上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

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第一章

第2話(2) サブミッションコミュニケーション

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「ここは……?」

 ジャージ姿の勇次は同じくジャージ姿の千景の後に続いて入った部屋を見回す。

「隊舎に備え付けの簡易道場だ、隣がトレーニングルームになっている。その隣がシャワールームだ。ひと汗かきたい時はここだな」

「外で走ってはマズいのか? で、でしょうか⁉」

「あまりおススメはしねえな……この隊舎とその周辺一帯も『狭世』の中で形成された謎多き施設だからよ。まあ、妖絶講の隊舎に特攻カマしてくる気合いの入った妖もそうはいねえと思うがな。走りたい時はランニングマシーンやサイクリングマシーンを使え」

「と、いうことは……」

「アタシの場合はもっぱらこの道場を使っている」

「御指導の程、宜しくお願いします! 押忍‼」

「やめろ、どこの熱血武道家だ、お前は……」

 大声を発する勇次に対し、千景は心底ウンザリした顔を浮かべる。

「で、新入り、お前は姐御になんて言われて、アタシのところに来たんだ?」

「え……そ、それはですね」

「構わねえよ、正直に話しな」

 畳の上で柔軟運動をする千景に促され、勇次も柔軟をしながら話を始める。

「『まず、貴様は基礎体力や筋力を伸ばす必要がある! 我が隊において、筋力・体力自慢は樫崎千景! 彼女をおいて他には居ない!』」

「ふむふむ……」

 千景は満足そうに頷く。勇次は続ける。

「『最近では筋力自慢を通り過ぎて、筋肉馬鹿の領域に入りつつあるな! 正直同性としてはそれで良いのかと思わずにはいられんのだが、頼りになることもまた事実! 貴様もしばらく彼女のトレーニングに帯同し、筋肉馬鹿、もとい、筋力自慢の極意を学びとってこい!』……とのことです‼」

「……ちょっとこっち来い」

「えっ? どぉわ⁉」

 千景は油断していた勇次の体勢をあっと言う間に崩し、『首4の字固め』を決める。この技は相手の頭を両脚で抱え込んで、自身の膝下にもう一方の足の足首を通して両脚を4の字の形にして相手の首を絞める技である。

「な、何を⁉」

「誰が馬鹿正直に一言一句伝えろと言った! 何が『筋肉馬鹿』だ! 誰の為にこうして鍛えていると思ってやがんだ! あの白髪クーデレ剣士がよ!」

「え⁉ た、隊長ってクーデレなんですか⁉」

「知らねえけど、多分そうだろ!」

「デ、デレたとこ見たことあるんですか⁉」

「だから、無えよ!」

「そ、そうすか。あ、ちなみに俺は、名字から名前呼びになりましたよ!」

「何だと⁉ あっ!」

「今だ!」

 勇次は千景の一瞬の隙を突いて、技から抜け出すことに成功する。

「はあ……はあ……『クーデレ隊長攻略作戦』一歩リードっすね」

「はん、あんま調子に乗るなよ……!」

 千景は勇次に飛びつき、腕を取る。

「なっ⁉ 飛びつき腕ひしぎ十字固め⁉」

「良いだろう、お望み通り鍛えてやるよ、新入り!」

 この技は相手の片腕を足で挟み込み自分の手で引き寄せる技である。一度きまるとなかなか逃げ出すのは難しい技である。

「ぐっ……ふん!」

「うおっ⁉」

 勇次は腕を上げ、千景の体ごと持ち上げる。

「せいっ!」

「危ねっ!」

 体を畳に叩き付けられそうになった千景は慌てて技を解き、勇次から距離を取る。

「ふん、馬鹿力が……」

「ほとんど極められてましたからね。こうするしか……」

「成程ね、それなりに喧嘩慣れしているってわけだ。悪い子だな」

 千景は愉快そうにククっと笑う。

「それはこっちの台詞ですよ……躊躇いなく腕折りにきたでしょ」

「我が上杉山隊のモットーは『躊躇しない』ってことなんだよ」

「初耳ですよ、そんなの」

「そりゃあそうだ。今思い付いたからな」

「なんすかそれ……」

 勇次の反応に千景は再び笑う。

「……さてどうするか、このままルール無用の残虐組手を続けても良いんだが……」

「いやいや怪我でもしたらマズいでしょ」

「おいおい、つまらねえこと言うなよ……お互い加減の分からない素人でもねえだろ?」

 千景が両手を広げて、大袈裟にため息を突く。

「万が一ってこともありますし……」

 千景が頭を掻いて呟く。

「ぶっちゃけ、今はあいつがいるから少しくらい怪我しても大丈夫なんだがな……」

「え?」

「まあ、姐御が色々うるせえか……そういや姐御はどうしてるか知ってるか?」

「今日は見てないですね。昨日色々やることがあるとかなんとか言ってましたが……」

「姐御は隊長であり、管区長でもあるからな。この北陸甲信越管区、第五管区の管区長だ。聞いてなかったか?」

「! それも初耳ですよ。ってか、もしかして隊長ってめちゃくちゃ偉い人ですか?」

「十二管区長の内の一人だからな、偉いといえば偉いな」

「俺らとそんなに年齢も変わらないはずなのに……」

 勇次が嘆息する。

「妖絶士ってのは実力が全てだ。歳は関係ねえよ。まあ、若い方が有利ではあるか」

「有利?」

「要はアスリートと一緒だ。歳を重ねる程に運動能力、霊力ってのが次第に衰えてくる。中には例外もいるけどよ」

「衰えてきたらどうするんですか?」

「引退するか、後方支援にまわるか、だな。後進の育成にあたるって場合もあるな」

「そうなんですか……」

「ちなみに姐御は五年前、12歳の時に管区長になったな」

「ええっ⁉ 12⁉ つまり今17⁉ 俺とほとんどタメ⁉」

「そんなに驚くところか?」

「いや、驚くでしょ⁉ どこからどうみても歴戦の強者って感じですよ⁉」

「確か7歳位から妖絶講にいるんじゃねえのか。十年もいりゃ立派なベテランだ」

「な、7歳……なんだってそんな子供の時から……?」

「そりゃあお前、代々の……いや、やめた。少し喋り過ぎたな」

「え?」

「おっし、トレーニング始めんぞ」

「お、教えて下さいよ!」

「るせえな、女のことをあれこれ詮索すんじゃねえよ」

 そう言って千景は隣接するトレーニングルームへと入っていく。勇次も後をついていき、御剣のことを尋ねようとしたが、千景がトレーニングに集中し始めた為、これ以上話を聞くのは無理だと考え、千景と同じトレーニングメニューをこなす。

「へえ、アタシと同じメニューをこなすとは……やるねえ」

「ま、まあ、鍛えてますから、それなりに」

 勇次はやや呼吸を乱しながらもあくまで平静を装って答える。

「じゃあ、その調子で今と同じのをもう4セットだ」

「ええっ⁉」

 そこに警報が鳴り響く。千景が叫ぶ。

「出動だ!」
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