ポスト・ジェネレーション

我楽娯兵

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第2話

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 男が“ヘル・アビス・クラブ”から出てくる。酷く縁起の悪く肌色の悪い顔のその男は駐車場に止めてある、この時代にまだ生き残っていたガソリン車の扉を開けて助手席に座った。

「戻ってきたって事は、競り負けた?」

 運転席に座るもう一人の人物。まるで仮装パーティーでも行こうかとしているような黒と黄色の縞々のスーツのふざけた格好でソイツは顔全体に張り付けたホログラフィック・ナノレイアーが顔全体に自身の頭蓋骨を投影しテンガロンハットを被っていた。

「いい加減その趣味の悪いナノレイアーを剥いだらどうだ?」

「ノン! 個人の個性は尊重されるべきだ。例えそれが他と違う方向に突出した個性であろうと、受け入れられるべきだ」

「俺達にとって尖った個性は命取りになる。悪目立ちは相手に気取られる要因だ、今すぐに剥げ」

 バリっと乱暴に剥がされるナノレイアーの下からは人懐っこいまるで日向に当たる猫のような緊張感のない男が現れた。
 ひょろりとした背格好に骸骨のナノレイアーが如何に合致マッチしていたか、まるで自分は死人であると言わんばかりの表現に眼を顰めた。

「対象は? 例の子を、買ったの?」

「ああ、買った。今は二階のVIPルームでお楽しみ中だ」

 縁起の悪い顔がさらに険しく、厳めしい顔つきになるのにそれを嘲笑うかのように運転席の男はダッシュボードからテイザー銃を取り出して、ワクワクした様子でサーモカメラで標的の入ったであろう部屋の窓を覗き込む。

「このまま、対象が出て来て何事もなく帰ったらそれでいい。俺達も帰るぞ」

「はっ、何もないとでも? エル・ディアブロを買った67人中、32人が自殺、20人が他殺体で発見され残りが消息不明。ここまで不審な事ってあると思ってる? それともいつもの? “皮肉屋スティンガー”」

「皮肉を言えるのならそれでいいだろう。皮肉で肩が付くのならな」

 スティンガーと呼ばれた男。只者ではない。
 それもその筈で経歴を調べれば誰しもが震え上がるキャリアーだった。過去数年間に転戦を繰り返し数多の虐殺を繰り返してきたこの男は20国で指名手配されている。
 しかしながらそんな経歴はこの街では細やかな経歴であり、後ろ暗い経歴の持ち主など大勢いた。スティンガーもそうだし、隣に座る男も。
 黄色と黒の縞模様のスーツの襟を弄りスーツ表面の柄を変化させ、バビロン特区市の検察機構のバッチを取り出しそれを襟元に付ける。
 彼はいろいろな肩書を持っていてその場で使い分けていた。ある時は警察、ある時は弁護士、ある時は破落戸、ある時は資産家。
 国籍も無数に持っていて30の言語を使い分ける男で、あちこちの国で詐欺を行い逃げるようにこの世界に飛び込んで、この男が“物真似鳥モッキンバード”と呼ばれるまでになる頃にはまともに歩ける街はバビロン特区市だけになっていた。
 二人とも生きる場所は限られている。そんな限られた中で唯一まともに生きていける土地がこのバビロン特区市であり、ワンダーランドだった。
 今迄の経歴が全て帳消しにされる立場を手に入れ、ダーティーでありながら社会の汚れダーティーを探し拭う監視者ウォッチメンだった。
 肩書だけの話で言えば彼らは国連治安統治監視機構UNSGM.。判り易い話が組織犯罪、警察や検察、正義とされる組織が暴走し犯罪に走らないように抑止する組織、そしてこれ以上生物の多様性を増やさない為の抑止力としての装置。
 スティンガーはショルダーホルスターに納めていたS&Wスミス&ウェッソンM29リボルバー拳銃を抜いて、シリンダーに一発一発確実に.44マグナム弾を装填していく。

「何かある。君もそう感じるんだろう? スティンガー」

「経験上な、無いに越した事はないが……」

 なぜ彼らのような人種を、悪玉を、UNSGM.が欲しがったのか甚だ疑問ではあるが、この役職にいる限り、この土地で市警やCIAやインターポールに嗅ぎまわれる心配はなかった。
 人生を捧げる仕事ベースは少ない。彼らのように『真っ当に』生きていく事が難しい人種はもっと少ない。彼らという酒を注ぐに見合うグラスは自然淘汰的に厳選されていく。ブランデーグラスのように入口は小さく、そして懐の広い組織こそ彼らが生きていける場所だった。

「少なくとも今夜対象が消される事はないだろうね。どんなトリックを使ってるのか。人を不幸に貶める悪魔の少女ってのはどんなものかねぇ」

「普通の少女だったぞ。綺麗な、美人になる女だ」

「それは将来が楽しみだねぇ。お手合わせ願いたい子だったら唾つけとかないと」

 どこまでが本心でどこまでが嘘なのかまるで分らない語り口はモッキンバードがどれだけ詐欺を働いてきたかを物語っていた。本心なんてない。
 元からふざけているから本性も何も掴みどころはなかった。『スティンガー』と『大嘘吐きモッキンバード』、二つの要素がブレンドされると起こる化学反応は今も昔も、事件を搔き回すシェイクばかりであった。

「エル・ディアブロ自体に嫌疑がある訳ではない。問題なのは──」

「彼女を買った客が悉く良くない事になっている。分かってるさ。まあ彼女を買った対象の身元は前々から追っていた人だったから、荒も探しやすい」

 スマートを操作し、今回エル・ディアブロを購入した男、かなりの食わせ物。
 バビロン市の大手医薬品メーカーで薬品開発をしている。世界有数の医薬品メーカーだ。新型のウイルス疾患の特効薬やヒトパピローマウイルス感染症の予防薬など功績華々しい業績を上げている。
 そして今回、UNSGM.議会の槍玉に上がったのは新薬の臨床試験の一連のデータからだった。
 新型向精神作用薬。使用用途は禁煙、禁酒、その他麻薬と類されるリハビリ用途に開発されたそれは、非臨床試験、臨床試験を経て承認申請の段階に入っていた。しかしながら一部シンクタンクより薬品の有効性が統計学的見地から明らかな有効性不足という発表が成され、バビロン市検察機構が動く運びとなっていた。
 しかしながら、それらの捜査では臨床試験の結果に改竄の証拠はなかったとされた。臨床試験のデータに不足はない、というのがバビロン市の公式見解で不正の不の字もなかった。
 だが数か月後、とある新聞記者の失踪から再燃を果たした。
 その記者が追っていたのは、バビロン市検察とバビロン医療薬品当局の結託による新型向精神作用薬のデータ改竄の確定的事実で、複数人の研究職員の臨床試験の人為的操作の可能性を示唆した内容の記事をメディアで取り上げようとしていた。
 しかし、消えた。忽然とその記者の所在は不明に変わり、その足取りを辿ると辿り着くのが“ヘル・アビス・クラブ”だった。

「記者が、エル・ディアブロを買い。エル・ディアブロは何かをした、乃至、失踪する仲介役になった?」

「仮定の話だ。問題は、対象が新型向精神作用薬の主任研究員であると言う事」

 検察と市警、そして医療薬品当局の薬事法違反。
 記者が集めたデータはUNSGM.の機密メディア類保管規格に選定され、何重もの防壁の中にある。そのデータが確かならこれは重大な問題だった。
 新型向精神作用薬の薬理効果が公式に発表されているモノより過剰に効いた場合、それは世間に違法とされない麻薬が出回る事を意味していた。
 国連治安統治監視機構UNSGM.が出動するなんてことは滅多にない。だが土地柄と言うべきだろう。世界が認めた先進技術の実験場、先駆けの先駆者たちの街とはまさしくこの街、バビロン特区市の事を言う。
 商業、建築、医療、技術、法律、全ての点で世界からの認可を受けたのがこの街なのだ。世界の実験場ワールド・ワイド・モルモット──スティンガーはそう言って憚らないそこで、万が一でも間違いが、不正が罷り通ってはいけないのだ。
 なぜならばここで採用された研究データは世界各国の基準になりえる為に、もし新型向精神作用薬が認可され公に使用されれば、世界はそれに習い、世界中に薬物中毒者が溢れかえる事になる。

「記者が消えたバーに、不幸を呼ぶ悪魔と、事件当事者の主任研究員、か……」

「嫌なブレンドだ……嫌な感が騒いで仕方がない」

 UNSGM.の中でもこの二人組ツーマン・セル。事件を搔き回すマドラーでありブレンダー。事件を混乱させることに定評のある二人組であり、世界から見捨てられた人種だった。
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