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第1章

第12話(2)切り札投入

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「行くぞ! もう一点だ!」

 紅が周囲に声をかける。

「お~」

 その声に呼応し、空が雛子にプレッシャーをかけていく。

「くっ……!」

「雛子ちゃん、こっち!」

 恋がボールを呼び込む。

「お、お願い!」

 雛子がボールを下げる。ボールを受けた恋が片手を挙げて声をかける。

「みんな、落ちついていきましょう~♪」

「相手のペースに合わせるな! 本牧、取りに行け!」

「ほ~い」

「よっと!」

「おっ⁉」

 恋が空の激しいプレッシャーをかわす。ただ、ドリブルが少し乱れ、ボールが足元から離れてしまう。そこにカンナが素早く迫る。

「あっ……」

「へっ、もらったぜ!」

「な~んちゃって♪」

「むっ⁉」

 恋が長い脚を伸ばし、足裏で器用にボールを引き寄せて、カンナのチェックもかわす。自陣内で大胆にも二人をかわした恋が横浜プレミアムの陣内に入る。紅が声を上げる。

「数的不利だ! 青葉、攻撃を遅らせろ!」

「言われなくても!」

 瑠璃子が恋の前に立つ。しかし、恋が左サイドに開いたヴィオラに鋭いパスを出す。

「さて……」

 ヴィオラがゴール前に視線を向ける。真珠がゴール前にポジションを取る。

「9番ではありませんわ! 7番注意!」

 瑠璃子が逆サイドに走り込む雛子に気付き、紅に声をかける。紅もそれに反応する。

「……!」

「ナイス~! !」

 ヴィオラは中央に走り込んだ恋にパスを出した。恋がミドルシュートを放つが、紅が身を挺して防ぐ。紅が興奮気味に大声を上げる。

「ふん! 貴様の性格上、やられたことをやり返してくるのは読めていた! ⁉」

「え~い!」

 紅のブロックしたボールを恋がすかさずボレーシュートするが、奈々子がセーブする。

「あちゃあ~奇襲失敗か~」

 恋が思わず天を仰ぐ。

「おい主将! まんまと撃たせてんじゃねえよ! オレ様の超反応で事なきを得たがな!」

 奈々子が紅にビシっと指を差して声を上げる。

「くっ……ここで守りに入るな! みんな、気合を入れ直せ!」

「……‼」

 紅の言葉に横浜プレミアムのメンバーの表情が引き締まる。

「声の掛け合いも徹底している……さすがは強豪チーム、しっかりと勝負所を心得ているわね……流れを引き戻せるかと思ったけれど……そう簡単には行かないか……」

 恋が自陣に戻りながら、淡々と呟く。試合はその後も横浜プレミアムペースで進む。

「……どうします? 切り札を切りますか?」

 ヴィオラがベンチを横目にしながら恋に問う。恋は首を横に振る。

「それはまだ早いわ……」

「しかし、リードを追いつかなくては……」

「相手の予想を外さなくてはならないわ」

「予想を外す……?」

「ええ、ヴィオラちゃん、貴女ももっと前目にポジションを取りなさい」

「! しゅ、守備はどうするんですか?」

「わたし一人でやるから……」

「そ、それは……」

「攻撃に人数をかけないとしょうがないでしょう? かといって単純にメンバーを代えるくらいは向こうも読んでいるだろうし」

「……信じて良いんですね?」

「大船に乗ったつもりでいなさいな」

 ヴィオラの問いに恋が自らの胸をポンと叩いてみせる。

「……分かりました」

「! 4番が上がってきた⁉ 1点が欲しいからって、それはいくらなんでも攻撃に重心をかけ過ぎでしょう!」

 こぼれ球を拾った瑠璃子が素早くパスをカンナに送る。カンナと空、そして恋。川崎ステラの陣内で二人対一人の構図が出来上がる。ドリブルをするカンナが笑う。

「これはもらったぜ! むっ⁉」

「……」

 守備をする恋の絶妙な間合いにカンナは戸惑う。

「くっ! あっ⁉」

 カンナは空へのパスを選択したが、それは恋の読み通りだった。カットした恋が笑う。

「……選択肢があると、かえって考え過ぎちゃうのよね~」

 ボールが左サイドのヴィオラへと渡る。

「ヴィオラ、よこせ!」

 ゴール前に右手を上に掲げながら走り込んで真珠が叫ぶ。

「……それっ!」

 ヴィオラが浮き球をゴール前に送る。

「へへっ、よっしゃ!」

 我が意を得たりとばかりに笑いながら真珠がヘディングシュートを放とうとする。

「ぬん!」

「どおっ⁉」

 紅が真珠を弾き飛ばして、ボールを頭で跳ね返す。

「ふん……」

「ちっ、なんてパワーだよ……」

 鼻で荒く呼吸する紅に対して真珠が戸惑う。

「上手く意表を突けたつもりでしたが……」

 ヴィオラが呟く。

「ヴィオラ! 行ったわよ!」

 こぼれ球を拾った雛子がヴィオラにパスを通す。

「空中戦は駄目ですか……」

「何をぶつぶつと!」

 瑠璃子がボールを奪いにいく。

「……それならば平面で!」

「むうっ⁉」

 ヴィオラが素早くドリブルし、瑠璃子のチェックをかわしてゴール前に切りこむ。

「させん!」

「!」

 紅が長い脚を伸ばしてボールをカットする。バランスを崩したヴィオラが転倒し、ボールはサイドラインを割る。

「なかなか鋭いドリブルだな、驚いたぞ……」

 紅がヴィオラに手を差し伸べる。ヴィオラはその手を取り、すっと立ち上がってから紅のことをじっと見つめる。

「………」

「どうかしたか?」

「いや、心にもないことをおっしゃるなと思って……」

「紛れもない本心だ。十分に敬意を払っているさ」

「少しくらい油断してくださっても良いのに……」

 紅の言葉に対し、ヴィオラが苦笑まじりに呟く。

「さあさあ、仕切り直しよ~♪」

 恋がボールを右サイドに開いた雛子に繋ぐ。

「ドリブルあるぞ! なんてたって7番だからな!」

 奈々子がゴールマウスから指示を出す。

「……どういうこと?」

 空が不思議そうに首を傾げる。

「脳筋の言うことをいちいち真に受けない! チェックですわ!」

「オッケ~」

 瑠璃子の指示を受け、空が雛子に体を寄せる。

「そらっ!」

「おっと⁉」

 雛子がすぐさまボールを中央に送り込む。

「よっと!」

 かなり強いボールだったが、真珠は上手くボールの勢いを殺して、ボールを落とす。そこに雛子が猛然と走り込む。ワンツーパスである。

「アホにしては上出来よ!」

「一言多いんだよ!」

「ふん!」

「‼」

 紅が長い脚を伸ばしてボールをカットする。後方で見ていた恋が額を抑える。

「二人のコンビネーションでも無理か~それならば……」

 恋がヴィオラと円を交代させる。カンナが首を傾げながら呟く。

「機能していた4番をここで下げる? 休ませるためか……?」

「雛子!」

「はい!」

 円が雛子とのワンツーでカンナのチェックをかわす。

「真珠!」

「おっし!」

 真珠は円からのパスをダイレクトで後方に落とす。ポストプレーである。右サイドから走り込んだ雛子がそれを拾おうとする。瑠璃子がそれに対応しようとする。

「そうはさせませんわ! なっ⁉」

 雛子はボールを拾わず、交差するような形で上がってきた円が代わりに拾う。

「もらった!」

「むうん!」

「⁉」

 紅がまたもや長い脚を伸ばしてボールをカットする。ボールはサイドラインを割る。

「三人でのコンビネーションにも対応してくるか……だったら……」

 恋が今度は雛子と魅蘭を交代させる。

「おほほほっ! 切り札登場ですわ!」

 魅蘭が高笑いをしながらピッチに入ってくる。瑠璃子が顔をしかめる。

「……妙なのが入ってきましたわね……」

「……似たようなもんだぞ」

 瑠璃子の呟きにカンナが反応する。

「なっ⁉ ど、どこがですの⁉」

「自覚ないんならいいや……」

 ムッとする瑠璃子にカンナが苦笑する。

「ピヴォを増やしてきたということは……ここらでなんとしても1点を取りにくるな……」

 紅が目を細めながら呟く。

「……こちらに!」

 こぼれ球を拾った円に対し、魅蘭が走りながらボールを要求する。

「……真珠!」

「ええっ⁉」

 円は魅蘭の動き出しを囮に使って、真珠にパスを出す。

「読み通り!」

「しまった⁉」

 紅が出足鋭く飛び出してボールをカットする。

「三ツ沢!」

 紅が低く速いパスを右サイドに走るカンナに通す。

「ナイス!」

「くっ……」

 恋が前に立ちふさがろうとするが、やや反応が遅れる。

「スピードに乗ればこっちのもんだ!」

「うっ⁉」

 カンナが恋を素早いステップでかわし、鋭いシュートを放つ。

「……はあっ!」

「なっ⁉」

 カンナのシュートは最愛がキャッチする。

「……それっ‼」

「しまっ……!」

 最愛が素早くボールを前に蹴り出す。魅蘭がフリーの状態でそれを受ける。

「さすがですわ! それでこそ我が宿敵! ……えいっ!」

 魅蘭が奈々子の動きを見極めてボールをゴールに流し込む。これで3対3の同点である。

「カウンター返しが決まったわね……さらに動くわよ~♪」

 恋が真珠とヴィオラを交代させる。ヴィオラは真珠のポジションにそのまま入る。

「4番をピヴォに⁉ どういう狙い⁉」

 瑠璃子が戸惑う。

「青葉! 慌てたら向こうの思うつぼだぞ!」

「わ、分かっていますわ!」

 紅の声に瑠璃子が答える。

「パニックになりかけている所を……突く!」

 恋が鋭い縦パスを右サイドから中央に入ってきた円に通す。

「今度こそこちらに!」

 左サイドに走り込んだ魅蘭がボールを要求する。

「お願い!」

 円が魅蘭にパスを渡す。

「ナイスですわ!」

 魅蘭がドリブルの体勢に入る。疲れ気味な瑠璃子が対応する。紅が指示する。

「三ツ沢、フォローに入れ!」

「お嬢! こいつは直線的なドリブラーだ! 縦方向を警戒しろ!」

 カンナが戻りながらも瑠璃子に指示を出す。魅蘭が笑みを浮かべる。

「それならば!」

「なにっ⁉」

 魅蘭が横方向にドリブルし、瑠璃子とカンナの間を素早くすり抜ける。ゴール前に侵入した魅蘭が素早くシュートモーションに入る。

「2点目ですわ!」

「そうはさせんぞ! むうっ⁉」

 魅蘭はシュートブロックに入った紅をあざ笑うように、中央にボールを送る。そこにはフリーで走り込んでいたヴィオラがいた。ヴィオラは正確かつ強烈なシュートを放つ。シュートは奈々子が懸命に伸ばした左手を掠めてゴールネットを揺らす。これでスコアは4対3。川崎ステラの再逆転である。魅蘭が喜びを爆発させる。

「やりましたわ!」

「短い時間で1ゴール1アシスト……本当に切り札だったわね……」

 恋が脱帽する。横浜プレミアムは瑠璃子に変えて泉を投入する。中盤でのボール奪取率が上り、試合のペースが横浜プレミアムに傾こうとしていた。

「おうっ⁉」

「! ぐっ……」

「……⁉」

 勢い余って泉が恋と接触してしまう。恋が膝の辺りを抑えてうずくまる。
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