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第一章
江戸に戻った女と男
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拾参
「……一同、面を上げい」
折烏帽子を被り、立派な狩衣を身に纏った中年の男性が、庭に控える老年の女性と藤花に声をかける。老年の女性と藤花がゆっくりと顔を上げる。
「……」
「申せ……」
「老中さまにおかれましてはご機嫌麗しゅう……」
「挨拶は良い、儂もそれなりに忙しいのだ……結論を早う申せ」
老中と呼ばれた男性が話を促す。
「ははっ……おい」
老年の女性が藤花に目配せする。藤花が静かに話し出す。
「……仙台藩お抱えのからくり人形、『大樹』こと『弐号』を破壊しました……」
「仙台の城で何やら騒ぎが起こったということは耳に挟んだが……」
「普段は城内にいるということでしたので、直接襲撃を試み、仙台城に殴り込みました」
「なっ……! 下手したら大事になるではないか!」
「……襲撃は失敗に終わりました」
「下手をしておる!」
老中が額を抑える。藤花は落ち着いて話を続ける。
「とはいえ、その場から逃れることは出来ました。曲者をまんまと逃したとあっては、藩の面目が丸つぶれ……仙台藩としても極力表沙汰にはしたくはないだろうと……」
「た、確かにそうじゃな……しかし、あそこは山の上に位置する城……よく逃げおおせたな」
「牛に乗って逃げました」
「はっ⁉ 牛⁉」
「正確にはバカという名称らしいのですが」
「ば、馬鹿⁉ ど、どういうことじゃ⁉」
老中が困惑する。藤花が話を続ける。
「なんやかんやあって松島の地で、追っ手としてやってきた大樹を返り討ちにしました」
「そ、そのなんやかんやを聞きたいのだが……まあいい……そのからくり人形は?」
「こちらに……」
藤花は持ち込んだ包みを広げる。そこには人形の手足があった。
「ふ、ふむ……全身ではないのだな?」
「激戦だったため、大樹は松島の海に沈めました……一部ですが、なんとか回収しました」
「そうか……まあよい。これで公儀に対する脅威を一体取り除くことが出来たからな……その調子で引き続き励むがよい」
「ははっ……」
藤花がうやうやしく頭を下げる。
「とりあえずはご苦労さん……仔細は聞いている」
「はい……」
江戸のある屋敷の一室で眼鏡をかけた男性が楽土に声をかける。眼鏡が笑う。
「ふっ、そんなに畏まるなよ……ここには他に誰もいないのだから」
「……そうか?」
「ああ、そうだ。もう少し楽にしなよ」
「では、お言葉に甘えて、そうさせてもらおう……」
楽土が正座をやめて、長い足を伸ばす。眼鏡が尋ねる。
「で? どうだった?」
「どうだったとは?」
「決まっているだろう。零号のことだよ」
「さすがの性能だったな……色々と勉強になった」
「今後の参考になるかい?」
「互いの体格差もある、それぞれの戦い方も違う、一概には言えないな」
「今、勉強になったと言ったじゃないか」
「それは違う部分においてだ」
「違う部分?」
眼鏡が首を傾げる。
「なんと言えば良いのか……そうだな、任務に対する心構えなどだ」
楽土が自らの左胸を右手の親指で差し示す。
「心構え? からくり人形が心だって?」
眼鏡が不思議そうな表情をしながら、眼鏡の縁を触る。
「なんだ? 滑稽だとでも言うのか?」
楽土が眼鏡をじっと見つめる。眼鏡が手を左右に振る。
「いや、興味深いと思ってね……」
「とにかく学びがあった……」
「学習したのならばそれで結構……引き続き頼むよ。人形はあと十一体いる……」
「十一体か、先は随分と遠いな……」
楽土は苦笑する。
「楽土、君は『からくり人形』の『拾参号』……新たな存在にして、最高かつ最硬だ……君ならばきっと出来るさ……」
「ご期待に沿うように精一杯尽力する……そろそろ失礼させてもらう」
楽土が部屋から退出する。
「藤花……『からくり人形』の『零号』……始まりの存在にして、最強かつ最凶……なるほど、お師匠さまが自慢するだけのことはあるようだな……精々利用させてもらおう……」
眼鏡が不敵な笑みを浮かべながら、淡々と呟く。
「ふむ……やはりここのお団子は美味しいねえ……」
藤花がある店で団子を頬張る。店の者が近寄ってくる。
「お姉さん、相席良いかね?」
「構いませんよ」
「ありがとうね。はい、お兄さん、こちらの席にどうぞ……」
店の者に促され、藤花の対面に楽土が座る。
「……しばらくぶりですね」
「ええ、お体の調子はいかがでしょうか?」
「お陰様で……だいぶ良いですね」
藤花が腕をぐるぐると回してみせる。
「それはなにより……」
「技師さんの腕はやはり大したものです。他の方からも既に一目置かれているようで……江戸にお誘いして正解でした」
「何やらご本人は早く逃げ出したいとかぼやいているようですが……」
「まあ、重要な機密を知っているようなものですから……半ば監禁に近い状態になるのは致し方ありませんね……その分、からくり人形に接することが出来るのですから……」
団子を食べながら、藤花が呟く。
「少し……気の毒ですね……」
「とはいえ、仙台藩の間諜も担っているのです。下手に逃げ出せば、それこそ下手人に襲われてしまいますよ……江戸に籠っている方が安全です」
「か、かなり気の毒ですね……!」
「まあ、楽土さんも時々顔を見に行ってあげてください」
「顔と言えば……」
「はい?」
「海から引き上げた大樹の顔は酷く損傷していたそうですね……」
「そうですね、誰かさんが島で殴ったりするから……」
藤花がお茶を飲みながら笑う。
「誰とは判別出来ないほどだと……」
「ええ、楽土さんもご覧になったでしょう?」
「……引き上げ前後は見ていません。溺れている侍はいないかと見て回っていたので……」
「あら、そうでしたっけ?」
藤花がわざとらしく首を傾げる。
「……今後も随行させて頂きます。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします……」
藤花は楽土に向かって微笑む。
~第一章完~
※(23年12月27日現在)
これで第一章が終了になります。次章以降の構想もあるので、再開の際はまたよろしくお願いします。
「……一同、面を上げい」
折烏帽子を被り、立派な狩衣を身に纏った中年の男性が、庭に控える老年の女性と藤花に声をかける。老年の女性と藤花がゆっくりと顔を上げる。
「……」
「申せ……」
「老中さまにおかれましてはご機嫌麗しゅう……」
「挨拶は良い、儂もそれなりに忙しいのだ……結論を早う申せ」
老中と呼ばれた男性が話を促す。
「ははっ……おい」
老年の女性が藤花に目配せする。藤花が静かに話し出す。
「……仙台藩お抱えのからくり人形、『大樹』こと『弐号』を破壊しました……」
「仙台の城で何やら騒ぎが起こったということは耳に挟んだが……」
「普段は城内にいるということでしたので、直接襲撃を試み、仙台城に殴り込みました」
「なっ……! 下手したら大事になるではないか!」
「……襲撃は失敗に終わりました」
「下手をしておる!」
老中が額を抑える。藤花は落ち着いて話を続ける。
「とはいえ、その場から逃れることは出来ました。曲者をまんまと逃したとあっては、藩の面目が丸つぶれ……仙台藩としても極力表沙汰にはしたくはないだろうと……」
「た、確かにそうじゃな……しかし、あそこは山の上に位置する城……よく逃げおおせたな」
「牛に乗って逃げました」
「はっ⁉ 牛⁉」
「正確にはバカという名称らしいのですが」
「ば、馬鹿⁉ ど、どういうことじゃ⁉」
老中が困惑する。藤花が話を続ける。
「なんやかんやあって松島の地で、追っ手としてやってきた大樹を返り討ちにしました」
「そ、そのなんやかんやを聞きたいのだが……まあいい……そのからくり人形は?」
「こちらに……」
藤花は持ち込んだ包みを広げる。そこには人形の手足があった。
「ふ、ふむ……全身ではないのだな?」
「激戦だったため、大樹は松島の海に沈めました……一部ですが、なんとか回収しました」
「そうか……まあよい。これで公儀に対する脅威を一体取り除くことが出来たからな……その調子で引き続き励むがよい」
「ははっ……」
藤花がうやうやしく頭を下げる。
「とりあえずはご苦労さん……仔細は聞いている」
「はい……」
江戸のある屋敷の一室で眼鏡をかけた男性が楽土に声をかける。眼鏡が笑う。
「ふっ、そんなに畏まるなよ……ここには他に誰もいないのだから」
「……そうか?」
「ああ、そうだ。もう少し楽にしなよ」
「では、お言葉に甘えて、そうさせてもらおう……」
楽土が正座をやめて、長い足を伸ばす。眼鏡が尋ねる。
「で? どうだった?」
「どうだったとは?」
「決まっているだろう。零号のことだよ」
「さすがの性能だったな……色々と勉強になった」
「今後の参考になるかい?」
「互いの体格差もある、それぞれの戦い方も違う、一概には言えないな」
「今、勉強になったと言ったじゃないか」
「それは違う部分においてだ」
「違う部分?」
眼鏡が首を傾げる。
「なんと言えば良いのか……そうだな、任務に対する心構えなどだ」
楽土が自らの左胸を右手の親指で差し示す。
「心構え? からくり人形が心だって?」
眼鏡が不思議そうな表情をしながら、眼鏡の縁を触る。
「なんだ? 滑稽だとでも言うのか?」
楽土が眼鏡をじっと見つめる。眼鏡が手を左右に振る。
「いや、興味深いと思ってね……」
「とにかく学びがあった……」
「学習したのならばそれで結構……引き続き頼むよ。人形はあと十一体いる……」
「十一体か、先は随分と遠いな……」
楽土は苦笑する。
「楽土、君は『からくり人形』の『拾参号』……新たな存在にして、最高かつ最硬だ……君ならばきっと出来るさ……」
「ご期待に沿うように精一杯尽力する……そろそろ失礼させてもらう」
楽土が部屋から退出する。
「藤花……『からくり人形』の『零号』……始まりの存在にして、最強かつ最凶……なるほど、お師匠さまが自慢するだけのことはあるようだな……精々利用させてもらおう……」
眼鏡が不敵な笑みを浮かべながら、淡々と呟く。
「ふむ……やはりここのお団子は美味しいねえ……」
藤花がある店で団子を頬張る。店の者が近寄ってくる。
「お姉さん、相席良いかね?」
「構いませんよ」
「ありがとうね。はい、お兄さん、こちらの席にどうぞ……」
店の者に促され、藤花の対面に楽土が座る。
「……しばらくぶりですね」
「ええ、お体の調子はいかがでしょうか?」
「お陰様で……だいぶ良いですね」
藤花が腕をぐるぐると回してみせる。
「それはなにより……」
「技師さんの腕はやはり大したものです。他の方からも既に一目置かれているようで……江戸にお誘いして正解でした」
「何やらご本人は早く逃げ出したいとかぼやいているようですが……」
「まあ、重要な機密を知っているようなものですから……半ば監禁に近い状態になるのは致し方ありませんね……その分、からくり人形に接することが出来るのですから……」
団子を食べながら、藤花が呟く。
「少し……気の毒ですね……」
「とはいえ、仙台藩の間諜も担っているのです。下手に逃げ出せば、それこそ下手人に襲われてしまいますよ……江戸に籠っている方が安全です」
「か、かなり気の毒ですね……!」
「まあ、楽土さんも時々顔を見に行ってあげてください」
「顔と言えば……」
「はい?」
「海から引き上げた大樹の顔は酷く損傷していたそうですね……」
「そうですね、誰かさんが島で殴ったりするから……」
藤花がお茶を飲みながら笑う。
「誰とは判別出来ないほどだと……」
「ええ、楽土さんもご覧になったでしょう?」
「……引き上げ前後は見ていません。溺れている侍はいないかと見て回っていたので……」
「あら、そうでしたっけ?」
藤花がわざとらしく首を傾げる。
「……今後も随行させて頂きます。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします……」
藤花は楽土に向かって微笑む。
~第一章完~
※(23年12月27日現在)
これで第一章が終了になります。次章以降の構想もあるので、再開の際はまたよろしくお願いします。
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