上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

文字の大きさ
31 / 123
第一章

第8話(2) 風に乗る千

しおりを挟む
「お名前だけでも伺っておきましょうか?」

 茶髪の女性がのんびりした様子で千景に語りかける。ここで如何にも『敵とのんびりおしゃべりしているヒマは無えんだよ!』と殴りかかりそうな千景であったが、一呼吸置くだけの余裕は持っている。構えは解かずに名を名乗った。

「……樫崎千景だ」

「樫崎さん……平の隊員の方ですね」

「平じゃねえ! 特攻隊長だ!」

「そのような役職は貴女の所属する隊に確認出来ませんでしたが」

「じゃあ、覚えて帰りやがれ!」

 千景が殴りかかるが、相手は素早いバックステップを踏んで躱す。

「踏み込みが甘いですね……」

「ちっ!」

「折角ですから私の名前を覚えて帰って下さい。私は風坂明秋(ふうさかめいしゅう)と申します。以後お見知り置きを宜しくお願い致します」

「んなもん、秒で忘れるっつーの!」

 千景が鋭い右ストレートを二発繰り出すが、これも風坂の巧みなバックステップによって難なく躱されてしまう。

「鋭い拳ですが、軌道が極めて単調ですね……」

「くそっ!」

「『挑発にも面白いように乗るタイプ』……成程、事前の情報通りです」

「んだとぉ!」

 千景はさらに風坂との距離を詰め、左フックを放つ。だが、これも難なく躱される。

「甘いですね」

「……ふふっ」

 いきなり笑い出した千景を見て、風坂が首を傾げる。

「何がおかしいのですか?」

「そういや、ウチの黒……岩?が言っていたっけな。『茶髪女は逃げ足だけは速い』って、こりゃマジだなって思ってな」

 風坂が少しムッとした顔つきになる。

「……これは回避というのです」

「物は言い様だな、さっきから後ろに下がってばっかりじゃねえか」

「……宜しいでしょう」

 風坂が刀を鞘に納め、間を置いて呟く。

「……風立ちぬ!」

「!」

 次の瞬間、風坂の刀が千景の脇腹を切り裂く。

「ぐっ……」

 千景が脇腹を抑えて呻く。

「逃げ足ではなく、足が速いのです。お間違いなきよう」

「とどめは刺せていないぜ……成程、スピードは大したものだ、ただ一撃が軽いな」

「癪に障る方ですね……いいでしょう、手数で圧倒して差し上げます」

「挑発に乗り易いのはてめえの方じゃねえか……!」

「野分(のわき)!」

 風坂が低く叫ぶと、彼女の振る刀が激しく乱舞し、千景を襲う。

「ぐおっ! つうっ!」

 千景はその素早い連続攻撃をなんとか躱そうとするが、逃れ切れず、肩や膝を斬られてしまう。斬られた箇所から血が噴き出し、千景はその痛みに顔を歪める。

「行き過ぎた行為は仕置きの対象ということですから……急所は避けて差し上げました。もっともその出血は放っておくと危険だと思いますが」

 風坂は血の付いた刃先を見ながら話す。

「それはそれはお気遣いどうも……!」

 傷口を抑えながら、千景は必死に考えを巡らす。

(手練れであることは間違いねえが、こうして顔を合わせている分にはアタシとそこまでの霊力差は感じねえ……互いの相性があるとしてもここまで圧されるとは……)

「棄権することをお勧めします」

 風坂は雀型ドローンに目をやりながら提案する。千景は尚も考える。

(恐らく、ってか、間違いなく風系統の術使いだ……そして、術を使う時に、霊力が飛躍的に上がっている! ……様な気がする!)

「この場合の沈黙は肯定と受け取っても宜しいですか?」

(何か仕掛けがあるのか……? さっぱり分からねえが、こちらから仕掛けるか!)

「!」

 千景が両手首のリストバンドを外して、遠くに放り投げる。それを見た風坂が細い目を更に細めて尋ねる。

「何の真似です……?」

「あ~手が軽いわ~」

 千景が両手をブラブラとさせる。

「?」

「今捨てたリストバンドさ、所謂パワーリストってやつでよ。片手で10㎏、両手で20㎏もあったんだよ」

「⁉」

「つまりこっからアタシのパンチスピードは断然速くなるってことだ。尻尾巻いて逃げるなら今の内だぜ?」

「戯言を……」

 風坂が迎撃の体勢を取る。千景がニヤッと笑い、振りかぶる。

「……いっくぜー!」

 風坂は千景の拳の軌道を予測し、そこに合わせて峰打ちを放つが、刀は空を切る。

「えっ⁉ 全然遅いじゃないですか⁉」

「嘘だよ! バーカ!」

 千景は更に一歩踏み込んで、ローキックを風坂の脚に喰らわせる。

「ぐっ!」

「おらあっ!」

「ごほっ!」

 千景はバランスを崩した風坂の胸部に追撃のパンチをお見舞いする。まともに喰らった風坂は堪らず仰向けに倒れ込む。

「うう……⁉」

 風坂は驚いた。千景が自らの体に跨り、マウントポジションを取っていたからである。

「お前、良い子だな……」

「え……?」

 千景が風坂を見下ろしながら呟く。風坂は戸惑う。

「さっきのラッシュの時、急所の他に、顔も狙わないでくれたろ? 治癒の術を使ったところで多少は傷が残るかもしれねえからな……お前が男だったら、アタシ惚れていたかもしれねえ……だけどよ」

 千景はニヤっと笑う。

「アタシは顔思いっ切りぶん殴るぜ! 悪い子だからな!」

 千景が風坂の顔を左右から殴りつける。

「おらっ! おらっ! お! ……?」

「そこまでです。勝負は決しました」

 千景の腕を男が掴む。雅が連れて来た星ノ条隊の隊員である。男は風坂の様子を窺う。

「気を失っていますね……武枝隊隊員も周囲にはいません。棄権扱いとして回収します」

「はいはい、さいですか」

 立ち上がった千景は指にポケットから取り出したメリケンサックをはめる。男が驚く。

「外していたのですか?」

「傷でも残ったらやっぱマズいっしょ?」

 千景は笑う。男が風坂を抱えその場から去ると、千景は木にもたれかかって呟く。

「……術の使えねえアタシはただひたすら体を鍛えるしかねえ……パワーリスト、マジで両手両足に付けるかな?」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

処理中です...