馬車で快適、異世界ライフ

きなこ餅

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「う~ん。カビ臭ぁ」

 思い切り息を吸うと、昔秘密基地にしていた小屋と同じ臭いがした。打ち捨てられたボロい木の臭いって感じ。
 着ていたジャージで鼻を抑えると、仄かに洗剤の匂いがした。胸元に『三乃木』と自身の名字が刺繍されたそれをぼんやりと眺めて「どうしてこうなったんだっけ」と考えていた。
 春期合宿の帰りにバスでうたた寝をしていたと思ったら、謎の空間で綺麗な女の子に会って、かと思ったらスキルを選ばされて。いまいち状況を把握しきれないまま、気付けば草原に倒れていた。背の高い草でよく見えなかったけど、辺りからはガサガサと音がして、低い唸り声なんかも聞こえたから、近くの森にそっと逃げた。
 俺が貰ったスキルは『馬車』というもので、自由に自分の馬車が出し入れ出来るっぽい。馬車というくらいなので馬も出せたんだけど……。

「危ないもんなあ…」

 うつ伏せで外を眺めながら呟く。所謂幌馬車と呼ばれるこの馬車は前後が大きく開いている。
 なので、さっきからうろうろと周りを彷徨く茶肌で耳の尖った小さな鬼の様な生き物⋯多分ゴブリンではないかという不思議生物がばっちり見えた。
 どうやらこの馬車、防御性能よわよわに見えて、外からの攻撃を一切受け付けないという凄い仕様。森に入って程なく日が暮れた上に雨も降り出して、せめて屋根があればと馬車を出そうとしてみたら、眼前にゲームのようにウィンドウ画面が浮かんだ。詳しく見るのは後にして、とりあえずと馬をOFFにして馬車だけ出してみる。と、その時にゴブリン十数匹に囲まれていた事に気付いた。正直死んだと思ったけど、咄嗟に馬車に逃げ込んだら見えない壁にゴブリンの突進が阻まれる、という奇跡が起きた。こんなにぱっくり空いてるのに。さすが魔法のあるファンタジー世界。
 馬車の中は今のところ安地で、外の音も壁を隔てたみたいに小さく聞こえるし、風も入らず暖かい。服はジャージのままだけどその他の荷物はひとつも持っていなかったから暇潰しも出来ないし、なんだか疲れたから今日はこのまま眠ってしまおうと、首元までファスナーを閉めてからジャージにくるまって目を閉じた。

「おやすみ⋯⋯」

 何となく馬車を撫でて、あっという間に意識を手放した。






 翌朝、雨はすっかり上がっていた。恐る恐る出ると、コブリンたちの姿もなく、どうやら諦めてくれたようだった。ただ、自分に戦う術がないのは変わらないので、辺りを散策する気にはまだなれず、少しだけスキルについて調べてみることにする。
 スキルウィンドウを出すと、昨日はじっくり見なかったUIを眺める。ウィンドウを片っ端からタプタプしてみて、たぶん強化が出来そうだと思うんだけど、『ギルグ』というこの世界のお金が必要らしい。
 馬の種類を変えたり装備を変えたり、馬車の種類を変えたり家具を増やしたり? スキル自体にもレベルがありそうで解放されてない項目もあり、とりあえず今出来ることはあまり無かった。
 いい加減、お腹も空いてきたので街に行きたい。街じゃなくても安全に馬車の外に出られるところ。
 馬をONにすると、今の馬車に繋げられる最大数である1頭の馬が前方に現れた。しかも、もう馬車を引けるようにセットされた状態で。魔法って便利~。
 現れたのは黒色の大きな馬で、スキルから生まれたこの馬とは軽い意思の疎通が取れるようだった。人が居そうなところが何となく分かるみたいなので任せる事にして、お願いねと声を掛ければ、返事と共に力強い足取りで歩き出した。
 足場が悪いのもあると思うんだけど、ガタガタ揺れる馬車に、早くも下半身が痛くなる。こりゃ早急にお金を稼がないとなあと考えながら、到着するまではと昨日はじっくり見れなかった景色を眺めて時間を潰した。

 途中、度々襲撃には遭いつつも、やっと街道らしき道に出た。と言っても、整備されている道があった訳ではなく、いままでの雑草が生えっぱなしの地面とは違ってむき出しの土が道のように続いているからそう思っただけなんだけど。
 道の脇の、比較的平らな場所に馬車を停めて、一旦馬を引っ込めた。
 襲撃の際、馬車には傷一つ付かないのに馬にはダメージが通ってしまうようで、深々と矢が刺さったり鋭利な牙や爪で引っ掻かれたりと中々に重傷と言っても差し支えない程度の傷を負った。⋯⋯ように見えたのだが一滴の血も出ず、馬の足取りが緩む事もなかった。意思の疎通も図れるし知能もあるけれど、あくまでスキル製の付属物であって、生き物ではないからかな、と何となく分かったけれど、見ていて痛々しいので休憩がてら一度収納してしまったのだ。いい加減俺の身体も限界だったし。早急に車体か家具をアップグレードしないと、長距離移動が出来ない。ちなみに、馬を収納したら、刺さっていた矢だけは消えずにその場に落ちた。スキル由来じゃないものは残されるらしい。
 太陽はまだ高い位置にあるので、本当ならばまだ進むべきなのだろうけど、昨日から飲まず食わずな上に快適とは言えない馬車で魔物に襲われながら移動しっ放しだったので、心も体も疲れ切っていた。一度体力だけでも回復させるため、昼寝をする事に決めた。太陽の光が当たらないように壁際に寄ってから、脱いだジャージの上着を枕代わりにそっと目を閉じた。

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