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第1章

第10話(4)果敢なチャージ

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「ピィー!」

 後半開始のホイッスルが鳴る。リュミエール越谷のキックオフである。リンがボールを左サイドのピティへと預ける。

「ピティ! 頼む!」

「は、はい!」

「おらあっ!」

「!」

 ゴブがピティに向かって猛然とボールを奪いにいき、その足を伸ばす。

「もらった!」

「わ、わあっ!」

「くっ⁉」

 ゴブの動きが一瞬だが鈍くなる。

「リ、リンさん! すみません!」

「ああ!」

 その隙を突いて、ピティがリンにボールを戻す。

「ああ、またデバフ効果をかけられた……」

 ベンチのななみが頭を軽く抑える。フォーが立ち上がって、ピッチに指示を送る。

「いいわ! その繰り返し、繰り返しよ!」

(繰り返し? 何を繰り返すんだ?)

 リンが一瞬考える。そこに対して、スラがボールを奪いにいく。

「そラ~!」

「おおっと⁉」

「リンさん!」

「す、すまん!」

 リンが再びボールをピティに預ける。ゴブが迫る。

「くそっ! 今度こそ!」

「ひっ⁉」

「もらったぜ!」

「こ、来ないで下さい!」

「ぐっ⁉」

 ゴブの動きが一瞬ピタッと止まる。

「い、今の内に!」

 ピティがゴブを素早く抜き去る。ゴブが振り返って舌打ちする。

「ちっ! 今度は動きを止めてきやがったか!」

「ゴブ! しつこく追いかけまわしなさい!」

「わ、分かっている!」

 フォーからの指示にゴブは応える。

(なかなか引き締まったゲーム展開になってきたね……まあ、これ以上点差を広げられたら終わりなわけだからそれも当然といえば当然か……)

 ローが考えを巡らせる。ボールが船橋から見た右サイドへと流れる。

「よっしゃ!」

 ゴブがこのこぼれたボールをキープする。スラが声をかける。

「ゴブ~!」

「おうよ!」

「そラ!」

 ゴブはスラとの速いワンツーパスで越谷陣内に侵入する。リンが周囲を見ながら考える。

(どうする? 前にいるケットシーはヒルダがしっかり見ている。中央の魔王にはローがついている。となると、逆サイドのコボルトへ向けたロングパスか?)

「そらあ!」

「な、なんだと⁉」

 リンが驚く。ゴブがドリブルで突っ込んできたからである。対面するピティが怯む。

「ひっ……!」

「怯むなピティ! 冷静に対応すればなんということはないはずだ!」

「は、はい!」

「へっ、やれるもんならやってみろってんだ!」

「くうっ!」

「のわっ⁉」

 ゴブが明後日の方向へドリブルしてしまう。ボールはそのままサイドラインを割る。

「ああ、また……」

「ドリブルの方向を強制的に変える……魔法でああいうようなことも出来るとは、アタシでも知らなかったわ……どうしてなかなか勉強になるわね」

 フォーが笑みを浮かべる。ななみが声を上げる。

「よ、余裕ぶっているけど、良いの、フォーちゃん⁉」

「ええ、良いのよ、これで……ハーフタイムでも言ったでしょ?」

「ほ、本当に⁉」

「ええ……ゴブ! その調子よ!」

 フォーが再び立ち上がってゴブに声をかける。リンが首を傾げながら呟く。

「一体、どういうつもりなのだ……?」

 しばらくして、再びボールがゴブに渡る。ゴブがまたもドリブルを仕掛ける。

「おらおらおら!」

「ううっ……」

「ピティ! どうせ見かけ倒しだ! 大したことはない!」

「は、はい!」

「くっ⁉ 進まねえ⁉」

 ゴブのドリブルが強制的に止められてしまう。ピティが手をかざす。

「さ、さらに!」

「ぬおっ⁉」

 ゴブが逆方向へと進まされてしまう。ピティが声を上げる。

「どうですか⁉」

「ふん……それならばこうだ!」

 ゴブが体を反転させる。すると、ムーンウォークのような変則的なドリブルで前方に進み始めた。それを見てピティが慌てる。

「し、しまった! そ、それなら! くっ⁉」

「! よっしゃあ!」

 ピティがピッチにうずくまる。その隙を突いて、ゴブが右サイドをドリブルで切り裂く。

「ピティ! くっ! ヒルダ! クロスボールを警戒だ!」

 リンが指示を出して、自らはゴブにチャージをかけにいく。

「へっ、潰しにきたな……そうはいくか……ってんだ!」

「なにっ⁉」

 ゴブの蹴ったボールは明後日の方向に飛んでいったかのように思われたが、上手い具合に風に乗り、ゴールネットへと吸い込まれていった。越谷ゴールを守るレイナも虚を突かれたのか、反応することが出来なかった。ゴブがぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。

「や、やったぜ! オイラのゴールだ!」

(ちっ、ピティのデバフ効果がボールに付与されていたのと、単なるクロスボールの精度の低さ、そして風の吹き具合……全てが重なり合った不運な失点だな……)

 リンが心の中で舌打ちしながら額の汗を拭う。

「……ただのアンラッキーで片づけてしまっては危険だよ」

「な、なんだ、ロー、人の心を読むな、気色の悪い……」

「いや、あいにく読心術のスキルはないけど……考えていることは大体察しがつくさ。向こうの狙いにハマってしまったね……ちょっと変えないといけないかな……」

 その後の試合の様子を見て、ななみが呟く。

「……フォーちゃんの作戦通りになったわね……」

「魔力は無限ではない。回復するにもそれ相応の時間がかかる。となると、リソース管理というものが必要になってくる。ここぞというところまであの娘は温存せざるを得ないわ」

「ゴブちゃんの再三にわたる仕掛けに対して、魔法を連発したからね……しかし、徹底的にボールを回さなくなったわね……ある意味片方のサイドが完全に死んだようなもの……」

「ふっ、それはこちらにとっても好都合よ……守備に神経を使わず、その分攻撃出来るわ」

 フォーがしてやったりという風に笑みを浮かべる。現在のスコアは2対7である。
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