ダイアボリカル-異端聖杯詮索譚-

我楽娯兵

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異端なる奇跡

蠢く殺戮者

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 寝藁にどさりと座ったアクゼリュスは夜の闇を背負っていた。
 ハッキリとその顔は見えない。しかし、その顔は嗤っている事だけは判った。

「こっちにまで言い争いが聞えて来たぞ。大声の出し過ぎだ」

 まるでカミラを嘲笑するかのような声に、私は声を荒げそうになったが、だがそれも意味のない事だった。
 自分の無力感が怒りで紛れるだろうが、しかし無力であることには変わりはなかった。それはただの八つ当たりというモノだ。

「私は……私は、助けるべき民を害して迄、騎士を続けたいわけではなかった……異端審問など間違っている。なのに、なのに──」

 頬に伝う涙に唇を噛み締め血を滴らせ、握る拳は自らの手を壊すほど強く握り続けた。
 こんな事あっていいのか。こんな悪徳を野放しにしていいのか。
 否、断じて、否。
 自分の得の為に、『禁忌』を犯し人心を操り人々を苦しめるなど、合ってはならなかった。

「じゃあ何する? 。叫んで叫んで、喉を潰すまで叫び続けて、異端審問が終わるまで。お前は叫び続けるのか?」

 アクゼリュスの言葉も尤もだった。カミラにはこの状況を打開する術はないのだ。

「所詮無力な子羊。メーメー叫んで、哀れに死ぬまでそうしているしかない」

 暗く嘲笑する声にカミラは惨めさを噛み締めるしか術はなかった。
 人を貶めて遊んでいるのか、アクゼリュスの言葉は続いた。

「六十年前からお前ら聖都の連中はずっとそうだ。他民族を受け入れる度量もない狭量な愚か者たちだ。俺達魔術教会の帝国から離反を行わなかったのなら滅んでいたのはお前たちだ。その経験から一切学ばず、剰え仲間に対して『禁忌』を使う愚癡さ、
 白痴であるのは明白だな」

「…………」

「愚かで、醜く、愚鈍。愛でるまでもない、そんな貴様らが遍く人々に人間の存在の意味を知らしめるため神の痕跡の『聖痕』を探すだと? 。烏滸がましいとはこの事だ。お前たちのやり方は猪口才な上、厚顔が過ぎる」

 尤もだった。反論の余地がなかった。
 人を導く為に悪を行うなど図々しいにも程がある。それほど、隊長の、マルクス・アベルスの行いは人道に反している。
 だがそれを言うのなら──。

「なら……なら貴様はどうなのだ。こんな事になっているのに、ただ傍観を決め込むのか、魔法使い」

「反論する元気はあるのだな。結構なことだ、あとはキチンと仕事ができていれば一人前だな」

「私は、一生懸命に事を全うした。あの悪神に抗おうとした。だが隊長は、アベルスは最も邪悪な方法でしか神を殺す術を知らなかったんだ、私も似たような方法しか考え付かない。消極的な自然消滅が最も被害のない方法なんだ」

「それは、お前たちが神を不可侵の存在と認識しているからだ。あの神は、触れる」

「……?」

 この男は一体何を言っている。神が、触れるだと? 。

「あの神は聖杯に首を垂れた。自らの存在を投げ捨て、実体を得て人の世に縛り付けられた。故に、あれは殺せる。だが、あの存在は影。最もあれを確実に消滅させるには神格の心臓部となる人物を殺す必要がある」

「神格の心臓となる人物?」

「ああ。あの神の存在を知りえ、そしてアレに願った。どんな願いかは知らないが、少なくともエリザベスと言う女を好いていた人物であるのは確かだ。友人か、親か、それとも恋人か、どんな人物でも構わないがあの神にエリザベスの再誕を願い、蘇らせた。願った者がアレと融合し『アクマ』となる前に止めを刺す必要がある」

「『アクマ』だと?」

『アクマ』。それ即ち人外の魔物のカテゴライズの中でも最上級に穢れを纏った存在。
 高濃度のマナを吸引した生物は異形化し魔物となる事が多くあり、それらを大別し魔物と称する。虫や微生物など小型な生き物は下級の魔物は『人外』と呼ばれ、牛や馬など大型の生き物が変異した場合は『妖魔』と呼ばれる。
 そして『アクマ』は人がマナ汚染を起こした場合に発生する災害だ。
 重度のマナ汚染で発生する筈のアクマがあの神と融合して、魔物化するだと? 。

「まて、待て。アクマになるだと? 。それはマナ汚染を起こした者がこの村にいると言う事か?」

「お前たち聖都と我らメイシスの魔物の分類は別だ。教会のアクマ認定は、マナ汚染の度合いではない。『聖杯』の影響を得てるかどうかだ」

「聖……杯……?」

 一体何の事だ? 。聖なる盃? 。そんな大それた名前の宝器は聞いたことが無かった。
 私が頭を白黒させている中で、不敵に嗤ったアクゼリュスは語る。

「聖杯はどんなモノであろうともその願いを聞き届け、その願いを実現させる高濃度のエーテルとマナの複合渾融結晶体だ。その粒子があのエリザベスと言う名前の再誕体の中にあった。屍刻蝶が蛹化したと言う事は、近い内にアクマが現れる」

「ならばそれを止めねば!」

「どうぞ好きにすればいい。俺はあの神が完全体となるまで待つ。神格の心臓部と融合し完全体となり、あれから聖杯の破片を回収する」

「────」

 頑固だった。頑なにその意見を枉げ様としなかった。
 神殺し──確実に神罰ものだろう。だが、その言葉に私は、カミラはこの男に希望を見出した。

「お前──まさか、本当に──神を殺せるのか?」

「神殺しは俺の専売特許。魔術教会『メイシス』の中で唯一、『神』を『殺す』魔法を開発したのは──俺だ」

「なら、ならば──この愚行。隊長の──マルクス・アベルスを止める力があるのではないか? 。ならば頼む、あの愚かしい男を止めてくれないだろうか!」

 その言葉に含み嗤いを、更に耐えられず大声でアクゼリュスは嗤った。

「フフフ……ハハ、ハハハハッ! 。俺を頼るのか? 。お前たちが異端と言い今迄弾圧して来た者たちを、アルデール民族であるお前が敵であるアルク民族の俺を」

「……ああ」

「なら、モノを頼む姿勢は弁えているのだろう。見せて見ろよ、その誠意を、願い乞う惨めな姿を」

 私は唇を噛み締め、屈辱感を胸の一杯に満たされ漬され溺死寸前だった。
 だが、こんな些細なプライドと村人の命を天秤に掛けてできる事など知れている。
 私に価値などない。価値が無い者であるが、正しきは知っている。だから、だからこそ──。
 私はこの男の、残酷の殻の名前を持つ『魔法使い』アクゼリュスの前に傅いた。
 首を垂れ、平伏し私の誇りたる家宝の剣を彼に差し出した。

「私は──カミラ・ランドールは貴方に、乞い願いたい。この村を、オルロスの村をマルクス・アベルスの異端審問と名を打った弾圧を、そして『アクマ』の跳梁を止めて頂けないだろうか」

 アクゼリュスが立ち上がり、私の目の前まで来て頭を踏みつけてくる。
 汚辱の恥ずかしめを受けようと、私が、カミラ・ランドールの頭一つでこの村が救えるのならこの屈辱、甘んじて受けよう。

「お前が傅き、俺の武力を貸す──報酬は、そうだな……幾つかの要求と貴様ら騎士団たちの魂でも頂こうか? 。文句は、ないな?」

「──仰せのままに」

 立ち上がったアクゼリュスの威圧感。もはや人のモノとは懸け離れた圧倒的な暴力のようなオーラ。
 人の形をした怪物。複数の魂が混在し狂暴化して、あまりにも凶悪。
 こんな荒々しい存在知らない。あの神が、オルロスの神が可愛らしく思えてしまう。
 あの神が人を求めて狂ったのなら、それはきっと人と寄り添いたかったと言うささやかな願いだっただろう。
 だがこれは違う。ただの暴力。
 人間を殺し、神を殺し、奇跡を殺す。──ハッキリと明言できる。
 コイツは奇跡の殺戮者。

「異端審問か──懐かしい。ああ懐かしい。あの頃を思い出す。あの混沌とした殺戮を、あの猥雑とした悪意を、あの秩序無き戦争の情景がありアリと思い浮かぶようだ。嗚呼、嗚呼なんと。狂おしい事か、ダイダロス大戦の延長戦だ」
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