疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第10レース(2)こ、これがTDL……

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「もう年の瀬……一年経つのは早いですわね……」

 飛鳥が寮の部屋で呟く。

「年明けすぐに阪神レース場で『交流レース』か」

「うん、仕方がないことだけど、今年の年末年始は休みがないね」

 真帆がカレンダーを見ながら、青空に答える。

「アタシ、関西方面って行ったことないんだよな。京都とか大阪に行けねえかな?」

「……ちょっとそういう時間は無さそうだね」

「そっか~つまんねえなあ~」

 青空がベッドに横になる。飛鳥が呆れ気味に呟く。

「プロのジョッキーになったら年末もレースに臨む可能性があるのですよ」

「それは分かるけどよ~息抜きが欲しいところだぜ~」

「……息抜き、出来ますよ」

 海が部屋に入ってくる。青空が尋ねる。

「どういうこった?」

「教官からこういうものを頂きました……」

 海が複数枚のチケットのようなものをヒラヒラとさせる。真帆が尋ねる。

「そ、それはチケット?」

「ええ、ペアチケット四枚です……日付はクリスマス……」

「クリスマス⁉」

「……その前にどこのペアチケットですの?」

 目の色を変える真帆とは対照的に飛鳥が冷静に尋ねる。

「千葉ですが東京……TDL……」

「「「⁉」」」

 海の呟きに真帆だけでなく、飛鳥と青空も目の色を変える。

「チケット貸してみろ!」

「ちょっとお待ちを……」

 海が青空を手で制する。

「な、なんだよ……」

「先月の文化祭では組み分けで不公平が生まれました。今回はフェアーに行きます。明日の夕食時に男子の皆さんも交えて決めましょう」

 その翌日、組み分けが行われる。そしてクリスマス当日……。

「炎ちゃん! 楽しみだね!」

 お気に入りの服で決めた真帆が喜々とした様子で炎仁に話しかける。

「ああ……でも良いのかな? 年明けには交流レースなのに……」

「丸一日休みは今日くらいだから、『あまり根を詰めてもしょうがない、楽しんでおいで』って教官も言ってたでしょ?」

「まあ、確かに言っていたが……楽しめと言われてもなあ」

 首を傾げる炎仁に向かって、真帆が指し示す。

「ほら、着いたよ! 東京ドラゴンランド! 略してTDL!」

「俺の知らないTDLなんだが⁉」

「JDRA、ジパング中央競竜会が完全監修したどこもかしこもドラゴンだらけのアミューズメントパーク! いや~楽しみだね~」

「真帆! なんだかやけくそになっていないか⁉」

「そんなことないよ! さあ、早く入場しよう!」

 真帆が炎仁を連れて園内に入る。園内にはドラゴンの像などがひしめいている。

「本当にどこもかしこもドラゴンだらけだな……」

「なにかアトラクションに行こうか? 『ビッグサンダー・ドラゴン』? 『ドラゴン・マンション』? 『ジャングルドラゴン』?」

「どこかで聞いたことのあるアトラクション名!」

「どうする?」

「じゃ、じゃあ……『ビッグサンダー・ドラゴン』にするか……」

「うん! これはドラゴンを模したコースターに乗るアトラクションだよ!」

「うん、それは大体予想がつく……」

「じゃあ、並ぼうか! 待ち時間22分だって!」

「結構待つんだな……まあいい、並ぼうか」

「くっ、炎仁の奴楽しそうだな……」

 物陰から炎仁たちの様子を見て歯噛みするレオン。それを見て嵐一は呆れる。

「楽しそうには見えねえが……」

「クリスマスに女の子と二人でTDLだよ! 楽しくないわけがないだろう!」

「俺の知らないTDLなんだが……」

「まあ、ここはわりと穴場的スポットだからね」

「穴場にも程があるだろう、何故だか結構人はいるが……ん? 人だかりが出来ているぞ、ちょっと行ってみようぜ」

「ちょ、ちょっと⁉」

 嵐一がレオンの腕を強引に引っ張り、人だかりの方に向かう。

「⁉」

 そこには小柄なお坊さんが唱える念仏と打ち鳴らす鐘の音に合わせ、マッチョな男性が派手なブレイクダンスを踊る光景が広がっている。レオンが唖然とする。

「な、なんだ、このカオスとしか言い表せない空間は……」

「ヒュー! なかなかクールじゃねえか、兄ちゃん!」

「ええっ⁉」

 ダンサーの男性に声をかける嵐一にレオンは驚く。

「サンキュー! あんちゃん、良かったらチップよろしく!」

 ダンサーの男性は嵐一の掛け声に陽気に応える。

「誰だ、園内で勝手なことをしているのは! ほら、皆さん、散って散って!」

 警備員が駆け付ける。坊主が顔をしかめて叫ぶ。

「アカン! 逃げるで!」

「待て! どわっ!」

 警備員が転ぶ。嵐一の足に引っかかった為である。嵐一が謝罪する。

「あ、すいません……」

「い、いいえ、こちらこそ! うん、あの怪しげな奴らはどこへ⁉」

「あっちの方へ逃げて行きましたよ」

「そうですか! 待てー!」

 警備員は嵐一が指差した方に走っていく。間を置いて嵐一が呟く。

「もう出て来ても大丈夫だぜ」

「お、おおきに……」

 マッチョな男性が先ほどまでの威勢とは打って変わった様なか細い声で呟く。

「こ、声ちっさ!」

 レオンの言葉にマッチョな男性はビクッとなる。

「ひ! す、すんまへん……」

「あ、い、いや、別に謝らなくても……こちらこそごめんなさい」

「……礼を言うで兄ちゃん。それにしてもなんで助けてくれたんや?」

 小柄な坊主が嵐一に尋ねる。

「特に信心は無えが……今日くらいは坊さんに親切にしねえとな……」

「クリスマスだけどね」

 嵐一のよく分からない言葉にレオンが突っ込みを入れる。

「とにかく……クールなもんを見せてもらったからよ、その礼だ」

「ほう、今の良さが分かるとは……兄ちゃん、なかなかセンスあるな」

「僕には理解出来ない領域だ……」

 謎のやりとりにレオンが呆れる。嵐一が尋ねる。

「ところでなんでこんなところでパフォーマンスを?」

「いや、東京観光のついでにTDLの無料チケットがあるから来てみたら、どうやら思っていたんと違うTDLに来てもうたみたいでな……それに気付かんと、入園料払ったら、ホテルに帰る路銀が無くなってもうて……」

「それは災難だな……レオン、金貸してやれ」

「な、なんで僕が⁉」

「坊さんに親切にするといいことあるぜ……今日は特別な日だからな」

「だから今日はクリスマスだけど⁉」

「あの……」

 マッチョな男性が自分の端末を坊主に見せる。

「なんや? あ、あいつらもここに来てんのか? それなら合流すればなんとかなるな。すまんなパツキンの兄ちゃん、金は貸してもらわんで大丈夫やわ!」

「貸すつもりありませんでしたけど⁉」

「ほな、縁があったらまた会いましょう!」

 二人がその場から去る。レオンが呆然と呟く。

「な、なんだったんだ、一体……」

「……なにが悲しくてクリスマスに女同士でTDLなんだよ」

「貴女があみだくじで決めようとおっしゃった結果です……」

 園内を憮然とした様子で歩く青空の横で海がため息をつく。

「ちっ……うん、人だかりが出来ているな、行ってみようぜ」

「ちょ、ちょっと……!」

 青空が強引に海の腕を引っ張り、人だかりの方へ向かう。

「私、ファンなんです! サイン頂けませんか?」

「握手して下さい!」

「写真良いですか?」

「え、えっと……」

 ピンク色の派手な髪と派手なファッションに身を包んだ長身の女性が他の客に囲まれ、困惑している。海が人だかりとは別の方向を指差して叫ぶ。

「あ! あっちにドラキーとゴンニーが歩いています!」

「ええっ⁉ ドラキーとゴンニーが⁉」

「一匹でもレアなのに二匹で歩いているってマジ⁉」

「写真撮らなきゃ!」

 長身の女性を取り囲んでいた客らはすぐにいなくなった。青空が呟く。

「ミーハーな連中だな……」

「ど、どうもおおきに……」

 長身の女性が海に礼を言う。

「いえ、お困りのようでしたので」

「悪いが知らねえけど、姉ちゃん有名人なのか? ならもうちょっと変装しねえと。そんな派手な恰好してたら見つけて下さいって言ってるようなもんだぜ……!」

 青空が長身の女性に近づこうとした時、口元を布で隠した小柄な女性が空中を舞って両者の間に割って入り、青空を睨みつける。

「申し訳ないが、プライベート故……迷惑行為は慎んでいただきたい」

「め、迷惑行為だあ⁉」

「ちゃ、違うって! その人たちが助けてくれたんよ!」

 長身の女性が小柄な女性を諌める。

「む……それは失礼いたした」

 小柄な女性が頭を下げる。

「別に良いけどよ……」

「それにしても……拙者の側を離れてはならぬとあれほど……」

「そっちが道に迷ったんやん」

「む……」

 小柄な女性が注意するが、長身の女性にノータイムで言い返される。

「あっ、おったおった、お~い」

「⁉ 坊さんとマッチョ?」

 小柄な坊主とマッチョな男性が走り寄ってくるのを見て青空は驚く。

「ドラキーたちいないじゃん……あ、まだいた~♪ すみません~」

「ミーハーな方々が戻ってきましたね。そうそう騙しきれませんか……」

 海が淡々と呟く。小柄な女性が懐から小さな玉を取り出し、地面に投げつける。

「どわっ! 白い煙がモクモクと!」

「これは煙幕! !」

 煙が少し晴れ、海たちが気付くと、女性二人と男性二人は既に遠くまで走り去っていた。青空が戸惑い気味に呟く。

「煙幕って忍者じゃねえんだからよ……」

「女性ですからくのいちですね」

「どっちでも良いよ……コスプレか? ハロウィンじゃあるまいし……」

「コスプレ? とんでもない、彼女は本物ですよ」

「……そういうことにしておくわ」

 海のあまりにも真っ直ぐな瞳を見て、青空は黙ることにした。

「……何やら騒がしいですわね」

 テラスから下の騒ぎを眺めながら飛鳥が呟く。向かいに座る翔が口を開く。

「ご飯食べたら眠くなってきちゃった……」

「貴方どこでもその調子ですわね……」

「ごめん……飛鳥ちゃん、僕に構わず、アトラクションを回ってきたら?」

「わたくし、東京ドラゴンランドの年間パスを持っているほどのヘビーユーザーですの。特に真新しいアトラクションはないようですから、ここでゆっくりします」

「ね、年間パスとかあるんだここ……誰が来るのかって思っていたけど……」

 翔が僅かながら目を丸くする。

「炎ちゃん、次は『リューさんのドラゴンハント』に行こう!」

「や、やっぱり、やけくそだろう、真帆!」

 テンションがおかしなことになっている真帆に炎仁は振り回されている。
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