上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第1話(3) 細かいことは知らん

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「これは……か、鏡?」

「これが転移装置だ。この隊舎からならば佐渡ヶ島を含めた新潟県全域や長野県北部の各地に飛ぶことが出来る。鏡や何かを反射するものがある場所ならばどこでもな」

「ど、どういう仕組みなんだ……?」

「詳しい仕組みがどうなっているのかは私も知らん」

「し、知らねえのかよ……」

「とにかく念じた場所に向かうことが出来る……万夜」

 御剣の問いに万夜が答える。

「ショッピングモールの化粧室でちょうど良いのでは?」

「よっしゃ! お先!」

「全く、子供じゃないのだから……姉様、お先に失礼致します」

 千景と万夜が六角錐の鏡に吸い込まれるように消えて行き、勇次は驚く。

「き、消えた⁉」

「ボヤっとするな、さっさと続け」

「お、おおう……」

 勇次の背中をグイッと押した御剣は思い出した様に、又左の方に振り返る。

「又左、宝具庫から例の物を持ってきておいてくれ」

「! アレを使うのか?」

「もしかすると必要になるかもしれん、その時は合図を出す」

「了解したにゃ」

「頼む。よし、行くぞ」

「どわっ⁉ だから押すなよ!」

 勇次と御剣も鏡に吸い込まれる。

「ぐえっ!」

「……何をやっている」

 床に思い切りすっ転んだ勇次を御剣は冷ややかな目で見つめる。

「こ、ここは? まさか本当にワープしたのかよ?」

「ここは女子トイレだ、さっさと廊下に出ろ」

 廊下に出ると、千景と万夜が待っていた。御剣が尋ねる。

「状況はどうだ?」

「反応が徐々に大きくなってきていますわね」

「幸いまだ悪さはしてねえみてえだがな」

 御剣の問いに二人は腕に着けた時計のようなものを確認しながら答える。

「なんだそれ、隊でお揃いの腕時計か?」

「少し違う。そういえば渡していなかったな、受け取れ」

 御剣はポケットから自らと千景たちが身に着けているものと同じものを取り出し、勇次に向かってヒョイっと投げる。勇次は戸惑いながらそれを受け取る。

「こ、これは?」

「特に名称は無いが、簡易型の『妖レーダー』だ。妖の反応を探知することが出来る。反応があればアラーム音が鳴る。妖絶講隊員必携のものだ。腕時計としても、通信機器としても使える。余談だがこれは最新版で、うちの億葉も開発に携わっている」

「あ、案外ハイテクなものを……ってちょっと待ってくれ」

「気になることがあるか? 先に言っておくが、細かい仕組みについて聞かれても答えられんぞ、全く訳が分からんからな」

 勇次は何故か胸を張る御剣に呆れながら呟く。

「訳分からんものを使っているのかよ……そ、そうじゃなくて、俺ってさ、半妖なんだよな? それならアラームが鳴るんじゃないか?」

「ああ、それ位ならば私でも理屈は分かる。このレーダーは妖力が暴走した妖、もしくは人に対して悪意を持った妖に対して反応するようになっている。つまり鬼ヶ島、貴様は今現在、良い妖ということになる。そうだな、万夜?」

「良い妖というのは多少語弊が無くも無いとは思いますが……概ねその認識で宜しいかと。先程、姉様がおっしゃった様に、妖力をコントロール出来ているようですわね」

「悪運の強い野郎だな……暴走したらこの場でシメてやろうと思ったのによ……」

「止めろ、千景。勝手は許さんぞ」

「冗談っすよ、冗談」

 千景は片目を瞑って肩を竦める。御剣が咳払いをして、指示を出す。

「ここは3階か……1階は万夜、2階は千景に任せる。3、4階は私と鬼ヶ島が見回る。何か変化があったらすぐ連絡を寄越せ。作戦開始だ!」

「「了解!」」

 走り去った千景たちを見送って、御剣は勇次の方に向き直る。

「では、我々も行くぞ」

「こ、この恰好でショッピングモールをうろつくのか⁉」

 勇次は大袈裟に自分の制服を掴みながら尋ねる。

「細かいことを気にするやつだな」

「いや、気にするだろ!」

「堂々としていれば問題ない。どうせ自分が思っているより他人は見ていない」

「それはそうかも知れねえけど……刀はどうする⁉」

 勇次は御剣の左腰に差してある刀を指差す。御剣は少し間を空けて答える。

「これは……その、あれだ、えっと、億葉に聞いたのだが、作品名を忘れたな……なんとかという漫画に出て来る父の形見の刀を肌身離さず持っている女剣士のコス……プレ? とでも言って誤魔化せば良い」

「全っ然、誤魔化しきれてねえから、それ!」

「とにかく行くぞ、まずはこの階からだ」

 歩き出す御剣に勇次はブツブツ言いながら続く。売り場に出ると、二人のレーダーからそれぞれアラーム音が鳴り響く。

「おおっ、鳴ったぞ! ってか、アラーム止まらねえ⁉」

「かなりの数がいるな。アラーム音が煩わしかったら、左上のボタンを押せ、音が鳴るのを止めて、振動に切り替えることが出来るぞ」

「こ、こうか……震えが止まらん。小刻みだけど」

「音にしろ、振動にしろ、その妖の持つ妖力に比例するようになっている。例外もあるがな。今回の場合は下級の妖だな」

「下級?」

「妖は級種に分けて甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)・戊(ぼ)・己(き)・庚(こう)・辛(しん)・壬(じん)・癸(き)の十種に分けられる。国際基準ではアルファベットを用いるが、日本に於いてはこの呼称だ」

「ああ、甲乙つけがたいってやつか……むしろ覚えにくいんだが」

「その辺は自然と覚えるようになる」

「そんなんで良いのかよ?」

「それよりもだ……」

 御剣はしゃがみ込み、懐の袋から取り出した香を焚き始める。

「な、何をやってんだ?」

「まあ、見ていろ……」

「! こ、これは⁉」

 煙が立ち込めるとともに、勇次たちの周囲に紫色の空間が広がる。この空間の内側に存在する店の品々や客の人々は透明に見える。戸惑いを隠せない勇次に御剣が説明する。

「至極簡単に説明すれば……人のいる世が『現世(うつしよ)』といい、妖たちがいる世が『幽世(かくりよ)』と言う。今我々が立っているここはその間に存在する『狭世(はざまよ)』。我々妖絶士は妖とは主にこの狭世で戦うことが多い。普通の人間にはこの空間を認識することや立ち入ることは出来ない。ただただ、所謂透明人間として通り過ぎるだけだ」

「つまり今ここではっきりと存在を認識出来る俺たち以外のやつが……」

「案外察しが良いな、妖ってことだ。おっ、おいでなすったぞ」

「ん⁉」

 勇次が振り返るとそこには通常よりはやや大きい位の蜘蛛が床に何匹が歩いている。

「小さい方が癸級、大きい方が壬級だ、ざっと二十匹位か。よし、貴様に任せるぞ」

「ええっ⁉」

 いきなりの命令に勇次は戸惑った、

「お、俺がやるのか?」

「他に誰がいる。ちなみに妖の力は狭世でより強化される。とは言ってもあんな下級に苦戦しているようならば先は無いぞ」

「わ、分かった……っっても、どうすれば良いんだ?」

 勇次は蜘蛛の群れに対して向き直るが、思い出したかのように尋ねる。

「拳で叩き潰すも良し、足で踏み潰すも良し……手足の先に力を込めるイメージだ」

 御剣は腕を組んで答える。

「つ、潰すのか、ちょっとグロいな……」

「虫は苦手だと可愛らしいことでも言うつもりか?」

「そういう訳じゃねえけどよ……」

「狭世のものは、壊しても現世には影響は無い。店の中とはいえ、遠慮は要らんぞ」

「分かった! よし、行くぞ!」

 勇次は蜘蛛の群れに向かって行き、まず柱に上っている蜘蛛を渾身の右ストレートで潰し、足元の蜘蛛をサッカーボールの様に思いっ切り蹴っ飛ばす。攻撃を喰らった蜘蛛はそれぞれ爆発したかの如くはじけ飛ぶ。勇次は驚く。

「うおっ⁉」

「妖とは生き物のようで、少し違う……この場合は蜘蛛というよりは蜘蛛型の妖と理解した方が良いかもしれん」

「そ、そうか……って⁉」

 勇次は蜘蛛の放った糸を咄嗟に躱すと同時に、すぐさま反撃に移り、蜘蛛を踏み潰す。それを見て御剣が感心する。

「ふむ……大した反射神経と格闘センスだ」

「へへっ、地元じゃ負け知らずだったからな!」

「その調子で頼む、私は少し席を外す」

「ええっ⁉ ちぃっ!」

 勇次は御剣の発言に驚きながら、群がる蜘蛛を文字通り蹴散らす。

「はあ……はあ……」

「終わったか?」

 約数分後、膝に手を突いて項垂れる勇次に対し、御剣が声を掛ける。

「あ、ああ、終わった、ぜ⁉」

 御剣が刀を勇次の後ろにあるマネキンの顔に突き立てる。

「な、何を……って⁉」

「……一匹残っていたぞ。最後まで気を抜かないことだ」

 刀の先にはマネキンに隠れ、勇次を襲おうとした蜘蛛が刺さっていた。

「あ、ああ……」

「これで最後だな」
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