上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

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第二章

第16話(4) 時代の変化

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「急いで!」

 万夜は勇子を急かす。

「ちょっとお待ちになって……荷物があるのだから」

 勇子は楽器ケースのような黒い大きなものを運んでいる。

「あら、林根さんは?」

「……そういえば居ませんわね」

 勇子がまわりをきょろきょろと見回して、あっけらかんと答える。

「両隊の合同任務だとかなんとか言っていた癖に! もう良いですわ!」

 万夜は苛立ち気味に走る。追いかける勇子が声をかける。

「場所や相手は特定できたのですか?」

「……ここです」

 少し落ち着きを取り戻した万夜が目の前の階段を指し示す。

「階段というのは、現世と幽世をつなぐ場所……狭世も発生しやすい場所ですわ」

「そ、そうなのですか?」

「聞いたことありませんか? 『十二段しかない階段が数えてみたら十三段あった……』という学校の七不思議」

「ああ、定番ですわよね。ただ、アテクシの学校では聞いたことは無かったかな?」

「そう、『学校の七不思議』は時代の変遷などとともに内容が移り変わり、流行したり廃れたりする……そんな中で彼らもまた狭世に迷い込んでしまったのでしょう」

「彼ら?」

「ふおおおっ!」

「⁉」

 何者かが、階段を上がった勇子にぶつかる。咄嗟に受身を取った勇子は体勢を立て直し、自らに攻撃を加えてきたものの正体を確認する。

「じ、人体模型⁉」

 そこには学校の理科室などに置かれている男性の人体模型が立っていたのである。

「夜な夜な……というには少し早いですが、学校を徘徊する人体模型……学校の七不思議の定番ですわね。林根さんの記した黄色いポイントがこの階段、そしてその階段を上った正面に位置するこの理科室が赤いポイント……正確ですね」

「ふしゅー! ふしゅー!」

 冷静に分析する万夜とは対照的に、半身が臓器をさらけ出している人体模型は明らかに怒りで興奮しているようである。勇子が万夜に声をかける。

「明らかに怒っていますわよ! ……⁉」

 人体模型が再び勇子に猛スピードで突進する。勇子は間一髪で躱す。

「なんというスピード! 当たったら大変ですわ!」

「……妙ですわね、人体模型とは大概が学校の子供を怖がらせるのが主な行動原理でしょうに……明らかに危害を加えようとしている……そんな凶暴だったかしら?」

 慌てる勇子をよそに万夜が考えを巡らせる。

「ふおおおおっ!」

「ま、また来ましたわ!」

「少し落ち着きなさいな」

「⁉」

 万夜の振るった鞭が人体模型に巻き付き、その動きが止まる。万夜が尋ねる。

「何故、生徒に危害を加えるのです? 貴方はそのようなことをする模型ではないはず」

「……時代の変化とは残酷なものだ」

「しゃ、喋った⁉」

 口を開いた人体模型を見て、勇子は驚く。万夜が問いかけを続ける。

「残酷とは?」

「……誰も俺たちを怖がらなくなった!」

「え?」

「夜遅くまで学校に残り、探検しようなんてお転婆な奴も少なくなった!」

「そもそも、大体は門限のあるようなお嬢様方の集まる学校ですし、夜遅くまで学校に残る、もしくは忍び込む生徒は少ないでしょうね……今の時代の放課後は以前にも増して学校外にも楽しい娯楽が溢れていますし」

 人体模型の言葉に万夜が淡々と答える。

「そ、それでも、ごく稀に学校に残る生徒たちを見つけたときがあった!」

「ほう……」

「俺はここぞとばかりにその生徒たちに向かって全力で走った! だが……」

「だが?」

「その生徒たちはほとんど驚かなかった! それどころか笑ったんだ!」

「笑った?」

「そう、『ちょw人体模型走っているww半裸どころか臓器むき出しで全力疾走wwwウケるんだけど』などと言いながらスマホで俺を撮影した! 俺を恐怖の対象ではなく、単に動画のバズりネタとしか見ていなかったんだ!」

「ふむ……」

「分かるか⁉ この絶望が! アイデンティティが失われてしまったのだぞ!」

「……心中お察しします」

「お察し出来るのですか⁉」

 万夜の言葉に勇子が驚く。万夜が話を続ける。

「ですが、時代の変化とはそういうもの。価値観というものは変わっていきます」

「人の心が移ろいやすいものだっていうことは理解しているつもりだ。偽の鼓動かもしれないが心臓もあるからな。俺だって伊達に人体模型を数十年もやっていない……だが!」

 人体模型が万夜の縛っていた鞭を解き、勇子に飛び掛かる。虚を突かれた勇子はまたも吹き飛ばされ、壁に打ちつけられる。

「ぐぅ……」

「何故勇子さんばかりを狙うのですか⁉」

「……この価値観の変化ばかりは容易に受け入れられない! どう見たって女の恰好をした男じゃないか! 心が女というわけじゃない! 形だけ取り繕っているだけだ!」

「なるほど……それで我慢出来なくなって飛び出してきたわけだ……」

「勇子さん⁉ いや、勇次様⁉」

 勇次がすくっと立ち上がる。

「五日間も恥を忍んで女装をし続けた甲斐があったってもんだぜ、これが、隊長が身に付けろって言っていた『粘り強さ』ってことだな……」

「違うような気もしますが……まあ、それでいいとしましょう」

 一人で納得する勇次に万夜は否定せずに同調する。勇次は人体模型に話しかける。

「……時代の流れは誰にとっても平等だ、素直に受け入れろ」

「……出来ない! このままでは新たな怪談や都市伝説に取って代わられる! 俺たちはどこにいけば良いんだ!」

「……だからと言って、必要以上に暴走していいという道理は成り立たない!」

「行儀よく真面目にクラシックな怪談ネタになれというのか! 夜の校舎、窓ガラスを揺らすくらいの速さで走り回ってはいけないのか!」

「そうだ! ここで根絶させてもらう!」

「若造が生意気な! そんな姿で何が出来る!」

「ふん!」

「⁉」

 飛び掛かってきた人体模型に対し、勇次は黒いケースから取り出した金棒をフルスイングする。直撃を喰らった人体模型はバラバラになる。

「あっけなかったな!」

「あ、あなた! なんてことを!」

「⁉」

 廊下の先に女性の人体模型が立っている。

「よくもうちの人を……許さない!」

 女性の人体模型が勇次に襲いかかる。勇次はかろうじて躱すが、反撃をしようとしない。万夜が戸惑い気味に叫ぶ。

「どうしたのです、勇次様! そちらもいわば暴走状態です! 根絶しなければ!」

「は、半裸の女性に対して、暴力を振るうなんて非紳士的な振る舞いは出来ない……!」

 勇次が首を左右に強く振る。それに合わせてスカートが揺れる。

「思いっ切り非紳士的な恰好をしている方が何をおっしゃっているのですか! ⁉」

「うちの人の仇!」

「ぐっ!」

「勇次様、耳を塞いで! 『アンコールはもう終わり!』」

「ぐおっ⁉」

 勇次が持ってきていたメガホンをケースから取り出した万夜が叫ぶ。万夜の声は音の衝撃波となって、耳にした者を怯ませることが出来る。

「模型といえど、鼓膜はありますものね! 喰らえ!」

「ぎゃあっ!」

 万夜の繰り出した鋭い鞭を受け、女性の人体模型もバラバラになる。

「ふう……とりあえずは決着かしら……?」

「お、お前ら、学校一のおしどり夫婦に対してなんてことを! 許せん!」

「「⁉」」

 万夜たちが視線を反対に向けると、そこにはこれまた理科室の定番である骨格模型、通称『骸骨』が立っている。骸骨が二人に猛然と襲い掛かる。勇次が万夜を守ろうとする。

「危ないっ! ぐはっ!」

 勇次が骸骨に吹き飛ばされる。万夜がメガホンで叫ぼうとするが、気付く。

「鼓膜がないから、声での攻撃が効かない!」

「お仕置きだあ! ⁉」

 次の瞬間、骸骨の頭部が粉々に吹き飛んだ。万夜が視線を向けると、眼帯をめくったところからモクモクと煙を立てている林根の姿がある。林根は淡々と呟く。

「頭部をレーザービームで撃ち抜きました……骨格模型の活動停止を確認」

「む、無茶しますわね……人の学校の備品ですわよ」

「ここは狭世です。狭世での破壊は現世には影響しません。模型は元通りのはずです」

「そ、それはそうかもしれませんが、大体どこで油を売っていたのですか?」

「他の七不思議ポイントを調査していました。最も危険度の高いここの問題が片付いたことによって、他のポイントも落ち着いて、狭世を閉じたのを確認しました」

「なるほど……それで勇次様は何をしているのですか?」

 林根にがっしりと抱き付いている勇次は慌てて釈明する。

「ふ、吹き飛ばされたときに、林根さんが受け止めてくれたんだ」

「何故林根さんの胸部に顔をすりつけている必要が?」

「お、男の悲しい性というか……い、いや、鼓動を確かめていたんだ! 間違いない、彼女は立派な人間だ!」

「!」

 勇次の言葉に林根ははっと目を見開く。

「……これはお仕置きが必要のようですわね……」

 万夜が両手で鞭を構える。
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