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第一章

第7話(4)深夜の現

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「こんばんは……」

「うおっ! び、びっくりした、甘美か……」

 背後からいきなり声をかけられ、現が驚く。

「そんなに驚くことですか?」

「お、驚くだろう、それは……」

「はあ……」

 甘美がため息をつく。

「な、なんだ、そのため息は?」

「がっかりですよ……」

「がっかり?」

 現が首を傾げる。

「わたくしの接近に気が付かないなんて……」

「ええ……」

「そこは素早くわたくしの背後に回り、首筋にすっと刃を突き立てるところでは?」

「刃ってなんだ……」

「とにかくなにか気配で察するところでしょう」

「なんだ気配って……」

「インチキでも巫女でしょう?」

「インチキって言うな」

「まさかインチキではないと?」

 甘美が口元を抑える。

「なんだ、その意外そうなリアクションは……」

「わけの分からない占いをしているではないですか」

「わけの分からないって言うな」

「では怪しげな」

「失礼だな」

「他に形容のしようがないではありませんか」

「あの占いは……その……あれだ」

「あれ?」

 甘美が首を傾げる。

「需要に応えているまでだ」

「需要? ニーズ?」

「ああ、そうだ。プロとして──」

「プロ……では、本物だというのですね」

「ああ」

「ならばこそですわ」

「お前は巫女をなんだと思っているのだ……」

「不思議な力を有しているのではないのですか?」

「別に有していない……」

「え……?」

 甘美が愕然とする。

「ま、まあ、感覚は鋭敏な方だとは思うが……」

 現が何故か取り繕ってしまう。

「感覚が鋭敏?」

「勘が鋭いともいうかな……」

「……」

「な、なんだ……」

「勘が全然働いていないではありませんか」

「ち、違うことに集中していたからだ」

「違うこと? ……それはなんなのですか?」

「それは秘密です」

 現が右手の人差し指を自らの唇にあてる。

「いや、そういうのはいいですから……」

「それよりお前だ」

「はい?」

「最近、バンドメンバーの周りをうろちょろしているらしいじゃないか」

「あれは皆さんをよく知るためです。よりよいバンド活動を行うためには必要なことです」

「よりよいバンド活動……」

「ええ、必要とあらば更生してもらっています」

「こ、更生?」

 現が困惑する。

「それはリーダーとして当然の務めです」

「ちょっと待て、いつリーダーになった?」

「それはどうでもよろしいでしょう」

「よろしくはないだろう」

「成果はきちんと出ていますから」

「成果だと?」

「ええ、幻さんはビリヤードの武者修行に出ようと決意を固め……」

「!」

「刹那さんはマラソンランナーを目指そうとお思いになられ……」

「‼」

「陽炎さんは今年中にドラフト会議に指名されるのが夢だそうです」

「⁉ ちょ、ちょっと待て、一体何をさせている⁉」

 現が声を上げる。

「良い道へ進んでもらっているのですわ」

「間違った方向へと誘っているだろう!」

「そうですかね?」

「そうとしか思えん!」

「そんなことより問題は貴女ですわ!」

 甘美が現をビシっと指差す。

「え?」

「こんな夜中に街をうろついて何をしているのですか⁉」

「べ、別にやましいことはしていないさ……」

「嘘おっしゃい!」

「う、嘘ではない!」

「では、これから同行させてもらってもよろしいのですね?」

「! ま、まあ、いいぞ。こっちだ……」

 現が少し寂れたビルの中にある店の前に立つ。

「こ、これは……麻雀?」

「ああ、そうだ、麻雀を打っているんだよ」

「そ、それはヤの付く人の代打ちで⁉」

「なんでそんな用語知っているんだ……違う、ここは健全な店だ。実力者も多く揃う。その方々と卓を囲むことで、私の鋭い感覚や勝負勘を養ってもらっているんだ……」

「ふむ……見学してもよろしいでしょうか?」

「別に構わんと思うが、ルール知らないだろう?」

「〇ンジャラのパロディですよね?」

「ド〇ジャラがパロディだ」

「まあ、大体大丈夫……ルールは把握しましたよ」

「ま、まあ、負けたら大人しく帰るだろう……」

 現が小声で呟く。それからしばらくして……

「ふふっ……」

「ば、馬鹿な……ビギナーズラックにしても出来過ぎだ……」

 終局した結果、甘美の一人勝ち。現は信じられないといった表情を浮かべる。

「ふふ、背中が透けて見えますわよ……」

「それを言うなら背中が煤けるだろう。透けたら大変だ」

「さあ、もう一局、参りましょうか」

 甘美が不敵な笑みを浮かべる。
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