の感情否定しなくていい」
緩慢な動きで背中に回った手に力が入って、肩口に頭を預けた橘はゆっくりと話をしてくれる。
「……お母さんは、地質研究をしてる研究員でさ。お父さんがいなくなってから、俺のために仕事を辞めようとしてくれたことがあったんだよ。だけど、お母さんが仕事大好きなの知ってたし、俺なんかのために、夢を諦めないで欲しかったんだ。だから、仕事続けてって、俺が言ったの」
懐かしむように、どこか誇らしげに母親のことを語る橘はその行動自体を後悔している雰囲気は一切なかった。
「だから、寂しいとか、言っちゃいけないんだよ。だから、北見のことも、羨ましいなんて、思っちゃいけない」
それでも、やっぱりたどり着く結論には納得できなくて、抱きしめた橘の身体を引き離し、じっと目を見つめる。
「辛いこと辛いって思わないことなんてできないだろ。いいんだよ。別に思ったって。俺はお前の母さんじゃないからどう思うかなんて分かんないけどさ、寂しいってマイナスなだけの感情じゃないだろ、別に」
「……北見は、俺が寂しいって言っても迷惑じゃないの」
「いつだって言えよ。迎えにだって行ってやるし、いつうち来たっていいよ」
「……優しすぎだろ」
呆れたみたいに、でも宝物を抱きしめるみたいに、微笑んで橘はもう一度俺に抱きついてくる。背中に腕を回してさすると、照れたように笑った。
「落ち着いた?」
「おかげさまで。めちゃくちゃ恥ずかしいとこ見せちゃった。ごめんな」
「いいよ。ほら、ガトーショコラ食いに行こうぜ」
はにかむ橘をなだめて、二人揃ってリビングへ向かった。
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