竜王はワシじゃろ?

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第2話(1)子ども

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「……まあ、やっていけないこと、反則というのはこれくらいかな」

 パパが説明を終える。

「ふむ……」

 将棋盤を挟んで座っていた竜子が頷く。

「分かったかな?」

「ああ、大体はの……」

「それは良かった」

「よし!」

 竜子がガバッと立ち上がる。

「ど、どうしたの?」

「そんなこと決まっておるじゃろう、パパさん! あの玲央奈にリベンジじゃ!」

「えっ⁉」

「今度こそあの道場の看板をもらう!」

「ええっ⁉」

「よし! 善は急げじゃ!」

「ちょ、ちょっと待った!」

 走り出そうとする竜子をパパが止める。

「む……?」

「こ、こんな時間にはもうあの子も帰っているよ……」

「それでは、明日!」

「い、いや、明日はパパもお仕事だからね……それに……」

「それに?」

 竜子が首を傾げる。

「道場の人に聞いたけど、あの子は毎日来ているというわけじゃないみたいだよ」

「なに? そうなのか?」

「ああ、他の道場へ腕試しに行ったり……なにより習い事で忙しいらしいよ」

「習い事じゃと?」

「書道、習字とかね」

「習字?」

「ああ、プロの棋士というのはなにも将棋を指すだけが仕事じゃないからね。人に免状を発行するとき、署名をするという役目もある」

「めんじょう?」

「賞状みたいなものだよ」

「ほう……」

 竜子が顎に手を当てる。

「もうプロになって後のことを考えているなんて、意識が高いわね……さすがは伊吹名人のお子さんってところかしら」

「え? ママ、知っているの?」

 太郎がママに尋ねる。

「それはもちろん。伊吹幸春(いぶきゆきはる)名人と言えば、将棋界のスーパースターよ、将棋を知らなくても、名前は聞いたことがあるっていう人は多いんじゃない?」

「へ~そうなんだ」

「厳密に言うと、今は名人じゃなくて伊吹九段だけどね……」

 パパが訂正する。

「あれ? そうなの?」

「そうだよ、タイトルは現在ほぼ“彼の”独占状態だからさ……」

「ああ、そういえばそうか……」

 ママが頷く。

「まあ、つい名人と言っちゃうのも分かるけど……」

 パパが微笑む。

「時代っていうのは変わっていくものね~」

 ママが頬杖をつく。

「その凄い人の子どもか。じゃああの子もきっとプロになるんだろうね」

「……それはどうか分からないけれどね」

 太郎の言葉にパパが呟く。太郎が首を傾げる。

「え?」

「将棋の長い長い歴史でもまだ女の人がプロになったことはないんだ」

「ええ? そうなの?」

「うん」

「で、でも、テレビとかで将棋の解説している女の人を見たことあるけど……」

「あの人たちは女流棋士。正確に言うとプロの棋士とはちょっと違うんだ」

「そ、そうなんだ……」

「もちろん、そんじょそこらの男の人よりかはよっぽど強いけれどね」

「へ~」

 太郎がふんふんと頷く。

「……競技人口が増えてくれば、その内、女性棋士もバンバン出てくるわよ」

「それはそうだろうね」

 ママの言葉にパパが頷く。

「……そんなことは別にどうでも良いんじゃ」

「え?」

 竜子の言葉にパパが振り返る。

「パパさんよ、ワシは竜王になりたいんじゃ!」

「!」

「その為にはあの玲央奈に負けとる場合じゃないんじゃ!」

「い、いや、結構追い詰めていたよ? 将棋を始めて初日で大したもんだ……」

「勝てなくては意味がない!」

「‼」

「とにかくリベンジしなくては……!」

「……まあ、ちょっと落ち着きなさいよ」

「ママさん! これが落ち着いていられんのじゃ!」

「もう夜だから騒がないの……子どもね」

「む……ええい、子ども扱いするでない!」

「そういえば、冷蔵庫にケーキがあるから、それでも食べたら?」

「! うわ~い! ケーキじゃ~!」

 竜子が冷蔵庫に走る。ママが鼻で笑う。

「……はっ、やっぱり子どもじゃん」

「はっ⁉ ケ、ケーキで釣るなんて、卑怯じゃぞ!」

「釣られる方が悪いでしょう。そういうところがまだ甘いわね。それでも竜王の血を引く者なのかしら?」

「むう……」

「そんなことでは玲央奈ちゃんにも返り討ちに遭うのがオチよ」

「むうう……」

「まずは地に足をつけて、将棋のことをもっと勉強したら?」

「い、一理あるのう……」

 真面目な顔つきをしていたママがフッと笑う。

「……なんてね。まあ、とりあえずケーキを食べたら?」

「いや、ケーキよりも将棋じゃ……! パパさん、将棋のことをもっと教えてくれ!」

 竜子が将棋盤の前に座る。
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